待っていてくださった方、申し訳ないです。
「やっぱり、冷え込むだろうから上着は必要だよな」
土曜日の夜、ドラコは遠足前のように浮かれた様子でポッター達を捕まえる準備を始めた。結局、先生には相談しなかった。というよりも、できなかった。ドラゴンのことを伏せて今日の出来事を話せるほど器用ではないし、下手を打てばポッター達が見つかる可能性を高めてしまう。そうなれば俺も共犯の疑いをもたれ、もっと面倒なことに巻き込まれてしまう。
一番いいのは、ここでドラコを抑えることなのだ。ダメモトながら、説得に移った。
「なあ、やっぱり行くのか? マクゴナガルに見つかったら減点じゃすまないだろ?」
「勿論さ! ポッターがこんなにでかい弱みを見せるなんて、この先いくつあるか分からないじゃないか。やっと手に入れたチャンス、逃すなんてできないね。危険なんて承知の上さ!」
「だがなぁ……。ほら、ハーマイオニーのこともあるし」
「……忠告はしたさ。それでもポッター達と一緒にいたいっていうのであれば、それは僕の知るところではない。それはグレンジャ-の問題さ」
「俺は嫌だな、ハーマイオニーを退学に追い込むのは」
「…………ハァ、君はそういう奴だったな。気に入った奴にはとことん甘い。ああ、そうさ。ロングボトムの時もそうだった。まったく、熱湯をかけられても笑って許すなんて……」
魔法薬学の時のことだろうか? 少し遠い目をしながら、ドラコが呟いた。何はともあれ、予想以上に効果があったらしい。さっきまでの興奮から覚めてしまったようで、少ししかめっ面でこちらに向き直った。
「安心しなよ。恐らく、上手くいって現行犯でポッターを捕まえてもアイツが退学になる可能性はそこまで高くない。むしろ低いくらいだ。ムカつくことにね」
「どういうことだ? ドラゴンの違法所持はアズカバン行き並みの犯罪なんだろ?」
「まあ聞きなよ。そうだね、まず言えることとしては今回の一件にあの森番が関わっていることさ。アイツの噂、聞いたことあるかい?」
「噂か? 悪いな、ハグリッドに関しては動物好きということくらいしか俺は知らない」
「まあ、噂もそんなものさ。ただ、動物じゃなくて怪物だけどね。アイツは人外とよろしくやっているらしい。人狼をベッドの下で育てたり、トロールと森で取っ組み合いしたりっていうのが専らの噂さ」
「そんな噂があるのか……。で、それがどういう風に関係するんだ?」
「ポッター達が言い逃れできるってことさ。不都合な事態になれば、あの森番に責任をなすりつければいい。噂が噂だから、主犯がアイツだっていうことを不審がる奴はいないさ。無理やり協力させられたとでも言えば、ポッター達は無実で終わる」
「成る程。でも、そうなるとハグリッドの責任が重くなる。ポッターの性格からすると、そういうのはやらなそうだけど?」
「本人はそうでも、周りは違うさ」
「うん? ……ああ、そういえば英雄だったな、アイツ」
「そうさ。その英雄様が名高いホグワーツを退学となれば大騒ぎさ。それはたかが学校ひとつで収められる問題じゃない。世間には、それこそポッターを神のように崇める連中が大勢いる。そいつらが黙ってはいないだろうからな」
それはそうだろう。名前を言ってはいけない例のあの人、ヴォルデモート卿。そして彼の率いる「死喰い人」。それらは調べれば調べるほど残酷さは増すばかり。文字を読むだけで吐き気がする出来事を知ったのは初めてだ。十年程前まで、俺達が赤ん坊だった頃までそんなことが続いていたというのだからゾッとする。それを終わらせてくれた人物だ。崇める人がいてもおかしくはない。しかも、魔法界はまだ例のあの人から受けた傷から完全に回復していない。そんな中でポッターの退学なんて、問題にならない方がおかしい。
「まあ、ポッターが退学にならないような理由は分かった」
「そうだろう? だから、ポッターと同罪のグレンジャーのこともそこまで気にする必要はなくなる」
「……そうなるな」
「ということは、君が僕を止める理由はなくなるんだ」
「……うん」
……最初の手ごたえはどうやら勘違いだった様だ。言いくるめられたのは俺の方だった。何とも虚しい感じがしてくる。
だが、正直に言おう。安心もしている。ハーマイオニー達の退学の可能性が低いこと、ドラコがそれを分かった上で行動していたこと。最初の目的は果たせなかったが、目的そのものに意味がなくなった今はどうでもいい。
再び、楽しそうに準備を始めるドラコだが止める気は起きない。ぼんやり眺めていると、今度はドラコから声をかけてきた。
「それじゃ、僕は行く! ポッターに目に物を見せてくる!」
