日本人のマセガキが魔法使い   作:エックン

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拉致

ホグズミード週末から一週間、とうとうスリザリン対ハッフルパフのクィディッチ試合の日を迎えた。

この試合でスリザリンが勝てば優勝。

その為、スリザリンの選手全員が今までにないほど気合を入れて試合に臨んでいた。

選手以外のスリザリン生もその多くが試合の応援に駆け付けた。

競技場は今や、緑の横断幕があちこちに広げられている。

パンジーはドラコの名前が大きく刺繍された横断幕を俺とブレーズに持たせ、一番上の広い席を陣取らせていた。

 

「いい? 私達の応援が、ドラコの勝利に、スリザリンの勝利につながるんだからね! 半端な応援は許さないわよ!」

 

パンジーの気合に気圧される下級生を横目に、俺は横断幕を手にしながら試合開始を待った。パンジーほどではないが、俺も応援の気合は十分入っていた。

今年はこれがスリザリンの最後の試合だ。この試合で負けてしまえば、優勝争いから離脱はしないものの、結果は他寮任せとなる。

何としても勝ちたい。そんなスリザリン生の期待を背負って、スリザリンの選手達が入場した。同時に入場をしたハッフルパフの選手達と向き合い、キャプテン同士が握手をする。

そして審判であるマダム・フーチのホイッスルによって試合が始まった。

 

 

 

 

 

試合が開始してしばらく、試合展開は拮抗していた。どちらのチームも得点を許さず、ギリギリの均衡を保っていた。

それが崩れたのは、スリザリンのチェイサーが初得点をしてからだ。

初得点を機に、スリザリンは勢い付いた。多少の守りは捨てでも、少しでも多くのゴールを奪おうとすさまじい猛攻を見せた。

その結果、点差は九十対二十と大きくスリザリンがリードをした。

フィールドは今、スリザリンが支配している。後は、ドラコがスニッチを手にするだけだった。

そんな中で、ドラコは勝ちに焦らず冷静にプレーができていた。スニッチ探しを妨害するセドリック・ディゴリーを度々かわし、逆にセドリックがスニッチに向かう時は体を張って阻止をした。ドラコ自身、自分の実力が十二分に発揮できていることが分かった。

それでも、セドリックの方が一枚上手だった。

途中、セドリックは常に太陽を背にして飛び、ドラコの視界から消える時間を徐々に増やしていった。そして視界に現れたかと思うと、強烈なフェイントや妨害でドラコの集中力をとことん削りにいった。

そして時間が経ち、得点が一二十対四十とスリザリンがリードする中で、セドリックが勝負を仕掛けた。

セドリックが競技場を疾走するスニッチを発見し、ドラコの妨害を振り切ってスニッチ獲得に動いた。

ドラコは一瞬、セドリックを見逃しはしたもののすぐに後を追い始めた。箒の性能により、ドラコは徐々にセドリックとの差を縮めていった。そしてスニッチまで数十メートルというところで二人は並走する形となった。

二人は激しく体をぶつけ合い、お互いの妨害をしながらも確実にスニッチに近づいて行った。

今や、競技場の熱気は最高潮であった。競技場の全ての生徒達が声をからして自身の寮を応援した。

そして、決着がついた。

わずかな差で、セドリックがスニッチを取った。

最終スコアは一二十対一九十でハッフルパフの勝利。

ハッフルパフからは割れんばかりの歓声が上がった。

こうしてクィディッチ杯の行方は、グリフィンドール対ハッフルパフの最終試合まで持ち込まれた。

 

 

 

 

 

スリザリンが負け、ハッフルパフが勝った。

その事実にスリザリン生の多くが落胆し、暗いムードで競技場から去っていった。

先程まで歓声を上げていたパンジーも、流石に言葉を失ってしまったようだった。固まってしまったパンジーを慰めるようにダフネが抱き寄せていた。

俺と一緒に横断幕を持っていたブレーズは、悔しそうに拳を握っていた。

 

「ああ……。あと少しだったってのにな……」

 

