ホグワーツでドラコ達と過ごしているうちに、吸魂鬼が見せた光景のことはほとんど気にならなくなっていった。友達と授業を受け、授業後に一緒に馬鹿をやる。そんな時間を壊してまで気にするべきこととは到底思えなかった。
授業といえば、闇の魔術に対する防衛術の授業はボガート以外にも様々な生き物たちを相手に実践的な授業を行われてきた。ボガートの次は赤帽鬼という小鬼に似た生き物。血の匂いを消す消臭の呪文で簡単に追っ払えることを知った。醜悪な生き物たちへの立ち向かい方を実践的に教えてくれるこの授業は、今や多くの生徒にとって一番楽しみな授業へとなっていた。
魔法生物飼育学も派手さでは負けていなかった。ハグリッドはヒッポグリフの後は火蟹を連れてきた。甲羅が宝石でおおわれた美しい蟹で、これにはパンジーも文句の言葉は出なかった。もっとも、尻から火が出ることを知るまでだが。ハグリッドは宝石がちりばめられた甲羅よりも火を噴くことの方が面白いと思っているのは誰の目からも明確であった。
火蟹の火でローブを少し焦がしたドラコは、魔法生物学の授業への恨みを一層に深くさせていた。
だが、それぞれの授業の内容もさることながら、俺達の間で最も話題になったのはハーマイオニーの時間割であった。聞くに選択授業の全てを履修しているようであった。普通は二科目しか選べない選択授業を五科目も受けている。一緒に受ける古代ルーン文字学ではいつもカバンを教科書でパンパンにさせている。そして授業が終われば気が付けばどこかに消えていた。そして日に日にハーマイオニーは授業と課題に追われるようになっているのが分かった。人の二倍は授業を受けて課題を行ってそうな追い込まれ様だった。
気になって俺とダフネで、古代ルーン文字学の授業中に時間割について聞いても、ハーマイオニーははぐらかすだけで絶対に教えてはくれなかった。パンジーはハーマイオニーが秘密を話してくれないことに少し不満げで、いつか自力で秘密を暴こうとウズウズしているのが分かった。
そんな新鮮ながらも充実した生活の中、楽しい知らせが更にでてきた。ホグズミードへの外出許可の知らせが掲示板に張られたのだ。
ブレーズと共にでかでかと掲示されたお知らせを見ながら、楽しみを抑えきれず声をかけた。
「初のホグズミードは十月末、ハロウィンだな……。昼間はホグズミード、夜は宴会か。豪勢な一日だ。遊び倒す日になるな」
ブレーズも俺の言葉に大いに賛同をしてくれた。
「間違いない。今から待ち遠しいぜ。おいドラコ、その日はクィディッチの練習も流石にないだろう?」
あっても休め、と言わんばかりに興奮した様子でブレーズが少し離れたところにいたドラコに声をかけた。
「当然ないさ。他のメンバーも、ホグズミードを楽しみにしているんだからな」
ドラコはパンジーとダフネを連れてこちらに近づきながらそう返事をした。ドラコもホグズミードはとても楽しみにしていたことを知っている。仮に練習があったとしても、本当に休んで一緒にホグズミードへ行っていたかもしれない。
「私、バタービールを絶対に飲んでみたい! ね、ダフネ! いいでしょ?」
「ああ、私も飲んでみたいと思ってたのよ。いいわ、三本の箒へ絶対行きましょう」
こちらも興奮した様子で、パンジーが近くにいたダフネに懇願していた。ダフネもバタービールが気になっていたようで、すぐさまパンジーの意見に賛同した。
そんな浮かれる俺たちに、ちょっと不満げな様子でアストリアが近づいてきた。
「いいな、みんな……。私なんて、あと二年も待たないといけないのに……」
アストリアは、俺が汽車の中で言った通り、普段は同年代の友達に囲まれて楽しそうに過ごしている。しかし、時折俺達のところに来ては甘えるようにじゃれてくることがある。そんなアストリアを、パンジーはいつも歓迎した。
「ああ、アストリア! あなたへのお土産も絶対買ってくるからね! 楽しみにしてていいわ!」
