日本人のマセガキが魔法使い   作:エックン

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切のいいところ見当たらず、長いものになってしまいました。


更なる火種

「テメェもグルだったんだな、ドラコ?」

 

もう一度確認するように、ドラコに睨みを効かせながらブレーズが詰め寄る。

対し、ドラコは本当に困惑しているようでドモりながらもブレーズに聞き返す。

 

「僕が、グル? 一体、何のことだい? 確かに、僕だけが受かったけど、君が落ちたことには僕は何の関係もないじゃないか? ポジションだって被っていなかったんだ」

 

「ばっくれんなよ、出来レースの黒幕が」

 

「出来レース? 何のことだい?」

 

いよいよブレーズの言っていることが分からなくなり、困ったようにドラコがこちらを見る。その様子から本当に出来レースには関係が無いようだ。ブレーズもそれは分かっているはずだ。ただ、ドラコが受かったことに何か裏を感じずにはいられないのだろう。

 

「俺達は最初から落ちることが決まってたんだ、ドラコ」

 

状況を説明してやろうと口を挟む。ドラコも何とかこちらの話に耳を傾ける。

 

「面接で入るや否や失格と言われて、その後に散々悪態を吐かれたんだ」

 

「いや、でも、僕にはそんなことなかったし……」

 

「だからグルだろって言ってんだ!」

 

説明の途中だが、ブレーズは堪える様子もなくドラコに吠える。流石にドラコも頭に来たのか、ブレーズと向き合い、怒鳴り合う。

 

「だから知らないと言っているだろ! 何だ? 自分は落ちたからって僻んでいるのか?」

 

「あ? 卑怯な手を使ってクィディッチに参加するような奴に言われたくねぇよ」

 

「何が卑怯だっていうんだ! 試験に受かっただけだろ!?」

 

「どうだかな。ああ、クソ、胸糞わりぃ!」

 

そう叫ぶとブレーズは自室に籠ってしまった。

ブレーズがいなくなると、途端に静かになった。ドラコは敵意で目を燃やしており、その様子に流石のパンジーも声をかけられなかった。ダフネはブレーズを追うか、ここに残るかで迷っているようでチラチラとブレーズの出て行ったドアとドラコ達を見ている。

 

「……ジン、君もブレーズと同じ意見かい?」

 

ドラコは未だ収まらぬ敵意の矛先を、祝福の言葉をかけ損ねた俺へと向けてきた。静かに、しかし何かを抑えるようにして聞いてきた。

 

「俺はお前が出来レースに関与していたとも、試験で卑怯な手を使ったとも思わないさ。ただ……」

 

「ただ?」

 

下手なことは言えない。しかし、それ以上に嘘は吐けない。なるべく冷静に、穏やかに話す。

 

「お前の意図しないところで、何かあっても不思議じゃない。それほど酷かったんだ、あの試験は。受かった奴がグルだと思われても仕方がないほどに」

 

「……そうか」

 

少し冷静になったのか、ドラコは敵意を収め静かに俯く。落ち込んでいるのだろうか? 祝福されると思っていた出来事で、何故か親友と仲違いをしてしまったのだから。

 

「……君達も僕がクィディッチの選手になるのに反対かい?」

 

やや自信なさげにこの場に残った俺達に尋ねる。本当にブレーズの言葉が効いているのだろう。先ほどの荒々しさは何処にもなく、今にも消えてしまいそうな印象を受ける。

 

「そ、そんな訳ないじゃん! ドラコは試験に受かったんだよ!? 何で反対するの?」

 

パンジーが慌ててドラコを励ますように言う。単純な言葉はよく状況を理解していないことを告げているが、本心から出たその言葉は多少なりともドラコを前向きにしたようだ。顔を上げ、ようやく俺達の顔を伺いはじめた。

 

「私も祝福こそすれど、反対なんてしないわ。何はともあれ選手になったんですもの。応援するわよ」

 

ダフネの言葉を後押しに、ドラコは俺を真っ直ぐに見つめる。期待と不安の混ざった様な、何か焦がれるような表情で俺を見る。今のドラコには、二人の言葉よりも俺の言葉が欲しいのだろう。

 

