【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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ベビールームの位置する階層を、AKIRA原作に則り14階から15階へ修正しました。(8/31)


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 午前10時05分 ―――アーミー駐屯地、本部、某所

 

「41号が覚醒し敵対的だと判明した以上、我々は急ぎ目的を達成しなければならない。分かるか?」

 

「分かる。分かりますとも」

 フロアとフロアを繋ぐ冷たい緑を基調とした廊下の一画で、Dr.大西は目の前の男にへこへこ白髪頭を下げながら相槌を打った。

「ただ、()()殿()。彼は確かに粗削りですが、()()手掛けた最高傑作でして……その、可能な限り傷つけず確保し、研究成果として表舞台に発表できればと―――」

 

「それは我々の知る所ではない」

 冷たく男が言い、大西を見下ろしている。男の顔立ちは頭蓋骨に直接皮膚を張り付けたように骨ばっているが、所作や言葉の一つ一つには力強く生気が込められているのがアンバランスだった。そのため、歴戦のベテラン軍人のようにも、若き将校のようにも思える。瞳の色は日本人には珍しい明るいグレーだ。

 大西はこの男が何者なのか詳しくは知らない。部下からは中尉と呼ばれている。中尉といっても、大西は少なくともこの駐屯地で出会ったことの無い人物だ。また、彼が今、この(アーミー)の本部に侵入している謎の部隊―――恐らく、今回の計画を担う暗部の一部隊―――を率いるリーダーであるということは分かる。アーミーの兵士と同じく迷彩色の服を上下に身に付けているが、大西が普段から接する一般兵とは異なり、長袖のより肌に密着する物を着ている。それらに加えて、明るい黒色の重厚なタクティカルベスト、耳まで覆う硬質な素材でできた軍用メットも、アーミーの兵士とのはっきりした違いだ。彼を含めた謎の兵隊たちがみなそのような格好をしているが、中尉と呼ばれるこの男だけは、なぜか白い幅広の布切れをスカーフの様に首に付けており、他の者と区別する目印になっていた。

 

41号(41st)と呼ばれるその能力者に関しては、我々ではなく、別部隊の管轄だ」

 中尉が大西に言うと、傍の部下に顔を向けた。

「『アイテム』からの返答は?」

 

「了承と。案内人の手引きのもと、現在、41号との接触を図るため移動中です」

 

「せ、接触というのは……」

 部下の言葉に不安を感じた大西がおずおずと聞いたが、中尉は相変わらず冷たい視線を向けて来た。

 

「知りたいか?なら奴らに会って聞いてみるといい。『原子崩し(メルトダウナー)』率いる連中に、話が通じるとは思えんがな」

 

 メルトダウナー?どうにも不穏さを忍ばせる言葉だ。

 今回の計画には、大西だけではないアーミー側の内通者、複数の暗部と呼ばれる闇組織、統括理事会、加えて、本国政府の意向も浅からず関わっていると、大西は耳にしていた。特務警察の男の誘いに乗ってはみたが、いざこうして行動してみると、自分の考えていた以上に事態が大きくなっていて、正直なところ大西は困惑していた。

 

「とにかく、今お前がやるべきことは、我々を『ベビールーム』まで案内することだ。Dr.大西」

 中尉が、灰色の目で大西を捉えて言う。

 

 聞きたいことはまだ山ほどある。

 しかし、自身の正当な評価と名声を得るため、敷島大佐を裏切ってでも、実験体達(ナンバーズ)をこの貧しい監獄から連れ出し、然るべき研究機関へと移送しなくてはならない。その野心を実行に移すと決めたのだ。

 だから大西は、中尉の言葉に黙って頷いた。

 

「全員、聞け」

 中尉へと、兵隊達が一斉に体を向ける。

「『中佐(飾り物)』が死亡したことを受け、只今から部隊の指揮は、自分、ジョージ山田“中尉”が執る―――正式にな」

 兵隊たちから押し殺したような笑いが聞こえる。

「“イプシロン”は司令官敷島の身柄を確保しろ。場合によっては殺しても構わん。“アルファ”は隊をニ手分けろ。半分は俺と来い、残りはゲリラのネズミ共を駆除しろ。そろそろ()をかじりに群がってる頃だ。“ベータ”は全員俺に続け。目標は変わらず、ラボのS-15Fに位置する“ベビールーム”。最優先(ゴールド)の回収対象は25号(25th)。アーミーの兵隊は大多数が武装を解き、建物外へ誘い出されているが、万一残党に遭遇したならば排除する。ただし、『アイテム』が敗北した場合、先んじて我々が接触した場合は、41号への対応にも当たる。