「パンジー、ドラコと同じこと言ってる」
すぐに構ってくれるパンジーに、クスクスと笑いながらアストリアはそう言った。
ドラコと同じ、と言われて一層機嫌をよくしたパンジーはアストリアに何が欲しいかグイグイと追求し始めた。
「ジン、あなたはどこか行きたいところはある?」
「うん? そうだな……」
ダフネにそう聞かれ、少し考えを巡らせる。魔法用具店ダービシュ・アンド・バングズ、いたずら専門店ゾンコ、ハニーデュークスのお菓子に、それ以外の場所も全てが気になっていた。行きたいところは、と聞かれたら、全部というのが正直な答えであった。
「どこに行っても、絶対楽しめるからな。時間があったらさ、全部の場所に行ってみたいよ」
「いつになく贅沢なことを言うのね」
笑いながらそう言われたが、ダフネも同じことを思っているのがなんとなく分かった。
その後も全員がホグズミードの週末を楽しみに、浮足立って過ごすこととなった。
そして待ちに待ったハロウィン当日、朝からホグズミードへ出発を楽しみに朝食を終えてすぐに外出許可証をもって玄関ホールへ並んだ。
そんな中、俺たちの学年で唯一ホグズミード行きの許可がないポッターの姿が目に入った。ハーマイオニーとウィーズリーの見送りに来たのだろう。
ドラコはすぐにポッターをからかいに行こうとしていたが、それとなく止めた。ドラコとポッターの因縁に口を挟むつもりはないが、俺の目の前で行われるのは気分がよくない。去年から生まれたポッターへの仲間意識がそれを強くしていた。
ポッターへのからかいを止められたドラコは、一瞬だけ機嫌を悪くしたがホグワーツの外へ一歩出ると、すぐにそんな考えは吹き飛んだようだった。
ドラコ、ブレーズ、パンジー、ダフネ、そして俺の五人でホグズミードを片っ端から楽しもうと意気込んで足早に移動を始めた。
真っ先に向かったのはいたずら専門店のゾンコであった。看板商品のくそ爆弾をブレーズは大層気に入っていたが、俺を含めた他のメンバーからは不評であった。誤爆して自分がひどい匂いの液体を被ることがあると説明を聞いたことが大きい。パンジーは引き寄せ袋という商品に興味を示していた。引き寄せ袋は、引き寄せたい物に向けて袋の口を開くと、引き寄せ呪文が発動したように対象物が袋の中に入るというものだ。そんなに大きなものは引き寄せられないが、これがあれば相手に気づかれずに小物を盗むことができそうだ。パンジーが良からぬイタズラを考えているのはなんとなく分かった。
次に向かったのは郵便局。あまりに大きいのでちょっと見てみようと立ち寄ったのだが、中々に楽しめた。何百羽ものフクロウが棚に止まっている光景は圧巻であった。ダフネは手のひらに収まるサイズのフクロウを愛おし気に撫でていた。ドラコは自分の腰くらいまでの大きさもあるフクロウを見て一歩引いていた。鋭い鉤爪を見て、どうも嫌いな授業のことを思い出したらしい。
お昼前になったので、少し早いが三本の箒で昼食を食べることにした。混みそうな時間を避けて早めに向かったつもりだが、それでも随分と多くの人がいた。カウンターには美人な女性が飲み物を提供していた。マダム・ロスメルタという名前だとブレーズが教えてくれた。巷では有名な看板娘とのことだ。そして全員がバタービールを注文し、乾杯をした。念願のバタービールにパンジーは歓声を上げた。確かにバタービールは一口飲むと体の隅々が温まる、最高の飲み物であった。歓声を上げる気持ちもよく分かった。
三本の箒で昼食を済ませてからも、行くところはたくさんあった。
叫びの屋敷に少し離れの方の廃れた通り。ダフネは気味悪がって、二度と来ないと言っていた。一方で俺達男三人は秘密基地のようで気に入っていたことをひっそりと共有した。
