【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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XVIII.甲斐
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 7月20日(木)、午後 ―――第七学区、風紀委員(ジャッジメント)第一七七支部

 

 白井黒子にとって、「猫の手も借りたい」という言葉がこれほどまで自身の心情を表すのにぴったりだと感じられたことは無かった。

 

「一九学区での『帝国』一味捕縛作戦……警備員(アンチスキル)殉職……『幻想御手(レベルアッパー)チャレンジ』投稿者のアカウント停止要請……運営会社へのサービス一時差し止め請求……」

 隈の目立つ疲れた両目が、画面上の文字群を追う度、ぶつぶつと独り言が口をついて出ていた。

 

 今、第一七七支部のオフィスには、黒子ただ一人の物音だけが寂しく鳴っている。他の者は、皆不在だった。

 黒子の所属する一七七支部に限った話ではないが、現在、ジャッジメントを取り巻く状況はあまりに多忙だった。先週の時点で、「帝国」によるジャッジメントを狙った襲撃が多発したため、黒子たち学生メンバーの活動は大幅に制限がかかったはずだった。しかし、今となっては有名無実化してしまっている。そもそも、本来学外の治安維持はアンチスキルの任務だが、その教師(おとな)たちが業務過多になっているのは、黒子たち学生の目から見ても最早明らかだった。

 そのことを裏付けるニュース記事を、黒子は目の前のコンピュータを操作して、改めて読む。

 

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一九学区警備員 スキルアウト集団の取り締まり中に殉職か

 

学園都市の治安維持機構の脆さを改めて問う

 

 アンチスキル中央広報部の発表(19日午後9時07分)によると、昨日19日(水)午後6時頃、一九学区霞ヶ原町の旧公営競技場、通称“旧スタ”跡地において、複数の警備員(アンチスキル)が業務中に死傷した。

 それによると、一九学区管轄内における複数のアンチスキル支部が合同チームを編成し、19日の夕方から、『帝国』と呼ばれる新興スキルアウトチームに対する一斉検挙を行っていた。その際、スキルアウトチームのメンバー多数を拘束したものの、反撃を受け、アンチスキル部隊員1名が死亡、4名が重傷を負ったという。広報部は殉職した隊員の身元を明らかにしていないが、複数の関係筋によると、一九学区内の高校に勤務する30代の男性教員であるという。区教育委員会は、取材に対し、「情報が錯綜しており、現時点でコメントは控える」と答えている。

 今回の検挙対象とされる『帝国』は、異能力者(レベル2)強能力者(レベル3)相当の構成員が多数在籍しているとの情報がある。能力者の犯罪集団に対しては、アンチスキルではなく本来「警察」が対応するべき事案だが、このことについてアンチスキル広報部は、「(相手に能力者がいたかどうかは)確認がとれていない。現時点で作戦内容は適切だったと考えるが、問題点が無かったか、今後検証する」としている。

 本来、学生の教育にあたるべき教員が、ほぼボランティアとして治安維持にあたる「警備員」の組織機構については、これまでも教職員の多忙化改善、安全の確保の面から、度々問題視されているが、今回、殉職者が出たことで、批判の声が世論から上がることは避けられない状況だ。元警察庁次長の清水富士夫氏(69)は、学園都市の治安維持の現状についてこう指摘する。「教職員に治安維持機構の主翼を担わせるという今の仕組みの限界を露呈している。そもそも、スキルアウトと呼ばれる集団は無能力者(レベル0)の若者が多いという評価がまかり通っているが、その前提が…… 

 

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 末尾の宣伝文句に腹が立ち、キーボードを打つ指に力が込められたその時、デスクの脇に置かれた携帯電話が着信を告げた。

 黒子は発進者の名をちらりと確認すると、ほんの少し口元を緩めて応答した。

 

 

『黒子!思いついたことがあったの』

 勝気そうな、それでいて優しさを含んだ声。

 黒子は、いつもその声に安心感を覚える。

 

「……おねえさま」

 