ブレーズがそう呟いた。それは多くの生徒達の感想であった。

試合の流れは完全にスリザリンが持っていた。シーカーの実力は、誰の目から見ても接戦だった。本当にどっちが勝ってもおかしくはなかったのだ。

今、ロッカールームにいるドラコはやり切れない気持ちでいっぱいであろう。

優勝を誰よりも口にしていたドラコは結局、自分の手で勝利をつかむことはできなかったのだ。

 

「私、先に帰ってるわ。ドラコを慰める準備をしてくる! まだ少し寒いから、暖かい飲み物が欲しいと思うの」

 

ショックから立ち直ったパンジーは、ダフネを伴って先にホグワーツへと帰るようだった。

一方でブレーズはまだ動く様子がなかった。

 

「先に帰ってろよ。俺はまだ、ここにいるわ」

 

ブレーズは何か考えがあるようで、その場を動く様子はなかった。

俺はブレーズと共に残ることにした。ブレーズが何を考えているか、なんとなく分かったのだ。

試合の終わった競技場から生徒達はどんどん去っていき、あっという間に競技場に残った生徒は俺とブレーズだけになった。

俺はブレーズに、競技場へ残った理由を確認した。

 

「競技場に残ったの、ドラコを慰める為だろ?」

 

「なんだ、分かってたのか。……あの試合展開はなぁ、ドラコにはきつすぎるだろ。あいつの所為で負けたって、周りからも責められそうだしな。見てろよ、ドラコは絶対にロッカールームに閉じこもるからよ」

 

俺の確認にブレーズは特に否定することなく、肩をすくめて答えた。

それからドラコ以外のスリザリンの選手が競技場を去っていったのを確認したブレーズは、選手の控室でもあるロッカールームへと向かい始めた。

そしてロッカールームの前に到着したら、ブレーズは俺に話を持ち出してきた。

 

「俺達が慰めると、ドラコは八つ当たりしてくるに五ガリオン」

 

「じゃあ俺は、負けたのは自分の所為だって言うに五ガリオン」

 

「お、いいね。よし、それじゃあ確認だ」

 

俺がブレーズの持ちだした賭けに乗っかると、ブレーズは面白がるように笑いながらロッカールームを開けた。

ロッカールームは荒れていた。先ほど去った選手達は片付けもせずに帰ったのだろう。

そして荒れているロッカールームの中で、ドラコは俯いて座っていた。

ブレーズはすかさず、ドラコに声をかけた。

 

「よお、ドラコ。惜しい試合だったな」

 

ブレーズが陽気に声をかけると、ようやくドラコは顔をあげた。

ドラコは能面の様に感情のない表情をしていた。

ドラコの予想外の表情に、流石にブレーズは怯んだようだった。そんなブレーズへ、ドラコは冷たく声をかける。

 

「なんだ? 君達も笑いに来たのか? 勝てる試合をみすみす逃した、無能なシーカーだって」

 

ドラコの声に荒々しさはないものの、静かな怒りと悲しみがにじんでいた。きっと、俺達が来る前に他のメンバー達にコテンパンに言われたのだろう。

特にキャプテンだったマーカス・フリントは今年で卒業だ。学生最後のクィディッチが敗北で終わった彼がどんなに荒れていたかは、ロッカールームが示していた。

俺はドラコの隣に座り、肩を叩いた。

 

「俺とブレーズが、お前にそんなことを言うわけないだろ。本気で思ってるんだ。今日の試合は惜しかったってな」

 

「あのセドリック・ディゴリー相手に、お前はよくやったぜ。それに、マーカスのくそ野郎が何言ったか知らねぇが、他の試合は全部勝ったじゃねぇか。お前は立派にシーカーをやってたって」

 

俺とブレーズの励ましにドラコは返事をせずにしばらく固まっていたが、少しして体を震わせて表情を悔しさでにじませた。

 

「勝てる試合だったんだ。マーカスなんかに言われなくても分かってる。……今日の試合は僕の所為で負けたんだ」

 

絞り出すような声だった。そしてドラコにしては珍しく、自分を責めるような言葉だった。

そんなドラコに、ブレーズは辛抱強く声をかけた。

 