食べ歩きのできる、飲食店が集中した通り。そこではクラッブとゴイルが二人で往復している姿が見えた。朝からずっとここにいたらしい。ドラコは呆れてものが言えない様子であった。
ハニーデュークスのお菓子専門店では、パンジーが嬉々としていろんなお菓子を買いあさっていた。ほとんどがアストリアへのお土産とのことだ。ドラコと一緒、というアストリアの言葉の効果を思い知った。ダフネも可愛い妹へのお土産を考えていたが、パンジーがあまりに多くのお菓子を買うので、別の物を買うことにしたらしい。
魔法用具店ダービシュ・アンド・バングズで、ダフネはアストリアへのお土産を買うことに決めた。店内を歩き回り、ゆっくりと物色していた。俺も何かアストリアへのお土産を買おうといいものがないか探してみた。しかしこれといったものが思い浮かばず、かろうじて便利だと思ったのは、自動修正羽ペンであった。レポートの誤字脱字をチェックし、修正をしてくれる羽ペン。実用性もある為、これを渡そうと決めた。ダフネがお土産として選んだのは、記憶の花というものだった。見た目はバラを模した綺麗な手のひらサイズのガラス細工なのだが、ちょっとした魔法がかかっているらしい。買った後、ダフネが実演してくれた。
ダフネが杖で記憶のバラの中央を叩くと、花から光る球体が出てきた。ダフネは球体に向かって笑いながら言葉をかけた。
「アストリア、私からのお土産よ。喜んでくれたら嬉しいわ」
そう言ってからもう一度杖でバラの中央を叩くと球体が花の中央に戻っていった。
そして今度はバラの底の部分を杖でたたくと、中央から映像が飛び出てきた。球体に向かって話しかけていたダフネの映像だ。
『アストリア、私からのお土産よ。喜んでくれたら嬉しいわ』
映像のダフネは、本物のダフネが言った言葉を全く同じように繰り返した。どうやら録音録画機能が付いた置物らしい。
気が付けば夕方で、もうホグワーツに戻らなくてはならない時間であった。
全員が後ろ髪引かれる思いでホグワーツへ向かったが、ハロウィンの宴会が待っていることを思い出しすぐにまたハイテンションに戻った。
ホグワーツに着いてすぐ、全員でアストリアへのお土産を渡した。パンジーからの大量のお菓子にアストリアは喜びの悲鳴を上げていた。ダフネからの記憶の花に、どんな映像を残そうか随分と悩んでいる様子だった。ホグワーツに来てから、アストリアも記録に残したい楽しい思い出がたくさんあるようだ。ブレーズは、いつの間に用意したのか、いたずら専用の魔法の杖をアストリアに渡した。本物のように見える杖を使おうとしたら、蛇になって使用者を驚かすものであった。お転婆なところのあるアストリアは、後でルームメイトに使う様子であった。意味ありげにブレーズと目を合わせ、二人でニヤリと笑い合っていた。ドラコからのお土産は、おしゃれなクリスタル性のインク入れだった。アストリアはすぐにそれにインクを入れて明日から使えるようにしていた。少し持ち上げていろんな角度でインク入れを眺め、見惚れているようだった。随分と気に入ったらしい。俺からの自動修正羽ペンは、正直、アストリアに気に入ってもらえたかは分からなかった。他のメンバーのお土産と比べると、実用的ではあったが、お土産としてはいまいちな自覚はあった。こういった人への贈り物を買う機会は今までほとんどなかったから、苦手意識を持っている。それでもアストリアは、俺らしいお土産だと笑いながら、来週までのレポートに早速使ってみると言ってくれた。
それから皆で食堂へむかい、ハロウィンのご馳走を楽しんだ。食堂では、クラッブとゴイルが一日中食べ歩いていたはずなのに誰よりも最初にご馳走に食らいついていた。ドラコはもうそちらを見ないようにしているのが分かった。しかしクラッブとゴイルが食らいつくのも分かるくらい、ハロウィンのご馳走は魅力的であった。満腹になるのが惜しいと思う程、どの料理もおいしかった。
