日本人のマセガキが魔法使い   作:エックン

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ハリーポッターの原作を読む機会があって、懐かしさのあまり筆を進めました。
楽しんで書くので、楽しんでいただけたら幸いです。


両親の遺品

夏休みも終盤に入る頃だった。友人達とは変わらず手紙のやり取りを続け、ダフネからアストリアがホグワーツの入学を決めたという報告を受けて間もない頃。新聞が号外で大々的にあるニュースを呼びかけていた。

極悪人シリウス・ブラックの脱獄。

例のあの人、ヴォルデモートの信望者であり、右腕と言わせしめた人物。逮捕される直前に十二人ものマグルと一人の魔法使いをたった一つの呪文で殺す程の実力者でもあるため、そのような人物の脱獄と、また、アズカバンからの脱獄は不可能という魔法界の常識を覆される形となり魔法界では緊張が走った。魔法省はすぐさま対策を講じ、調査のために闇払いから特別チームが作られ、現在では一人での外出などは避けるようにと言った呼びかけまでも行われている。

十数年前の時代を生きてきた人々にとっては、これは恐ろしい事態だろう。ヴォルデモートの右腕が脱獄し、今もどこかに身を潜めているのだから。しかしこういった大騒ぎは自分の様な人間には、どこか対岸の火事の様な感覚が抜ききれなかった。魔法界に来てまだ三年目。十年ちかくも前のことは、言ってしまえば教科書で習う戦国時代や、もっと近くても、過去の戦争の様にどこか現実味のないものとして身に降りかかっていた。

友達との手紙の話題も、全てシリウス・ブラックに持っていかれた。全員がシリウス・ブラックについて知っていることや考察を、時には親からの情報も手紙に書き記している。

このニュースにもっとも動揺を受けていたのはネビルであった。他の囚人が脱獄するのではないかと、気にかけている様だ。魔法省の対策がどこまで信頼できるものなのか、といった議論は主にハーマイオニーとダフネと重ねた。ブレーズとドラコとはブラックがどうやって脱獄したのかが主な話題だった。二人は親の影響か、闇の魔術については多少なりとも知識があるようで、こういった方法はどうかという提案が多い。パンジーと、最近に手紙を寄越すようになったアストリアは束縛される事への不満が多かった。

それでも、何か大きな事故が起きることはなく無事に時間は流れ新学期前にはいつものようにドラコとブレーズと買い物に行くことになった。

そのまま時間は流れ、新学期の知らせと準備品のリストを携えたフクロウが部屋を訪れ、去年と同じようにドラコとブレーズと共にダイアゴン横町へと買い物をすることとなった。ただし、今年の引率はブレーズの母親であった。

ゴードンさんにその旨を伝え了承を得た。

 

「……そうだな。行くのは構わないが、帰りは何時頃になりそうだ?」

 

「警戒体制も敷かれているし、そう遅くはならないよ。六時ぐらいだね」

 

「そうか……」

 

そう言い、ゴードンさんは少し考えるような素振りを見せた。やはりシリウス・ブラックの事が気がかりなのだろう。そう思い、心配させまいと声をかけた。

 

「心配しないで。日中に用事は終わらせるし人気のないところにも流石に行かないよ。日が落ちるまでには必ず帰ってくる」

 

そう言うと、ゴードンさんは少し考えた様子を見せたが何も言わずに頷くとそのまま寝室へと向かった。了承は無事に得られたようだ。

買い物当日、今年は迎えが無く現地集合であったため、集合時間よりもやや早くに到着する時間に出発する。

集合場所であるグリンゴッツ銀行には到着したが、案の定、見知った顔は無かった。金を引き出しても尚時間はありあまり、壁に背を預けながらボンヤリと考え事をした。言わずもがな、シリウス・ブラックのこと。

