【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

69 / 123
文中に現れる政党名及び政治に関わる描写は、原作に準拠したものであり、本二次創作に於いて投稿者は一切の政治的主張を述べません。


69

 

 ――― アーミー本部

 

『君がどんな御託を並べようが、全ては言い訳にしか過ぎん。悪ガキ共の巣窟だけならまだ良かったさ。逃亡した研究者一人捕まえられずに、実弾を真夜中にぶっ放したのに飽き足らず、その上まさか、警備員(アンチスキル)の活動支部に特務警察を蟻の行列の如く乗り込ませるとは……大佐、正気かね』

「全くの誤解です、准将殿」

 敷島大佐は、眉間に皺を寄せながら、執務室で上官と電話していた。普段なら、出入口の脇を固めている筈の部下の姿は無い。夏の日差しを受けて、高層ビルが屹立する街並みは光と共に熱も伝えるかのように輝いていた。その眩しい景色を見渡すパノラマの窓を背にして、大佐は先程から厳しい表情を崩さずにいる。

 

「木山春生の強襲も、職業訓練校やアンチスキル相手の捜査も、私まで事前に作戦立案があって然るべきでしたが、実際には何の話も上がっていなかったのです!あの捜査命令は、偽物です。東京(そちら)の裁判所に確認したところ、そのような令状は発行していないと確認が取れています!」

『その偽物の令状とやらには、ご丁寧にも、君の電子署名が付いていたな。私だって疑うが、君が画策したのではないのかね』

「断じて違います!」

『だとすれば、誰が?君の身内ではないのかね』

 上官の言葉に、大佐はぐっと言葉に詰まる。

 

『この際、誰がその令状を出させたか等は問題ではない。いいか、状況は我々にとって圧倒的に不利だ。事実として、君の名の下に、銃弾が放たれ、その対象は病院へと駆け込んだ。そして、アンチスキル相手の踏み込みだ……今夕にでも、マスコミは流すぞ、この件について。世間一般は、学園都市の平和を守るアンチスキルと、それを脅かすアーミーと見るだろう。我々の信頼は、ガタ落ちだ』

「この状況を生み出した不届き者を、必ず炙り出してやります」

 

『もう遅いのだよ、大佐!』

 声を振り絞る大佐を、上官は一喝した。

『仮に、内部の不穏分子の仕業だとしてだな、君の責任問題は変わらんのだ。統制が取れていないことの証なのだから。最早、君の進退は極まっているよ』

 

「ここで私が退くわけにはいきません!」

 大佐は上官の支持を失うまいと、語り続けた。

「25号の予言についてお伝えしたはずです!近々、『アキラ』が何らかの動きを見せるのです!あの『災厄』を再び起こすようなことがあれば―――」

 

『くどいぞ、大佐』

 大佐の訴えを、上官は遮った。

『午後の最高幹部会の定例会で、急遽学園都市におけるアーミーの体制について審議するそうだ。私は喚問を受けたのだよ……敢えて言っておくが、私はもう君を庇わん。残念だが大佐。全責任は君にある』

「准将!」

 大佐は唇を震わせた。

 返って来る上官の言葉は、相変わらず冷たいものだった。

『言った筈だ。天秤の傾きを見定めろ、根回しが肝心だと。月初めの実験体(ナンバーズ)脱走騒ぎといい、アンチスキルとの犯罪人を巡る衝突といい……学園都市という魔境で、君は『アキラ』に拘るあまり、視界を曇らせたようだ。追って沙汰があるまで、そこを動くな。頭を冷やせ!これは命令だ』

 

 

 

 通話が切られた後、大佐はソファに腰を下ろしたが、少しも気が休まらなかった。額に手を当て、机に肘をつき、目を閉じて動かずにいた。

「ナンバーズを……アキラを、守らねばならん。何としても……!」

 大佐は低い声で独り言ちると、部屋の外で待機していた部下を呼びつけた。

 

「木山博士の所在は掴めたか?」

「はい、第七学区の病院です。しかし……」

「すぐに向かう」

「お言葉ですが、大佐」

 立ち上がり、背広の着こなしを整える大佐に向かって、部下がおずおずと言った。

「既に、外にはマスコミが待ち構えています。今出て行かれるのは、得策ではないかと……」

 

