日本人のマセガキが魔法使い   作:エックン

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前回でようやく物語に入ったかと思ったが、今回であまり進まない


一歩後退、一歩前進

暗い廊下、濡れた床、壁に書かれた奇妙な文字。そんな中でたたずむ俺はさぞかし不気味に映ったことだろう。しかし、それだけならまだしも三人は俺が見落とした何かを見つけた様だ。

 

「……それは、君がやったのか?」

 

ポッターの何処か怯えた質問の意味が分からなく、指の示す方を向くと壁の下の方に何か黒い影があるのを見つけた。杖に光を灯し、その正体を確認すると驚きで息をのんだ。

猫だ。管理人の飼い猫の、ミセス・ノリス。目を見開いたまま板の様に硬直したそれは死体にしか見えなかった。

 

「違う、俺じゃない」

 

否定したのだが、疑わしげな視線が収まることは無かった。更にまずいことが起きた。ハロウィンパーティーが終わったのだ。ザワザワと人の話す声と何百人もの足音がすぐ近くまで来ていた。

三人に見られている手前逃げる訳にもいかず、しかし自分が犯人でない証明などできる訳もなく何もせず角から群衆を迎い入れることしかできなかった。

廊下の惨状を見た群衆の反応は面白い程に早かった。沈黙はあっという間に全体に広がり、足を止めて、多くの者が目を見開いていた。そして俺はポッター、ウィーズリー、ハーマイオニーとその後ろに控える群衆の好奇や恐怖の目線に晒されることとなった。唯一の救いは、その状況が長く続かなかったことだ。

 

「なんだ、なんだ? 何事だ?」

 

管理人のアーガス・フィルチがダンブルドアと数名の先生を引き連れてやってきた。フィルチは固まった猫を見るなり金切り声で叫んだ。

 

「私の猫だ! 私の猫だ! ミセス・ノリスに何が起こったというんだ!?」

 

フィルチのすぐ後ろをついてきた先生方もハッと息をのむのが聞こえた。ダンブルドアは素早く俺の隣に吊るされている猫の所まで来ると、それを手に取りしばらく見つめ周りに指示をし始めた。

 

「アーガス、こっちに来なさい。エトウ君、ポッター君、ウィーズリー君、グレンジャーさん、君達も一緒においで」

 

そうダンブルドアが言うと、ロックハートがいそいそと進み出てきた。

 

「校長先生、私の部屋が一番近いです、すぐ上です、どうぞご自由に」

 

「ありがとう、ギルデロイ」

 

ダンブルドアの後をポッター達三人、ロックハート、スネイプ先生、マクゴナガル先生が続き左右に割れた人垣の中を進んでいった。群衆の目から逃げられるならどこでも良かった俺も、文句も言わずに黙って付いて行った。

ロックハートの部屋に着くと、ダンブルドアはミセス・ノリスを机の上に置くと顔をくっつけるほど近づき眺めた。俺達、生徒四人は椅子に腰かけ事の行く末を見守っていた。

ダンブルドアはミセス・ノリスを杖でつついたり何かブツブツ呟いたりしながら全身をくまなく観察していた。マクゴナガル先生も同じ様に、触れはしないものの猫を注意深く観察している。スネイプ先生は何をするでもなく、隅に立ったままだ。ロックハートはそんな中、うろうろと歩き回りながら好き勝手に意見を述べたてている。

 

「猫を殺したのは呪いに間違いありません。恐らく、異形変身拷問の呪いでしょう。何度も見たことがありますから。私がその場に居合わせなかったのは誠に残念です。猫を救うピッタリの反対呪文を知っていたのですが」

 

ロックハートの話しに耳を貸す者はおらず、フィルチのすすり泣きが聞こえるような雰囲気とは不釣り合いな陽気な声が部屋に響いていた。

ふと、ダンブルドアは顔を上げフィルチにやさしく言った。

 

「アーガス、猫は死んでおらんよ」

 

