【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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章タイトルに反し、彼が数話先まで登場しませんが、意図的な物です。


XV.一方通行
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「カオリ()は今、自身の学生寮へと至る道を歩いております。傍には、4人の女学生……2人は同じ学校に通う後輩、残る2人は、常盤台の者です。1人は、例の空間移動能力者(テレポーター)風紀委員(ジャッジメント)と思われます」

 住宅街の中、周辺の建物より数階層分高いマンションの屋上で、両目を包帯で覆う代わりに額に大きく一つ目のマークを描いた男が、跪いて言った。

「案内致しましょうか?」

 

「いらねェよ」

 跪いた男よりも高い場所、受水槽の上に仁王立ちした島鉄雄が言った。数時間前まで、隊長が身に付けていたジャケットをまとっている。

「付いて来なくていい。お前は『スタジアム』に戻れ。ホーズキにも声をかけろ。()()()()の他に、抜け駆けしてる野郎がいれば、全て叩きのめす」

 

「御意」

「皆に思い知らせなきゃならねェ」

 受水槽の上から跳んだ鉄雄は、水中を沈むかのようにゆっくりと目玉模様の男の隣へ降り立った。

「『帝国』のボスが誰かってことをな―――分かるよな、鳥男」

 鉄雄は、横で跪く男に向かって顔を向けた。

 

「仰せの通りです」

 鳥男が小さく口を動かして答えた。

「隊長―――いえ、会計係(ブックキーパー)は身の程を弁えず、独断専行が過ぎました。鉄雄様が下されたのは、当然の報いです」

 

「フン、よく言うぜ」

 異様な風体の男に向かって鼻を鳴らし、鉄雄は言った。

 そして、タン、という地を蹴る音を弾かせると、鉄雄は姿を消した。

 

 鳥男は、裸足でひとり立ち上がり、目の前の風景の一点をじっと額の目で見つめた。

 遮られることなく吹く風が、彼が纏う大正期のバンカラの様な外套をはためかせた。

 

 

 

 午後 ―――第七学区、南の外れの学生寮近く

 

「じゃあ、あのでこっぱち野郎が『帝国』の関係者かもしれないってこと?」

「関係者も何も、頭目的存在かもしれぬと」

 御坂美琴と白井黒子は、陽が僅かに傾き始めた集合住宅街を歩きながら、その日あった出来事について声を潜めて話していた。碧々とした桜並木の葉が揺れ、歩く一行の頭上に時折刺さるような陽光を浴びせている。

 

虚空爆破(グラビトン)事件の犯人が呟いていた『鉄雄様』という言葉。黄泉川先生は詳細を話してくださいませんでしたが、あの犯人が島鉄雄という少年と何らかの繋がり……上下関係を持っていたとは推測に難くないですわ」

「でも、それなら、何で『鉄雄様』は、あのメガネが爆発を起こそうとした所を邪魔したの?」

 

「あの」

 2人の会話に割って入ったのは、前から振り向いた佐天涙子だった。堪えていたのを吐き出すような声だった。

「やめませんか……今、その話題は」

 

「あっ」

 美琴も黒子も、前を向き同じようにハッとした顔をした。

 涙子の隣には、俯きがちに歩くカオリの姿がある。

 

「あの、カオリ先輩……」

 カオリの傍に付き添う初春飾利が、そっと声をかけた。

 カオリは、ふと思い出したように顔を上げ、立ち止まった。

 他の4人の視線が自分に集まる。それを感じたカオリは、落ち込んだ気持ちそのままに、更に深く俯いた。

 

「……えっと、ごめんなさい。気を使わせてしまってばかりで」

 開かれたカオリの口から、蚊の鳴くような言葉が零れ出す。

 

「いえ、謝るのはこっち……あなたの気も知らないで、ベラベラ喋って」

 美琴が心から申し訳なさそうに言ったが、カオリは首を小さく振り、「そんなことないです」と言った。

 

「彼とは久しぶりに会いました……でも、思っていた彼と違いました。皆さんに助けてもらってばかりで、私……」

「カオリさん……」

 初春が、俯くカオリの顔を覗き込むようにして心配する。

 