「このまま私が籠っていれば、雲隠れしたと騒がれるのがオチだ」

 大佐は言い終わると、歩き出した。

「上から言われた通り、何も行わずとも、『アキラ』は起きるだろう。ならば……私は、できる限りのことを、行う」

 

「大佐!」

 小走りで出口へ寄り、扉を開けた部下が言った。心なしか、声を上擦らせていた。

「私は……大佐が、あのような無謀な命令を下すお人ではないと、信じております。この基地にいる者全てが、きっとそうでしょう。大佐と同じく、この桜を胸に、誓いを立てている者は」

 部下は、軍服の胸にあしらわれた紋章に手を当てている。

 二重の盾と、それを飾る桜の紋章。

 

 大佐は、部下の様子をじっと見ていた。

「ならば、私はその信に応えるのみだ」

 一呼吸の間を置き、大佐は体ごと部下へと向いた。部下が背筋を一層伸ばす。

「特務警察を……あの黒服共は、今後一切、このフロアに入れるな。奴らに目を光らせるよう、本部の兵たちだけに伝えるのだ。身中の虫に食い荒らされる訳にはいかん」

「はっ!」

 部下の凛とした声を聞いて僅かに頷くと、大佐は確かな足取りで再び歩き始めた。

 

 

 

 昼 ―――第七学区、とある高校

 

「黄泉川先生―?ちゃあんと噛んで食べましたか?無理な早食いは、体に毒ですよー」

「ご心配どうも、月詠センセ」

 購買で仕入れてきた総菜パンを2個ほど腹に詰め込んだ後、うがい薬にシロップを混ぜ込んだような味のマウスウォッシュを一しきり口の中で撹拌させ、吐き出してから黄泉川は答えた。

 舌足らずな口調で話しかけてきたのは、同じ学年ブロックを組む、桃色がかった髪と小学生と見紛う程の低身長の同僚、月詠小萌(つくよみこもえ)だった。

 

「いやァ、午前中は助かったじゃん。急に合同クラス組んでくれて」

「お気になさらずですよー。よくあることですから」

 体育教師らしく体格の良い黄泉川と並ぶと、月詠の頭は黄泉川の腰をすこし超える位だ。月詠は黄泉川の顔を見上げ、屈託の無い笑顔を浮かべた。

「ウチのかわい子ちゃんたちは、元気が良過ぎるのですー。夏休み前の大事な時期に、黄泉川先生のお子様たちに迷惑をかけてなければいいんですが」

「いーや、逆に私のクラスの子たちは、普段から大人しくってねえ。月詠センセのトコの元気を、分けてもらってありがたいじゃん」

 月詠は、黄泉川の瞳を覗き込んだ。

「……お疲れですねー、黄泉川先生」

「ありゃ、分かる?」

「目の下、バッチリ隈取りしてますよー」

 月詠はそう言うと、懐から煙草を一本取り出す。ここが職場でなければ、未成年と見間違えられて、通報されかねない光景だった。

「昼休みはもう少しあります……ちょっと一服しませんかー?」

 

 

 

 その「一服」の間に、月詠の机上の灰皿には、みるみる吸い殻の山ができていく。まるで、成層火山の形成過程をクイック再生で見ているようだ。

 

「タバコ、また値上がりするかもって。私らの懐にはまた痛い一撃じゃんね」

 喫煙者向けに支給された、卓上空気清浄機に顔を近づけながら、煙をくゆらせ、黄泉川は言った。

民自党(みんじとう)が次の選挙で公約にブチ上げてますからねー。まあ、学園都市の外は、いよいよ喫煙者に世知辛い世の中になってますからねー」

 たった今吸った煙草で山の頂上に噴火口を作り、月詠が言った。

 

「月詠センセは、選挙、どっちに入れるの?」

 黄泉川が頬杖をつきながら言った。煙草で頭が冴える筈なのに、午前中の騒ぎの後とあって、体全体が何となく重かった。

「与党?野党?」

 

「正直、どっちも頼りないですが、どっちか選べって言われたら、講民党(こうみんとう)ですかねー、組合が推してますし、学園都市と本国との関係を、対立から共栄に!って言ってくれてますし」