朝から晩まで、楽しく過ごした一日であった。全員で寮に向かいながら、満足げに今日一日の感想を言い合った。こんなに最高な一日はもうないのではないかと思うくらい、文句のない一日であった。あとはもう、寝るだけだった。
思い返せば、こんなに楽しいハロウィンは生まれて初めてであった。特にホグワーツに来てからは毎年必ず、何か怪物に襲われてきた。
疲れた体を引きずり、すぐにでもベッドへダイブしようと思ったところ、待ったがかかった。生徒全員が、大広間に集合するよう号令が出たのだ。
学校内にシリウス・ブラックが出たらしい。
この学校はハロウィンに呪いをかけているのだろうかと本気で考えた。
大広間には寮関係なく、全生徒が集められた。ダンブルドア先生から、今日はここで全員寝泊まりするように指示が出された。ダンブルドア先生が杖を一振りしただけで生徒全員分のフカフカとした茶色の寝袋が大広間の床に敷き詰められた。
あれだけ楽しかった一日に、とんだオチがつけられたものだと怒りに近い感情を抱いた。
朝から一緒にいた五人で固まって、早々に寝る準備をした。
ため息をついてへこむ俺とは対照的に、パンジーは少しワクワクした様子であった。
「なんか、ほら、ダフネの家にお泊りした時みたい」
どうやら殺人鬼が学校内を闊歩している事態に、あまり危機感を抱いていないらしい。少し呆れてしまう。しかし、パンジーの抱いた感想は、ドラコやブレーズ、さらにはダフネまで抱いているようであった。
五人全員で寝袋にくるまり、頭を突き合せるようにして横になる。
こうしていると、確かに楽しかったグリーングラス邸での夜を思い出す。
「心配しすぎだぜ、ジン。こんだけ人が固まってりゃ、シリウス・ブラックも襲ってこないって」
ブレーズは少し不安げな顔の俺を見て、笑い飛ばすようにそう声をかけた。お泊り気分を楽しんでも罰は当たらないという態度であった。
それからすぐに消灯となり、喋ることを禁止された。しかし、誰も彼もがひそひそとシリウス・ブラックのことで噂話をするもので、完全に静かになることはほとんどなかった。俺達五人も、漏れなくひそひそと話をしていた。
「シリウス・ブラックは、グリフィンドールの寮へ無理やり押し入ろうとしたそうだ」
ドラコは他のところからの噂話を器用に聞き拾って、俺達に教えてくれた。
「ほうほう。いよいよ、ブラックの狙いがポッターだって話が現実味を帯びてきたな」
ブレーズがドラコの報告を聞いてそう漏らした。ブラックの狙いがポッターという話を初めて聞いたダフネとパンジーが少し驚いた様子を見せたので、ドラコは夏休みに俺とブレーズにした説明を二人にもした。二人はすぐに納得した様子を見せ、それからパンジーは少し怒った様子でこう話を切り出した。
「ねえ、このままだとハーミーが危険な目に遭うんじゃない? 私、常々思うのよ。ハーミーは付き合う友人を選ぶべきだって。ポッターと縁を切った方がいいと思うのよ!」
ハーマイオニーはポッターとは縁を切るべきだ、というパンジーの意見に快く賛同する者はいなかった。
「……グレンジャーがポッターと縁を切らないというのであれば、危険な目に遭うのはしょうがないことだろう? パンジー、君が気に病むことでもないよ」
ドラコはそうパンジーに優しく声をかけた。ドラコはそもそも、ハーマイオニーのことを多少認めていても仲良くなるつもりはないらしい。だからハーマイオニーがポッターと仲良くやっていて危険な目に遭っても自業自得としか思わないようだった。
「ま、グレンジャーにポッターと縁を切れっていうのも面倒だろう。俺もドラコに賛成だな。グレンジャーが危険な目に遭っても、自業自得ってことで……」
ブレーズも淡白であった。ブレーズもハーマイオニーのことは認めているし、なんなら毛嫌いしていない分、ドラコよりも接点がある。しかし、ハーマイオニーがブラックに襲われないようポッターから引き離そうという話には面倒だという態度であった。ドラコと同じように、危険な目に遭っても自業自得と思っているようだった。