何が目的なのか、どうやって脱走したのか、それなりに考えを巡らせたが大した案は浮かばず、気がつけば集合時間になっていた。ドラコと、母親を伴ったブレーズが姿を現した。ブレーズもドラコも相変わらずの様子で安心させられた。

ブレーズの母親は、息子のブレーズが褒めるのも分かるほどの美人であった。ブレーズの女性への評価の厳しさにこの女性が起因しているのは明らかだった。豊かな金髪と整った眉毛に長い睫、化粧っ気を全く感じない真っ白い肌。目つきはキツメだが、それがより彼女を印象強くした。

 

「貴方がジンかしら?」

 

やや高飛車な口調でそう問われた。頭を軽く下げ、名乗る。

 

「はい。初めまして。ジン・エトウです」

 

ほんの数秒値踏みするような目で見られたが、彼女の中の妥協点は得られたようで、彼女は一人頷き傍らにいる息子へと声をかけた。

 

「このしっかりした子と、ドラコが一緒なら安心ね。私は少し買い物をするわ。待ち合わせは、そうねぇ……行きつけの、服屋でいいかしら? 必需品集めなんて昼には終わるでしょう? お小遣いもあるわね? 四時に来ればいいから、それまで遊んでいなさい」

 

「あいよ。それじゃあ、俺達も行こうぜ」

 

ブレーズは母親に短く言葉を返すと、俺達を連れて悠々と歩き出した。やや慌てながらブレーズに付いてゆき、数歩進んだ所で振り返れば、そこには既にブレーズの母親の姿はなかった。

 

「結構、いい加減だろう?」

 

俺が振り返ったのを見て、ブレーズが笑いながら声をかけてきた。呆然と頷いて返すと、ブレーズは言葉を続けた。

 

「まあ、それだけお前とドラコが信用されてるってこった。お袋なりの歓迎の印だ」

 

「……奇抜だな」

 

「僕もその歓迎を受けた時は驚いた。しかしまあ、悪い気はしないだろう?」

 

ドラコの言葉に賛同しながら、いつものように会話を繰り広げて行った。印象的なブレーズの母親のお陰で、話は出会い頭から随分と盛り上がった。そしてブレーズの母親の話から最近発売された箒の話へ移り、まるで生き物の様な教科書、去年に買ったペットのシファーの話まで話題を広げていった。しばらく歩き回り、必需品をそろえ終わる頃には昼食時でもあったため、少しダイアゴン横丁から離れた所にある飲食店へと足を運んだ。

ベルを鳴らしながらドアを開け、空いた窓際の席に三人で座りメニューを開く。少々値が張るが牛肉のステーキとライスを頼み、他の二人も似たような注文をして店員が引き下がったところでブレーズが話を切り出した。

 

「そういやよ、シリウス・ブラック! アイツの調査って、今、どうなってんのかね?」

 

今日、シリウス・ブラックの話題はこれが初めてだ。ブレーズが調査の現状を聞いてきたが、手紙で十分話し合っていたお蔭で話すことはそう多くはなかった。しかし、ドラコは更に新しい情報を仕入れてきたようだ。

 

「目撃情報というのは未だに掴めていない。しかし、奴の目的というのは、やや明るみになってきているな」

 

「へえ? 親父さん情報か?」

 

「ああ、まあね」

 

ブレーズの質問にドラコは誇らしげに答えながら、その新情報を教えてくれた。

 

「しかし、聞いたところアイツの目的というのは少なからず僕等にも関係してくる。僕が話さなくても君達の耳に入るのは時間の問題だろうね」

 

「と、言うと?」

 

例のごとくもったいぶった話し方をするドラコに、続きを促す。それを受けて、ドラコはアッサリと白状した。

 

「アイツの目的地が、ホグワーツということが分かったのさ」

 

この情報は俺とブレーズには衝撃的だった。ブレーズと俺で目を丸くしながら顔を見合わせる。

 

「その根拠はあるのか?」

 

