【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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 ――― 第七学区、警備員(アンチスキル)第七三支部

 

「平日朝から、学校での本来の業務を休んでまで、ミーティングか……一体何についての話合いを?」

「……ここ最近頻発している、連続爆破事件についての捜査会議だ」

支部長の工示は、門脇と名乗る特務警察のリーダーから質問を受けている。工示は、門脇に対して視線を合わせられず、しきりに瞬きをしている。動揺しているのが明らかだ。横で見ている黄泉川も、平静を装いつつ、内心はそわそわしていた。

 

「他には?」

「ない」

「ならば、単刀直入に言う。そこの女警備員が、去る7月2日、七学区住宅街に於けるガス爆発事件の処理中に、どういう訳か、アーミー化学班の研究資産を持ち去った疑いが持たれている」

「何……」

 門脇は僅かに顔を動かし、黄泉川の方を見た。工示も迷惑千万といった顔で黄泉川の方を見ている。「言わんこっちゃない」とでも口が動きそうだ。

 黄泉川は肩を竦めた。

「何のことかさっぱり分かりません」

 

 門脇は数歩、黄泉川の方へ足を進める。

「あの時、君は現場にいた。違うか?」

「……不良少年の護送中に、お宅らが無理やり張った封鎖線の中にたまたま入ってしまってね。その件については、上層部同士で話合いがついていると理解していますが」

「強気だな」

 門脇が黄泉川の横に立って行った。黄泉川が顔を向けると、ちょうどサングラスの隙間越しに、暗い瞳が僅かに見えた。

「まあ、あの時、あの場にお前らアンチスキルがいたことは、今は問題ではない……さて、今朝のミーティング資料を見せてもらおう」

 

「……潮騒」

 工示が声をかけると、潮騒が早足で自分のデスクへ行き、紙束を取って来た。受け取った工示が、それを門脇に渡す。

 

「ほう……虚空爆破(グラビトン)事件ねぇ、学生が容疑者、と……犯人が早く捕まるといいな」

 

 

 

「なあ、潮騒」

 黄泉川は、顔を門脇へ向けたまま、小さく囁いた。

「まさか、あのプリントアウトされた紙束……夜に駆け込んできた研究者のこと、入ってないだろうな」

 

「いや、あれは印刷してないっすよ」

 四角い顔に冷や汗を浮かべながら、潮騒が答えた。

「急な案件だったもんで……伊良湖がとりあえずデジタルデータだけ用意したやつで」

 

 

 

「こんなガキの火遊びには興味がない」

 門脇が紙束を乱暴に工示の手に押し付けた。

「今朝のミーティングの議案データがあるだろう。それを見せろ」

 

「それなら、本人に直接話を聞いてもらいたい。私は知らん」

 工示は面倒くさそうに、黄泉川を指し示す。

 

 このクソ上司。部下に責任をおっ被せやがったじゃん。

 黄泉川は微かに眉間に皺を寄せた。

 

 

 

「勝手に触らないでもらえますかね」

 会議室のホストに当たるコンピューターに触れようとした捜査員の手を、黄泉川は跳ねのけた。

 

「ここはアンチスキル支部。セキュリティはあんたらが考えているよりずっと強固じゃん。この端末は、事前認証を受けたアンチスキルメンバー以外の人間が操作しようとすると、強制シャットダウンの上、全データに暗号化をかけるようになっているんでね」

 

「なら、お前がやれ」

 門脇の口調には、苛立ちが見え隠れしていた。

「勿体ぶるな。我々は急いでいるのだ」

 

「黄泉川。お待たせするな。言う通りにしろ」

「……ハイハイ」

 少し離れた所から、工示が腕組みをしながら黄泉川に指示した。黄泉川は、気を重くしながら、端末を操作していく。隣では、工示がじっと作業の様子を見つめているし、潮騒は部屋の片隅ではらはらしている。更に、青服の捜査員がひっきりなしに写真を撮っているので、全く落ち着かなかった。