 ……『山田班』の名を挙げようじゃないか。杉谷に、この仕事をむざむざ譲ったのを後悔させてやる。行くぞ!」

 兵隊一同が武器を構え、それからブーツの音を鳴らして移動を開始する。

 大西は兵隊に囲まれる形で、遅れをとらないよう、小さな老体を必死に動かし付いて行った。

 

 

 

 

 

 ――― S館、4階、電気室

 

「監視の奴らも慌てて出てったよ」

 自分たちの背丈よりも頭3つ分は高い、巨大な直方体の形をした配電盤が多数並べられている埋め込まれている埃臭い部屋で、チヨコが部屋の外の廊下を窺いながら言った。その背には、ケイの背丈ほどもある巨大なバックパックが背負われている。

「島崎、そっちは?」

 

「もうちょい……よし、これだ!」

 配電盤の内の一つの内部機構を操作していた島崎が、手を放し、安堵の表情を浮かべて息をついた。

 竜作がその横に駆け寄る。

「おい、やったのか?」

 

「ああ、これで、この棟一帯の電気制御ロックは無効になった筈だ」

 

「ほんとに?」

 ケイは島崎に訝し気に聞く。

「なんか、もっとこう、照明が落ちるとか、ぶーんて機械の動作が落ちるみたいなことが無いの?」

 

「照明全部落としちまったら大変だろ、ほら、ここ見てみろよ」

 島崎に手招きされたケイは、配電盤の表面に取り付けられた液晶の表示について説明を受け始めたが、話の内容が専門的過ぎて何のことやらさっぱり分からない。

 

「喜んでるとこ悪いがね、もたもたしてるヒマは無いんじゃないのかい?」

 チヨコが語りに熱を入れ始めた島崎へ釘を刺した。

「ほら、また聞こえる」

 

 銃声。上階の方からだろうか。バラタタタタ、というそのくぐもった連射音は、不意にケイの脳裏に、電動ミシンを思い起こさせた。昔、兄がゲリラ活動を原因として捕まる前に、小学校の社会科で「昔の生活道具」として体験学習した。前世紀のものだというくすんだ白色のそれは、針が布を打つ度に被服室の机を揺らした。あの銃声は、人の体をあっという間に撃ち抜いている。ミシンと異なるのは、うたれた物はバラバラになり、二度と元には戻らないという事だろう。

 この戦いの場に身を投じている以上、自分もその覚悟を持たなければいけない。

 

「別動隊の奴らが、アーミーの残存兵と戦っているんだ」

 竜作が言った。彼によれば、10時きっかりに起こった爆発もそうだという。自分たちゲリラが、首尾よく警備システムに穴を空けるための陽動という事だった。

 本当にそうだろうか。ゲートをくぐった時からの胸騒ぎが、ずっとケイの中で続いている。現に、自分たちはこれまで一発の銃弾も放っていない。どこか離れた場所で戦いの火蓋が切って落とされているというのに、どうにも不自然に、自分の周りは静かだ。

 

「これで、頼まれた分の仕事は終わりだろう?さっさと次へ行こうじゃないか」

 チヨコが言うと、竜作は頷いた。

 

「ああ、俺たちの宝物を頂くとしよう」

 これで政府の砂の城は崩れるぞ。そう笑う竜作の顔を見ていると、ケイは、胸の内の恐れが一層激しく肋骨を引っ掻くのを感じた。なぜか早く鳴り続けるこの鼓動は、きっとこれから待ち受けている物に対する恐れなのだと思った。 

 

 

 

 

 ――― 中央館、司令官執務室

 

 敷島大佐は薄く目を開け、デスクの陰に隠した自分の四肢が命じた通りに動くのを確かめた。

 同時に、床も天井も全て塗りたくったような強烈な血と火薬の匂いに顔を顰めた。

 

「いつまで寝てンだよ、山男」

 

 からかい声を聞き、大佐は膝をついて立ち上がった。

「41号……」

 

「どうだい、これは」

 島鉄雄が両手を広げて笑ってみせた。

「俺がどうしててめえを殺さねえのか、不思議ですって顔だなァ?まあいいことを教えてやるよ。1つ、俺は今、久々に気分がいい……頭ン中でうるせェ声が相変わらずしやがるが、そいつらはもう、俺の言う事を何でも聞くんだ、力をもっと寄越せってな。その結果がこれだ。どうだ、強ェだろ?」

 そこまで語った鉄雄は、伸ばしていた左手の先に、天井から何かが落ちてへばりついたのを見て、顔をしかめる。それは、先ほど鉄雄に向けて銃を放った、中佐かその手下か誰かの中指と人差し指、その付け根の関節部分だった。鉄雄は手を振ってそれを払い落とし、べたついた血をズボンで拭った。