ブレーズが、無意識であろうが、疑わしげな声色でそうドラコに尋ねた。その様子を見て、ドラコは愉しそうに笑う。

 

「ブラックが脱走した夜のことだ。実は偶然にもその日、ファッジがブラックの監獄を視察していたんだよ。そこでね、ファッジが聞くにはブラックはいつも同じ寝言を言うんだそうだ。『アイツはホグワーツにいる……アイツはホグワーツにいる』ってね。そして、この脱走だ。ブラックがホグワーツを目指しているのは明らかだろう?」

 

「しかし、そんなこと新聞には一言もなかったが……」

 

情報源が情報源なので、信憑性は高いもののそんな重大な情報が秘匿にされている理由が分からなかった。しかし思わず漏れた俺の疑問に対する答えも、ドラコは既に用意している様だ。ドラコは上機嫌な声のままスラスラと答えを述べる。

 

「ファッジはブラックの件で目立つことを嫌うのさ。犯罪者一人に振り回されて、その上、目的地まで掴めているというのに目撃情報すら集まらないこの体たらく。少しでも隠したいと思うのは自然だろう?」

 

随分と説得力のあるドラコの説に、声を失う。対しブレーズは他の部分に疑問を持ったようだ。

 

「しかし、その話が本当ならよ、シリウス・ブラックがホグワーツにいる誰かに執着しているんだろう? 魔法省はどうするんだよ? なんか対策は立てねえのか? それにその誰かっていうのは分からねぇのか?」

 

ブレーズの質問にドラコはやや眉をひそめた。しかしそれに不快感は見えず、むしろブレーズの疑問に疑問を抱いているようだった。

 

「対策は既に立てている。今年は警備として吸魂鬼を学校に配置するらしい。まあ、本当かどうかは知らないがね」

 

「吸魂鬼? おい、それまじかよ……」

 

ドラコの話を折る形になるが、ブレーズが嫌そうにそう呟いた。

吸魂鬼については知っている。アズカバンの看守であり、最悪とも言える魔法生物の一つ。生き物の幸福と言える感情や生きる気力を糧とする。魔法使いの間では、死神の様に忌み嫌われているとのこと。

ブレーズの嫌悪に満ちた表情も理解できる。ドラコは溜め息を吐いて話を再開させた。

 

「吸魂鬼は魔法省の管理下に置かれているんだ。そう忌み嫌うこともないだろう。それよりも、ブレーズ。本当にシリウス・ブラックの目的が分からないのか?」

 

ドラコの斬り返しに、ブレーズは困惑の表所を浮かべる。予想のつけようがないという感じだった。困ったような表情をこちらに向けてくる。

俺はというと、シリウス・ブラックがホグワーツを目的地にしているという話を受けて目的の予想はなんとなくついていた。

 

「俺でも予想はつく。お前もちょっと考えれば思いつくんじゃないか?」

 

そうブレーズに投げかけると考えるような仕草をしたが、直ぐに両手を挙げて降参の意を示した。

 

「あー、サッパリだ。答えを教えてくれよ」

 

「ちょっとは考えたらどうだい?」

 

完全に呆れの入ったドラコの言葉のすぐ後に、注文された三人分の料理が運ばれてきた。三人とも空腹であったため、質問の答えは先送りに、とりあえず料理に取りかかりる。半分ほど料理を消費してから、ブレーズが口を開いた。

 

「それで、シリウス・ブラックの目的ってのは何だ?」

 

ドラコは自分の料理である白身魚を口に運んでいる真っ最中であった。そのため、俺が口を開いた。

 

「まあ十中八九、シリウス・ブラックの目的はポッターだろうな」

 

それを聞いた瞬間ブレーズが頭を押さえた。

 

「そりゃそうか! 何で気が付かなかったんだ、俺は!」

 

オーバーなリアクションをとるブレーズに、ようやく食べ物を飲み込んだドラコが口を開いた。

 