「俺も反対なんてしない。選手になったことを純粋に祝福するよ」

 

そう小さく笑いかけながら、安心させるように言う。

 

「……自分は落ちたのに?」

 

「ああ」

 

「卑怯な手を使ったかもしれないのに、それでもかい?」

 

「ああ、それでもだ」

 

「どうして?」

 

複雑そうにしながら聞いてくる。俺の言葉を信じたい。でも疑わしい。そう言っている。

 

「なりたかったんだろ、クィディッチ選手?」

 

反対しない理由など、俺としてはこれに限る。

一年からずっと側で箒に乗る選手たちを羨ましそうに眺めるのを見てきた。クィディッチへの意気込みを、情熱を、期待をずっと聞いてきた。そしてそれはホグワーツに来る前から溜め込んできた思いであることが伝わってきた。そんな俺が反対などできるはずがない。

俺の言葉に、無言で頷くのを見て言葉を続ける。

 

「なら良いじゃないか。多少卑怯な所があったとしても問題ない。あんなチームだしな、それぐらいがむしろ丁度いい。それに俺はどうしてもクィディッチ選手になりたかった訳じゃない」

 

「……じゃあ何故、試験を受けたんだい?」

 

「まあ、お前らとやるなら悪くないって思っただけだ」

 

これも本心。クィディッチをやりたくなかった訳ではないが、ドラコ達がいなくてもやりたいかと聞かれると答えはNOだ。

 

「……君らしいね」

 

ようやく笑みらしきものを小さくもらした。それだけでパンジー達も安心したのか一気に場の雰囲気が柔らかくなる。ホッと息をついて肩の力を抜くダフネが見られた。

 

「……でも、ブレーズもなりたかったんだろうなぁ」

 

ドラコが小さく呟いた。どうやらブレーズに対して思う所もあるらしい。

 

「まあ、あの様子じゃそうだろうな。案外、イラついていただけかもしれないが」

 

曖昧に頷くと、ドラコが首を横に振って否定してきた。

 

「君には分からないかもしれないけれど、クィディッチ選手って言うのは、誰しも一度は憧れる物なんだ。……ブレーズの気持ちも少しわかる。逆の立場なら、僕もきっとああなっていた」

 

もうすっかり敵意は無くなったようで、ドラコの口からブレーズを気遣う言葉が出てくる。もう大丈夫だろう。ようやく俺も安心して紅茶でも取りに立ち上がった。すると、後ろからドラコが声をかけてきた。

 

「……僕は、どうすればいいのかな? このままクィディッチをやってもいいのだろうか? 何か、裏であったかもしれないのに」

 

ブレーズとの仲を気にしての言葉だろう。クィディッチをするにあたって、裏で何もなければドラコはブレーズの非礼を水に流すだけでいい。しかし、裏で何かあったのなら仲直りはブレーズ次第になる。

 

「気にするなよ。ブレーズもそこまでガキじゃないだろ」

 

設置されているポットの紅茶をカップに注ぎながら答える。

 

「どうしても気になるなら、試合でお前の実力を見せればいいじゃないか。卑怯な手を使わなくても試験に受かる実力があるんだって、見せつけてやれよ」

 

紅茶の入ったカップを持ちながら、未だにモヤモヤしているドラコの最後の後押しをする。

 

「……そうだね、そうしよう」

 

自分なりの答えは出たのだろう。心なしかスッキリした面持ちをしている。話もこれで終わり、ドラコは自室へと戻っていった。パンジーも一緒に談話室を出ていき、残ったのは俺とダフネだけとなった。

しばらくは俺の紅茶をすする音しかなかったが、不意にダフネが口を開いた。

 

「ブレーズ、大丈夫かしらね……」

 

「ブレーズ? 何を心配してんだ?」

 

「ドラコに謝れるかどうかよ」

 

そう言って、ダフネも机に置いてある自分の冷めきった紅茶を飲んだ。

 

「ブレーズもプライドが高いから。あれだけの剣幕で怒鳴ったんだもの。そうそう頭を下げるなんてしないと思うわ」

 

ダフネの心配ももっともだ。でも俺はそこまで心配していない。

 