高らかに宣言すると、走って部屋を出て行った。しばらく開け放たれた扉を見ていたが、悩み事が一応解決したので、俺はもう眠ることにした。ついでにドラコのベッドの中に俺が使っていた湯たんぽを入れておいた。遅くに疲れて帰ってきて、ベッドが冷え切ってたら嫌だろう……。
「――と、このように僕は何とかポッターから五十点、グリフィンドールから百五十点の減点に成功したんだ」
「流石ドラコ! 最ッ高よ!」
「そして、スリザリンから二十点減点」
「罰則のオマケ付き、ね。頑張って頂戴、ドラコ」
「う、うるさいな、二人とも! いいじゃないか、スリザリンがトップになったんだから!」
朝になり、掲示板に向かうとグリフィンドールは百五十点も失っていた。学校中が大騒ぎであった。昨日のことを知っている俺は、ドラコがやらかしたとすぐに分かり問い詰めると鼻高々に話し始めた。
そのことはすぐにブレーズ達に伝わり、そして数日でスリザリン中に広まった。今ではドラコはちょっとしたヒーローである。減点のことでいじられるが、よくやったというのが大半の声だ。
逆にハーマイオニー達は割と悲惨だ。寮対抗優勝まであと少しという希望を一年生にして粉々に砕いたのだ。自寮は勿論、他の寮からの風当たりもひどい。この数日、なるべく目立たないようにと図書室の隅で勉強するハーマイオニー達を見た。ドラコを止めればよかったと、少し後悔の念も出てきた。ハーマイオニーに関してはパンジーも同意見だったらしい。
「ハーミー、ちょっと可哀そう……。まったく、巻き込まれただけなのに何であんなにキツク当たるのかしら? 信じられない! 人格を疑うわよ!」
「まあ、優勝の機会を潰した原因の一人だからな……」
「ハーミーが今までに何点稼いできたと思ってるの? 五十点なんてマイナスにもならないわよ! ああ、やっぱり無理言ってでもハーミーとポッターを引き離すべきだったわ! こんな目にあうなんて……」
「……もうすぐテスト期間に入る。きっとほとんどの連中が気にしなくなるさ」
この会話をして一週間、テストまで一ヶ月を切った。少しは騒動が収まったが、予想していたよりも未だに原因の三人は肩身が狭そうだ。かと言って、俺達には何もできない。スリザリンの俺達が話しかけるのは逆効果だし、テスト期間が近づいて忙しいのはお互い様だ。時間も取れない。
本来ならハーマイオニーとネビルも参加していただろう勉強会は代わりにグラップとゴイルが加わって行われた。不満たらたらのパンジーはダフネが教え、グラップとゴイルはドラコとブレーズが、全員の補助を俺がやるという形で黙々と勉強する。これがなかなかの重労働で、全員が勉強以外のことに意識を向けられなくなっていた。そんな中、テスト一週間前でまた騒動を思い出させるような出来事が起きた。フクロウ便が、ドラコに罰則の通知をよこしたのだ。
「すっかり忘れていたよ。……今夜十一時だ」
「それじゃ、今夜は俺もあの二人に勉強を教えるとするか。途中で抜けるのだって面倒だろ? 今日は魔法史だな。どこまで進んだ?」
「君が貸してくれたノートの半分さ」
「……一週間前でそれはキツイな。どうしようか……」
「君に任せるよ。とりあえず、クラッブの方を頼んだ。帰りは遅くなりそうだしね」
「はいはい」
そう言ってドラコと別れる。
その日の勉強会では、ドラコが不在でますます機嫌が悪くなったパンジーがクラッブとゴイルに八つ当たりをして大変な目にあった。結局ドラコは最後まで帰ってこなく、ドラコに会うまで帰らないと言い張るパンジーの付き人として誰かが談話室で一緒に待つこととなった。クラッブとゴイルは言うまでもなく却下で、ブレーズは俺には関係が無いの一点張り。そしてダフネは
「女の子に夜更かしなんてさせるものじゃないでしょう?」
とウィンク付きで言うと、最初に部屋に帰った。
仕方がなく俺が一緒に残ると言って、残りの三人を帰した。談話室には、最初の方こそ勉強やらをする人達がいたが一時前になった頃には俺とパンジーの二人だけとなった。
「もう遅いし、会うのは明日にしたらどうだ?」
「嫌よ! 今日じゃなきゃ意味がないもの!」
「なんでだ? ドラコだって疲れているだろうし、良いことないと思うぞ?」
「ドラコのことだから、罰則の愚痴を誰かに聞いてもらいたがるわ! 私が受け止めてあげるんだから! そうすれば、私のことも意識してくれるだろうし」
少し意外だった。パンジーのことだから、きっとドラコに甘えるのだろうと思っていたのだが……。そう口にすると、パンジーは鼻で笑って答えた。
「勿論、甘えたいわよ。でもね、好きな男に甘えられて嬉しくない女なっていないわ。甘えたいし、甘えられたいものなのよ」
「そんなものか?」
「そんなものよ」
「甘えるのは迷惑だと思ってたんだが」
「それはあんたの偏見よ」