 

 大佐はほんの一瞬、ちらりと天井を見やる。天井の板張りごとひしゃげて割れた照明に、赤黒く染まった髪の毛一塊がぶら下がっていて、更にそこには歪んで割れた眼鏡が絡みついて、血を滴らせていた。

「……凄まじいな」

 

「へっ。あともう1つ教えてやろう」

 鉄雄は大佐の短い答えに満足なのか、笑ったまま語り続ける。

「俺は別に、お前ら軍人共がどうなろうが知ったこっちゃねえ。木山センセとも、まあ約束したしな。俺を殺すつもりなら逆に殺すけどな。それにしてもお前ら―――お取込み中だったみたいだな」

 

 鉄雄は周囲に目をやる。3人いた大佐の部下は、放心した表情でへたりこんでいる。意外なことに、飛び散った血をそこかしこに受けながらも、身体の状態は3人とも無事なようだ。

 

「何が目的だ?」

 大佐が聞くと、鉄雄は腹を押さえ、とうとうハハハと声を上げて笑い出した。

 

「目的だって?そうだなあ!……ここ数日、色んなヤツの声がすンだけどさ。その中でも一際俺をしつこく呼んでるヤツがいるのさ。会ってみてェな!」

 

 アキラ。その名を鉄雄が口にした瞬間、大佐は叫んだ。

 

「やめろ!41号!アキラには手を出すな!あれは……あれは、お前の手に負えるものではない!」

 

「ンな固ェこと言うなよ。呼ばれてるから行くだけの事だぜ?そのためには、お前ンとこのガキ共にまず会わなきゃいけねえ気がする。どうよ?お前、今ヤベえ状況なンだろ?もしも教えてくれりゃあ、助けてやれるぜ!俺なら」

 

「何だと?」

 

「わッかんねーかなァ!仲間割れしてンだろ?ガキ共の居場所を教えてくれンなら、代わりにお前を追い込んでる兵隊共を潰してやろうッてんの!」

 鉄雄が探るような目つきをして、大佐の顔を見つめた。

「さあ、ガキ共はどこにいる?」

 大佐は鉄雄と相対しながら、自分の全身が小刻みに震えていることに気付いた。それは昇進を機に前線から離れて、久方ぶりに感じる、恐怖だった。

 

 

 

「大佐!」

 島鉄雄が去って間もなく、大佐の部下の兵士が何人も慌ただしく入って来た。皆切迫した表情で、何人かは怪我を負っている。彼らは部屋に入るなり、20余名分の身体がそこら中に飛び散っている惨状に顔をしかめたり、顔を背けたりした。

 

 大佐は、デスク上に取り付けられたボタンを押す。しかし、何も働かない。

「……通話システムは、やられているか」

 

 大佐は、元から部屋にいた3名を連れて、ひとまず廊下へ出た。

 

「謎の勢力が―――我々の仲間に紛れていました。我々は、あの緊急放送の後、奇襲を受け、何とかここまで辿り着きました。仲間が大勢やられ、またそれ以上の者が、放送を真に受けて既に任務を放棄してしまっています。外には既に外敵が取り囲み、対して我々は少数……他の支部との連絡も絶たれています。大佐、教えてください。あの放送は……」

 部下の一人が、息を切らして言う。

 それに対して、大佐は一度目を閉じて俯き、それから顔を上げ、部下たちの顔を見渡した。

「私は、誓ってクーデターなど企ててはいない」

 自分へと向けられる視線に相対し、静かに、はっきりと大佐は語った。

「しかし、既に相手の方が数段上手であることは否定できん。私はこれから、敵の目的を挫くため―――41号を阻止し、残りのナンバーズを保護するため、できる限りの事を実行する。とはいえ、今私は賊軍だ。これから私について従えば、お前達の命は脅かされるだろう。自分の命、家族の安全、平穏な暮らし……より大切に想う物があるのなら、武器を捨て演習場へ向かうがいい」 

 

 集まった部下たちは、顔を見合わせることもなく、大佐を見つめている。

 覚悟を決めた目をしていた。

 

「……既に大勢の仲間がやられました」

 初めに発言した部下が言った。

「大佐を信じ、従います。奴らに一矢報いてやりますよ」

 

 そうだ、そうだ。と同意する声が多く上がる。

「……すまぬ」

 大佐は俯き、聞こえない位の声で、謝罪の言葉を漏らした。

 