「時間と、ちょっとしたきっかけがあれば大丈夫だろ。去年の俺とドラコの仲違いだって、ちょっとした事で終わったんだ」

 

「……そういえばそうだったわね。すっかり忘れていたわ」

 

過去に似たような実例があって安心したのか、あっさりと引き下がる。

 

「まあ、それでも少し心配だから私はブレーズに構いっきりになるかしらね。ドラコにはパンジーとペット二匹がいるし、大丈夫でしょ」

 

そういうと、空になったカップを持って席を立つ。思えば去年の仲違いの時には随分と気を使ってもらったものだ。きっと俺の知らないところでこういった気遣いがあってこその仲直りだったのだろう。

 

「俺はなるべく普段通りに接するようにしよう。二人とも同じように」

 

「そうして頂戴。さて、今回の仲直りにはどれくらいかかるかしらね……」

 

「俺の時は二週間ちょいだろ? なら、一週間ぐらいだと思うがな」

 

「そう? 私は一ヶ月近くかかると思うわよ」

 

「そんなにか?」

 

「ええ、プライドが高い者同士だもの。それじゃ、お休み。私は寝るわ」

 

「ああ、お休み」

 

カップも片付け終わり、自室に戻るようだ。俺も席を立ち、扉の方へ向かう。明日から少し気を張る日々が続きそうだ。

 

 

 

翌日から、ドラコとブレーズは全く口をきかなかった。二人が同じ場所にいれば険悪、とまではいかないものの居心地の悪い雰囲気が場を満たした。互いに一歩も引く気配が見られないところ、ダフネの言った通り元通りには少しばかり時間が掛かりそうな気がする。それでも、切欠さえあれば何とかなると心の何処かで思っていた。

その切欠となりそうなシチュエーションがあった。ロックハートの授業だ。喧嘩した次の日の時間割は初めての「闇の魔術に対する防衛術」の授業があった。小説を教材に行う授業というのに少しばかりの興味を持ちながら出た授業だが、失望の連続だった。

少し遅れて教室に入るとブレーズとダフネが右端に、ドラコとパンジー達は左端に席を取っていた。俺はその二つが視界に入る中央の一番後ろを陣取って授業が始まった。

ロックハートは前に出ると大きく咳払いをし注目を集めると、一番前に座っていた奴の本を手に取って全員に見せるように掲げた。

 

「私だ」

 

その本についている写真と同じようにウインクをして自己紹介を始めた。

 

「ギルデロイ・ロックハート。勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、そして『週刊魔女』五回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞――もっとも、私はそんな話をするつもりではありませんよ。バンドンの泣き妖怪バンシーをスマイルで追い払ったわけじゃありませんしね!」

 

冗談のつもりで言ったのだろうが、全く面白くなかった。沈黙が場を満たすと、ロックハートは気を取り直すかのようにまた咳払いをしてプリントを配り始めた。

 

「今日は最初にちょっとしたミニテストをやろうと思います。心配はご無用。君たちがどのぐらい私の本を読んでいるか、どのぐらい覚えているかをチェックするだけですからね。時間は三十分です。それでは、はじめ!」

 

いきなり始められたテストに戸惑いつつ、問題を読む。

 

1、ギルデロイ・ロックハートの好きな色は何?

2、ギルデロイ・ロックハートのひそかな大望は何?

3.現時点までのギルデロイ・ロックハートの業績の中で、あなたは何が一番偉大だと思うか?

 

授業を舐めているとしか思えない。そして何問か答えが分かる自分に嫌気がさす。

白紙はまずいだろうと思い、二、三問だけ答えを書き後は眠りにつく。大半の人が俺と同じようで、残り十分になれば誰一人羽ペンを握ってはいなかった。三十分経ち、ロックハートが答案を回収してパラパラと捲りながらダメ出しをしていく。

 

「ダメですね、全部を埋めている人が一人もいません。もっと私の作品を読むべき人が多いようだ。――おやおや、私の好きな色がライラック色だと知っているのは一人だけですか?」

 

やべぇ、俺だ……。

何か言われるのかと、一瞬だけヒヤリとしたがそのままスルーしてパラパラと答案をめくり続ける。ホッと一息ついたが、直ぐにそれも潰された。

 

