日本人のマセガキが魔法使い   作:エックン

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半分近くが主人公不在


ポリジュース薬

襲われてから翌日、ドラコ達が見舞いに来た。怪我が大したことが無かったことに、全員がホッと一息を吐いた。

 

「純血だよな、お前? 何で襲われたんだ?」

 

「それは俺が知りたい」

 

ブレーズの疑問に返答する。心当たりはあるが、日記に関してはおいそれと口に出すべきではないだろう。少なくとも、日記が原因で襲われたのであれば話す相手は慎重に選ぶべきだ。

 

「……君を襲ったのは継承者ではない、というのは考えられないのかい?」

 

「ドラコ、心当たりがあるの!?」

 

しばらく黙っていたドラコが、俺に質問してきた。何か気になることでもあるのか、その表情は何処か浮かない。そんなドラコの質問に、パンジーは素早く食い付く。

 

「いや、心当たりということでもないよ。例えばさ、君が継承者だと勘違いした何処かの馬鹿が先走って君を殴りに来たとか……」

 

「どうだかなぁ……」

 

ありそうで、ない意見だと思う。日記のことが無ければ十分に候補の一つとして挙げても良かっただろう。もし俺を継承者だと勘違いした奴の仕業ならば、わざわざ日記みたいな襲った証拠を持ち帰ったりしないだろう。日記が無くなった時点で、目当ては俺より日記だったと考えるのが自然だ。そしてあの日記を必要とする人間は、少なくとも継承者と無関係とは言えない。

 

「継承者には、君を襲う理由なんてないと思うんだ」

 

弁解じみた言い方に、ドラコは継承者が俺を襲ったとは思いたくないように見える。

そう言われて、継承者が俺を襲う理由を考えてみる。マグル生まれやスクイブを排除したい人にとって、純血の俺を排除したい理由。

 

「その辺は、無いようであったりするから困る……。むしろ、石化していない時点で継承者が襲ったって考えられなくもない」

 

「普通は逆じゃないのかい?」

 

「いや、俺が純血だから石化しないで済んだとかさ」

 

そう答えるとブレーズやダフネは納得した様な声を出した。ドラコはそれでも納得していないようで、パンジーは何の話しか分かっていないようだ。

 

「それじゃあ、君が襲われる理由は?」

 

「ああ、その辺は微妙だが、俺がマグル育ちとかさ。そう考えたら、他にもあるだろ」

 

今度こそドラコは沈黙してしまった。それからしばらくして、ドラコ自身が控えめな声で付け足した。

 

「そうだね。マグル生まれの排除にも反対だった」

 

「それは継承者が俺を襲うとしたらはネックな部分になるだろうな。まあ、結局犯人は分からず仕舞いだけど」

 

ドラコがようやく継承者が俺を襲ったという可能性を肯定すると、少し暗い顔になって立ち上がった。

 

「その……、君が何ともなくて本当に良かったよ。僕は少し先に寮に戻る。やりたいこともあるしね」

 

そう言うと、パンジーと一緒に病室を出ていってしまった。残ったブレーズとダフネに質問してみる。

 

「ドラコに何かあったのか? あんまり元気がないみたいだが……」

 

「さあ? 強いて言うならお前が襲われた位だろ」

 

ブレーズも心当たりがないらしく、俺と同じように首をかしげる。

 

「あなたが襲われたからでしょう、元気がないの」

 

何も分からない俺達にダフネが言った。

 

「どういうことだ?」

 

何か知っているようなダフネに、質問を重ねる。

 

「純血のスリザリン生で成績も優秀、そんなあなたが襲われたのがショックなんじゃない」

 

「それがどうした? 少なくとも、襲われる理由は無いわけじゃねぇだろ」

 

ブレーズの反論にも、ダフネの主張は曲がることは無い。

 

「ドラコはサラザール・スリザリンに少し妄信的な所もあるから、襲われる理由が分かっても納得しきれないのが余計にショックなんでしょう。ドラコ自身も、マグル生まれに対して考えが変わってきていたでしょう? あなたとハーマイオニーが原因で。もしあなたを襲ったのが継承者なら、それが否定されている気分なのよ、サラザール・スリザリン自身に」

 

少し納得がいった。ドラコがマグル生まれに対して軟化したのは十分に分かっていたが、それがこんな所で裏目に出るとは思わなかった。

 

「何となく分かるわ、それ」

 

ブレーズも同意の声を上げた。

 