「まったくだ。それ以外に、何が考えられるって言うんだい?」

 

嘲笑の入った言葉を受けて、ブレーズがややムキになって言い返す。

 

「いや、だってよ、もっと他のことだと思ってたんだ。ほら、マグル生まれとかさ、それを殺しにかかるのかねって……。今、魔法界に滞在してるマグル生まれがこぞって引っ越しを始めたのって知ってるか?」

 

「それ、本当か?」

 

ブレーズの口からは、今まで聞いたシリウス・ブラックに関わる情報の中でも一、二を争うレベルの衝撃的な知らせだった。

まさか、事態がそこまでとは予想もしていなかったのだ。一人の犯罪者がここまで世界を震撼する。今まででは考えられなかった。俺の食い付きが予想外だったのだろう。ほんの少し詰まりながらブレーズが肯定する。

 

「おう……。あー、引っ越しって言っても、事が収まるまで帰省だとかマグル界への長期滞在だとかやってるだけだ。中には、本当に引っ越しをしている奴等もいるだろうがな」

 

「まあ、当然の事だろう。しかし、今回に限ってはシリウス・ブラックもそんな奴等に目も向けていないようだがね」

 

シリウス・ブラックについての情報はそれ以上なかった。あとは手紙で話した通りのことだけ。闇の魔術について、俺が知らないことが多い分、ドラコとブレーズの二人が存分に講釈を垂れていた。

そのまま食事を終え、店を出て、散策を始める。買い物は終わっているため、のんびりとアイスを食べながらダイアゴン横丁を歩いて回った。楽しく話をしながら過ごし、四時前になると約束通りブレーズの行きつけの服屋へと足を運んだ。

そこには既にブレーズの母親の姿があった。何やら買い物袋と思われるものを右手に下げていた。ブレーズはそれを見ると、茶化すような口調で母親に話しかけた。

 

「御眼鏡にかなうものは見つかったのか、珍しい。それ、いくら?」

 

「五十ガリオンよ。まあまあってところね。そんなことより、もう帰るわよ。最近、警戒態勢が敷かれてるから遅くなると面倒なのよ」

 

そう言いながらブレーズの母親はブレーズを引き寄せると、ブレーズの服に目を止めた。

 

「あら、汚れがついてるわ。それに、着崩れてるわね。ほら、こっち来て。直してあげるから」

 

そう言いながらブレーズの服に手をかけると、不機嫌そうにブレーズがその手を振り払った。

 

「そんなことすんのは止めてくれ! アイツらだっているんだ!」

 

母親はブレーズの抗議を受けて、あら、と言いながら残念そうに手を引っ込める。それから俺達の方を向いて声をかけてきた。

 

「あなた達もすぐに帰りなさい? ドラコはそこの暖炉を使えばすぐでしょう? あなたは……」

 

「すぐそこに住んでいるんで、歩いて帰れますよ」

 

「そう? なら、気を付けて帰るのよ。今日はご苦労様」

 

そう言うと、ブレーズの母はブレーズに構いながら帰って行った。ブレーズは度々それを拒否しながらも、相手をしつつ近くの暖炉へと姿を消した。

チラリとドラコの方へと顔を向けると、ニヤニヤと笑みを浮かべていることが分かった。俺の視線に気づいたのか、その表情のままこちらを向いてドラコが言ってきた。

 

「見たかい、あの恥じ入ったブレーズの様子。中々見れるものじゃないね」

 

「そうだな。レアものだった」

 

同時に、母親が放任することが本当に俺達への信頼を示していたのだということが分かった。ブレーズの母親は、ブレーズのことを目に入れてもいたくないほどに可愛がっているのが十分に分かったのだ。ほんの少しだけ、羨ましく思えた。