『どしたの、黒子。元気ないじゃん』

 電話の相手、御坂美琴は怪訝そうな声を返す。

『まあ、そっか。いつもタッグ組んでる初春さんがダウンしちゃってるから?』

 

「もちろん、それも無関係ではないのですが」

 黒子は、一人きりの部屋で伸びをし、そのまま状態をデスクに預けた。相向かいの席には、普段であれば、頭に花輪を乗せ、凄まじい勢いでタイピングする同級生の姿があるはずだが、今はない。初春飾利(ういはるかざり)は、風邪を悪化させて寝込んでいる。

 黒子の頬に鋼鈑(スチール)の無機質な冷たさが伝わる。

「……いえ、泣き言を言っても仕方ないですわね」

 

『そうやって強がるのが、アンタの悪い癖―――』

 

「分かってますの!けれども……ここが踏ん張りどころでしてよ」

 黒子は電話を持つ手とは逆のもう一方の指先で、何となくリズムをとった。そうしていると、自分の指先が何か別の生き物のように見えてくる。

 

アンチスキル(先生方)は手一杯、(アーミー)はスキャンダルで覚束ない。今、レベルアッパーがもたらしているこの混乱を一刻も早く鎮めるには、(わたくし)たちジャッジメントが力を尽くさねば。

 佐天さんも毒牙にかかった、あの副作用。意識の喪失。……日々患者の報告数は鰻登りですわ」

 

 黒子はディスプレイ上に別のウィンドウを開き、表示されたとあるグラフを睨みつける。

 

「私たちのもとへ報せが来るのだって、きっと全てではない。今こうしている間にも、どこかでレベルアッパー服用者による事件・事故が起き、そして誰かが倒れている……つい最近、アンチスキルの対策チームが算出した推計では、アレを用いた人数はもうすぐ一万人を超えるのではと」

 

『一万……』

 美琴が暫しの間、絶句する。

 

医療資源(リソース)は圧迫されつつあります」

 黒子は身体を起こした。美琴との会話を通して、疲労が蓄積された己の身に、気力を何とか漲らせる。

「ここ数日、救急患者の搬送困難が増えていると……言ってみれば、充分な受け入れ態勢がないための、たらい回しです。レベルアッパーによって昏睡状態に陥った患者が治癒したという事例が一件も上がっていないのが最大の問題なのです。彼らは、自力で歩くことはもちろん、食べることもトイレも儘ならない状態です。そんな人が、これからの一週間は更に、何千人も生じると予測することは難しくはありませんわ。すると、どうなると思います?」

 

『……医療崩壊』

 電話の向こうで、息を呑む音が聞こえた。

 

「病床はもちろん、点滴、排泄、それらを解除するための人手だって、いくら学園都市(このまち)が医療先進都市といえど、限界があります。通常の患者を受け入れる余裕が失われれば、やがては街全体の機能不全を引き起こします。何としても、この異常事態を止めなければ」

 

『だったら!尚更!』

 力強い声が、黒子の耳に届いた。

『アンタ一人でどうにかなる問題じゃない……そりゃあたしだって、いくら第三位っていっても、ただ一人の人間……だけどね』

 美琴が一呼吸置いた。

『あたしも、相当頭に来てるから……アンタや佐天さん、知り合いを傷つけるレベルアッパーにも、それを悪用してのさばる、帝国のバカどもにもね!

 どうせ、学校も夏休みなんだ。あたしは、あたしにできることをやる!いい?黒子。あたしはもうすぐ、カオリさんと合流する。早くアンタも来てくれると嬉しいけど』

 

「お姉様……ええ、そうですわ、そうこなくては、ですね」

 黒子は、美琴の言葉に胸がじんわりと温かくなり、鼻を小さくすすった。

「もうすぐ先輩たちが戻る時間ですから、それから入れ替わりで、すぐそちらに向かいます。木山先生へ、こちらが収集したデータを一刻も早く届けなくては」

 

