【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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 数十分前 ―――

 

「もう一度言って!」

 

『いや、だからさ、白井って風紀委員の子から、遭難信号(メイデイ)が出たらしいんだって。アンチスキルだとかジャッジメントが使ってる緊急回線を傍受してたら偶然耳に入ったって訳』

 血相を変えた様子で、ケイは隣の竜作から電話を奪い取るなり、通話相手の島崎に向かって問いただしている。

 

「場所は分かる!?」

 

『発信元のことを言ってんなら、一九区の旧市街、サボテンみてえに並んでる廃ビルの内の一本だよ。なんなら詳しい座標を教えるが……どうしたんだよ、別に知り合いって訳でも―――』

 

「すぐに送って、私に!!」

 

『あ、ああ、分かった、けどそれ以上は俺も首を突っ込んでねえから知らねえぞ。なんたって、こないだジャッジメントのファイアウォールで火傷しちまってから、逆探知されまくってんだ、勘弁してくれよ』

 一度電話を切ると、ケイは慌ただしく、後部座席のバッグの中身を漁り始めた。

 

 

 

「お前、あのジャッジメントにそんな思い入れがあったか?」

 

「……ない」

 

「じゃあ、何で」

 運転席の竜が怪訝そうに聞くが、ケイは見向きもしなかった。

 

「帝国のやつらとたまたまやり合ったっていうのは流れでだろ?そりゃあ、親しい仲を作っときゃあ、例の実験体に繋がる情報は得られるかもしれんさ。だがな、昨日の今日で、なぜそこまで情が入ってるんだ?」

 

「情なんかじゃない」

 ケイはジャケットを羽織り、ポケットにナイフや応急道具を詰めていく。

「ただ―――もし、帝国に絡んでるとしたら……私に責任があるかもしれない」

 

「帝国?ああ、昨日チヨコさんとこで捕まえたガキの言ってた人質ってやつか?だがオイ待てよ、ジャッジメントってのは、そもそも校内の規則を守らせるマジメ君たちなんだろ?校外の、しかも離れた学区の件によ、まさかのこのこ乗り込むってこたあねえだろ。そりゃアンチスキルの仕事の筈だ」

 

「あの子……自分ひとりで突っ走る感じだった」

 ケイが静かに、噛み締めるように言う。

「私が、人質の命がかかってるから、何とかしてやってほしい、なんて言ったから……確かにあの子は強いと思う。それで、ひとりで何とかしようとしたのかも」

 

「考えすぎなんじゃねえのか、ケイ。落ち着けって……オイ、何してる」

 後部座席のバッグからハンドガンを取り出し、装填数を確認しているケイに気付き、竜作は一段と声色を厳しくした。

 

「もし使うようなことがあれば、ジャッジメントやアンチスキルは、私を違う目で見るだろうね」

 

「分かってんなら、考え直せ!俺らの目的は、あくまでアーミーだ!ジャッジメントの子ども一人がSOS出してるからって、なんでそんなモンこさえて駆け付ける?逆に動きづらくなるだろうが。お前が何もしなくたって、アンチスキル共が何とかするだろうさ!」

 

「竜。ここ、第六学区だよね」

 ケイは、竜作の横顔に向けて、携帯電話の画面を突き出した。運転中の竜作は、目尻にはっきりと皺を寄せながら、横目でそれを見た。

「現場まで、何分かかる?」

 

「お前、人の話を……」

 

 竜作は車のナビに目をやり、一つ大きくため息をつくと、乱暴に車を右折させた。ケイの体がドンッと傾いた。

 

「あーもう!……チヨコに知られたら、俺が指の骨を何本か折られる前に止めてくれるんだろうな!?」

 

「約束する」

 

「畜生、わーッたよ……くそ、警備ロボに引っかかんねえことを祈るぜ」

 

「竜、ありがとう」

 

「いいか、すぐに片をつけて戻ってこい」

 竜作は、髪の毛を片手で掻きむしりながら、アクセルを踏み込んだ。

「お前は、俺たちの―――俺や妹の、大事な仲間なんだからな」

 

 


 

 

 ――― 一九学区、旧市街

 

 

 