「確かに、ハーミーのことを思うとポッターと離れた方が安全なのは確かよね。でもパンジー、ハーミーにポッターと縁を切れっていうのはちょっと無理じゃないかしら……。ハーミー、グリフィンドールで過ごしにくくなっちゃうわよ?」
ダフネは、ハーマイオニーがポッターと縁を切るべきという意見には唯一賛同的であった。ホグワーツに来てからの二年間、ハーマイオニーがポッターと関わって危険な目に遭ったことを軽視してはいなかった。しかしハーマイオニーにポッターと縁を切れということがどんなに残酷なことか理解をしていたので、快く賛同はできないというのが本音のようだった。
「ハーマイオニーにとって、ポッターは大事な友人だろう? パンジー、あんまりハーマイオニーを困らせるもんでもないと思うぞ」
俺はというと、この中で唯一ポッターに対して好感情を抱いていた。更にはポッターが「生き残った男の子」として重要な役割を果たすために信頼できる仲間が必要であり、その仲間の一人こそハーマイオニーであると知っている。だからパンジーの意見には賛同はできなかった。それに、ハーマイオニーに会うとポッター達の話になることが多い。その度にハーマイオニーがグリフィンドールで生活する中で、ポッター達の存在がいかに大きいかを感じさせられる。ハーマイオニーにはポッター達が必要であることも、十分理解していた。だから俺はポッターと縁を切った方がいいとも、縁を切れとも口が裂けても言わない。
誰からの賛同も得られなかったことにパンジーはひどくむくれた。何とかダフネが宥めるが、あまり効果はなかった。パンジーは少し意地になって、今度ハーマイオニーに会いにグリフィンドールへ突撃しかねなかった。
しかしそれから話は一転二転し、ブラックの侵入方法や吸魂鬼への文句、果てはクィディッチの試合がもうすぐであることなどブラックにもハーマイオニーにも関係ない話へと脱線していった。そして疲れがピークに来たのか、一人一人と眠りに落ちていき、俺もいつの間にか眠りに落ちていた。
それから数日は生徒たちの話題はブラックのことでもちきりだった。そして、ブラックの狙いがポッターであるという噂も流れ始めた。親が魔法省に勤める者からしてみれば、もう随分と今更な話らしいが。
しかしブラックの襲撃は衝撃的ではあったものの、ホグワーツにおいてずっと話題となり続けるには被害が小さすぎた。グリフィンドールの絵画が一枚切り裂かれただけでは、バジリスクの襲撃を経験した生徒達にとって警戒には値するがずっと話題にするにはつまらないものであった。
そしてすぐに別の話題が学校でもちきりになった。クィディッチの第一試合。グリフィンドール対スリザリン、ドラコ念願のリベンジ試合である。
試合が近づくにつれて天気は悪くなり、練習に出かけた選手たちを容赦なく雨でずぶぬれにした。しかし、それでもドラコの闘志が衰えることはなかった。週に三回はクィディッチの練習に赴き、息を切らしながら談話室に帰ってきた。ドラコが練習に帰ってくるたび、パンジーはタオルを持ってドラコの世話を焼きに行った。去年クィディッチの件でいざこざのあったブレーズもドラコの気迫を前に、この時ばかりはからかうのを止めて純粋な応援をした。やれ体を冷やさないための道具や、濡れても飛行に影響が出ない方法など練習以外のところでドラコの力になれるよう調べ事をしていた。
俺も課題の協力などをしてドラコがクィディッチに集中できるよう手助けをした。選択授業で俺がフォローをできない数占いについては、同じ授業を取っているダフネがドラコの課題を肩代わりしていた。全員が、ドラコの応援に手を回していた。
ついでと言わんばかりに、クィディッチの試合を週末に控えた授業でこれまたちょっとした事件が起きた。