『分かった―――そうだ』

 美琴がふと黒子に言った。

『1つ思いついたことがあるの。これから会う、その木山って先生にも伝えようと思うんだけど』

 黒子は、目に力を湛え、美琴の言葉に耳を傾けた。

『……共感覚性って分かる?』

 

 

 

「共感覚性って……赤い色をあったかいって感じたり、青い色に冷たさを感じたりするっていう、あれですか?」

 

「そう!例えば、ソーダフロートには青色が付きものでしょ」

 第七学区の街中を歩く美琴は、人差し指を立てながら隣のカオリに答えた。

「青色は通常、食欲減退を誘う色って言われてるけど……今日日みたいに暑い夏には、涼しいイメージを持たせるのが売れる秘訣でしょ?」

 

「でも、それがどう今回のレベルアッパーの事件と関係してるの?」

 

 美琴や黒子が通う常盤台中学、カオリが通う職業訓練校を含め、多くの学校が夏休みに入ったというのに、学生街の人通りはまばらで、若者よりも、巡回中のアンチスキルやアーミーの隊員を数えた方が早く指が折れるのではないかと思えた。

 そして、治安維持のために立つ彼らの様子もどこかおかしかった。

 アンチスキルは、皆一様に切迫した表情で、殺気を四方に飛ばしている。一方、アーミーの兵士たちは、不安げに視線を揺らしたり、足を定めず歩き回ったりしている者が多い。

 最近立て続けに起こった、同僚の殉職、それから司令官の解任報道。それらが影響しているのだろうか、と美琴は推測した。

 

「前回、私とカオリさん、初春で木山先生に会いに行ったときの結論として、この短期間で大幅な能力向上をするためには、学習装置のような大掛かりな仕掛けが必要ということでしたわ。だとすると、たかだか数MB(メガ)にしかならない音声ファイルが、どうして聞き手の脳の演算能力に作用できるのか、不明でしたわね」

 

「そこで、共感覚性って言葉がカギかもしれないって思ったの」

 美琴は黒子の説明を引き取ってカオリに聞かせる。

長調(ドゥア)なら楽しい気分に、短調(モル)なら悲しい雰囲気に。パガニーニの奇想曲(カプリース)は知ってる?同じ一連の曲の中でも、1番の急いたスピッカートと24番のダンサブルな主題を聴き比べれば、受ける印象は大きく違うし……」

 

「お姉様、バイオリンを嗜んでらっしゃるのですわ」

 ぽかんと口を開けているカオリに、黒子がそっと耳打ちした。カオリは感心したように何度も頷いた。

美琴は弓を弾く動作をしながら語っていたが、ふと咳払いをして少し顔を赤く染めた。

 

「と、とにかく……水穂機構病院にいる、その木山って先生が専門家なんでしょ?」

 美琴は場の空気を切り替えるように言った。

 じりじりとした太陽の熱が、額に汗を滲ませている。それを美琴は腕で拭い、数歩先に駆けると、後の二人へ振り返った。

「伝えてみようじゃない?私らの閃きをさ!」

 

 

 

 ところが、病院に到着した3人は面食らった。

「会いに来てみたら、今日は面会謝絶だなんて……!」

 

「まあ、データの宛先はこの間教わりましたから、送ればいい話ではありますが。また支部に戻らないといけませんし……この場で見解を聞きたかったですわ」

 ロビーのソファに座って、美琴と黒子は俯いた。

 

「あの人、怪我をして入院してるんだよね?」

 2人の前に立って、カオリが徐に口を開いた。

 美琴と黒子が顔を上げる。

「それなのに、あんなに取り憑かれたように仕事をしていて……」

 

「そうなの?」

 今回、初めて病院を訪れた美琴が、黒子へ顔を向けた。

 黒子が小さく頷いた。

 

「まあ、確かに療養に努める、という雰囲気ではありませんでしたわね。顔にも疲れがはっきり表れていましたし、やはり、無理が祟ったのでしょうか」

 