「そう腐るなよ。仮にお前以外の奴がシーカーだったら、もっと早くスニッチを取られてただけの話だ。なあ、俺にしては珍しく本気で言ってるんだぜ? 今日のお前は凄いシーカーだった。負けたのはお前の所為じゃねぇって。試合を見てた奴はみんな分かってる」

 

ブレーズの言葉を聞いて、ドラコは一層体を震わせた。そして、顔を俯かせて立ち上がると、ぶっきらぼうにこう言った。

 

「……シャワーを浴びてくる。待っててくれ」

 

顔は見えなかったが、ドラコが泣く寸前なのは震えた声で分かった。

そして荒々しくシャワー室に入ると、無駄に大きな音を立てながらシャワーを浴び始めた。

俺とブレーズは部屋のベンチに腰掛けながらドラコが戻るのを待った。

 

「時間かかるだろうぜ、このシャワーは」

 

「そうだな。まあ、気長に待とう」

 

ブレーズの言葉に相槌を打つと、ブレーズは面白がるように話を振ってきた。

 

「そういや賭けの内容は引き分けか? 結局、二人とも当てちまったな」

 

「そうだな。……浮いた十ガリオンで、ドラコに何か買ってやるか」

 

「お前はドラコに甘いよなぁ。……まあ、今回はその案に乗ってやるよ」

 

ブレーズはケラケラ笑いながら、ドラコを慰める俺の案に賛成をした。

ほどなくして、ドラコがシャワーを終えてロッカーに戻ってきた。目が少し赤くなっていたが、それ以外はいつも通りになっていた。

 

「待たせたね。……寮に戻ろう。正直、もうくたくたなんだ」

 

ドラコは疲れをアピールしながら、俺達を帰路へと促した。俺とブレーズは大人しく従い、三人で並んで寮へと戻った。

帰り道、ドラコは来年のクィディッチチームの話を切り出した。

 

「来年、チームの編成が大きく変わる。キャプテンはチェイサーのグラハム・モンタギューだ」

 

「まあ、マーカスの後釜って言ったらそうなるよな」

 

ブレーズがそう相槌を打つ。ドラコは少しためらってから話を続けた。

 

「……新しいキーパーはマイルズ・ブレッチリーが候補に挙がっている。でも僕は、ブレーズ、君を推す。そしてビーターも一人必要だが、それにはジンを推すつもりだ」

 

俺とブレーズは驚いてドラコを見た。ドラコは俺達に目を合わせないようにしながら、話を続けた。

 

「去年からずっと言っていただろう? 僕達三人でクィディッチをしようって。僕の実力は十分なんだ。君達二人が頑張ってくれないと、約束は守れないぞ」

 

ドラコは照れ隠しの様にそう憎まれ口をたたいた。

そこからの帰り道は、俺とブレーズでドラコを褒めたり茶化したり、ドラコが照れて怒ったり言い返したりで騒がしくなった。

ドラコがずっと俺達三人でクィディッチをやる事にこだわっているのが嬉しかった。

そんなドラコの期待に応えられる様に、クィディッチの練習と準備を欠かさないことを心に誓った。ドラコとブレーズとクィディッチができるのは、俺にとってもこれ以上にない幸せだ。

寮に着いてからは、パンジーがドラコのために用意したホットチョコレートとおやつによってドラコの機嫌は完全に直り、その日の夜にはドラコはもういつも通りだった。

 

 

 

 

 

スリザリン対ハッフルパフの試合後、優勝の可能性が残されたグリフィンドールチームが活気を出し始めたが、多くの生徒が学期末テストに向けてそれぞれの授業で多くの課題が出されたことの方が気になっていた。

イースター休暇を目前にして課題に追われていない生徒はおらず、あまりの課題の多さに、ドラコですらクィディッチがなくて良かったと心から思っている様子であった。

俺も普段よりも多く出される課題に苦戦をし、さらに木曜の夕方にある闇の魔術に対する防衛術の特別授業があって、他の奴等を手伝う余裕を作れなかった。

ポッターはクィディッチ最終試合に向けて練習と課題で忙しく、今日の特別授業に出席すらできないようだった。そのことはルーピン先生も了承をしていた。

ルーピン先生はポッターが出席できないことは気にしておらず、むしろポッターに教えることはもうないと思っているようであった。

 