ロックハートは直ぐに口をふさぎ、ようやく静かな空間が帰ってきた。

 

「死んでいない?」

 

フィルチは声を詰まらせながら、信じられないとばかりにミセス・ノリスを覗き見た。

 

「それじゃ、どうしてこんなに、こんなに固まって、冷たくなっている?」

 

「石になっただけじゃ。ただし、どうしてそうなったのか、ワシには答えられん」

 

「アイツのせいだ!」

 

ダンブルドアの話を聞くと、フィルチはいきなりがなり立て始めた。一瞬、自分のことかと思ったが何故かフィルチは俺ではなくポッターを指さしていた。それには俺だけでなく、その場にいた全員が不思議に思ったようだ。

 

「……二年生がこんなことを出来るはずがない。最も高度な闇の魔術をもって初めて」

 

「あいつがやったんだ! あいつ以外に、私を狙う理由がある者なんていない!」

 

ダンブルドアの弁解も虚しく、顔を真っ赤にしながらフィルチは叫んだ。

 

「あいつが壁に書いた文字を読んだでしょう! あいつは知っているんだ、私が、私が……。できそこないのスクイブだって!」

 

やっとのことでフィルチが言い切ると、今度はポッターが言い返した。

 

「僕、ミセス・ノリスには指一本触れていません! それに、僕はスクイブがなんなのかも知りません」

 

「馬鹿な! あいつはクイックスペルからの手紙を読みやがった!」

 

「校長、一言よろしいですかな」

 

過激を辿っていた会話を遮り、今まで黙っていたスネイプ先生が声を出した。

 

「ポッターもその仲間も、単に間が悪くその場に居合わせただけかもしれませんな」

 

スネイプ先生は全くそう思っていない様な意地の悪い笑みを浮かべながら話を続ける。

 

「とはいえ、一連の疑わしい状況が存在します。大体、連中はなぜ三階の廊下にいたのか? なぜ三人はハロウィンパーティーにいなかったのか?」

 

「なら、エトウはどうなんですか!?」

 

堪えられなくなったのか、ウィーズリーがそうスネイプ先生に叫んだ。

 

「そいつは僕達よりも前にあの場にいたんだ! どう考えてもそいつの方が怪しいじゃないですか!」

 

「君達と違い、エトウにはミスター・フィルチを狙う理由などありはしないのだ」

 

「それなら、僕達にだってありません!」

 

「おやおや、本当にそうなのかね?」

 

スネイプ先生はウィーズリーの反論も涼しい顔で流すと、笑みを深めながら猫なで声でウィーズリーを追い詰めにかかった。

 

「そう言えば、ミスター・ウィーズリー。君が最近に受けた罰則はミスター・フィルチが担当していたのだったね。目立った登校の罰として、マグル式の盾磨き。さぞや苦労したのだろう。そう、彼の可愛いペットをちょっと石にしてしまおうと思うくらいに……」

 

「おやめなさい、セブルス。疑いすぎです。それにウィーズリーの言うことにも一理あるでしょう」

 

今にも殴りかからんばかりのウィーズリーを見ていられなくなったのか、マクゴナガル先生が口を挟んだ。

 

「その場にいただけのウィーズリーを疑うのであれば、同じ様にエトウにも疑いをかけるべきです。何はともあれ、まずは全員からなぜあの場にいたのか事情を聴くことが先決でしょう」

 

そうマクゴナガル先生が言うと、ポッター達はいっせいに「絶命日パーティー」とやらに出席していたことを話し始めた。

 

「ゴーストが何百人といましたから、私達がそこにいたと、証言してくれるでしょう」

 

ハーマイオニーがそう締めくくると、何か言いたげなスネイプ先生を抑えマクゴナガル先生がこちら向き直り問いかけてきた。

 

「それではエトウ、あなたは何故ハロウィンパーティーに出席せずにあの場にいたのですか?」

 

「ハロウィンパーティーには出席していました。途中で抜け出したんです」

 