「ふむ……。他にも誰も正しい回答を書けていない様だ。おやおや、まさか、これは――」

 

ロックハートの顔が失望で染まっていく。テストの出来が悪いことなど分かり切っているが、それがそんなにショックな出来事なのだろうか? そう思っていたが、それが甘かった。

 

「たった一人を除いて、全員が0点とは! 本当に私の本を読んだんですか!? こんなクラス、他にありませんでしたよ?」

 

俺以外の全員が0だと! そう心の中で叫んだ。目立たぬようにとやったことが裏目に出るとは思ってもいなかった。

 

「全く、それでは、本のおさらいからやらなくてはなりませんね。では、助手を一人……」

 

そう言って周りを見渡すロックハートに嫌な予感を感じた。

 

「ミスター・エトウ! 前に出てきてもらえますか?」

 

やはり、と言うべきか唯一の点数を取った生徒である俺を指名してきた。拒否をするわけにもいかず、大人しく前に出る。他の奴等も、一体何が始まるのかとニヤニヤしながら前に出てきた俺とロックハートを眺める。

俺が前に出るとロックハートはおもむろに杖を懐から出し、演技かかった口調で話し始めた。

 

「それでは皆さん、私の書いた『狼男と大いなる山歩き』は持っていますね? 大変よろしい。では、それの148ページを開いてください。そう、私と狼男の2度目の決闘です。そのシーンを、この勇敢なる助手と共に再現していきましょう!」

 

ほとんどの者が何をやるかを理解した様だ。クスクスという笑いが出てきた。意地の悪い笑みを浮かべる者も、見間違いでないのなら明らかに増えた。

 

「それでは、君には狼男をやっていただこう。いいかい、まずはオオカミの様に荒々しく吠えて。ほら、早く」

 

一体、何が悲しくてクラスメイト全員の前でオオカミの真似なんぞしなくてはならないのだろうか。やる気など出るはずもなく、適当にボソッと

 

「……ワン」

 

と呟いた。何人かはこれがツボに入った様で吹き出すのが見えた。ロックハートはこれがお気に召さなかったのか、違う違うと言う様に首を横に振りながら俺に指摘をしてきた。

 

「もっと荒々しく。腹の底から声を出す様に、ガーッと吠えなさい。これでは授業が進みませんよ? ほら、もう一度」

 

「……ガァァァァァァァァァ!」

 

やけっぱちになり荒々しく叫ぶ。途端に、はやし立てるように笑い声、口笛、拍手が起きた。それのどれもが賞賛なんてものでなく嘲笑を含む人を小馬鹿にしたものだった。それに気が付かないのか、ロックハートは途端に上機嫌になり演技を進めていく。

 

「そう、まさしくこの様な凶暴な狼男が山を歩く私を襲ってきました! そこで、私狼男の気をそらすために杖から光を飛ばし、横を向いた狼男に対しすかさず『吹き飛ばしの呪文』を唱えたのです。さあ、ほら、後ろに倒れこんで!」

 

もうどうにでもなれ。そう思い、床に寝そべる。そしたらまたもロックハートの指摘が入った。

 

「違う違う! もっとダイナミックに。さっきの勢いはどうしましたか? ほら、もう一度。今度は思いっきりのけぞって倒れて」

 

倒れることにダイナミックも何もあったもんじゃない。立ち上がってもう一度、同じように寝そべってやる気のなさを主張する。しかし、ロックハートには全く伝わらなかったようだ。

 

「いけませんね、それでは……。そうだ、私が魔法でそのシーンを再現しましょう! 狼男がどのようにして倒れたかを」

 

魔法を使う、と聞いた途端にまたクラスが盛り上がり始めた。面白い物見たさにロックハートと俺をはやし立てる。それを聞いてまたも上機嫌になったロックハートは意気揚々と俺に向かって言う。

 

「ほら、もう一度立って。大丈夫、痛くありませんよ。ちょっと魔法で君を浮かし、落とすだけですからね」

 

それぐらいなら、と渋々と立ち上がってロックハートと向き合う。ロックハートは意気揚々と杖を振りかざし、大きな声で話し始めた。

 