「ハリーはもう十分に守護霊を出せるからね。本物の吸魂鬼を相手にしても、もう気絶することはないはずだ」

 

元々は吸魂鬼を相手に気を失わないようにするための授業であった。ポッターはすでに目的を達成している。

そしてルーピン先生は、俺に対しても特別授業は必要ないと感じているようであった。

特に今日の特別授業では俺は守護霊を盾のように呼び出すことに成功した。今までで一番の出来であった。

 

「ジン、君ももう吸魂鬼を前に気絶することはなくなっただろう?」

 

「ええ、多分。とはいっても競技場に現れて以来、吸魂鬼と対峙したことはありませんが……」

 

「それでも、列車で初めて遭遇した時のようにはならないはずだ。君も、十分に守護霊を呼び出せている。君はもっと自信を持つべきだ」

 

ルーピン先生は微笑みながら俺を褒めた。俺は褒められたことを嬉しく思いながらも、吸魂鬼に対応できる自信は持てず曖昧に頷いて誤魔化した。

今回の授業は、俺がルーピン先生にポッターがホグズミードへ行こうとしていることを告げてから何度目かの授業であり、初めて俺とルーピン先生が二人になった場でもあった。

ハーマイオニーからの報告もあり、ルーピン先生が俺の依頼通りに全てを丸く収めてくれたことは知っている。しかし、詳しい方法や経緯は全く知らない。

ポッターがどうやってホグズミードへ行こうとしていたのか、ルーピン先生はどうやって止めたのか、ルーピン先生はなぜ穏便に事を澄ましてくれたのか。確認したいことは山ほどあった。

しかし、ルーピン先生が詳しいことを話してくれることはなかった。

 

「ジン、君も課題が多くて忙しいだろう? 君も、もう守護霊の術の授業はもう十分だろう。……試験に向けて、準備をする方が大切じゃないかな?」

 

ルーピン先生は俺にそう特別授業の終わりを申し出た。

ルーピン先生の様子から、俺が望めば授業は続けてくれそうではあった。しかし、元々この特別授業はルーピン先生の好意で行われていたし、何より俺が試験に向けて忙しいということはルーピン先生はもっと忙しいということになる。そんな中で、授業を続けたいとは俺からは言えなかった。

 

「……ありがとうございました、ルーピン先生。確かに、吸魂鬼への対応はもう十分できると思います。この特別授業も、もう十分かもしれません」

 

俺がそう言うと、ルーピン先生はどこかホッとしたような表情でほほ笑んだ。

こうして俺の特別授業は終わり、結局、ルーピン先生からポッターのことを聞き出すことは叶わなかった。

胸に残ったしこりは解消されず、モヤモヤしたまま俺は教室から去ることになった。

 

 

 

 

 

闇の魔術に対する防衛術の特別授業がなくなっても、課題に追われることに変わりはなかった。スリザリンの談話室や図書室で、他の奴らと課題を一緒にすることが日課となりつつあった。

パンジーは知恵熱を出すほど追い込まれ、ブレーズは不機嫌で少し刺々しくなった。ダフネもアストリアからの課題の相談を断るほど余裕はない。ドラコはクラッブとゴイルの面倒を見る時間と八つ当たりをする時間が同じくらいになりつつあった。

それぞれが追い詰められながらも、イースター休暇が明けたら待ち構えているグリフィンドール対ハッフルパフのクィディッチ最終戦を気にしてはいた。

スリザリンは、優勝争いから脱落はしてはいない。とはいえ、スリザリンが優勝するような形で試合が終わる望みは薄かった。スリザリンが優勝するには、グリフィンドールが六十点差以内の差で勝った場合のみ。ハッフルパフが勝てばハッフルパフが、グリフィンドールが七十点以上の差をつけて勝てばグリフィンドールが優勝である。

スリザリンが優勝してもおこぼれでの優勝という印象は拭えず決まりの悪い展開であった。

イースター休暇の最終日、パンジーがクィディッチの事を切り出した。

 

「ねえドラコ、イースター休暇明けの最終試合は見に行くの?」

 