「俺も何だかんだ言って、マグル生まれとかあまり考えなくなってきてたしな。昔は今回みたいな事件が起きてたら、はしゃいでたかもしんねぇ。今はお前もいるし、むしろ心配ごとの方が目につくようになったな」

 

お前の苦労体質が移った、と笑いながら言った。そんなブレーズの言葉を聞きながら、いつの間にか入っていた肩の力を抜く。ダフネも少し笑った。

 

「あいつも俺も、ちょっと変わった。まあ、あいつは依然とファザコンだが……」

 

そこで、ブレーズは気が付いたかのように声を上げた。

 

「分かったぜ、ジン。あいつがお前を気に入った理由!」

 

「何だよ、いきなり」

 

苦笑いと共に聞くと、ブレーズは笑いながら言った。

 

「あいつ、お父さんが大好きなんだよ。だから、お前も大好きなんだ」

 

これにはダフネが大笑いだった。俺も少し呆れながら、やっぱり笑ってしまった。

 

「あいつが落ち込んでる時に、何を言ってんだよ」

 

「もしかしたら、落ち込んでいるというよりも迷っているのかもしれないわね」

 

「……今の考えと昔の考え、どっちを取るかを?」

 

「そうね、そうというよりは……」

 

人差し指を口に当てて考えるような仕草をしてから、こちらを向いて悪戯っぽく微笑み

 

「二人のお父さんの、どっちを信じるかじゃないかしら?」

 

そう言った。

 

 

 

 

 

ブレーズもダフネも帰って行った後、暇を持て余したままボンヤリと寝ていたら新しい訪問者が現れた。

 

「調子はどうかね?」

 

ダンブルドアだった。驚くが、予想はしていたので直ぐに姿勢を正して対応する。

 

「もう大丈夫です。石化もしていませんし、怪我も大したことが無く済みました」

 

「それは何よりじゃ」

 

ダンブルドアは微笑みながら、近くの椅子に座った。

 

「残念ながら、君を襲ったのが何者か我々には分からない。そして、君にも分からないじゃろう。しかし、君に聞きたいことがあるのじゃ」

 

ダンブルドアは少し真面目な顔で話した。

 

「初めて秘密の部屋が開かれた時、君は一番初めにその現場におった。今回、君は他の犠牲者が出ると同時にこうして医務室へと送り込まれる形になった。どうも、君が事件とは無関係と考えにくい部分がある」

 

そう言われ、ダンブルドアに対して警戒心を抱かずにはいられなかった。

 

「去年、儂と君が話したことは覚えておるかね?」

 

「ええ、勿論です」

 

闇の素質、第二の闇の帝王のことだろうか? 忘れるはずもない。

 

「結構。それでは聞こう」

 

ダンブルドアが俺から視線を離すことは一切なかった。俺も、ダンブルドアを見返す。

 

「君は何かこの事件に関して知らんかね? 儂に、何か言いたいことは無いかね?」

 

ダンブルドアがこんな聞き方をしているのはわざとだろうか? 青い瞳から感じる強い意志は、ダンブルドアが俺を疑っているようにしか見えなかった。そして、何故かハグリッドのことが頭に浮かんだ。

冤罪によってホグワーツを追放され、魔法を奪われ、森番を強いられた、一部の人達から蔑みの眼で見られている優しいハグリッド。

急に何もかも打ち明けるのが怖くなった。日記のことも、突然聞こえてきたあの声も、話してしまえば、俺を犯人と誤解させるかもしれない。日記には闇の魔術が少なからず知識としては含まれていた。誰にも聞こえない声が聞こえる、ということは魔法界では気が触れる前の兆候として有名だという。そして、闇の素質を抱える俺は、どうすればいいのだろうか?

頭が真っ白になった。何も考えられない。目をそらすことも、打ち明けることもできない。

 

「……いえ、何も」

 

嘘をついてしまった。ダンブルドアは何も言わなかった。しばらく俺を見つめたままだった。それから表情を緩め、

 

「そうか。では、お大事に。しっかり休むんじゃよ」

 

と言って病室を去って行った。

ダンブルドアが病室を去ってから後悔した。正直に話すべきだった。ダンブルドアは問答無用で切り捨てる人間ではなかったはずだ。疑わしきは罰せず。そう言って猫が石化した時も直ぐに開放してくれたではないか。

それでも言うのは怖かった。日記を持ったこと、声が聞こえたこと。二つとも、秘密の部屋が開かれていなかったら俺の抱える問題に直接に関わってくる。打ち明けたとしよう、ダンブルドアに何もかも。しかし、それで秘密の部屋とは別に、むしろ俺の闇の素質が問題視されるようになったら俺はどうすればいいんだ? 俺はどうなるんだ?