「哀れにも私と向かい合った狼男は私の呪文にかかるとこのようにして宙に浮かび――」

 

そう言うと勢いよく俺に向かって杖を振りおろし、その瞬間――

 

バーーーンというデカい音と共に浮遊感と視界の反転を感じた。

何が起こったか分からないまま、急に目の前に広がる見覚えのない床を眺めていた。その内、床はグングンと離れていき、そしてドコッと言う鈍い音と共に背中に激痛を感じた。あまりの痛みに口からは声も出ず、身動きは一切取れなかった。

一瞬の沈黙の後、何人もが大声で口々に喚くのが聞こえた。少しだけ痛みが和らぎ周りへと意識を向けられるようになったので、聞こえてくる声を頼りに状況を分析してみる。

どうやら俺は相当の高さまで飛ばされ、そのまま落ちた様だ。さっき床だと思っていたのは天井だったようだ。多くの者が口々にロックハートを批判している。ロックハートからしてみれば、先程まで味方だった生徒たちが手のひらを返したように敵になったように見えているのだろう。オロオロと戸惑い、助けを求める様に周囲を見渡す。最初から味方など一人もいないこの状況で、助けなどあるはずないのに。

その様子のお蔭で、俺の怒りのボルテージは少しだけ下がっていった。少なくとも直ぐに起き上って掴み掛らないで済む程度には、だ。いつまでも寝そべっている訳にはいかないので、何とか立ち上がる。途端に批判は止まり、全員の視線が俺に集中する。

ロックハートは批判が止んで安心したのか、少し表情を崩しにこやかに俺に話しかけてきた。

 

「あー、どうですか、その、狼男の体験は? 体は、大丈夫ですかね?」

 

開口一番にそれ。謝罪などあったものではない。みるみる内に上がってくる怒りのボルテージを何とか抑えつつ、無言で頷き席に戻ろうとする。しかし、それでは終わらないのがロックハートだった。

 

「ええ、まあ、それでは大丈夫の様なので続きを――」

 

その言葉にとうとう怒りのボルテージが限界を振り切った。

ローブから杖を取り出すと、話も終わらぬ内に怒りのままに呪文を唱える。

 

「エクスペリアームズ(武器よ去れ)!」

 

杖から出た目も眩むような特大の閃光は相手の杖を奪うだけには収まらず、そのままロックハートを遠く離れた後ろの壁まで吹き飛ばした。一発で魔法が成功したとか、初めての防衛術の使用などの感動は無かった。ただただ、ロックハートへの苛立ちを伴う怒りだけがあった。

教室は一瞬、シーンと沈黙が制したが壁に衝突して無様に転げ倒れるロックハートを見て歓声が上がった。歓声をバックに意識があるかどうかを見ようと机や装飾などをまき散らして倒れるロックハートに近づくと、真に残念だが元気だった。

 

「いやぁ、ハッハッハ! 見事な防衛術でしたね! しかし、何をするか見え見えでしたよ。私がその気になれば……」

 

ロックハートは立ち上がり、得意の笑顔を振りまいて話し始めたが俺の顔を見て口を閉じた。今の俺は余程に酷い表情をしているようだ。正直、有り難い。流石に「失神呪文」は練習なしで成功する気がしない。

 

「ええっと、それでは、今日はこれぐらいにしましょう。少し早いですが、解散です!」

 

そう言うと、逃げるようにして奥の部屋へと引っ込んでいった。そこでもまた歓声が上がった。

その日のクラスメイトの話題は俺への賞賛とロックハートへの嘲笑で持ちきりだった。普段だったらここでドラコとブレーズが嬉しそうに駆け寄ってくれるのだが、こちらに来たのはダフネだけだった。

 

「お疲れ様。大変だったわね」

 

「そう思うなら、止めてくれても良かっただろ」

 

「あら、どちらのことかしら? 素直に前に出るあなたを? それとも目立ちたがり屋なロックハートを?」

 

クスクス笑いながらからかってくるダフネに溜め息を吐きつつ、話を本題に移す。

 

「なあ、ブレーズの様子は? お前が一緒ならこっちに来ると思ったんだが……」

 