「『帝国』の隊長さんってのはアンタか」

 金髪の、猫のような鋭い目をした男が部屋に入って来た。男は手下を2人引き連れ、真夏に似つかわしくない白色のジャケットを羽織り、片手に持った煙草から紫煙をくゆらせていた。

 

「おせえよ、運び屋」

 隊長は上目遣いに男を睨みつけた。男はかなりの大柄で、隊長よりも10cmほど背が高い。金髪の男は、一度煙草を咥え、それから煙を隊長の顔目掛け吐き出した。

「おいおい、随分ご挨拶だなァ。ここのビルを紹介してやったのは誰だと思ってる」

 

「立場を弁えろよ野蛮人。てめえらこそ、俺たちのクスリと、幻想御手(レベルアッパー)に群がったクチだろうが」

 隊長は露骨に顔を顰めて言い返した。

 

「へえ?『クラウン』のメンバーを粛正して、ボスの座に座った能力者がどんなヤツかと思ったら……オイ、てめえじゃねえな。中間管理職がお出迎えたァ、俺らも舐められたモンだなあ。ボスはどこだ?お隠れかい?」

 運び屋の男は、自分より小柄な隊長を相手にして、余裕をかましている。仲間の男二人が、笑い声を上げた。

 隊長は歯噛みをすると、片手で背後の仲間に手招きした。何歩か前に出てきたのは、黒髪を肩まで伸ばした大男だ。運び屋の男と背丈はそう変わらない。

 

「なんだ、ヤんのか?」

 運び屋の3人の中から、黒いシャツを羽織った細目の男が前に進み出た。男が片方の掌を差し出すと、部屋の隅に押し込められていた長テーブルが浮き上がった。隊長はそちらに顔を向けた。

 

「所詮、ポっと出のチームが粋がってんじゃ―――イッ!?」

 運び屋側の男が突然呻き声を上げて膝をつき、それと共に浮き上がっていたテーブルがガタガタと音を立てて、他のテーブルの山に落下した。

 

 帝国側の大男が、運び屋の細目の男に向かって、右腕を真っ直ぐ伸ばしている。大男が右手を班時計回しに捻り上げるような動作をすると、相手の男の手首から先だけが不自然にその場で捩じられ、皮膚が引っ張られていくつもの渓谷を作った。

 ヒッ、と声を漏らした者がいた。先ほどから所在なさげにしていた介旅だ。隊長はチッと舌打ちをして、金髪の運び屋の男に再度顔を向けた。

 

「いいか―――俺たちは確かに、まだ若いチームだ。だが、帝国を辱めるというなら、鉄雄様がお出でになるまでもない……俺たちの力を見くびるな」

 金髪の男は、咥えていた煙草を床に捨て、ジリジリと踏みつけて、わざとらしくため息をついた。

 

「わーッた、わーッたよ。別に、ここで一戦やり合おうって訳じゃねえさ……その念動力(テレキネシス)解いてくんねえかな?こっちも何もしねえからよ」

 隊長は、唇の端に笑みを浮かべ、片手を上げた。帝国の大男が伸ばしていた手を引っ込めると、運び屋側の男は息を大きくつき、手首を摩りながら用心深く立ち上がった。

 

「で?運ぶブツはどこだ」

 金髪の男が聞くと、隊長は顎で介旅に指示した。介旅は、傅くように頭を下げながら、壁際からスーツケースをゴロゴロと運んできた。黒色で、大型航空機に乗せられるギリギリのサイズの物だ。

 

「空じゃあねえだろうなァ、相手は空間移動者(テレポーター)なんだろう?」

 

「重さで分かんだろうが。別に開けてみてもいいがな、クスリでおねんねしてんだ。小便塗れかもしんねえぞ」

 

「ハッ、そーいう趣味は、ねえな」

 運び屋の仲間の一人が、スーツケースの取っ手に手をかけた時、こめかみに指を当てていた隊長が革靴をトンと鳴らした。

 

「ああ、何だよ?」

 

 金髪の男が怪訝そうにすると、隊長はフッと小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

「……お客さんだ、もう一名ご入店な」

 

「なんで分かんだよ」

 