決意したはずだった。死人が出るということを知って、疑われるのは覚悟の上だったはずだ。それでも、ダンブルドアからの疑惑には堪えるものがあった。自分の中の闇の素質が、恐怖や不安を駆り立てるのだ。

思考は堂々巡りとなり、結局はダンブルドアに何も言えず、犯人が捕まるのをジッと待つしか自分には出来ないことを悟った。それはダンブルドアが来る前にしようとしていたことじゃないか。何も変わらないんだと、自分を納得させた。

事件のことは考えるのを止めて、ベッドに潜り込む。そう言えば、もうすぐクリスマスだ。

 

 

 

 

 

 

ジンが襲われた、という噂はドラコ達には勿論、ハリー達にも衝撃的だった。

ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人の中では最も疑わしかった人物の犯人である可能性が無くなったのだ。

 

「襲われたふりじゃないかな? 実は元気とか……」

 

ロンがそう言うと、すぐさまハーマイオニーが反論した。

 

「マクゴナガル先生に私が確認するのを聞いたでしょ? 少なくとも、誰かに襲われたのは間違いないって」

 

「それはそうだけど……」

 

ロンとは対照的にハーマイオニーは晴れ晴れとした表情だった。胸の重りが取れた、といった感じだ。

 

「言ったじゃない! 彼がそんなことをするはずないって」

 

得意げなハーマイオニーの様子を、ロンは白い眼で見た。

 

「それで、ポリジュース薬はどうするの? 捨てちゃう?」

 

ハリーが聞いた。ジンが犯人じゃないと分かった今、ポリジュース薬で何をするべきか分からなくなったのだ。

しかし、ロンとハーマイオニーの意見はハリーとは違った。

 

「これだけ苦労したのに、捨てるなんてとんでもないわ!」

 

「それに、マルフォイに聞きたいことは残ってる。エトウが犯人じゃないとしても、マルフォイが犯人じゃなくなったわけじゃないんだ。怪しいだろう? あいつがクリスマスにホグワーツに残るだなんて。去年はそのことで散々、君を馬鹿にしてきたのに」

 

「それに、ハッキリさせておきたいでしょう? 疑わしい人間が本当に犯人かどうか、しっかり自分の眼で」

 

ここまで言われ、ハリーは反論する気にはならなかった。それにマルフォイの疑いが晴れたわけではない、というのには同意見だった。

 

「ポリジュース薬の調子はどう?」

 

「長くお待たせしないわ。間もなく完成よ」

 

自信満々にハーマイオニーは答えた。

 

 

 

 

 

クリスマスはここに残ることにした。というのも、クリスマス前にあった廊下での会話が原因だ。

 

「よう、ジン」

 

「今年は、ここに残らないのか?」

 

声をかけられ振り返ると、フレッドとジョージが立っていた。

 

「久しぶりだな、二人とも。部屋の調子はどうだ?」

 

「絶好調さ。今日は、その話もしようと思って君に声をかけたんだけどね」

 

「クリスマス、実家に帰って何かしなくちゃならないことでも?」

 

「いや、特に何も決めてない。騒ぎのこともあって、一応は帰っておこうと思っただけだ」

 

そう返答すると、二人は顔を見合わせニヤリと笑った。

 

「なあ、クリスマスは俺達と熱い夜を過ごさないか?」

 

「身も心も震わせる、素敵なクリスマスにしてやるよ」

 

「……悪戯グッズの新作ができたのか? その言い方から、花火系統だな。それも音の馬鹿でかいやつ」

 

「当たり!」

 

「察しが良くて助かるよ」

 

そう言いながら、改めて俺に向き直る。

 

「君さえよければ、俺達と一緒に発明にでも取り組んでもらおうかなってね」

 

「部屋代、俺達は十分に払ってないからな」

 

笑いながら誘ってくれる二人に、どこか救われるような感じがする。それに丁度、笑い話や刺激が足りていなかったところだ。秘密の部屋の騒動のことなど、忘れてしまいたかったのだ。

すぐさま承諾すると、ホグワーツの居残りリストに名前を書きつけた。その際に気が付いたのだが、ドラコも残るというのは驚きだった。本人に直接尋ねると、

 