「……何故?」

 

「お腹も満たせましたし、パーティーも退屈になったので自室に行こうとしていたんです」

 

嘘だ! と叫ぼうとするウィーズリーと、それを抑えるハーマイオニーの姿が視界の端に映った。マクゴナガル先生もこれにはどう反応してよいか困ったようだ。ダンブルドアの方を向き、指示を仰いだ。ダンブルドアはじっくりと見透かすように俺達を見た。

 

「疑わしきは罰せずじゃ」

 

そうきっぱりと言った。しかし、これにはフィルチが憤慨した。

 

「私の猫が石にされたんだ! 刑罰を受けさせなければ収まらん!」

 

「アーガス、君の猫は治してあげられますぞ」

 

ダンブルドアはなだめるようにそう言った。

 

「スプラウト先生が、最近やっとマンドレイクを手に入れられてな。十分に成長したらすぐにもミセス・ノリスを蘇生させる薬を作らせましょう」

 

「私がそれをお作りしましょう!」

 

ロックハートが突然、口を挟んできた。

 

「私は何百回作ったか分からないくらいですよ。「マンドレイク回復薬」なんて眠ってたって作れます」

 

「お伺いしますがね、この学校の魔法薬学の教師は吾輩のはずだが?」

 

スネイプ先生がそう言うと、何とも気まずい雰囲気が流れた。

 

「帰ってよろしい」

 

そう言うダンブルドアの言葉に救われ、足早に部屋を抜け出す。ポッター達三人も同じ様に直ぐに部屋から出て行った。ドアを出ると、三人に声をかけられる前にさっさと寮に向かった。どうせ、ここでも寮でも詰問されるのは目に見えている。身の潔白を証明するものがない以上、無駄なやり取りになるそれはやる回数は少ない方がいい。小走りでたどり着いた寮の扉を開けると、いつも閑寂としている談話室には多くの人たちが溜まっていた。俺が入ってきた瞬間に、少しだけ静かになったが直ぐに元の騒がしさを取り戻した。いや、元のというのは語弊がある。俺の噂話をしているのだろう。チラチラと視線を寄せる奴らが多数いる。そんな中、急ぎ足でドラコがこちらに近づいてきた。

 

「話がしたいけど、とにかく部屋に戻ろう。ここじゃ目立ちすぎる」

 

そう言うと、俺を部屋まで引っ張って行った。

部屋に入ると、ようやく一息つくことができた。ベッドに腰掛け、深く溜め息を吐く。

 

「どうも参った。これは明らかに俺が犯人って疑われているだろ」

 

「そうだね。多くの奴が君をスリザリンの継承者だと思っているよ」

 

「スリザリンの継承者? 何だそれは?」

 

愚痴を吐くと、ドラコはさも当然のように聞きなれない言葉を言った。聞き返すと、ドラコの方が驚いた顔をした。

 

「知らないのかい? はら、壁に書かれていただろう? 「秘密の部屋は開かれたり 継承者の敵よ気をつけよ」ってさ。あれはどう考えても秘密の部屋の伝説のことさ」

 

秘密の部屋の伝説。聞き覚えは確かにある。両親の本だったか、ホグワーツの歴史だったか、確か書かれていた。スリザリンがホグワーツを去る時、他の創設者に気付かれぬよう秘密の部屋を作りそこに武器か何かを置いていったという話だ。

 

「まさか、俺がスリザリンの子孫とでも? 勘違いも甚だしい。第一、俺は日本人だぞ」

 

「スリザリンがいたのは千年も前のことなんだ。今更、誰が継承者でもおかしくない状況さ」

 

確かにそうだが、俺というのはありえない。二年前は魔法のまの字も知らなかった人間が他の創設者が見抜けない様な魔法を扱い切れるとでも思っているのだろうか? 苛立ちと共に少しだけ荒い口調で話す。

 

「俺じゃないぞ、猫を襲ったのは」

 