「あの、黒子ちゃん」

 カオリは、漠然とした不安を顔に浮かべていた。

「怪我を押してまで、あの人、何を研究してるのかな。いや、何のために研究してるのかな」

 

「何のためというと……」

 黒子が顎に手を当てて考える。

 カオリは、明確な答えを求めていないかのように、首を振って言葉を続けた。

 

「私、何となくこの間、黒子ちゃんとあの人に会った時……木山先生、何て言えばいいんだろ、切迫してるというか、何かに追い詰められているというか、そんな気がしたの」

 

「カオリ先輩?」

 

「ごめんね、曖昧なこと言って」

 カオリが再び首を振る。

「私は、二人みたいに頭がいい訳じゃないから、勘みたいなことしか言えなくて。

 それともう一つ―――」

 カオリが顔を上げて、黒子と美琴の顔を見た。

 

「初春さんが、面会の別れ際に木山先生に聞いたこと、覚えてる?『アキラ』って名前を知ってるか。って」

 

「アキラ?」

 美琴が聞き返した。カオリから発せられたその名前は、唐突で、場違いに思えた。

 

「実はね、中学校で、私の目の前で倒れたレベルアッパーの被害者がいるんだけど、その人も口走ってたの。アキラ、アキラって。何度も……御坂さん、何か知ってる?」

 

 美琴は首を振り、黒子の方を見た。

 黒子も同じように首を振り、再び考え込んだ。

「アキラ……聞いたことがあるようなないような……帝国の連中にはレベルアッパーの副作用を起こした者も多いです。調書記録を後で照会してみましょう」

 

 

 

 アキラ?

 ありふれた名だ。けれども、黒子にはその名を持つ知り合いがいる訳ではなかった。事件・事故を報じるニュースで読み上げられたとか、ある日のテレビで映っていた芸能人の名という訳でもなさそうだった。

 けれど、黒子はどこか、その名にほんの少しの引っかかりを感じた。聞き覚え、という程のはっきりした記憶ではないが、どこかで、多分、黒子はその名に出会っている。

 それが、いつ、どんな場面であったか―――。

 

 

 急に体が前へ引き倒される感覚があり、黒子の思考が現実へと引き上げられた。

「ッ!!あの、もう少し安全運転をお願いできます!?」

 

「悪い悪い!前の(けい)がさァ、ちんたらケツ揺らして走ってるもんで―――」

 

「あなた仮にもアンチスキルでしょう?制限速度を守るのが当たり前です!」

 

「いや、今は任務中―――」

 

「緊急出動ではありませんよ、高場先生!!あくまでも単なる移動です」

 

 失敬、と呟きながら、運転席にどっかりと座す岩のような職業訓練校(トレセン)の教師は、刈り上げたこめかみを片手でポリポリと掻いた。

 車内には、黒子の好きでない臭いが立ち込めている。わざとらしいミントの香りが、タバコ臭に覆い被さっているようだ。高場の荒い運転は、黒子が同乗するバンをひっきりなしに揺らし、その度にドリンクホルダーへ無造作に置かれたガムボトルがカラカラと音を立てた。

「しかし、本当にいいのかい、白井さん。あんなバイク狂い共に会いに行くだなんて」

 信号待ちで、所在なさげに膝を揺すりながら、高場が言った。

「ただでさえ非常事態なんだ。その上、君に学区を跨いで来てもらうだなんて、本来はあっちゃいけないことなんだが」

 

「……業務管轄のルールを持ち出すのであれば、交通法規は最低限守って頂きたいものですわね」

 皮肉を込めて、黒子は答えた。

「私も、あの暴走族(バイカーズ)にはいろいろと確かめたいことができましたの。それに……日曜日でしたか?『帝国』の連中が大規模に街へ繰り出そうというのは」

 

「ああ、そういうことらしい」

 高場が言った。

「元はといえば、奴らもバイカーズ上がりだ。ウチの学校のチームとは犬猿の仲だ。この間、根城にしていた一九学区のスタジアムにガサ入れがあったから、今はどこから現れるか分からんが……これから君が接触しようとしているチームは、今は甲斐(かい)ってヤツが中心になってるんだが、恐らくアイツら、他のチームを集めてでっかく殴り込みをかけるみたいだ」