それからすぐにドラコとも別れて、帰路につく。

宿泊所に着くと、ゴードンさんは奥の方に座って新聞を読んでいた。帰宅の挨拶と共に自室に向かう。それから、荷物の整理をしていたら机の上に放り出された紙が目についた。

ホグズミートへの許可証。すっかり忘れていた。

急いで紙を手に取ると階段を下り、先程と同じようにして座っているゴードンさんに声をかける。

 

「ゴードンさん。ちょっといいかな?」

 

「ああ、何だ?」

 

ゴードンさんが新聞から顔を上げて俺の顔を覗う。

 

「いや、大したことじゃないんだけど……。三年生になれば、休みの日に学校の近くの村に行けるようになるんだ。でも、そのためには許可証が必要でさ。保護者のサインが必要なんだ」

 

「……保護者のサインか」

 

「そう、これに」

 

そう言いながら、許可証をゴードンさんに渡す。ゴードンさんはそれを受け取ると、しばらく眺めていた。そのまま固まってしまいサインする様子のないゴードンさんに、不審に思って声をかける。

 

「あー……ダメかな? ……シリウス・ブラックのことで、心配なのは分かるけど、学校側も対策を講じてくれてるはずだし」

 

そう言うと、意外なことにゴードンさんはあっさりとそれを否定してきた。

 

「いや、シリウス・ブラックの事は確かに心配だが、それほど心配はしていない。お前も、まさか危険な事をするつもりじゃないだろう?」

 

内心、驚きながらポロリと声をこぼす。

 

「……まあ、ね」

 

一年生の頃も二年生の頃も安全とは言えない学校生活を送っていたため、少しは釘がさされるのかと思ったが思いのほか、信頼されていたらしい。うれしい誤算ではあった。

しかし、それではゴードンさんが何に悩んでいるのか分からず、許可証と向き合ったままのゴードンさんをじっと見つめるしかなかった。しばらくして、ゴードンさんがポツリとつぶやいた。

 

「サインをする前に、お前に少し見せたいものがあるんだ。ちょっと待っててくれ」

 

ゴードンさんのいつになく神妙なその言葉に、少し緊張する。うなずいて返すと、ゴードンさんは立ち上がってどこかへ行ってしまった。それから直ぐに小さな袋を手に持って戻ってきた。

 

「それじゃあ、ちょっとこっちに来てくれ」

 

ゴードンさんが手招きする方について行くと、ゴードンさんは暖炉の前で立ち止まった。それから袋を開けて中身を一掴み取り出した。袋の中身はフルーパウダーだった。

意外だった。二年以上ここに住んでいるが、暖炉を移動に使ったところは見たことがなかったのだ。

ゴードンさんは残りフル―パウダーを袋ごとこちらに押しやると、こちらの顔を見ながら声をかけてきた。

 

「使い方はわかるな?」

 

「うん、大丈夫。行先は?」

 

袋から一掴み分取り出しながら素直にそう返すと、ゴードンさんは懐から小さな、それでいて高価そうな箱を取り出して俺に渡した。

 

「行先はその箱の中にある紙に書いてある。読んでくれ」

 

なぜそのような遠回しなやり方で教えるのかわからなかったが、言われた通りに箱を開ける。

中には小さな紙きれが一枚はいっていた。紙切れには、今となっては懐かしい日本語で「ジンの部屋」と書かれていた。

 

「俺の部屋?」

 

意外な行先名に思わずつぶやくと、ゴードンさんは少し苦笑いしながら話した。

 

「そういう名前の場所なんだ。今、お前が住んでいる部屋とは別の場所だ」

 

それからゴードンさんは暖炉に向かうと、フルーパウダーを投げ入れながら目的地をつぶやいた。

 

「ジンの部屋」

 