ドラコと出かける約束ができれば、というパンジーのすがる思いがにじみでた言葉であった。しかし、パンジーの希望がかなうことはなかった。

 

「……いや、今年はもういい。スリザリンが優勝しても、ポッターへは決まりが悪いからね」

 

ドラコにしては珍しく、クィディッチの試合に行く気がないようであった。課題に追い込まれているということもあるが、今年のクィディッチ杯にはもうそこまで興味がないようであった。

うなだれるパンジーをよそに、ブレーズは機嫌よさそうにドラコの肩を叩いた。

 

「来年こそは、やってやろうぜ。俺がキーパーを務めるんだからよ」

 

「まだ君だって決まったわけじゃないぞ。ブレーズ、君も実力をしっかりと磨くんだぞ?」

 

「任せろよ。マイルズにはキーパーの座を渡さねぇって」

 

ドラコが俺達二人をクィディッチ選手へ推すと言ってから、ブレーズは今年のクィディッチの結果を気にしなくなった。ドラコもそんなブレーズの様子に呆れながらも、感化されたのか、クィディッチの話をする時はいつも来年のチームの話を切り出すようになった。ドラコがクィディッチ杯に興味がなくなったのも、ブレーズの影響が大きいだろう。

とはいえ、ポッターが優勝することは気に食わないようで、ハッフルパフの勝利を願っているようではあった。

忙しいながらも平穏な日々が、俺達の中に流れていた。

 

 

 

 

 

課題に追われるイースター休暇が明けた。

イースター休暇明け直ぐにクィディッチの決勝戦が行われ、優勝はグリフィンドールとなった。初戦敗北からの大逆転劇。校内はグリフィンドールの勝利で盛り上がっていた。

当然ドラコはいい顔はしなかったが、癇癪を起こすほどでもなかった。とはいえ、グリフィンドールの優勝を聞いた日には、クラッブとゴイルのお菓子を取り上げるなど中々の荒れ具合を見せたが……。

そんな中、試験一週間前に掲示板に久しぶりの明るいニュースが舞い込んでいた。

試験が終わった翌日、ホグズミード行きが許されるとのことだった。

 

「試験が終わったら、今年最後のホグズミード。……それを聞いて、まだ頑張れそうと思うのは、学校側の策略に嵌るようで癪だね」

 

そうドラコはぼやきながらも、ホグズミード行きを楽しみにしていた。他の奴らも試験後の楽しみが生まれ、少し勉強にやる気が出たようであった。

 

そんな中で、ハーマイオニーが俺を訪ねてきた。

 

ハーマイオニーは誰よりも試験が多い為、忙しさは俺達の比ではないはずだった。

それでも時間を作ってわざわざ俺を訪ねてきた。不思議に思いながらも、例のごとく人気の少ないベンチで話をする。

ハーマイオニーは悩んだ様子ではなかったが、少しためらいがちに話を始めた。

 

「ねえ、ジン。試験が終わった次の日のホグズミード週末は、やっぱりみんなでホグズミードへ行くつもり?」

 

「ああ。今日、ちょうどその話をしてたんだ。どうかしたのか?」

 

ハーマイオニーは俺の返事を聞いてから少し考えるようにしていたが、意を決したように話を切り出した。

 

「ジン、ホグズミードへ行く前に、少しだけ時間をもらえないかしら? お昼を、貴方とハリーとロンと一緒にできないかなって思っているの……」

 

ハーマイオニーにこの提案を切り出された時は戸惑った。しかし、すぐに理解した。

ポッターはホグズミードへ行けない。そして、ウィーズリーもポッターに合わせてホグズミード行きを見送るようだ。そこでハーマイオニーは、かねてより願っていた俺とポッター達の親交を深める機会にしようと考えたようだった。

ポッターとは闇の魔術に対する防衛術の特別授業で距離が縮まっている。試験後の開放感のある時に顔を合わせれば、悪いようにはならないだろう。

しかし、ウィーズリーはその限りではない。俺はウィーズリーと接点は全くと言っていいほどない。印象もお互い悪いと言わざるを得ない。

ハーマイオニーが特に気にしているのは、俺とウィーズリーの仲だろう。

 