ルーピン先生が体調を崩し、一時的にスネイプ先生が闇の魔術に対する防衛術の教鞭をとることとなったのだ。スリザリン生の中にもルーピン先生の授業を楽しみにしていた生徒も多かったため、これに戸惑う者は多かった。
「諸君、席に着き、大人しくしたまえ」
代理で授業を行うスネイプ先生は不機嫌な様子であった。教室に入ってスネイプ先生がいたことに戸惑いを隠せない俺達に、どこか冷たい声色でそう指示をした。
自身が寮監を務めていることもあり、スリザリンには甘いところがあるスネイプ先生だが、今日は勝手が違った。
「ルーピン先生がこれまで諸君に教えてきたものは、ボガート、赤帽鬼、河童、水魔……。どれも三年生が習うには少しばかり幼稚なものだ。今日、吾輩が諸君に教えるものは……」
機嫌の悪いスネイプ先生独特の危険をはらんだ声色で、教科書の最後の方のページを開きながら話を進める。
「人狼である。諸君、三九四ページを開きたまえ」
スリザリン生は、多少なりともスネイプ先生との付き合いを心得ていた。この状態のスネイプ先生に対しては、物音一つが命取りになることをみんなが知っていた。
大人しく全員が教科書を開き、人狼に関する教科書の記述の書き写しを始めた。
授業は誰も発言することなく終了し、二週間後を期日に羊皮紙二枚分のレポートの作成を課題として出された。
これには試合を控えたドラコだけでなく、全員が困った表情になった。
「ジン、この厄介な課題、お前がドラコの課題を肩代わりして少し大変なのは分かってるんだが……助けてくれよ……」
ブレーズがほとんど懇願する表情で俺に頼み込んできた。パンジーは勿論のこと、ダフネもだいぶ困惑していた。ダフネは数占いの課題をドラコだけでなくパンジーの分も協力しているため、珍しくあまり余裕がない。ドラコは自分に協力をしてくれている親友達が、自分の課題の肩代わりで苦しむのを気に病んでしまっていた。これではクィディッチの試合に影響が出てしまうと思った俺は、ため息をつきながら、全員に言った。
「いいよ、俺が簡単にまとめとく。お前らが写して終わるようにしといてやるよ。ドラコ、気にすんなって。その代わり、試合には絶対に勝ってくれよ」
そう鼓舞をしたことが功を奏したのか、試合前の練習に臨むドラコは今までにないくらいに気合が入っていた。
そして俺は約束をした手前、人狼についての羊皮紙二枚分のレポートを早急に仕上げる必要があった。俺を含めて五人分のレポートだ。五人が全く同じものを提出しては、いくらスリザリンに甘いスネイプ先生でも流石に何かを言うかもしれない。他の者が写す際に違いが出せるよう、いつも以上に多くの情報が必要であった。
ドラコが練習に行くのを見送ってすぐ、図書館へ直行をした。人狼に関する本をかき集めるためだ。しかしそこには既に先客がいた。俺が欲しい本を山積みにして、鬼の形相で課題を仕上げにかかっている、ハーマイオニーであった。
図書館であることと、ハーマイオニーの形相に、やや遠慮がちになりながら俺は小声で話しかけた。
「よお、ハーマイオニー。それ、闇の魔術に対する防衛術の課題だろ? 横に積んである本、借りてもいいか?」
ハーマイオニーは突然話しかけられたことに飛び上がらんばかりにビックリしたが、声をかけたのが俺であると分かると、ほっと息をついた。
「ああ、ジン……貴方だったの……。ええ、いいわ、ここにある本、私ほとんど読んでしまったから……」
そう言いながらも、ハーマイオニーは少しばかり落ち着かない様子であった。
ハーマイオニーの手元を見ると、既に羊皮紙四枚分のレポートが作成されていた。ただでさえ人よりも授業を多くとっている中で、与えられた課題の倍の量のレポートを仕上げるのは流石としか言いようがない。
「すごいな、ハーマイオニー。もうスネイプ先生からの課題、済ませてるのか」