「知ってるさ。少なくとも、君を知っている人は全員、君だとは思っていない」

 

ドラコにきっぱりと言ってやると、見事にきっぱりと返事を返された。驚いて目を見開くと、ドラコは呆れたように返してきた。

 

「いいかい? スリザリンの継承者というのは、マグル生まれは魔法を学ぶのに適さないと判断し追い出す考えの持ち主さ。君は確かにマグル生まれに対して問題視はしているが、追い出すのは間違っていると僕に言っていたじゃないか。それに君がグレンジャーとよろしくやっているのは多くの人が知るところだ」

 

驚きと共に、少しの嬉しさが込みあがってくる。少なくとも、ここには俺が継承者ではないと考える奴らがいるのだ。ドラコだけではない。ブレーズにパンジー、ダフネも俺が継承者だなんて馬鹿らしいと思ってくれているのだろう。

疑惑以外の感情を向けられたのは、あの出来事以来初めてだ。自然と頬も緩んでくる。

 

「ありがとうな、信用してくれて」

 

そう言うと、ドラコは少し顔を赤らめて話を逸らした。

 

「それはそうと、問題は周りの奴等さ。君はよく目立つ。噂なんて一瞬で広まるだろうさ」

 

そう、問題は周りの奴らだ。談話室でもそうだったが、これから好奇の目で見られることになるのだろう。

 

「僕もできれば近くにいてやりたいけど、これからクィディッチの試合もある。難しいだろうなぁ」

 

そうドラコが気遣ってくれる。ドラコなりに一生懸命なのだろう。眉間にしわを寄せて考え込んでいる。

 

「俺は大丈夫だ。それに、まだブレーズとは仲直りしてないんだろ?」

 

「それはもうすぐ決着がつく」

 

「……ああ、もうすぐクィディッチの試合があるな」

 

「そうさ。そこで、僕は実力を見せる。それをブレーズが認めれば終わりさ」

 

そう、ハロウィンパーティーの後にはグリフィンドール対スリザリンの試合がある。上手くいけば、悩みの一つがきれいさっぱり無くなるのだ。

 

「なら、なおさら俺のことは気にせず頑張れよ。俺はしばらく一人でも大丈夫さ」

 

笑いながらそう言って、その日はそのまま寝てしまった。次の日から疲れるのだから、なるべく休めるうちに休んでおきたかった。

 

 

 

 

 

次の日から猫のことで話題が持ちきりだった。そして当然、生徒たちの関心は秘密の部屋について集中していた。秘密の部屋なんてただの作り話だという者もいるのだが、その数は少なく大半の者が秘密の部屋についての情報を欲しがった。ホグワーツの歴史は常に貸出し中となり、ハーマイオニーなど歴史の授業では秘密の部屋について質問する始末。そして様々な憶測が話し合われ、飛び交った。

ハリー、ロン、ハーマイオニーもまた秘密の部屋について話し合う者の一人だった。グリフィンドールの談話室の隅で目立たぬように話し合っていた。

 

「だけど、一体何者かしら?」

 

ハーマイオニーが呟いた。

 

「できそこないのスクイブやマグル出身の子をホグワーツから追い出したいって願っているのは誰?」

 

「それでは考えてみましょう」

 

ロンはわざとらしく首をひねり、演技かかった口調で話し始めた。

 

「我々の知っている人物の中で、マグル生まれは屑だと考えている人物は誰でしょう?」

 

「あなた、もしかしてマルフォイのことを言ってるの?」

 

ハーマイオニーはまさかという感じでロンを見た。

 

「勿論さ! アイツ以外に誰がいるっていうんだ。忘れたのかい? 競技場で何のためらいもなく君を穢れた血って罵倒したのを」

 

「マルフォイがスリザリンの継承者?」

 

自信満々に言い切るロンだったが、それでもハーマイオニーの疑わしいという表情は収まらなかった。

 

「僕はあのエトウって奴の方が怪しいと思うけどな」

 