「……勿論、その、パンジー達とホグズミードへ行くのを優先してもらって構わないわ。でも、もし本当に良ければ、ハリー達と話をしてもらえないかしら……?」

 

ハーマイオニーは縋るような表情でこちらを窺っていた。ハーマイオニーとしても、分の悪いお願いだと思っているようだった。

俺は頭を掻きながら、少し考える。

ドラコ達に何と言おうか……。ポッター達と会うと言えば、ドラコと気まずくなってしまうだろう。しかし、ハーマイオニーと会うと言えばパンジーが付いてくると言いだしかねない。それでは台無しだ。思いつく言い訳としては、試験の質問や闇の魔術に対する防衛術の特別授業の事くらいだろうか。それでも、お昼まで終わらないというには不自然な言い訳な気もする。

面倒で断ろうかとも思ったが、ハーマイオニーの不安そうな表情を見て思い直した。

クリスマスにハグリッドからも言われた。俺とポッター達が仲良くなることで、ハーマイオニーが救われるのだと。

この機を逃したら、仲を深める機会は滅多にないだろう。

 

「……いいよ、分かった。それじゃあ試験が終わった次の日、一緒に昼ご飯でも食べようか」

 

俺が了承の返事をすると、ハーマイオニーは満面の笑顔になった。

 

「ありがとう! 私、貴方とハリー達が仲良くなれるって、本気で思っているの! いつか、パンジー達とも仲良くなれたらって思ってるから……。だから、貴方とハリー達が仲良くなってくれたら、私、本当に嬉しいわ!」

 

ハーマイオニーは、いつかパンジー達とポッター達とも一緒に過ごせることを夢見ているようだった。

壮大な計画だと思いながらも、それを茶化すことはしなかった。ハーマイオニーとドラコと一緒にいたいと思っている俺も、似たり寄ったりだろうから。

ハーマイオニーが嬉々として会う日の予定を話すのを聞きながら、俺は腹をくくった。

ポッター達はハーマイオニーがスリザリン生と仲良くすることにいい顔はしていないだろう。逆も然りで、ハーマイオニーがポッター達と仲がいい事についてパンジー達はいい顔をしない。ハーマイオニーはホグワーツに入学してから、いつだって板挟みになってきたのだ。

せめて俺だけはハーマイオニーの理解者でありたいと思った。目の前の頑張り屋な少女の力になりたいのだ。

 

 

 

 

 

ハーマイオニーとの約束から一週間が経ち、試験が終わった。

試験が終わったその日は、ドラコ達と校庭に繰り出して解放感を味わった。そして翌日に控えた今年最後のホグズミード行きの話で盛り上がった。

俺が昼過ぎまで別件があることは、すんなり話が通った。闇の魔術に対する防衛術の特別授業があると誤魔化せば、深く追及されることはなかった。

 

そしてホグズミード週末の当日、出かけるというドラコ達を見送ってから、俺は談話室に戻ってハーマイオニーとの約束の準備をした。

今年一年もあと少しで終わる。シリウス・ブラックや吸魂鬼と厄介ごとはあったが、一年目や二年目と比べものにならないくらい平穏な一年だった。

後は、ポッター達との会合を済ませ、ポッターとウィーズリーと仲良くなればいいだけだ。

ハーマイオニーの提案で、暴れ柳のすぐ近くで昼食を持ち出して一緒に食べることになっている。昼食にハニーデュークスの菓子とお茶でピクニック気分を味わおうというのだ。

クリスマスにハーマイオニーやハグリッドと共にやった時は確かに楽しかったが、今回はどうなるか分からない。

ため息をつきながら、昼食と菓子を包んだ袋を持って約束した暴れ柳の方へと向かう。

今日で仲良くなれなければ、ハーマイオニーもきっと楽になるだろう。今までより、もっと堂々とスリザリンの方へ顔を出せるようになるかもしれない。

俺自身、ポッターやウィーズリーと仲良くなれればそれに越したことはないと思っている。

それでも気乗りしないのは、ルーピン先生へ告げ口をしたことがまだ尾を引いているからだろう。もやもやした気持ちが拭えずにいるのだ。

そんなことを考えていたら、約束の時間よりも随分早く集合場所に着いてしまった。

袋をわきに置き、芝生に横たわる。日差しが気持ちよかった。うたた寝をしてしまいそうだ。

暫くそうして横になっていると、袋の方からガサゴソと音がした。

目をやると、瘦せこけたネズミが昼食の入った袋に入ろうともがいていた。よほど腹が減っているのだろう。随分と必死な様子だ。追い払おうと手で払うが、ネズミは食料を諦めそうにない。袋を持ち上げて遠ざけても、しがみついて離れない。