素直に称賛をするが、ハーマイオニーの表情は晴れない。心ここにあらずといった感じであった。
「ええ、まあ……頑張ったから……。ねえ、あなたはこの課題を今からやるのよね?」
「ああ、そうだよ。他の奴らも今、手いっぱいでさ。俺がこの課題の肩代わりをすることになってるんだ」
ハーマイオニーにそう答えると、どこか安心したような表情をした。俺は課題を肩代わりすると言ったことに、それは良くないことだ、という表情をするものだと思っていたばかりにちょっと驚いた。
ハーマイオニーはまだ晴れない表情のまま、俺に話しかけた。
「ねえ、ジン。あなたが闇の魔術に対する防衛術のレポートを終えるまで、私、待っていてもいいかしら? その、レポートについて、あなたの意見を聞きたいのよ」
これには本当に驚いた。ハーマイオニーが課題について他の誰かの意見を聞こうとしたのは、少なくとも俺が知る中では初めてだった。
「あ、ああ。構わないよ。そういうことなら、俺も早めにこの課題を仕上げるように頑張るよ」
そう言いながら俺はすぐに課題に取り掛かった。
ハーマイオニーの横に積まれた本を読みながらレポートを仕上げていく。本を読み、レポートを仕上げていく中で、ハーマイオニーが不安そうな顔をする理由が少しばかり分かってきた。
「人狼の変化の周期、昼間の人狼の体調の変化……。人狼と普通の人を見分けるのに中世で使われた手法の一つは銀色の水晶玉を見せた時の反応だという、ね……」
教科書には載っていない、より専門的な人狼の情報を織り込み、レポートをほとんど仕上げながら、ハーマイオニーが気になっているであろう部分を読み上げる。ハーマイオニーは重々しく頷きながら、本題を切り出した。
「私、ルーピン先生が人狼なんじゃないかって、疑っているの。いえ、疑っているんじゃなくて、ほとんど確信しているの……」
確かに、ルーピン先生の行動と人狼の特徴が驚くほど酷似している。加えて、ルーピン先生を前にしたボガードが銀色の球体に変身したことは多くの人が見ている。
さらに、ハーマイオニーはとっておきの証拠を持っていた。
「ルーピン先生は、ハロウィンの時期にスネイプ先生から薬を与えられていたの。その薬の特徴、ハリーから聞いた話だけど、脱狼薬の特徴と全く同じなの」
俺もレポートを作り、ハーマイオニーの話を聞いてルーピン先生が人狼なのではないかという疑いを持ったのは確かだ。
それでも確信を得るには情報が少ないという気持ちの方が強かった。
「ハーマイオニー、ルーピン先生の体調不良と月の周期が合致しているのは確かだし、銀色の球を怖がっているのも確かだ……。でも、決定づけるのはまだ早くないか? せめて、そうだな……十二月いっぱいまで様子を見てみよう。もし、ルーピン先生が月の満ち欠けと関係なく健康な姿だったらさ、俺達はひどい誤解をしていたってことで終わる話だ。薬の件だって、ポッターから聞いた話だけでは決定的な証拠とは言えないだろう?」
ハーマイオニーは俺にそう言われ、最初よりは表情を明るくさせて頷いた。
たった一人で、大好きな先生が人狼なのではないかと疑うのは辛かったのだろう。同じように事態を理解し、否定してくれる人が欲しかったのかもしれない。
少しばかり晴れた表情でハーマイオニーは俺の話に乗っかった。
「そうね、うん。きっと、私の勘違いかもしれない……。それに考えれば、この課題を出したのだって、スネイプ先生がわざとルーピン先生が人狼に見えるように仕向けただけかもしれないし……」
ここでハーマイオニーは初めて笑顔らしい表情を見せた。
俺もハーマイオニーが笑うのを見て、少し肩の力を抜いた。レポートも確かに時間がかかったが、ハーマイオニーが必要な資料を全て揃えていたため思ったよりもずっと早く出来上がった。お互いに、課題から離れた話をする余裕が生まれたのだ。