 

 やがて、ディスプレイが、ミーティングに提議するデジタルデータを集約したフォルダを示す。

 

「『0716カプセル解析結果』!これだ、これを開け!」

 門脇が興奮したように指差す。

 黄泉川はすぐには手を動かさず、上官である工示の様子を伺う。しかし、工示は顎でしゃくった。

「早くしないか」

 

 ダメか。

 黄泉川はため息をひとつ、深くつくと、そのフォルダの内面へアクセスしようと、自身が設定したパスワードを入力する。

 

 

 

 ―ERROR―

 

 

 

 黄泉川は目を丸くした。自分で設定した筈だが、疲れているのか。

 もう一度、今度は先程よりもゆっくり、キーを押し下げる。

 結果は同じだった。

 

「おい、何をしている」

「い、いや」

 門脇が急かすが、黄泉川は返答に詰まる。動揺してしまっていた。

 

「手を止めるな!早く開け!」

 

「で、でも」

 黄泉川はいよいよ喉がカラカラになっていた。

「3回、連続で間違えると、セキュリティが作動して、データそのものが消えるから―――」

「何だと、ふざけるな―――」

 

「おいおい、黄泉川、何をしているんだ?まさか、残業のし過ぎで脳ミソが疲れちまってるのか?」

 工示が突然、首を振りながら饒舌に言った。

「今は10時を5分過ぎたところだ。なら、5分前に、ワンタイムパスワードが配付されている筈だろう?」

 

「えっ」

 黄泉川は思わず声を漏らしてしまった。そんなものは無いはずだ。さっきまで不安そうな顔をしていた潮騒も、驚いたように工示を見ている。

 しかし、工示はさも呆れたような顔をしている。その表情には笑みさえ見える。

「お前がさっき自分で言ったじゃないか。アンチスキル支部の情報セキュリティは強固だと。ミーティング資料のデータは、集約フォルダに残っている限り、きっかり毎時00分に更新されるパスワードを使わなければアクセスできないだろう!」

 

「何揉めてんだ」

 横で見ていた門脇の口調が荒くなる。

「なら、そのワンタイムパスとやらをさっさと見つけろ」

 

「それがですね、各自に与えられた職務携帯に送られているもので。一旦返してもらえませんかね?」

 工示がにべもなく言った。

 携帯電話なら、黄泉川も含め警備員の全員が、特務警察が踏み込んできてすぐに没収されてしまっていた。

 門脇が口を歪ませ、工示に詰め寄った。

「話が違う!そんなことをしたら、お前達は他の支部や中央に助けを求めるんだろ!何のマネだ!」

「確かな証拠をお持ちなのでしょう?であれば、私らがどこに連絡をとろうが、何もやましいことは無いと思いますがね」

「貴様、この期に及んで―――」

「かっ、門脇さん!」

 言い争いを始めた門脇と工示に、割って入る声があった。別の黒服だ。慌てた様子で、室内に駆け込んできた。

 

「たっ、大佐が―――」

 

 そのたった一言を聞いて、門脇は工示からすぐに顔を背け、部屋の入口に現れた人物を見て、息を呑んだ。

「大佐……早かったな」

 門脇が、口を僅かに動かし呟いた。

 

 立っていたのは、黄泉川がかつて対峙した人物だった。

 見上げるような体格に、スーツを着こんだ厳格そうな男、敷島大佐が、憤怒の形相を浮かべて立っていた。

 

 

 

 数十分ぶりに携帯電話を手に取ると、いくつかの番号からの着信があった。勤務校、他の支部……その中の一つに折り返すと、繋がったそばから、相手が急き込むように話し出した。