「ああ、まあ、やりたいことがあるんだ。少しね。父上からも許可はある」

 

そう濁してどこかに行ってしまう。以来クリスマスの話題になると、いつもそうなった。結局はドラコに深く追求することなく、クリスマスはフレッドとジョージと悪戯グッズを開発することとなった。

クリスマスに楽しみがあるお蔭で、残りの授業も大した苦にはならなかった。ブレーズ、ダフネ、パンジーなどの実家に帰るメンバーを見送りクリスマス休暇に入ると、必要の部屋で双子と新しく作ったという新作花火の実験と改良に取り組んだ。

 

「音がデカイはいいが、もっと見た目にインパクトは出ないのか? 閃光を走らせるとか」

 

と俺が言えば

 

「いや、閃光を使いすぎるとかえって花火の派手さを損なうんだ。それだったら、もっと火の量を増やした方がいい」

 

とジョージが反論する。

 

「ならロケットみたいな物じゃなくて、ライオンとか動物をかたどって音をその鳴き声に近づけさせるとかは?」

 

「それ、良いな」

 

「しかし、火を形づけるのはかなり大変だよなぁ」

 

俺が新しく提案すると、フレッドはかなり乗り気になった。ジョージは未だ否定気味だ。

 

「形が崩せない分、動きも単調になっちまう。やっぱロケットでもいいんじゃないか? 形を固定した方が、複雑な動きをしやすい」

 

「まあどっちにしろ、改良の余地はあるんだ。そこは要研究だろ」

 

こうしてワイワイ騒ぎながら、研究を重ねて行った。図書室から本を借りたり、新しく魔法を使ったり忙しかったが、それだけ充実していた。花火は理想の型にはいかなかったが、双子からは研究が進んだと感謝された。

こうしてクリスマスまではあっという間だった。

クリスマス前日、二人にクリスマスも必要の部屋に来るのかどうかを聞いた。

 

「悪いけど、流石にクリスマスは家族で過ごそうと思ってる」

 

「最近、末っ子が元気ねぇんだ。だから悪戯グッズの新作で元気出してやろうかと思ってね」

 

ならば、俺も寮にいようと決めた。

クリスマス当日、フクロウ便からいくつかのプレゼントが送られてきた。

ゴードンさんからは和菓子が。醤油煎餅に羊羹に緑茶が入っていた。ロンドンでも入手困難であろう品を態々手に入れて送ってくれたことに感謝した。ついでに、俺からゴードンさんへは魔法製の汚れ落としを。この間、試したら強力すぎて拭いた壁の色まで落ちていた。

ブレーズからはセンスのいい黒いグローブを。着け心地も良くて着けると暖かい。冬に丁度いい物だった。ダフネからは知らない魔法薬が送られてきた。ラベルには「疲労回復・リラックス・気分爽快 ストレスで倒れそうなあなたへ」というキャッチフレーズが書いてある。クリスマスでも心配かけていることを謝りたい。パンジーからはチョコレートケーキだった。何でも有名な菓子店の物らしい。少し甘かったが、おいしく食べ切れた。ドラコからは本が。神話に関する本で、興味深い物だった。しばらくはこれのお蔭で楽しく過ごせそうだ。ハーマイオニーからも本が。ロックハートの、教科書に指定されていない数少ない本の一つ。ハーマイオニーのロックハートへの思い入れが強いことだけは伝わった。ネビルからも本だった。薬草学に関する本で、授業にも役に立つ参考書。ネビルがこの手の物をプレゼントするとは驚いたが、役に立つことにもっと驚いた。他の分野もこうやって調べることが出来たら成績はメキメキと上がるだろうに。

ドラコはプレゼントを渡すと、今日もクラッブとゴイルを連れてどこかへと行ってしまった。やりたいことがある、と言っていた。しかし、それにしては必要以上に俺を避けている感じがする。ダフネの言うことが正しいのなら、迷っているのだろう。自分の意見をどうするか。ホグワーツに残ったのだって、親のいない所でじっくり考えたかったというのかもしれない。ならば無駄な声掛けは寧ろ邪魔になってしまう。そう思い、自室でドラコから貰った本を開いて大人しく読み進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ハリー達はクリスマスディナーを終え、無事にクラッブとゴイルの一部を手に入れてマートルのいる女子トイレに集まっていた。

 