暖炉はたちまち見慣れた緑色の炎で包まれた。ゴードンさんがその中に消えていくのを見守ってから、続けて自分も同じようにして向かう。

もう慣れた浮遊感に視界の回転を感じながら、足が地に着く感覚を待つ。両足で立っている感覚が戻ったら、そのまま真っ直ぐ歩く。視界が開けた先は、見慣れない部屋だった。床は絨毯で敷き詰められていて、部屋の中央にはテーブルに椅子、ソファーにクッションとくつろげるような部屋づくり。奥のほうにはミニキッチンと思える設備と食糧庫があった。そして何より特徴的なのは、窓はおろか扉が一つもないことだった。

 

「ここは特殊な部屋でな……」

 

ゴードンさんはそう言いながら、懐かしむように部屋を見渡した。

 

「さっき見せたメモを見たものしか、ここに来ることはできない。お前の両親が作った部屋だよ。いつかお前に引き継ごうと思っていた」

 

ゴードンさんはそう言いながら、部屋にあった椅子に座り、向かいの席に俺を座るように促した。

俺はおとなしく座りながら、ゴードンさんの話を聞く態勢になった。

 

「この部屋を引き継ぐ前にな、お前に話そうと思っていることがある。俺がお前を引き取って保護者となった経緯についてだ」

 

ゴードンさんのところに初めて来た日、父との約束で俺の面倒を見ることとなっていると話をされた。

しかし、その約束の経緯も内容も、自分は一度も聞いたことはなかった。

 

「お前の父親との約束の話をする前に、少し俺の話をしなくてはならないな」

 

ゴードンさんはそう言うと、少し言い淀むような素振りをしてから話を切り出した。

 

「……俺はいわゆる、スクイブというやつだ。魔法使いの家庭に生まれておきながら、魔法の才能が全くなかった人間だ」

 

ゴードンさんがスクイブ。予想していたことではあった。一緒に暮らしている中で、杖を振る姿も、魔法らしきものを使う姿も一度も見たことがなかった。

 

「……ゴードンさんがスクイブなのは、なんとなく予想してたよ」

 

そう言うと、ゴードンさんは少し微笑みながら話をつづけた。

 

「そんな気はしていたよ、お前は気付いているんだってな。……言わせてもらうとな、スクイブというのは、魔法界において立場はかなり悪い。まともな職にありつくのが難しいくらいにな。そんな俺がこうして宿泊所を経営しているのはな、お前の父親、アキラの協力があったからだ」

 

少し懐かしむようにしながら。ゴードンさんは話を続ける。

 

「アキラと知り合う前、俺は魔法界に持ち込まれたマグル製品などの処分の手伝いをしていた。まあ、いわゆる魔法省の下請け雑務だ。アキラは、俺が処分しているマグル製品に少し興味を持っていてな……。洗濯機や、掃除機や、コンロや電気スタンド……。そういったものを、魔法が使えない人間の生活が楽になるものとして気にかけていた」

 

父親の話を詳しく聞くのは、これが初めてかもしれない。

マグル界の家電や機械について興味を持っていたといのは、かなり意外な情報であった。

マグル界の道具について興味を示すことは、魔法界であまり一般的ではないことを知っている。

俺が意外そうな顔をしていたのか、ゴードンさんは俺の表情を見てうなずいて見せた。

 

「そうだ、魔法使いがマグルの製品について興味を持つことはあまり一般的なことではない。アキラは、少し変わり者という評価がされていた。スクイブの俺にも、よくしてくれていたことがそれに拍車をかけていたとも思う。……俺の宿屋はな、アキラの研究の成果がたくさん置いてあるんだ。アキラが作った、洗濯機や掃除機を模倣して作成した道具で、俺はこの宿屋での仕事をたった一人でまかなうことができている。……まあ、客が少ないということもあるがな」

 

ゴードンさんは自嘲気味に最後に付け加えた。

父の協力で宿屋ができたということの意味が分かった。

スクイブであるゴードンさんが魔法界で宿屋を経営するには、魔法に代わる何かが必要だった。それを用意したのが自分の父親だということなのだ。

 