『黄泉川先生!無事ですか?繋がらないから心配して……』

「ああ、すまないじゃん」

 黄泉川は、相手を落ち着かせるように話した。

「携帯電話を取り上げられていてね。あの黒服連中は、お帰りになったよ」

『まさか、例のカプセルの資料を?』

「私が今、こうして牧子ちゃんに話せてるんだ。つまり、ひとまず無事ってことじゃん。あいつら、大した収穫も無く、あのデカい大佐にどやされて、しょげて帰って行ったさ」

『大佐って……あの記者会見してた!?本丸が来たんですか?』

「そうそう。なんか、やたら焦ってたみたいでね。令状まで突きつけてきた割に、ドタバタしてたんよ。とにかく、こちらは無事じゃん」

『それは……ああ~、良かった……』

溜まっていた息を一気に吐き出し、牧子の声が幾分か落ち着いた。

 

「そちらは?連中は同じように乗り込んだんだろう?」

『それが……まあ、大変な騒ぎになりまして』

 

 

 

「ふーん、アーミー相手にやるじゃん、あのバイカーズの少年達も」

 十学区の職業訓練校であった騒動の顛末を聞いた黄泉川は、素直に感心して頷いた。

 島鉄雄の件に関わり始めた時から、何となくは感じていた。彼らは、単なる自堕落な不良集団ではなく、自らの仲間や領域に対する彼らなりの信念をもっているのだろう。それが、突然乗り込んできた特務警察を相手に怯まず、立ち向かおうとする行動に結びついたのだと、黄泉川には思えた。

『校長はカンカンです。自分は減給じゃ済まないと。黒服たちが乗り込んできたとき、ただ玄関の戸を開けて見ていただけの爺さんがね……けれども、暴れた何人かの生徒が拘束されました。その中には、金田も……』

「金田正太郎……あの赤い少年か」

 島鉄雄の、兄貴分。黄泉川に、ふと別の予感が頭をもたげた。

 

「ねえ、牧子ちゃん。金田クンは、ほんとにその場で暴れたから拘束されただけ?ほかの生徒と同じように?」

『それは……どういう意味ですか?』

 

「長電話もいいがな」

 背後から突然話しかけられ、黄泉川は振り返った。

 不機嫌さをたっぷり、眉間の皺に表している工示が立っていた。

「たっぷり荒らされた部屋の整理をしなきゃならなくてね。いい加減、来てくれるか。手が足りんのだ」

 書類やバインダー、タブレットが無造作に散らばり、机や椅子が押しのけられている会議室を親指で指し、工示が言った。

 黄泉川は、ひとまず牧子に断りを入れ、電話を切った。

 

「私はいい加減学校に戻る。期末考査で赤点を取りまくっている生徒たちの補習計画を、午前の内に組まなければならないんでね」

「……ご自分は片付けされないんですね」

「お前が電話してる間にやったさ」

 

 皮肉っぽく言うが早いか、工示は踵を返す。

 その背中を、黄泉川は呼び止めた。

「支部長。二つほど、気になる点が」

「……何だ、手短に頼む」

 こちらを振り返らず、Yシャツの背中を向けたまま、工示が言った。

 黄泉川は口を開いた。

 

「そうですね。ではまず、あなたが私の提案を今朝の議題に頑として乗せなかった理由。それは、特務警察があの時間に捜査に来ることを、支部長は事前にご存知だったからではないですか?」

 工示は動かない。

「……私は、お前の提議が、今机上に上げられる緊急性に欠けると判断したまでだ」

「もしも私が、カプセルの分析結果をここにいるメンバーに並べ立てたら、黒服の尋問を受ける中で、誰かが詳細を吐いてしまう可能性が高まる。一方で、サーバ内のデジタルファイル留めておけば、アンチスキルが持つ強固な情報防壁で、奴らの欲しい情報を守れる。そうでしょう?