「私もそう思ったんだけどね……。誘っても『ドラコがいるんだろ?』の一点張りで……」

 

どうやら状況は思っていたよりもよろしくないようだ。ロックハートの授業もきっかけになればとも思ったのだが、そうは甘くない。しかし、ダフネはそこまで気落ちしていない。

 

「きっかけならまだあるわよ。情報に疎いあなたなら、まだ知らないでしょうけど」

 

ドラコもダフネも、俺が世間に疎いと思っている様だ。実際そうだから何とも言えないが。

 

「何だそのきっかけって?」

 

「明日の朝はクィディッチの練習があるのよ。今朝、マーカス・フリントがスネイプ先生にドラコの特訓のために許可を求めていたわ。十中八九、承諾が得られるはずだからブレーズも連れて行こうと思うの。勿論、ドラコには内緒でね」

 

その提案は確かに魅力的だった。飛行訓練ではポッターがダントツ一位であったため他はあまり目立たなかったが、ドラコも飛行は上手かった。少し贔屓目があるかもしれないが、クィディッチ選手としては十分にやっていけるレベルであると思っている。そんなドラコの一生懸命に練習している様子を見たら、きっとブレーズも考えが変わるだろう。

 

「そうか、なら俺も行こうか。パンジーも誘って、四人で行くか?」

 

「いいわね、それ。じゃあ、明日の朝にブレーズを連れて門の前まで来て頂戴。ブレーズには話を通しておくから、連れてくるだけでいいわ」

 

そう言うと、上機嫌に去って行った。俺もこれで少しはこの状況が良くなるかもしれないと少し浮かれ気味で次の授業へと向かった。

 

 

 

 

 

土曜日の朝になって、朝食もそこそこにドラコは箒を持って競技場へと向かっていた。

ドラコはクィディッチを止めるつもりはない。ジンからも言われたが、試験に受かるだけの実力はあると自負している。しかし、ブレーズの言う通り裏で何かがあったであろうことも分かっていた。ドラコの家はかなりの名家だ。こういった場合に周りから妙な気遣いや遠慮の様なものが行われてきた。今回もそれに相当するだろう、と。

しかし、それでも――いや、だからこそクィディッチ選手を辞めたくはない。ここで辞めることは逃げだ。それこそ、家柄だけが取り柄の人間になってしまう。クィディッチで実力を示すことこそが周りの人間を納得させ、ひいてはブレーズと和解をする一番の方法だと考えている。

そう決心しての行動であったが、練習初日から出鼻を挫かれることとなった。少し早めに門へと着いた。そこには既に他のメンバーが全員そろっており、最後に来たドラコをにこやかに迎い入れた。――全員が手にニンバス2001を持って。

 

「やあ、集合時間にはまだ余裕があるんだが全員そろってしまったようだね。それでは、競技場へと行こうじゃないか」

 

マーカス・フリントはそう言い、ドラコの肩を組むと上機嫌に歩き出した。背の高いフリントに引きずられるようなりながら、周りを確認する。他のメンバーの様子もフリントと大して変わらない。全員がその手にある箒を眺めながら上機嫌に歩いている。

 

「……その箒は、父上の贈り物かな?」

 

答えなど分かり切っているが、精一杯の笑顔と共に質問する。

 

「ああ、そうさ。君のお父上が我々の勝利にささやかながら協力をしたいと仰ってね。何と、人数分のニンバス2001を贈ってくださった。まったく、ささやかだなんてとんでもない! 君のお蔭で、今年の優勝は間違いなしだ!」

 

フリントはそう予想通りの答えを述べる。

遠慮だなんてとんでもなかった。ブレーズの言ったことには、何一つ間違いなどなかったのだ。

ドラコは予想以上に自分が厳しい状況にあることを今更ながら悟った。ここで本当にチームのシーカーを担うだけの実力が無ければブレーズとの仲は絶望的とも言えるだろう。もう後に引けない。先ほど以上に気合を入れて、ドラコは競技場へと向かった。

後から四人が来ることを知らずに……。

 

 

 

 

 

朝食を終えると、約束通りブレーズを連れて門の前まで来た。既にパンジーとダフネの二人は到着していた。

 