「はい、これに髪の毛を入れて。そしたらきっかり一時間、あなた達はクラッブとゴイルになれるわ」

 

渡されたポリジュース薬に大人しく髪の毛を入れる。ハリーもロンも、食後にこれを渡されるのは如何なるものかと思ったが口に出すことは無かった。

ハリーの持つゴイルのエキスは鼻くそのような色をしていた。鼻をつまみ、意を決して飲むと煮過ぎたキャベツの様な味がした。それから全身が溶けるような気持ち悪さに襲われて、しばらくしたら本物と全く変わらないゴイルになっていた。

 

「二人とも、大丈夫?」

 

口から出たのはゴイルの声だった。

 

「あぁ」

 

右から、クラッブになったロンの声が聞こえた。

 

「急がなくちゃ。ハーマイオニー、スリザリンの談話室まで案内してくれよ」

 

しかし、ハーマイオニーが個室から出てくる気配がない。

 

「私、いけないと思うわ! 二人だけで行って!」

 

「君が案内してくれなきゃ、行きたくても行けないじゃないか。ハーマイオニー、ミリセント・ブルストロードがブスなのは分かってるよ。誰も君だなんて思わないさ」

 

ロンが呆れながら声をかけるが、頑なにハーマイオニーは出てこない。

仕方なくハリーとロンの二人で歩くも、散々だった。重い体で十五分も歩き、やっと見つけたと思ったスリザリン生は実はレイブンクロー生だったり。そして今、何故かクリスマスなのに巡回しているパーシーに捕まっている。

 

「こんな所で何している? そこにいるのはクラッブだな?」

 

「え? あ、ああ、ウン」

 

「近頃は危険だ。夜の廊下を出歩くものじゃない」

 

「自分はどうなんだよ……」

 

いつもに輪をかけての傲慢さに、ロンは呆れながらも反論を漏らす。静かな廊下で、パーシーがそれを聞き逃すはずがなかった。

 

「僕は監督生だ! 僕を襲うものなど、居はしまい! 君達はさっさと自分の寮に帰りたまえ」

 

パーシーの詰問に戸惑い、ボロが出そうなところで困っていたら後ろから声が聞こえた。

 

「こんな所にいたのか、お前達」

 

いつも通りの気取った声で、ドラコがこちらに向かって歩いてきたのだ。ハリーは生まれて初めて、ドラコに会えて嬉しいと思った。

 

「二人とも、また広場で馬鹿食いでもしていたのか? 探していたんだぞ。さっき父上から面白いものが届いた。それを見せてやろうと思ってな」

 

それからパーシーをチラリと一瞥すると、鼻で笑った。

 

「ウィーズリー、お前はこんな所で何をしているんだ?」

 

「監督生に少しは敬意を示したらどうだ? 君の態度は気にくわん!」

 

ドラコは憤慨するパーシーを無視して、ハリー達について来いと合図をしてスタスタと廊下を進んでいった。ハリー達は急いでドラコの後を追った。角を曲がって、完全にパーシーが見えなくなって、ようやくドラコは口を開いた。

 

「あのピーター・ウィーズリーの奴――」

 

「パーシー」

 

思わずロンが訂正してしまうが、ドラコは特に気にしない様だった。

 

「どっちでもいい。最近、コソコソと嗅ぎまわっている様だが……。何が目的なのか、僕には分かっている。スリザリンの継承者を一人で捕まえようというんだ」

 

ハリーとロンは緊張と期待に目を見交わせた。ドラコは鼻で笑うと、話を続けた。

 

「この僕でさえ、未だに手掛かりすら掴めていないのに。アイツなんかに捕まるものか。せいぜい、石にされるか、気絶させられて終わりだな」

 

今度は驚きで目を見交わせた。ドラコもスリザリンの継承者ではない。それどころか、事件に一切の関わりが無いと言っているのだ。

ハリーは直ぐに問い詰めたかったが、何とか押し留まった。ここで問い詰めたら怪しまれる。自分で話すのを待つべきだ。既に口を開いているロンの足を踏み、黙ってドラコの後を追うことにした。

石壁にある隠し扉をくぐり、地下にある談話室へと辿り着く。ドラコは迷わず暖炉の近くの椅子に進み、ハリー達にその近くの二つの椅子を勧めた。

 

「ここで待っていろ、今持ってくるから」

 

一体何を持ってくるのか。そう訝りながら、出来るだけくつろいでいる風に見えるよう努力した。ドラコは直ぐに戻ってきた。

 