 カオリはしばらくずっとこの調子だった。セブンスミストで、虚空爆破事件の犯人に人質に取られたことに加え、交際相手の島鉄雄が、予想だにしない能力を行使して、周りの者に危害を加えたこと。アンチスキルや、美琴や黒子の助けによって無事に済んだが、心の面では相当なショックを受けたようだった。

 その日はとにかくもう帰ろうということになり、心配した初春と佐天が帰路を付き添い、加えて美琴や黒子も同行することになった。鉄雄が、アンチスキルやアーミーの目をかいくぐって、再びカオリに接触してくることが予想されたからだ。

 帝国に対して明確な敵対心をもっていた美琴や黒子にとって、カオリが鉄雄と交際関係にあったというのは驚きだった。しかし、久しぶりに再会したボーイフレンドの姿に悲しみを募らせるカオリを、2人とも気遣った。それと共に、帝国というグループに対する評価とは別に、島鉄雄という人物のことを悪人と決めつけてよいのか、測りかねてもいた。

 

 

 

「あの……ここまででいいです」

 古びた学生寮の建物の前で、カオリは立ち止まり、僅かに顔を持ち上げて言った。

 その視線は地面に落とされていた。

「本当に、今日は、ありがとう―――いえ、違いますね。何と言っていいか……」

 

 カオリの心の中には、4人に対し、危険から救ってくれたことへの感謝の気持ちがある。

 しかし、それ以上に、自分にとっての想い人である鉄雄が豹変し、自分も知らない高度な能力で牙を剥いたこと。それによって、4人を危険に巻き込んだこと。

 その事実が重くのしかかり、申し訳なさや、悲しみが晴れなかった。

 

 暫くの間、重たい沈黙が、少女達を囲んだ。

 

「―――また、行きましょう」

 口を開いたのは、佐天涙子だった。

 

「えっ」

 カオリが顔を上げた。予想外の言葉だった。

 

「ほら、今日は結局、色々あって、服とか買えなかったけど―――私、先輩とああやってお出かけできて、楽しかったですよ!ね、初春?」

 

「も、もちろんですよ!」

 初春が何度も頷いた。

「もう少し、落ち着いたら―――今度こそ、先輩に似合う服、ちゃーんとモノにしましょうよ!」

 

「先輩、今日合わせた服、かわいかったですよ!だから、お金はしっかり、とっとかなきゃダメですよ!」

 涙子が快活な声で笑顔を浮かべて言う。ちょうどこの日の晴天のようだ。

 

 しかし、そんな努めて明るく振舞ってくれる2人の様子を見て、尚更カオリの顔は曇った。

「2人とも、私を避けないの?」

 

「え?」

 佐天と初春が目を丸くする。

 

「だって、私の彼は……あんな悪い人だったんだよ?」

 カオリは両手をぐっと握り締め、震わせた。

「そりゃ、今までだってバイク走らせて騒ぐようなことはしてたけど……私にも、何でか分からない、あんな風に、周りの人に襲い掛かるような人じゃなかった。それで今、鉄雄君は、悪いグループのメンバーなんでしょ?」

 カオリの視線が、僅かに黒子と美琴の方へ向けられた。

「やっぱり、私と関わると、みんな良くないことばかり起きるんだ……だから、もう……」

 

「そんなことありませんわ!」

 黒子が力強く言った。言葉に詰まっていたカオリは、黒子の方を見た。

「人が傷つけられるのを見て、悲しむことができる。カオリさん、あなたのその思いは、正しいものですの。ですから、あなたを疑うことなど、あり得ませぬわ」

 

「でも!」

 カオリは泣きそうな声で言った。

「初春ちゃんから聞きました。白井さん、あなたは、帝国ってそのグループの人に、ひどいことをされたんでしょう?私の彼が、鉄雄君が、そのグループのメンバーだっていうなら、私、あなたに恨まれたって、仕方がない!」

 

「カオリさん」

黒子が微笑んで名を呼んだ。優しい笑みだった。その笑顔を見て、頬を紅潮させていたカオリは少し落ち着いた。

(わたくし)、あなたに今日出会えて、良かったと心の底から思っていますのよ?」

 