「あら、案外早かったわね。ブレーズはもう少し粘ると思ったのだけど」

 

ブレーズを見るや、ダフネは少しほっとした様な表情で言った。

それに対し、ブレーズは少し肩をすくめ黙って歩き始める。

 

「あれでも結構、ドラコのことを気にしているんだろ。今朝も何も言わずについてきたし」

 

俺がブレーズに聞こえないよう囁くと、パンジーはどこか嬉しそうにブレーズの後を追いかけ何か話しかけに行った。内容までは俺とダフネのいる場所では聞こえないが、以前の様な険悪な雰囲気は感じずブレーズも顔をしかめながらもしっかりと返事をしているのを見て少し緊張を解いた。予想以上に良い雰囲気で練習場に向かうことができ、自然と頬も緩んできた。

 

「上手くいきそうね」

 

「ああ。これで仲直りができればいいんだが」

 

ダフネと軽く会話を済まし、後は成り行きに任せるだけで大丈夫そうだ、などと安堵に近い感情を抱きつつブレーズとパンジーの後を付いて行った。

四人ならんで競技場まで行くと、ドラコ達が見えた。まだ競技場に入っていない所を見ると、これから練習を始めるところなのだろう。

いいタイミングだ、と思いつつ競技場へと足を速めるが様子がおかしいことに気が付いた。

 

「どうやら、グリフィンドールのチームも来てるみたいだな」

 

少し離れたこの位置まで、争うような声が聞こえてきた。様子見のため、四人で少し離れた所で耳を澄まし会話を聞くことに専念した。

 

「ここは僕が予約したんだ!」

 

グリフィンドールのキャプテンだろう。フリントに向かって怒鳴り散らしていた。対し、フリントは飄々とした態度で全く気にもしていない様だった。

 

「こっちにはスネイプ先生の特別にサインしてくれたメモがあるぞ。『私、スネイプ教授は、本日のクィディッチ競技場において新人シーカーを教育する必要があるため、スリザリンチームが練習することを許可する』」

 

「新しいシーカー? どこにいるんだ?」

 

そうグリフィンドールのキャプテンが問い詰めると、ドラコが両者の前に出た。

 

「ルシウス・マルフォイの息子じゃないか」

 

顔が見えないが、何処か聞き覚えのある声がそう言うとフリントは得意げな声が聞こえた。

 

「ドラコの父親を出すとは、偶然の一致だな。その方がスリザリンチームにくださった有り難い贈り物をみせてやろうじゃないか」

 

そう言うと、スリザリンチーム全員が持っている箒を大きく掲げた。

 

「あ゛?」

 

箒を見た瞬間、今まで黙っていたブレーズから不機嫌な声が出た。一体なんだ、と目を凝らしてよく見てようやく事態が呑み込めた。

スリザリンチームの持っている箒が、全員同じものなのだ。そう、俺達がドラコからもらった箒と同じ、ニンバス2001。

 

「最新型だ。先月出たばかりの」

 

そうフリントが自慢する声が聞こえる。ブレーズはその様子を見て、ひとり納得したように頷き来た道を引き返し始めた。

 

「ちょっと、どうしたのよ!?」

 

いきなり帰ろうとするブレーズに、慌ててパンジーが静止をかけるがブレーズは冷たく返事をした。

 

「別に。期待した俺が馬鹿だったってだけだよ」

 

何処か残念そうにも聞こえる声色だったが、止まる様子もない。

 

「なあ、せめて練習だけでも見て行こうぜ? 帰るのはまだ早いだろ?」

 

何とか引き留めようと俺も声をかけるが、効果は無い。

 

「俺が間違ってなかったって分かっただけでもう十分だ」

 

舌打ちと共に繰り出された返事には取り付く島もないことを十分に示していた。

 

「ねえ、何で帰るのよ!?」

 

納得できていないパンジーがなおもブレーズを止めようとするが、

 

「ジンにでも聞け」

 

とだけ言うと、今度こそ帰って行った。

取り残された俺達はしばらく沈黙していたが、直ぐにパンジーが俺に食って掛かった。

 

「ねえ、どういうことよ! 何でいきなりアイツは帰るとか言い始めたわけ?」

 