「大佐。あなたの仰る通り、奴らの目的はベビールームのナンバーズですよ」

 掠れた声を出したのは、ナンバーズの研究グループの一員の博士だった。鷲鼻の目立つ顔は煤か何かでひどく汚れていて、こんな時でも愛用のタバコを咥えている。

「私のいたラボの研究室に押し入って来た連中は、ありゃあ金をかけてるんでしょうな、特殊部隊みたいな恰好で、データを一通り盗みやがりましてね。それから私以外の仲間を皆拘束して、すぐ次の目的地へ向かっていきました。私は運よく隠れてやり過ごせましたが、やけに手際がいいと思ったんだ……裏切り者がいたんですよ」

 

「それは……大西か?」

 

「……残念ですよ」

 大佐の問いに、研究者は一言だけ言うと意味ありげな視線を送り、萎びたタバコに火を点けた。

 その仕草を肯定と受け取った大佐は、唇を噛み締めた。誰のものだか分からない血の味がした。

 

 

 

 

 ――― 中央館、地上1階

 

「やっぱり、超血生臭いじゃないですか。ラボの深部ならともかく、ここは入り口ですよ?もう少し上辺だけでも超隠密にやるって聞いてましたが」

 絹旗最愛(きぬはたさいあい)が、銃弾の雨を浴びて右肩口を引き裂かれ横倒しになっているアーミーの兵士を一瞥しながら、顔を顰めて言った。

 

「も、申し訳ありません―――内部の抵抗勢力が予想以上に多く、戦闘が散発的に続いているようで」

 絹旗の不満に対して、一行を先導する黒服の男が頭を低くする。

 

「それはそれは。あなたの()上司は人望が厚かったのね」

 麦野沈利(むぎのしずり)が皮肉を込めて言うと、黒服は一層へこへこする。あまりに卑屈なその態度に、麦野は内心に苛立ちを募らせる。

「これじゃ始末が大変そう。この後、何も知らないアンチスキルが来るんでしょう?精々モップがけをがんばりなさいな」

 半ば吐き捨てるように麦野は言った。

 やはり、裏切り者は好かない―――どこかから流れ弾でも飛んできて、このカラス野郎の頭に風穴を空けてしまえばいいのに。

 

 先に建物内部に侵入している別動隊からの出動要請を受け、麦野が率いる暗部組織「アイテム」の一行は、斥候のフレンダを除く3名が、黒服の男の案内のもと、アーミーの駐屯地に聳え立つ建物の正面玄関から堂々と入場した。その際、遠くの訓練場であろう広場の入り口に、大勢の兵士が所在なさげに群がっているのが見えた。あれが、策略に乗せられて武装解除したという一般兵だったのだろう。確か、本国政府から派遣された防衛省の役人が、クーデターというシナリオをでっち上げて、集まった兵士を待機させている筈だ。

 アーミーのビルは、4階程度の基礎となるフロアと、その上に並び立つ3つのビルから成り、それぞれ本館、S()館、E()館と呼ばれている。麦野達が目指すナンバーズの研究施設、通称‘ラボ’があるのは、フレンダからの情報で整合性が取れた通り、S館の中階層にあるという。そこに至るため、一行は本館の広々としたロビーを抜け、南側のビルへと向かっていた。そろそろ、建物と建物の間に整備された、吹き抜けの広々とした中庭に差し掛かる。

 

 ふと麦野は、ここに来てからほとんど口を開いていないもう一人の仲間へ顔を向け、顔を顰める。

「滝壺―――たきつぼ!」

 

「えっ」

 鉄火場に似合わない、そこらの高校のグラウンドから来たとでもいうようなジャージ姿の少女が、半開きの目を麦野に向ける。

 

「えっじゃないわよ。靴の裏!」

 

 麦野から指摘された滝壺理后(たきつぼりこう)が、片足を上げてシューズの裏側を覗き込み、あー、と声を上げた。

 その靴裏は、赤黒く汚れていた。

 

「血だまりを敢えて踏んずけて来るなんて、任務中の行動としては落第よ」

 

「……ごめん」

 滝壺の背後には、怪談話に現れるような赤い足跡がぺたぺたと通路の床にプリントされている。それを麦野が指差すと、滝壺は項垂れた。

 滝壺は黒服に向かって顔を向ける。

「お手洗い、どこ?洗いたい」

 

「はっ?」

 

 呆けたような黒服の反応に、麦野は大きくため息をつく。

「……早く。案内して。絹旗、滝壺に付いてやってくれる?」

 

「超了解です」

 

「1分で戻りなさい。何かヘンな事したら、コイツ殺しちゃっていいから」

 麦野が発した言葉に、黒服の男は空気が抜けるような返事をし、何事かまくし立てながら滝壺と絹旗を案内して行った。

 