「ほら、見ろよこれを。傑作だぞ」

 

そう言い渡してきたのは新聞の切り抜きだった。内容はハリー達が自動車で登校したため、ウィーズリーさんが五十ガリオンもの罰金を課せられた上に、職まで危ぶまれているというものだった。

 

「どうだ、おかしいだろう?」

 

待ちきれない様に聞くドラコに、無理やり笑みを引っ張り出して笑って見せる。笑顔というには歪で、随分と反応が遅れたがドラコは気にしない。本物のクラッブとゴイルもこれだけ鈍いのだろう。

 

「いい気味じゃないか。あれほどマグルびいきの連中なんだから、いっそ杖を折ってマグルの仲間入りしたらどうだい?」

 

ドラコは一通り嘲笑ってからもう一度新聞を手に取り、しみじみと話し始めた。

 

「それにしても日刊預言者新聞がこんなニュースではなく、これまでの事件を未だに報道していないとは驚きだ。恐らく、ダンブルドアが口止めしているのだろう。こんなことが公になってしまったら彼のクビが危ないからね。しかし、それも長くは続くまい。父上が何かしらの手を打っているそうだ」

 

ダンブルドアのクビが危ないと聞いて、ハリーは今までで一番の不安を感じた。ダンブルドアがいなくなれば、きっと犠牲者は一日に一人は出るだろう。ハリー達はそう確信していた。

 

「父上は継承者についてのことも知っておられるようだし、それを利用して何か大きなことをなさろうとしているのかもしれないね。ただ、慎重に事を運びたいそうだ。僕にでさえ、継承者の正体についてはほんの少しの情報も与えてくださらない」

 

「それでも誰が陰で糸を引いているか、君には考えがあるんだろう?」

 

「いや、無い」

 

ハリーの問いかけにも、ドラコは即答する。それからハリーを睨みつけるようにして見た。何かマズイことを言ったのかもしれない、と緊張でハリーの心臓が飛び跳ねた。

 

「何度言わせる気だ、ゴイル? 知っていたら、こんなに苦労していないだろう。何のために僕がわざわざ学校に残ったと思っている」

 

怪しまれていないことにホッとしつつも、全く見えてこない話に呆然とする。ロンも同じだった。その様子を見て、ドラコは頭痛を抑える様に頭に手をやった。

 

「いいかい、僕はどうしても継承者と話がしたいんだ。スリザリンの継承者となれば、サラザール・スリザリンが一体何を思って武器を残したのか理解しているだろうからね」

 

何やら説明を始めたドラコに、二人は黙って耳を傾ける。

 

「ジンが襲われた。ジンも言っていたが、襲った犯人は継承者かもしれない。それが本当なのか、そして、それが本当なら何故襲ったのか。それを確かめたいんだ……。と言っても、大方の予想はついているけどね」

 

溜め息と共に区切り、そして顔を上げる。

 

「ジンは穢れた血に近づきすぎたのかもしれない。いや、それだけじゃない。一番マズイのは、マグル生まれの追放を反対したことだろう」

 

これを聞いた瞬間、ロンが信じられないと目を見開いた。物凄い驚きっぷりであったが、ドラコは話に夢中で気付かない。

 

「勿論、それは理にかなった上でのことだ。魔法界の人員不足の解消にはマグル生まれは重要な役割を果たすからね。それを無駄にするのは勿体ない、というジンの主張も多くの人が理解するだろう。加えて、彼自身は純血の威厳を貶める気はない。純血とマグル生まれの明確な区別はハッキリと必要としている。マグル生まれを追放するのではなく利用する……。この考えも中々捨てたものではない。しかし、だ。そういうある程度は明確な考えを持っていたにも関わらずジンは襲われている。僕が納得いかないのはそこなんだ」

 

追放ではなく利用。それを聞いたロンはいくらか冷静さを取り戻したようだが、未だに動揺は隠せないでいた。ドラコはますます熱くなって、握り拳を作りまるで演説かの様にペラペラとしゃべる。

 

「サラザール・スリザリンとジン。どちらが正しいのか、継承者に会って確かめたいんだ。そしてジンが継承者の排除対象となるなら、僕は今までの考えを曲げてはいけない。ジンも、正しい道へと戻してやらないといけないからね」

 

そしてドラコは熱弁を止め、今度は少し不安げになった。

 