「見張りがいるのさ。いらっしゃったのは、女一人みてえだ……超電磁砲(レールガン)じゃねえな。こいつの連れか?」

 隊長は、運び屋が掴んでいるスーツケースに目をやった。

 

「ハア?適当なこと抜かしてんじゃねえぞ……クハッ、ハハ」

 金髪の男が歯を剥き出しにして隊長を睨みつけ、それから唐突に声を上げて笑った。煙草のせいで黄ばんだ歯は、明らかに何本か抜けていた。

「まあ……いいだろう、ここは俺たちの根城だ。お宅らはさっさと出てけ。その女、俺らの獲物だ。ジャッジメント共々、売っ払ってやるよ。安心しろ。てめえらには、このケースの女一匹分の報酬を、前の話通りくれてやるさ」

 それから、金髪の男は、仲間二人に向かって振り返った。左耳につけたジグソーパズルのような形をした飾りが揺れた。

「女だとよ。俺らのレベルがどれくらい上がったか、いい実験台にしてみようじゃねえか」

 

 


 

 

 (ぬる)っとした埃臭い空気が充満するエントランスにケイは足を踏み入れ、すぐに日陰になる壁際へと身を移し、辺りを警戒した。足元の埃が、いくつもの足跡によって、カーペットのような平衡を乱されている。ケイはその足跡の流れを追っていたが、気配を感じて顔を上げた。

 

「そうそう、こっちよ、お嬢ちゃん」

 金髪の男が、ニタニタと笑いながら、2階のバルコニーの手摺にもたれて、こちらを見下げていた。

「迷子になったんかなあ?お兄さんが優しく案内してあげよっかあ?」

 

「動かないで」

 ケイはベストの脇のホルスターから素早くハンドガンを引き抜き、相手に向けた。男は、ヒュッと口笛を吹き、手摺に掛けていた両手を肩の高さに上げた。

「アンタ、『帝国』?」

 

「おおう、マジか……てめえ、ジャッジメントじゃあねえな。どこのチームのヤツだ」

 

「質問に答えて。じゃなきゃ、脳天に穴を空ける」

 

「ハッ、この距離でか?」

 

「そう。この距離なら、外さない」

 

「随分な自信じゃねえか。仕方ねえな……」

 金髪の男は、わざとらしくため息を一つついた。

 

「いいだろう。質問に答えてやる。まず俺らは、帝国じゃねえ。それからだな」

 金髪の男は、身を僅かにケイの方へと乗り出した。

「俺を、あんなガキどもと一緒にすんじゃねえよ、このアマ!」

 

 男が怒りを露わに怒鳴るのと、ケイが咄嗟に身を伏せるのと、ほぼ同時だった。

 パキンと乾いた音を立てて、ついさっきまでケイの肩があった位置を通り抜けたナイフが、壁にぶつかってから床に落ちた。ケイはそれをすぐに拾う。取っ手の部分が緩い弧の形状をした、登山用らしきナイフだ。

「えっ?―――」

 拍子抜けした声が聞こえる。ケイから見て右方向の廊下に、細目の男が戸惑った顔をして立っていた。そちらへとケイは全速力で駆け、あっという間に距離を詰める。左手には、先ほど拾ったナイフが握られている。

「待っ―――」

 ケイはその男の目前で飛び掛かり、片手のナイフを振り翳し、柄の底で男の側頭部を殴りつけた。男はくぐもった声を上げて、肩から横っ跳びに倒れ込んだ。

 

「野郎!」

 ケイの背後から、太い二の腕が首に巻き付き、すぐに絞め上げて来た。ケイは体が浮かされた瞬間に、大きく腰を前に振ってから、反動で踵を後方に思い切り叩きつけた。

 飲みかけの炭酸ジュースのペットボトルを再び空けた時のような、気の抜ける音を涎と共に唇から漏らし、男がケイの脇へ倒れ込んだ。チェック柄のシャツを着た男だった。

 

「2人目……あと1人!」

 ケイは自分に言い聞かせると、元いたエントランスへ走る。2階のバルコニーからは、階段が繋がっていて、ケイがいるエントランスへと降り立てるようになっている。エントランスの窓際には、最初にケイが出会った金髪の男が、苦々しげな顔をして立っていた。ケイはハンドガンを両手で持ち直し、足を止めると引き金を引いた。