「そんなもんか?」
「そんなもんよ」
まさかパンジーに諭される日が来るとは思ってもいなかったが、そのことを考える暇はなかった。談話室の扉が急に開いたのだ。
「ドラコ? お帰りなさい!」
満面の笑みで迎えるパンジーだが、すぐにその笑顔が凍った。不思議に思って扉の方を見る。扉を開けたのは確かにドラコだったが、なんだか様子がおかしい。顔は真っ青で、少し震えている。もう寒くないはずなのに、震えは収まる様子がない。
「ど、どうしたの!? 何があったの?」
パンジーが急いで駆け寄るが、ドラコは口を開かない。とりあえず、落ち着かせるために椅子に座らせ紅茶を用意する。紅茶を二、三口飲んで、ようやく口を開いた。
「化け物がいた……。ホグワーツのすぐそこに、化け物が住んでいるんだ……」
「何があったんだ? 罰則に行ってきたんだろ?」
ドラコの話だとこうだ。
罰則の内容は禁じられた森の探索。最近、怪我をしたユニコーンが出現したことを受けて罰則としてその調査に行かされたらしい。付添はハグリッドとペットの犬。ペットの犬と、同じく罰則を受けたポッターがドラコと行動をして、森の少し奥でユニコーンの死体を見つけた。が、それだけでは終わらずユニコーンを殺したであろう黒いフードを付けた人物が現れて襲ってきたのだという。ドラコは一目散に逃げ、気が付けばネビルに校舎の中まで連れられていた。これがドラコの覚えていることだった。
「罰則でそんなことをさせるなんて! 一歩間違えれば死んでいたのよ!? この学校は何をしているのよ!」
怒りのあまりに叫ぶパンジーだが、その意見には賛成だ。罰則にしては重過ぎる。ユニコーンに怪我を負わすほどの、それも正体すら分からない者を生徒に対峙させるなんて、殺す気としか思えない。
しかし、パンジーの声はドラコに届いていないようでまだドラコはブツブツと呟いている。
「あの黒い奴、気が狂ってる……。ユニコーンを殺すだけじゃなくて、し、死体から血を飲んでいたんだ」
「ユニコーンの、なんだって?」
「血だ! 血を飲んでいたんだ!」
黒い奴の正体が、一気に分かった気がした。賢者の石の石を狙っている奴だろう。
ユニコーンの血には呪いのような効果がある。血を飲めば死の淵にいるどのような者でも生きながらえることができるが、死んでいるも同然の状態となる。言ってしまえば、体が崩壊し力を無くした状態で生きることとなる。
そのような状態になってでも、達成したい目標。それが賢者の石だろう。賢者の石さえあればユニコーンの血の効果を無くし、体を再生させることだってできるはずだ。だから最近になってユニコーンの死体がホグワーツに現れたのだ。賢者の石がここに置かれるようになったのは今年からだ。
しかし、一体誰なんだ?
ユニコーンの血を飲めばただでは済まない。しかし、飲んだ様子が欠片でも見当たる人物はいない。そもそも、血を飲んだ状態で授業などできるはずがない。じゃあ、全く関係ない第三者? いや、そんな奴が侵入できるほどホグワーツのセキュリティは甘くないはずだ。死にかけの奴ならなおさらだ。考えられるのは内部に協力者がいること。賢者の石を狙い、ユニコーンを仕留める。侵入のことを除いても、死にかけの奴一人でできることじゃない。
一体誰なんだ? 死にかけの奴のためにわざわざ罪を犯してまで石を求める人間。誰かに死んでほしくないと、そのためなら何でもやれるような人間。
ふと、一人の顔が浮かんだ。
「スネイプ先生……」
「え? スネイプ先生がどうかしたの?」
「え? ああ、いや、なんでもない」
「どうしたのよ、ジン? アンタまで黙り込んじゃって」
「いや、なんでもないんだ。ただ、ドラコが無事で本当に良かったと思っただけだよ。一歩間違えれば、どうなったか分かるだろ?」
そう言うとパンジーも少し顔を青ざめドラコの腕にしがみ付いた。怯えさせたようだが、何とかごまかせた様だ。
スネイプ先生。それが俺の真っ先に浮かんだ犯人像。
もしかしたら先生が見た鏡には、元気な姿になった例の死にかけの人の姿なのかもしれない。その人が先生にとってなんなのか……。家族か、友人か、まさか恋人か。どれでもいいが、とても大事な人だとしたら……。
おかしなことだが、急に俺の中で先生が犯人であると納得できた。そうすると、全てのことが噛み合ったように感じる。
時計を見る。もう二時を回っている。
「もう寝よう。明日も学校だ」
そう言って、三人で部屋に戻った。
ドラコもパンジーも、そして俺も顔を青ざめながら。それぞれの頭に最悪の事態を浮かばせながら。
次回で賢者の石編終了の予定です。
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