 その場には、麦野一人が残される。日陰から中庭に数歩進み出て、辺りの様子を窺う。陽光に暖められた中庭はサッカー場ハーフコート程の広さがあり、だだっ広い芝生にいくつかベンチが置かれているが、人の気配は無い。先程見かけた戦闘の痕跡を思い出し、狙撃兵が潜んでいたら厄介だと麦野は思った。

夏の盛りの青色が、眩しい日の光によって白く霞む上空がビルによって切り取られて見える。汗臭い兵隊連中にも、昼休みがあるんだろうな。そんな取り留めのない想像をしていると、いつの間にか戻ってきていた絹旗が麦野の袖を引っ張った。

 

「麦野、アレ」

 

 絹旗が指さしたのは、麦野がちょうど見上げていた上空だ。

 手を翳してもう一度目を凝らすと、日の光を背に、鳥が二羽、羽ばたいている。

 

「あれは、アーミーの……」

 ヴィィィンという無数の蠅が鳴らすような駆動音を響かせて降りて来たそれは鳥ではなく、人間の乗った機体だった。ホバーバイクにスノーモービルの下半分を合わせたような外見だが、プロペラで浮遊するホバーバイクとは違い、機体の背後からは高熱のジェットが噴き出ていて、空気を歪ませている。

 

「フライング=プラットフォーム!!」

戻ってきた黒服の男が叫んだ。

「奴らアーミーの残りだ、皆さん、隠れて!」

 

 実際に目にするのは初めてで、やや興味を惹かれてそれを観察していた麦野は、機体の正面から、3連の細長い円筒が向けられていることに気付くと、目を細めた。

「滝壺!死にたくなきゃ退いてなさい!」

 

「ええ」

 絹旗が麦野の横に並び立って拳を握り締めた。

「飛んで火に入る()夏の虫、って奴ですね―――」

 

 絹旗がそう言った瞬間、フライングプラットフォームのガトリングガンが重低音を唸らせて火を噴いた。

 

 麦野や絹旗がいる周囲の芝生や石畳に、弾丸の雨霰が叩き付けられ、芥となって舞い上がる。

 

 アーミーのフライングプラットフォーム2機は、砂ぼこりに塗れた地上の様子を確認しようと、滞空している。

 

 砂ぼこりが晴れると、麦野と絹旗はそれぞれ、先程までと同じように立っていた。

 周囲の地面が、銃弾に晒されて無残な状態になっているのに反して、2人とも、全くの無傷だ。

 

 機体に乗ったアーミーの兵士が、何事か叫んでこちらを指差しているのが見える。駆動音にかき消されて言葉は分からないが、ゴーグルを付けた兵士の口が動いている。

 

 麦野は舌打ちした。

「ッるせえ羽虫が……」

 

「超同意します」

 絹旗の声を聞いた麦野は、左の掌を空へと向ける。

 

 次の瞬間、青白い光線が2本、晴れ渡る空へ向かって迸った。

 

 

 

 ―――E館、10階

 

「ッなんだァ!?」

 金田は頭を抱え、体を丸めたまま叫んだ。

 

 エレベーターが停止していたため、フレンダと共に階段を駆け上がって来た所、突如付近の中庭に面した窓が轟音と共に割れた。窓の外には、何かSFに出てくるビームのようなものが走った気がする。

 顔を上げると、外では黒煙が立ち昇っているのが見える。

 

「どうやら、結局、私たちの勝ちって訳よ」

 

「か、勝ち?」

 

「そう!」

 フレンダが嬉しそうにはしゃいで言うのを、金田は冷や汗を浮かべて聞いていた。

 そんな金田を、フレンダは腹を抱えて笑いながら見下ろす。

「アハハッ!ホラ、いつまで寝てんの?置いてくよ?」

 

 

 

 ―――中庭

 

 墜落して炎を上げている2つの残骸に背を向けると、麦野は大股で歩く。

 そして、尻餅をついている黒服の男の襟元を掴み上げた。

「いいか、よく聞け」

 ヒッ、と情けない声を男が上げる。

「アタシらはアーミーと戦争しに来たんじゃない。あくまで目的は41番目の実験体(ナンバーズ)だ。こんなとこでタダ働きさせんじゃねえ、割に合わねぇだろうが!その陰気な脳ミソで理解したか!?ならさっさと私らをラボまで連れてけこのタマ無し野郎!!」

 

 絹旗が頷き、滝壺が申し訳なさそうに身を縮こませ、黒服の男は何度も小刻みに頷いた。

 

 

 


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