どう説明するか迷っていたが、ダフネが代わりに説明し始めた。

 

「ドラコがチームに入ったのは、あの箒が原因だったってことよ」

 

「どういうこと?」

 

「選手の人数分の高級箒を賄賂に、ドラコがチームに入ったってことよ」

 

ダフネの説明に、パンジーは信じられないとばかりに目を見開きドラコと俺達を交互に見る。

 

「……嘘でしょ? ドラコはそんなことしないわ」

 

そう言うパンジーが見ていられず、直ぐにフォローをする。

 

「勿論、ドラコがそれに関与していたとは思えない。あの試験の後の喜び様から、全く知らなかったんだろ」

 

そう言うと、いくらか落ち着いたのかパンジーが期待を込めた様に話し始めた。

 

「じゃあ、ブレーズにも説明すればいいんじゃない? ドラコは絶対に賄賂に関与してないって」

 

「多分、ブレーズは知っているわよ」

 

溜め息と共にダフネが返事をする。

 

「じゃあ、何であんなに怒ってたのよ?」

 

全く理解ができない、と言った感じでパンジーが問い詰めてくる。

ブレーズが怒っていた理由、と言うよりも怒っているように見えた理由は十中八九、嫉妬であろう。ブレーズ自身、ドラコが実力で選手権を勝ち取ったのであれば諦めるつもりだったはずだ。しかし、実際は家柄と金による買い取りの様な物。どうしても納得がいかなかったのだろう。

どう説明するか悩んでいたら、ダフネが俺の肩を軽く叩き前へ出た。任せろ、と言うことなのだろう。

 

「ブレーズは理由がどうあれ、ドラコが実力以外でチームに入ったのが許せなかったのよ」

 

「でも、ドラコが関与してないのは知っているんでしょ? なら、どうして許せないなんてことになるの?」

 

「ブレーズもクィディッチがやりたかったのよ」

 

「それだけの理由で?」

 

そう言われると、ダフネは少し考えるようにしてから口を開いた。

 

「パンジーも、もし私があなたの知らない所でドラコとデートしていたら嫌でしょ?」

 

そう言われると、見る見るうちにパンジーの勢いがなくなった。想像してしまったのだろうか。少し涙目になってしまった。しかし、それでも少しばかりの反論がしたいのかパンジーはダフネに聞いた。

 

「……でも、ダフネはそんなことしないでしょ?」

 

ダフネは少し困ったように笑いながら返事をした。

 

「ブレーズも、ドラコに対してそう思っていたみたい」

 

これが決定的になり、パンジーは何も言わなくなった。ドラコをかばい切れないのも相当にショックなのだろう。俯いたまま、動こうとしない。

 

「私はパンジーを連れて帰るわ。あなたはどうする?」

 

ダフネに尋ねられ、少し迷ったが残ることにした。

 

「なるべく早く、事が悪化したことをドラコにも伝えないとな。原因は俺にあるわけだし」

 

俺がドラコにクィディッチをすることを勧めなければ、こうも悪化はしなかっただろう。

 

「……あなただけのせいじゃないわ。私にも原因がある」

 

申し訳なさそうに言うと、ダフネはパンジーを連れて学校へと向かった。

一人残った俺は、再び競技場の方へと意識を向けた。流石に、そろそろ練習が始まっているだろうと思っていたのだが違った。いつの間にか現れたハーマイオニーとウィーズリーが言い争いに参戦していた。

もっとよく聞こうと耳を澄ますと、丁度ハーマイオニーの声が聞こえた。

 

「少なくとも、グリフィンドールの選手は誰一人としてお金で選ばれたりしてないわ。こっちは純粋に才能で選手になったのよ」

 

事情を知らないハーマイオニーから、ドラコへと強烈な皮肉が炸裂した。対しドラコは、怒りに顔をゆがめ冷たく言葉を吐いた。

 

「ほう、そうか。……残念だよ、君は少し見所があると思っていたんだがね。やはり、穢れた血は何処まで行っても穢れた血だな」

 

その言葉に、グリフィンドール側から物凄い非難の声が聞こえた。

新たに生まれた争いの火種に、ただただ頭を抱えることしかできなかった。

 

 

 




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