「そういえばハーマイオニー、この間のホグズミードはどうだった? 俺達はだいぶ長い時間、魔法用具店ダービシュ・アンド・バングズにいたんだ」
「ああ、ホグズミード! 最高だったわ! 私達はハニーデュークスに長くいたわ。ほら、試食品を多く配っていたでしょう? ハリーがね、ホグズミードへ来られないからお土産もたくさん必要だったの」
ハーマイオニーは今度こそ、心から笑ったようだった。多くの悩みを忘れて、楽しいことを思い出したらしい。それからホグズミードのどこを回ったか、何が面白かったかをお互いに報告し合った。それから、クィディッチの試合に向けてドラコとポッターが頑張っていることを共有した。
「ドラコがクィディッチを頑張ってるのを見てさ、課題を肩代わりしようと思ったんだ。ハーマイオニー、お前がポッターに協力的だった気持ち、今ならよく分るよ」
俺の言葉に、ハーマイオニーは懐かしそうに微笑んだ。去年、一昨年の試合直前にハーマイオニー自身がポッターの課題を肩代わりしていたのを思い出したのだろう。
「今週末は、グリフィンドール対スリザリンね……。流石に、しばらくパンジー達には会えそうにないわね……」
ハーマイオニーは今度は寂しそうにした。
もうずいぶん長い事、ハーマイオニーはパンジーに会っていなかった。
俺とダフネは古代ルーン文字学でハーマイオニーと授業がかぶっているため、多少なりとも話す機会はある。しかし、パンジーはそうではない。
ハーマイオニーは課題に随分追われていて、会う時間を作れないのはなんとなく知っている。
パンジーもハーマイオニーに会いたがっていたが、なぜかパンジーはハーマイオニーを不思議なタイミングで見失うらしく、まともに話したのはもうずっと前のことだという。
そんな中で寮対抗のイベントが始まってしまえば、二人が話すのはもっと難しくなるのが目に見えていた。寮対抗のイベントが始まる度に、グリフィンドールとスリザリンは普段の倍以上は関係が悪化するのだ。衝突が激しい時は、廊下でお互いを呪い合ったりする時もあるほどだ。
昨年の秘密の部屋の騒動の後から、ハーマイオニーにとってパンジーがポッター達の次に、いや、ある意味ではポッター達以上に特別な存在であることをなんとなく察していた。
二人には仲良くしていて欲しい。それは俺の都合も勿論あるのだが、それ以上に、大事な親友二人が気を落としているのを放っておけないという感情が強かった。
「今度さ、良ければパンジーも図書館に連れてきて、一緒に課題をしよっか。俺も手伝うし、一人でやるよりもずっと楽しいだろ?」
思い切って、ハーマイオニーを誘ってみた。ハーマイオニーは俺の誘いに驚いたようだが、すぐにとても喜んでくれた。ほとんどはしゃいでいた。
「いいの? 私、課題を一緒にしようなんて誘われたの、初めてよ! 嬉しい……すっごく嬉しいわ!」
課題で追い詰められていたハーマイオニーにとって、俺の課題への誘いは遊びの誘いよりもずっと魅力的であったようだ。満面の笑みでそう答えてくれた。誘った俺の方が嬉しくなってくるほどの喜びようだった。
話し込んでいたのもあって、そろそろ夕食の時間だった。二人で図書館を出て、お互いの寮に戻ることにした。
「それじゃあ、クィディッチの試合が終わって、しばらくしてから……。クリスマス休暇前に一度、一緒に課題をしようか」
「ええ、喜んで! じゃあ、日が近づいたらまた時間を話しましょ! 私、本当に楽しみにしているから!」
今日で仕上げたのであろう大量の課題を両手いっぱいに抱えながら、それでも笑顔でハーマイオニーは去っていった。
そんなハーマイオニーを見送ってから、俺もスリザリン寮へ足を運ぶ。
外の天気は相変わらず最悪なのだが、心の中は対照的で、不思議と一切の曇りがなかった。
俺は、ハーマイオニーと一緒に課題ができることをとても楽しみにしているのを自覚した。