ハリーは事件のことを考えると、どうしてもあの暗い廊下で猫を見つめていたジンの姿が頭から離れなかった。ハリーからしてみれば、どうして彼が第一の容疑者として出てこないのかが不思議だった。

 

「あの時の光景は、どう見てもあいつが犯人ですって言っている様なものじゃないか。周りの人達だって、あいつが犯人だって言ってるよ」

 

「彼はそんなことしないわよ」

 

いつものようにハーマイオニーが弁護するがその口調は弱弱しく、そうだと思うというよりもそうあって欲しいと考えているのが手に取る様に分かった。

 

「こんなのはどうだい?」

 

ロンが閃いたという様に話し始めた。

 

「スリザリンの継承者はマルフォイで、猫を石にしたのはエトウってことはどうだろうか?」

 

「どういうこと?」

 

ハリーが聞きなおすと、ロンは声を潜めて説明し始めた。

 

「要するに、二人が手を組んでいるってことさ。マルフォイの家系を見てごらんよ。全員がスリザリン出身さ。あいつなら何世紀にもわたって秘密の部屋の鍵か何かを預かっていくことが可能だ。でもそれを使うにはマルフォイだけじゃ力不足だった。そこでマルフォイが親友のエトウに頼み、エトウがその手伝いをしているってことさ」

 

ハリーはその説を聞いてすっかり納得した。確かに、それならエトウがあの場にいた説明もつく。それに親友が困っているときに助けたいという気持ちはよく分かるつもりだ。

ハーマイオニーは否定したがっているが、良い考えが思い浮かばない様だった。

 

「でも証拠がないよ。どうやって証明するんだい?」

 

ハリーが顔を曇らせて言った。

 

「方法は無いこともないわ」

 

今まで否定的な意見を出してきたハーマイオニーが急に乗り気な意見を言い出した。ハリーとロンが驚いてを振り向くと、ハーマイオニーは考えながら話し始めた。

 

「勿論、とっても難しいわ。何をしなければならないかというとね、私達がスリザリンの談話室に入り込んで、マルフォイ達に正体を気づかれずにいくつか質問するの」

 

「不可能だよ、そんなの」

 

ハリーは言い、ロンは笑った。

 

「いいえ、そんなことないわ。ポリジュース薬が少し必要なだけよ」

 

「それ、なに?」

 

二人が同時に聞くとハーマイオニーは少し呆れたように説明した。

 

「数週間前にスネイプがクラスで話していたじゃない。自分以外の誰かに変身できる薬よ。考えてもみてよ! 私達がスリザリン生の誰かに変身するの。何も知らないマルフォイは、きっと知っていることを全部話してくれるわ」

 

「そう上手くいくかな? エトウが口止めしていたりしたら、無理だと思うけど」

 

ハリーがそう言うと、反論はハーマイオニーではなくロンから返ってきた。

 

「そうかい? 僕はマルフォイが誰かの言いなりになる方が驚きさ。少なくとも、腰巾着の二人にはベラベラ自慢しているだろうさ」

 

「決まったわね。それじゃあ、必要なものを集めるわよ」

 

そして、三人の話し合いが続いていった。

 

 

 

 

 

クィディッチの試合が近づくまでの何日間は、正直に言うと辛かった。ひそひそとした話し声が自分の周りで後を絶たないのだ。この時ばかりは、パンジーもダフネも俺に気を使ってくれていた。ブレーズも以前のように何かと話しかけてくれるようになった。しかし運悪くドラコと鉢合わせようものならば、そこに気まずい雰囲気を作り出したが。結局、そんな雰囲気の中にいるのなら一人の方がマシだったので普段以上に目立たぬようふるまって過ごした。