 ワンタイムパスワードなんて嘘。そして、元々私が設定していたファイルにアクセスするためのパスワードを変更できるのは、提案者である私自身と、管理者である人物。つまり、あなたしかいない」

 

「特務警察の一行が来てから、私はパスワードを変更する余裕などなかった。あれを誰がやったのかは分からんな」

「私が今朝、ミーティング用にサーバにアップした直後。その時にあなたが変えたとすれば、辻褄が合います」

 工示は肩を上下させ、深くため息をついた。

「どうだろうな。神の手の仕業かね」

 

「まだあります」

 話は終わりとばかりに一歩踏み出そうとした工示に、黄泉川はなおも声をかける。

「支部長。あなた……あの黒服のリーダー、門脇と名乗る男に、情報をリークしていませんか?」

 

「何だと?」

 工示が声に棘を含ませ、振り返った。眼鏡の奥の目は、糸のように細められている。

「門脇は、電話を返して欲しいと要求されたとき、あなたにこう言いました。『話が違う』と。一体、何の話ですか?」

「やつらのたった一言の呟きを根拠に私を疑うのか」

 工示は体を黄泉川へと向き直し、声を荒げた。

 

「お前の言う事は支離滅裂だ。ついさっきまでは、情報を守ったのが私だと言い、今度は情報を漏らしたのが私だと言う。自分の言葉を省みるアタマは備わっているんだろうね、黄泉川」

「ええ、自分でも不思議でした」

 黄泉川は、怒りを露わにする工示に対して、退かずに言葉を続ける。

 

「私がもっと違和感を覚えた場面がありましてね。アーミーの大佐がわざわざここまで乗り込んできたこと。その時の彼は、相当怒りや焦りを抑え込んでいたように見えました。まるで、この強制捜査について、指揮官である当人が何も把握していないかのようにね」

「アーミー達の様子を観察したから、どうだというんだ」

 

「黒服の、あの門脇という男は、独断で動いたか、はたまた……アーミー指揮官としての大佐の求心力に傷をつけることが目的。もしもそうなら、この学園都市での評判を落とすような暴挙を演出すればよい。それが、今回のアンチスキル支部と、職業訓練校への突然のガサ入れだとしたら?そこであなたは、門脇に協力し、捜査し甲斐のある場面をそれらしく設定し、時間帯を伝えた。でなければ、私が一〇三支部の科学班と一緒にカプセルを分析していたのは、もう2週間ぐらい前からの話だから、今このタイミングで踏み込みにくる理由が分からないじゃないですか。要は、アーミー周りの政争の具として、我々を使ったんでしょう」

 

 工示は、険しい表情のまま、黄泉川をじっと見つめていた。特務警察の尋問を受けていた時と異なり、瞬きをしていない。

「想像力豊かな推理だ。しかし、なら何のために私はデジタルファイルを守ろうとしたのかね?」

 

「あなた自身、アーミーも特務警察も好いていないからです、支部長。力は貸してやるが、それもある程度まで。全て言いなりになるのは、アンチスキルとしての矜持が許さなかった……違いますか?いや、支部長」

 黄泉川は、工示に歩み寄り、はっきりと言った。

「そうであってほしい。私は、曲がりなりにもあなたの部下として、期待しています」

 

 二人は、ほんの短い間、相手の胸の内を探るように、黙って対峙した。

 

「……一つ言っておく」

 やがて、先に工示が口を開いた。

「市民の安全を守る、そのために働くと、お前は言った。お前は、今目の前の危機を見ている。私は、長い目で見ている。市民や学生達の安全のために、何が最善かを」

 

 言い終わると、工示は黄泉川に背中を向け、去って行った。

 

 

 

「……何が起きていて、何が起こるのだろうね」

 黄泉川は、懐から煙草を取り出し、咥えて火を点けた。

 チリチリとした爽快感が、気管と肺をなめ回し、鼻腔を風のように駆け抜けていく。

「3限にも間に合わないだろうな。月詠センセに合同クラスを頼むか……」

 黄泉川の思考が、一時的にクリアになるのとは相反し、視界に見える天井の照明は、紫煙によってひどくぼやけて見えた。

 

「黄泉川さぁん!手伝ってくださいよォ……」

 潮騒の悲痛な声を聞いて、黄泉川は頭を振り、歩き出した。

 


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