このままでは、袋の中身を全て齧られてしまうだろう。それは勘弁して欲しい。

杖を向けて、簡単な呪文を唱える。

 

「ペテフィカス・トタルス(石になれ)」

 

呪文が命中して固まったネズミは、ポトリと袋から落ちた。

このままどこかに置いてもいいが、流石に少しかわいそうに思った。袋からお菓子をいくつか取り出し、ハンカチと一緒にくるめてポケットの中に入れる。どこか離れたところで、呪文を解いてやろう。

時間を確認すると、待ち合わせまでまだ少しある。少し離れたところにネズミを置いてくる時間はあるはずだ。

ポケットにネズミを入れたまま立ち上がり、森の方へと向かう。その時だった。

 

背後から黒い大きな影が襲い掛かってきた。

 

身構える間もなく押し倒され、手に持っていた杖は遠くへと弾き飛ばされた。

大きな影が何なのかはっきりと分からないままもみ合いになり、その大きな影に足を噛まれ引きずられていく。噛まれた痛みに悲鳴を上げながら、杖もない俺は大した抵抗もできなかった。

芝生を掴んで耐えようとするも、ものすごい力で引きずられるため芝生は掴んだ端から千切れる。藻掻いて逃れようとするたびに、牙が足に食い込んで痛みが増す。

ポケットの中をひっくり返し、道具を探すも何もない。ネズミを包んだハンカチも、いつの間にかポケットから零れ落ちたようだった。

何もできないまま、ただ引きずられて、俺はいつの間にか暴れ柳の下にある隙間に引きずり込まれた。洞穴を引きずられながら、痛みと恐怖に耐える事しかできなかった。

 

 

 

 

 

ハーマイオニーはハリーとロンを引きずるように連れ、時間ピッタリにジンとの集合場所へ向かったが、そこには袋が置いてあるだけで誰もいなかった。

 

「ここに荷物があるってことは、ジンはこの辺にいると思うのだけど……」

 

ハーマイオニーは誰かがいた形跡を確認しながらも、人影が見えないことを不思議に思っていた。

ロンは欠伸をしながらそんなハーマイオニーに声をかけた。

 

「なら、直ぐに戻ってくるんじゃない? 待ちぼうけじゃなかったら……」

 

ハーマイオニーは困ったようにしながら、辺りを見渡すと少し離れたところに何かが転がっているのが見えた。近づいて確認すると、それは杖だった。

 

「これ多分、ジンの杖よ。どうしてここに……」

 

嫌な予感がしながらもより注意深く周りを確認すると、更に離れたところで小さな包みが転がっていた。

ハーマイオニーは拾い上げて中身を広げると、息をのんだ。

 

「ロン、見て! 信じられない! スキャバーズよ!」

 

ハーマイオニーの叫びを聞いて驚いたハリーとロンが駆け寄ると、確かにハーマイオニーの手の中にスキャバーズがいた。カチコチに固まっていながら目だけはキョロキョロと不安そう動かしているスキャバーズが、お菓子と一緒にハンカチにくるまれていた。

 

「スキャバーズ! でも、どうしてこんなところで……」

 

ロンは歓喜の声をあげながら、同時に不思議そうに呟いた。

ハリーも不思議に思って辺りを見渡すと、ある事に気が付いた。

 

「ねえ、これ見てよ。もしかして、血じゃ……?」

 

ハリーが指さした方には、点々と血の跡が続いていた。それはスキャバーズが落ちていた場所から暴れ柳の下にまで続いていた。

放り出された荷物に杖、魔法で固められたスキャバーズ、そして血の跡。

三人は何が起きたか分からないが、何かが起きたことだけは分かった。

 

 

 


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