 月詠が新しい煙草を取り出し、火を点けた。

「ただ、あそこの幹事長のルックスは嫌いですけど。ネズミみたいでー」

 

「名は体を表すってね。何か、こそこそ裏で汚いことしてるって言うか……」

 崩れかかって来たファイルの山からこぼれた生徒の答案に灰がこぼれ、黄泉川は急いで払った。学校業務のペーパーレス化が進んでも、黄泉川の持つ書類の山は思うようには消えていなかった。

 

「もう話が回ってますよー。アーミーがまさかアンチスキル相手に特務警察を差し向けるとは。黄泉川先生が無事でよかったですよ、本当に」

「全くもって、ムカつく話じゃん」

 黄泉川は、午前中に踏み込んできた特務警察の黒服達のことを思い出し、気が重くなった。

 

「与党でも野党でもこの際いいから、ここの治安を守るってんなら、頼むから、言行一致してほしいじゃんよ。本当に……」

 自分の灰皿を片付けると、黄泉川は伸びをした。

 

「黄泉川先生は、かっこいいのですよー」

 黄泉川は、月詠からの急な一言に、目を丸くする。

「聞きましたよ。朝のミーティングで、生徒達を守るために何をすべきか、熱く語ったと。自分の信念を通し、大きな権力にもおもねず、正に子どもたちの鑑ですよー。今、何かと騒がしいですけど、今日みたいに、いつだって私にできることは力になるのですよー」

 月詠も立ち上がり、手を伸ばして、黄泉川の背中をポンポンと叩いた。

「ファイトなのですよ!先生!」

 黄泉川は、同僚からの温かい後押しに、自然と笑みがこぼれた。

 

 

 

「あれっ?上条クンじゃん。どうしたの、眠そうな顔して」

 昼休みが終わり、下校前のホームルームに向かう途中、黄泉川は大あくびをしながら背中を丸めて歩く黒髪の男子生徒とすれ違った。

「あ、黄泉川先生……」

 

「早寝・早起き・朝ごはん・朝ウンチしてるかー?」

 黄泉川は、いつもと同じように、生徒へ向ける笑みを作った。

「夏休み間近だからって、生活リズムが乱れちゃあいかんじゃん!」

 

「う、ウンチは余計じゃないすか……」

「なぁーに言ってるん!朝の規則正しい排便こそ、健康な一日の始まりじゃん?」

「はァ、ご心配、ありがとうございます」

 覇気のない笑みを浮かべて、上条当麻は答えた。

「今日は午後休みですし、帰ったらまっすぐ布団に行って、よく休みます」

 

「まあ、キミの場合、自学はしてほしいって月詠センセが言ってた気がするけど……まあそう、家路は寄り道しないことじゃん」

 黄泉川は苦笑いを浮かべて言った。

「本当なら、まだ午後放課の筈だったんだけどね。爆破事件とか、スキルアウトの活発化とか、最近特に物騒だからね。怪しい宗教の勧誘も、若者をターゲットに、学生街で相次いでるらしいし、特別に今日は……どうしたじゃん?」

 黄泉川の言葉の後半辺りで、上条は肩をびくっと震わせた。黄泉川が怪訝な顔をする。

「い、いえ、なんでもありませぬ……」

 その時、上条の後ろから、「おーい、上やん!」と親しく声をかける生徒がいた。

 月詠のクラスの男子生徒二人だ。上条と合わせて、名物トリオと、職員室でもっぱら名付けされている。

 

「あ、黄泉川先生、声かけてくれて、ありがとうございました」

「午後、気をつけてな!調子整えるじゃん」

 

 上条は軽く黄泉川に会釈すると、声をかけて来た金髪と青髪の友人のもとへ去って行った。

 

「午後か……木の葉通りの、どこだったっけ。セブンスミスト?」

 黄泉川は、生徒が下校した後の予定を思い返す。本日二度目のアンチスキルとしての業務、校区内巡回と虚空爆破事件に関する聞き込みに当たる予定だ。

 黄泉川は、首を一度回すと、自らのクラスのホームルームを行うべく、歩き出した。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。