しかし、事件から時間がたち被害者も出ず、クィディッチの試合が近づくと意外とそのような事態は収まって行った。加えて、クィディッチの試合でドラコ達の仲が直るのなら今まで以上に過ごしやすくなるはずだ。期待を込めた土曜日の朝は、何とも曇りで幸先の悪さを暗示しているようで不快だった。朝食からしばらく、そろそろクィディッチの試合が始まるという時間になるとブレーズ、パンジー、ダフネと競技場に向かうことになった。

 

「……なあブレーズ、何かあったのか?」

 

「今のお前に心配されたくはないな。……まあ、試合前のドラコと少しな」

 

大人しくついてくるブレーズに疑問を持ち質問すると、少し濁した答えを返された。何はともあれ、試合を見るというのだから好都合ではある。

ポツリポツリと降り出した小雨と同時に、ある種の命運を握る試合の開始の合図が高らかになった。

 

 

 

ドラコは試合開始の合図と共にすぐさま上空へ高く飛び上がると、スニッチを探しに目を凝らした。ドラコ自身、この試合の結果がブレーズとの仲を取り持つ可能性があることを重々に承知している。絶対に負けるかと、気合だけは今までにない程に昂ぶっていた。

が、いつまで経ってもスニッチが見つからないと流石に焦りが出てきた。相手はグリフィンドール。認めたくはないが、ハリーは史上最短記録でスニッチを取るほどの実力を持っている。こうもしている間に、相手はスニッチを見つけているかもしれない。そう思いハリーの姿を探したドラコだが、見えたのはブラッジャーに追い回されて逃げ惑うハリーの姿だった。その姿に余裕を取り戻したドラコは、改めてフィールド全体を見渡す。スリザリンは最新型の箒を十全に使い六十対〇でリードしている。全てにおいてこちらが優勢だ。しばらくするとグリフィンドールがタイムアウトを取った。ドラコもそれに従い、他のメンバーの所に行く。キャプテンのマーカス・フリント含め全員が上機嫌だった。

 

「見たか、ニンバス2001の威力を! 連中は手も足も出まい。このままドンドン点差を伸ばしていくぞ」

 

フリントの掛け声におお、と全員が答える。フリントはその返事に満足すると、ドラコの肩を叩き話しかけてきた。

 

「いいか、後はお前がスニッチを捕まえれば我がチームの完全勝利だ。なぁに、簡単さ。何故か向こうのエース様はブラッジャーから猛烈なアタックを受けている。お前は悠々とスニッチを探せばいいさ」

 

「当然さ」

 

言うまでもない。そうドラコの返しを聞くと、フリント達は未だに話し合うグリフィンドールチームを野次りに行った。

間もなくして再開された試合でも、相変わらずハリーはブラッジャーに追い掛け回されていた。ハリーのその姿にドラコは余裕と自信、そしてやる気が生まれてくるのを感じた。

 

「バレエの練習かい、ポッター?」

 

そう野次ってやると、憎々しげにこちらを見る。その姿に満足し、改めてスニッチ探しを始める。そして、ふと妙な羽音が聞こえてきた。すぐ側だ。見渡すと、自分の目の前をスニッチが飛んでいた。

チャンスだ! そう感じたドラコはすぐさまスニッチを掴もうと手を伸ばすが、スニッチは巧みな動きでドラコの手を避け続けた。ハリーもスニッチに気が付いたのか、勢いよく突っ込んでくるのがドラコの視界に映った。すぐ後ろに、ブラッジャーを引き連れて。

それに反応したかのように、スニッチはハリーが飛んでくる方へと逃げて行った。慌ててドラコもそちらに飛ぶ。

 

逃がすものか! あれは絶対に捕まえるんだ!