「俺がまともに生活できているのも、ひとえにアキラのお陰だ。アキラには、返しきれない恩がある。だからこそ、俺はアキラにもしものことがあればお前の面倒を見るという約束もしたし、それをきっちりと果たすつもりだ」

 

父とゴードンさんの関係が理解できた。

今まで、ゴードンさんの宿に住ませてもらい、それを当たり前のように享受してきた。しかし、その経緯をしっかりと知ったのは、一緒に住んで二年もたってからだった。

こういったことを知らずに生活していたことがなんだか申し訳なく、バツの悪さを感じてしまう。

それをゴードンは察したのだろう。俺に優しく、そしてどこか申し訳なさそうに笑いかけながら、話しかけてきた。

 

「俺が話そうとしていなかったからな。こういったことは、本来は早く教えるべきだったと思っていたが……。俺も少し気後れをしていたんだ。お前の面倒を見るというアキラとの約束、お前が十一歳になるまで果たせなかったからな」

 

そう言われ、はっとした。

確かに、自分はホグワーツに来るまでマグル界にいる親戚に引き取られていた。父との約束があったというゴードンさんの話とは、少し矛盾が生じている。

 

「俺はどうして、十一歳までマグル界で預けられていたんだろう?」

 

そう聞くと、ゴードンさんはますます申し訳なさそうな顔をしながら話した。

 

「詳しいことは、俺も分かっていない。ただ、ダンブルドアの指示だったんだ。お前がある程度しっかりするまでは、マグル界の方にいたほうが安全だっていうことしか俺は言われなかった。……ダンブルドアからは、何か聞いていなかったのか?」

 

「いや、何も……。ただ、ホグワーツに連れていくことが、俺の父との約束だってことしか……」

 

ダンブルドアと初めて会った二年前のことを思い起こしても、それ以外のことは言っていなかったはず。

ゴードンさんは少し不思議そうな表情をして、俺の手についている指輪を指さした。

 

「お前がしているその指輪、ダンブルドアから渡されたものだろう? それは、お前の両親の形見のはずだ……。お前の母親、カナがしていた、結婚指輪だ」

 

驚いて、自分の指にはめている指輪を見る。左手の人差し指につけていた指輪。確かにダンブルドアに渡されたものだが、言葉が分かる為のものと言って渡された。両親の形見だとは、一言も言われなかった。

 

「……今度、ダンブルドアに話を聞いてみるんだ。お前は知る権利があるし、ダンブルドアも教えてくれるはずだ」

 

一年生の頃から、ダンブルドアは俺を気にかけていた。それは俺が第二の闇の帝王になる可能性があるからだし、二年生の時に至っては事件の渦中にいたからだ。

ダンブルドアを信用しよう、と去年の事件の後に思った。ダンブルドアが俺に何か隠し事をしているかもしれないことを知った今でも、それは変わらない。隠しているからには何か理由があるはずだ。ダンブルドアが意味もなく、両親のことを隠すとは思えないのだ。むしろ俺が知らない方がいい秘密の可能性が高い。

黙って考え始めてしまった俺に、ゴードンさんはこれで話は終わりだと言わんばかりに少し明るい口調で話しかけてきた。

 

「話が長くなってすまないな。さあ、ホグズミードへの許可証はサインをしておこう。それと、この場所へ来るためのメモはお前に引き継ぐ。友達との秘密基地にしてもいい。暖炉があれば、どこからでもここに来れるからな。それに今は警戒が必要だ。安全な避難場所として使ってもいい。ただ、この場所を教える相手は本当にしっかりと選んだ方がいいぞ。何せ今やこの場所に来れるのは、俺とお前だけだ。ダンブルドアでさえ、この部屋の存在は知っていてもここに来ることはできない」

 

そう言って、ゴードンさんはメモの入った箱を俺に渡してきた。

ホグズミードに行けること、そしてドラコ達と会えること。ホグワーツへの楽しみは確かにあるが、同じように、少しばかりの不安も生まれてしまった。

 


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