「……そして、あまりゆっくりしている時間は無いだろう」

 

「どういうことだい?」

 

思わずハリーが詰問する。ドラコは少し面食らったようだが、直ぐに答えた。

 

「僕が知っていることは少ない。以前、秘密の部屋が開かれたのは五十年前ということ。そして、その時に穢れた血が一人殺されたということだ。つまり、このままでは時間の問題だ。取り返しのつかないことになる」

 

「君がそんなことを言うとは意外だな」

 

ロンがそう言うと、今度こそドラコはハッキリと疑惑の目を向けた。

 

「何だ、クラッブ? やけに突っかかるな?」

 

そう言われて、余計な事を言ったと自覚したロンはしどろもどろに弁解を始めた。

 

「いや……君なら、ほら……マグル生まれが……あー……死のうと、関係ないと思うじゃないか?」

 

ドラコもしばらくは疑惑の目を向けていたが、また目を伏せると溜め息交じりに話し始めた。

 

「ああ、以前ならね。でも、そう、ジンと話してから思う所もある。マグル生まれの追放を掲げていたころよりも、より現実的だと実感できるものが見えてきたんだ。それに、グレンジャーだ」

 

ここでハーマイオニーの名前が出てきたことに、二人は思わず動揺する。

 

「どうした、二人とも。さっきから落ち着かないな?」

 

「いや、腹痛が……」

 

ドラコの疑惑にハリーが反射で答えるが、正解を引いたらしい。直ぐに納得した様子を見せた。

 

「食べすぎか、まったく。お前らが聞くから教えてやっているんだぞ? どうせ、三日も経たぬ内に忘れるのだろうが」

 

「ご、ごめん……。続けてくれ」

 

「……まあいい。で、何だったか……。そう、グレンジャーだ。言っておくが、僕はアイツが嫌いだ」

 

顔をしかめながらキッパリと言うドラコを見て、ハリーは今日初めて目の前の人物が自分の知るドラコと完全に一致した。

 

「しかし、ジンもパンジーも、加えてダフネまでアイツのことを気に入っている。……ブレーズは、まあ、よく分からないけど他人以上とは認識しているはずだ。事実、アイツは僕らの恩人だ。もしグレンジャーが死んでみろ。ジンもパンジーもダフネも、ショックがでかい。少なくとも、良いようにはならないだろう。忌々しいことにね。でも、もっと忌々しいのはアイツがかなり優秀であることだ。僕が掲げるものがマグル生まれを追放ではなく利用と変えた今……失うには惜しい、と思う」

 

ロンとハリーは顔を見合わせる。一体、エトウはマルフォイに何を吹き込んだのだろうか? 言葉にしなくとも、お互いがそう思っているのは分かった。そして、時間切れが迫っていることも。クラッブの髪に赤毛がちらほら出始めているし、ゴイルの鼻も高くなってきている。

二人は大急ぎで立ち上がった。

 

「い、胃薬だ」

 

とだけ呻いて、後は振り返りもせずに談話室を抜け廊下を走った。ローブが足に引っかかり、靴がダボダボになるのを感じながら、マートルのトイレまで急いだ。

人気のない所まで来て、二人はやっと落ち着いた。ゼェゼェと息を整えながら、トイレへと入った。

 

「しっかし驚いたなぁ。僕ら以外にもポリジュース薬を作ろうなんて考える奴がいたんだなんて。あのマルフォイに化けていた奴、一体誰だと思う?」

 

ロンがそんな軽口をたたくが、ハリーも同じ気持ちだった。二人が知っているドラコは、もっとこの事態を楽しんでいるはずだった。

 

「ポリジュース薬を作れるのなんて、スネイプしかいないだろうね」

 

「ああ、ウン、じゃあスネイプもポリジュース薬を飲んだ誰かなんだ。そしてグリフィンドールに優しく、ハリー、君がお気に入り。君の作った魔法薬を見て言うんだ。『いい出来だ、ポッター。グリフィンドールに十点やろう』」

 

「ああ、さっきのが本当にマルフォイなら十分あり得るね」

 

そう言って、溜め息を吐きながらハーマイオニーの入った個室をノックする。

 

「ハーマイオニー、出てきておくれよ。君に話さなきゃならないことが山ほどあるんだ」

 

数分後、マートルのトイレから驚きの声が上がった。

 

 

 




次の更新もいつになるやら……

ついでに、秘密の部屋はあと4話ぐらいで終了予定

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