 

迫るハリーも、ブラッジャーも気にはならなかった。少しずつ少しずつ近づくスニッチに手を伸ばす。

あと二センチ、あと一センチ、一ミリ……。指先がスニッチに触れた。

しかし、ドラコがスニッチを掴むことは無かった。一瞬早くハリーがスニッチを奪っていった。そして代わりに、ドラコの正面にはブラッジャーが迫ってきていた。

強い衝撃と共に、ドラコは意識を失った。

 

 

 

ベキッという鈍い音が聞こえてくるようだった。

ドラコとブラッジャーの正面衝突には全員が試合を忘れ注目していた。甲高い悲鳴と、どよめきが競技場全体から沸き起こった。ドラコは地面向かって真っ逆さまに落ちて行った。パンジーが泣きそうな悲鳴を上げた。

その悲鳴を合図にか、地面に向かうドラコのスピードがゆっくりになり、地面に着くころにはまるで羽毛が落ちるかのようなスピードだった。ジンがダッシュでドラコの所に向かおうとすると、一瞬早くブレーズが走り出した。その様子に驚きながらも、直ぐに頬笑み後を追いかけた。

ドラコの所に辿り着くと、それは酷い有様だった。鼻は折れているだろう。鼻と口から血をまき散らし、顔全体を赤く染めていた。そんなドラコにいそいそと近づく人物がいた。ジンもブレーズも、その人物を見ると苦い顔をした。ロックハートだ。

 

「ああ、これは酷い! 大丈夫だ、直ぐに私が治してあげよう。なぁに、心配いらない。もう何十回と使った魔法だからね」

 

そう言い、杖をドラコに向けた。ジンとブレーズがキレたのは同時だった。

二人一斉に前に進め出ると、杖をロックハートに向けた。

 

「おい、いい加減にしろよエセ教師。目立ちたいんなら向こうに行きやがれ。こっちはさっさとそいつを医務室に連れて行きたいんだよ」

 

ブレーズの脅迫を聞くと、ロックハートは大げさに驚いてしゃべり始めた。

 

「おやおや、私はただこの子を治してあげようとしているだけだよ。なに、ほんの数秒、簡単な呪文で……」

 

「黙れよ」

 

今度はジンが脅迫すると、ロックハートは直ぐに口を閉じて顔を真っ青にした。初授業での出来事はまだ覚えていたらしい。

 

「あー、それでは……えー……こちらは大丈夫なようなので、ええ、お言葉に甘えて」

 

などとキョドリながらグリフィンドールの方へと移動していった。その様子を見送って、ブレーズは溜め息を吐きながらドラコに近づいて行った。ドラコは意識が無いようで全く反応しない。

 

「ああ、全くこいつは」

 

そう呟いたブレーズだが、その声色はどこか嬉しげだった。ドラコを担ぎ上げながら、ジンに話し始めた。

 

「こいつ、試合前に俺の所まで来てわざわざ宣言しやがったんだ。「僕は必ずスニッチを取る。そうなれば、君は僕を認めざるを得ないんだ」ってな」

 

「そんなことしてたのか……」

 

「ああ。まったく、こんな姿になっちまってよぉ。……悪かったと思ってるよ。別にこいつに対して怒ってたわけじゃないんだ。……まあ、なんだ。少し羨ましかったんだ」

 

「意識がある時に言ってやれよ、そういうことは」

 

「分かってるって。……こんなことしなくても、認めてんだけどなぁ」

 

そうブツブツ言いながらドラコを運ぼうとすると、向こうからダフネとパンジーが担架を持ってやってきた。

 

「これに乗せましょう。そっちの方が早いわ」

 

「おお、そりゃいいな」

 

ダフネが担架を差し出すと、ブレーズは笑いながらドラコをその上に置いた。そして、何か思いついたようにローブから真っ白なハンカチを取り出すとジンに渡した。

 

「これを魔法で大きくしてくれないか? このままじゃ惨めだ。顔を覆ってやろう」

 

「ああ。エンゴージオ(肥大せよ)」

 

ジンが魔法をかけて、ハンドタオル程度の大きさにするとブレーズに返した。ブレーズはそれを受け取るとドラコの顔の上に置き、笑い出した。

 

「死体みてぇだ」

 

ケラケラ笑うその姿は、もういつも通りだった。

 

 

 




次回も、なるべく早めに更新できそうです。

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