「え?なんで」

 

「あなたこそ、お辛い目に遭ったことは、私もちろん、存じ上げています。きっと生半可ではない出来事だった……けれども今日は、こうして信頼される友を得ておられるではないですか」

 黒子が顔を初春と涙子に向ける。

 

「友……ともだち?」

 カオリも顔を向けたので、初春と涙子は少し照れくさそうに視線を泳がせた。

 

「特に初春は、ジャッジメントとしての私の後輩ですが……見てくれはまあ、ちっこくて少し頼りが無いですが」

それ、白井さんもヒトのこと言えます?と初春が頬を膨らませて言ったが、黒子は咳払いして続けた。

「……何が正しいか、正しくないのか、物事を真っ直ぐ見つめることのできる子なのですよ。そんな初春が、あなたのことを信頼している。私にとってみれば、それがカオリさんを疑わず、信ずるに足ると考える証ですわ」

 初春が、今度は顔を少し赤くした。

 

「わ、私もですよ!白井さん!私も、人を見る目はあります!その、人並みには……」

 佐天がやや尻すぼみに、しかし胸を張って言うと、黒子は頷いた。

 

「ですから、私はあなたを信じます。何かこの先困ったことがあれば、いつでも頼ってくださいまし。私は、ジャッジメントなのですから」

 

「白井さん……」

 カオリが目を潤ませて言った。

 

「私も、あなたのことをもちろん信じてるよ」

美琴がカオリに向かって言った。

 

「むしろ、今日の様子見てたら、あなたこそ、この先危ない目にまた遭うかもしれない。その島ってヤツのことはよく知らないけど……でも、私たちが手にしている能力って、絶対に、自分勝手な都合で人を傷つけるためにある訳じゃない。あなたは、きっとその事をよく理解している。だから、私だってあなたを信じるし、力になるよ」

 

「御坂さん。みなさん―――」

 カオリは周りの4人の顔を見まわし、目元を一度手で拭うと、頭を下げた。

 

「本当に、みんな優しい人……こんな私に、ありがとうございます」

 

 

 

 少女達のもとを、一陣の風が吹いた。

 重苦しかった空気が、ほんの少し和らいだようだった。

 

 そんな中、美琴はふと背後を振り返る。

 

「……お姉様?」

 美琴の、先ほどまでと異なる厳しい表情に気付いた黒子が、声をかけた。

 

「……やっぱり、現れる気がした」

 美琴の言葉に、その場の全員が振り向いた。

 カオリは、口元に手を当てた。

 

「鉄雄君……!」

 

「言ったろ。必ずまた会いに来るって」

 ズボンのポケットに両手を突っ込み、不敵な笑みを浮かべて、島鉄雄が立っていた。

 

 

 

 カオリの前に立ち塞がるように、美琴が立った。

 黒子も、涙子も初春も、カオリを守るようにして立ち、現れた鉄雄をじっと見据えた。

 

「島……鉄雄!」

 美琴が名を呼び、口元をきゅっと結んだ。

 

「常盤台のお嬢に用はねェよ。暗くなんねェ内にお迎え呼びなって」

 鉄雄がせせら笑うと、美琴の髪の毛が俄かに逆立った。

「言ってくれンじゃないの……!」

 

 鉄雄は首を上げて、一番後ろで張り詰めた表情をしているカオリを見た。

「カオリ」

 鉄雄が名を呼ぶと、カオリが肩をぶるっと震わせた。

 

 鉄雄は掌をポケットから徐に取り出した。赤い火傷の跡が生々しい手だった。その指に摘んでいた物を、鉄雄が空中に投げ出した。

 小さな物体が美琴たちの頭上を飛び越え、ふわりとカオリの前に浮かんで静止する。

 

「受け取ってほしい……お前も、能力(ちから)を得るべきだ」

 カオリが恐る恐る両の掌を差し出すと、ぽとりと浮かんでいた物が落ちる。

 携帯電話に挿入できる、メモリーカードだ。

 

「俺と一緒に来い。カオリ」

 片手を差し出す鉄雄に、カオリの前に立つ少女たちがじっと相対した。

 


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