 

「甲斐……」

 黒子は違和感を覚えた。脳裏に、赤いツナギを纏った暑苦しい男の姿が朧げに浮かぶ。

「金田という少年ではありませんでしたか?あそこのチームのリーダーは」

 

「アイツは、今、アーミーに連行されてる」

 

「えっ!」

 

「3日前の月曜日のことだ」

 高場が苦々し気な表情を浮かべた。

「島鉄雄が『帝国』の首謀者だってことは知ってるだろう?島はまァ、ここ数日表に出て来ていないんだが……問題はヤツじゃない。とにかく月曜日、島のことを探しに来たんだか他の目的があったのか知らんが、アーミーに手綱を握られた特務警察(黒服)どもが押しかけて来やがった。すると金田のヤツ……アイツ、バカだからさァ、ひと騒動起こしちまって……以来、音沙汰ナシだ」

 信号が替わり、前の車を追い立てるようにして高場がギアを入れ替え、車を発進させた。

 

「俺は何度も奴らを止めようとした。帝国は、今やただのバイカーズじゃないことははっきりした。奴らは、頭のネジの外れた、強度(レベル)不明(アンノウン)の能力者の集まりだ。倫理も仁義もクソも無い、獣みたいな連中だ。俺たちアンチスキルだって、最大級の警戒態勢で鎮圧に当たる予定なんだ。鉄パイプ振り回して、消音器(マフラー)をいじくって騒ぎ立ててどうにかなる問題じゃないんだ」

 苦々し気な顔をした高場の言葉は、徐々に呻くような抑揚になっていった。

「白井さん。こんなことを頼むのは間違いなんだが……君からもどうか止めてやってくれ。このまま馬鹿正直に立ち向かった所で、アイツらは敵わない。それどころか、最悪……死人が出る。いくら手のかかるワルガキ共だって、ウチの生徒だ。そんなの、俺は()()真っ平なんだよ」

 

 黒子は、大きな高場の身体の陰、運転席側のドアポケットに、今時珍しい紙媒体の新聞が入っているのを目にした。大きな見出しから、昨日起こったアンチスキルの殉職事件についての記事だと推測できた。

 車がスピードを上げ、南へ向かって走って行く。

 黒子が再び視線を上げると、高場の目元は、脂汗なのか涙なのか、潤んでいるように見えた。

 

 

 

 車が停まると、黒子は黒色のサマーパーカーを制服のブラウスの上に羽織った。

 黒子は、常盤台中学校に入学してから、原則、寮や校外への外出において指定の制服の着用が義務付けられてきた。その制服を隠すのは、黒子にとって滅多にないことだった。

 

「ここで待っている。いつも通りなら、アイツらがもうすぐ寄って集まって来る時間だ。()()仕事が終わり次第、寄り道せず戻ってきた方がいい。あそこのマスターは見た目こそイカついが、俺とは知れた仲だ。話は通してあるから、悪いようにはならないと思うが……何かあれば、さっき伝えた短縮ダイヤルをかけてくれ。すぐ駆け付ける」

 

「お気遣い、痛み入りますわ。けれども―――」

 黒子はパーカーの袖を触る。その生地の下には、確かに腕章の感触がある。

「私、風紀委員(ジャッジメント)ですの。そう簡単にやられる訳には参りませんわ」

 

 黒子はバンのドアを開けて降り立った。

 午後のまだ明るい時間といえど、第七学区の学生街とは明らかに雰囲気の違う、薄汚れた路地。

 

(これ以上、レベルアッパーの被害者を増やしてはいけない……止めてみせる!)

 黒子はとある雑居ビルの入り口で足を止めた。

 黒子が見上げた先には、「春木屋 B1」と書かれた古ぼけた看板照明があった。 

 

 

 


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