 パアンという鞭打つ音が、がらんどうの空間にこだまし、男が立っていた手摺のすぐ下のガラスがおよそ2分の1を残して粉々になった。

 

「動くな!」

 ケイは、この廃ビルに入ってから最大に声を張り上げた。重心をずらさないよう、銃を男に向けたまま、ケイは距離をじりじりと詰める。

「アンタたちが3人組だってのは分かってる。車で乗り付ける所を見てた。ほかに仲間は!いるの!?」

 

「帝国のうざってえガキどもなら、とうにおウチに帰ってもらったさ。嘘じゃねえぜ?ここは俺らの根城だ。長居されると迷惑だからな」

 男は再び両手を上げているが、その顔に怯えは見られなかった。微かに笑みを浮かべて、近付いてくるケイを見据えている。

 

「ジャッジメントの女の子が一人、ここに囚われているはずだ。どこにいる?」

 ケイと男の間は、5mほどの距離になった。

 

 男がハッと冷やかすような笑いを漏らした。

「なァんだ、やっぱりその女の連れかよ。ジャッジメントが銃持ったお友達を持ってるたあ、こりゃあ不祥事じゃねえか。なあ?」

 

「とぼけないで、言え!」

 

「分かった、分かった、確かにまだ、ここにいるぜ。案内するからよ」

 

 ケイはつかつかと歩き、ハンドガンを男の至近距離にぴたりと構えた。

「向こうを向いて、黙って歩いて!両手は上げて!」

 ケイは歩く男に後ろからついていく。銃口は男の背中に押し当てたままだ。

 

「ほらよ、こん中だ」

 男が歩いて行った先には、受付のデスクが残されていて、その陰に、帝国から引き渡されたスーツケースがポツンと置かれていた。

 

「そう」

 ケイは小さく呟くと、ハンドガンをすぐに振り上げ、グリップの底を男のうなじ目掛けて振り下ろした。

 そして、ケイが振り下ろした腕は、空を切った。

 

「あれ……」

 ケイの目の前に、ついさっきまであった男の姿は無い。何が起こったのか分からず戸惑うケイは、突然脇腹に大きな衝撃を受けた。横殴りの力に飛ばされてケイは倒れ込み、その際に頭をデスクへと強かに打ち、床に転がった。

 ケイの視界がチカチカする。男の両足のシューズが、目の前に迫っていることが分かった。

 続けざまに顔面に2度、3度の衝撃を受けた。目を開けている場合ではない。耳鳴りもする。タールのように思考全体に広がる痛みの中、ケイは鼻の辺りにツーッと生温かいものを感じていた。

 

「てめえがどこの誰だか知んねえけどよ」

 ぐわんぐわんと揺らされるケイの頭に、辛うじて男の言葉が届いた。

「帝国の絡みだって知ってここに来たんなら、当然、レベルアッパーを使った奴とかち合うつもりで来たんだよなあ?だとしたら、俺が素直に殴られやしねえってのも分かんだろ」

 

 視覚をジャックする能力。

 必死に痛みに耐えながら、ケイはそう思った。

 迂闊だった。念動力(テレキネシス)やら水流操作(ハイドロハンド)やらの能力者に何度か勝って、奢りがあった。目に見える物が全てとは限らないのに。

 

 男は、近くに転がっていたケイのハンドガンを拾い上げて、感触を確かめるように撫でた。

「俺はよ、一通りのあくどいことをしてきた分、ジャッジメントやアンチススキルにはいつもケツを追っかけられてたけどよ……銃で人を撃つのは初めてだぜ。ありがとうよ。やられた仲間の分、膝に1発ずつ打てば、もう逃げられねえだろ、ざーんねんでしたァ」

 だがその前に。と男は笑いながら、スーツケースをケイの視界に入るよう、床に倒して見せた。

「てめえが助けたかったジャッジメントのガキが、こん中に入ってる。今から空けてやるよ。クスリ打たれてお人形さんみたいなんだとよ!それを見ながら、お前は今からタマをぶち込まれる。面白ェだろ?」

 

 ケイは立ち上がろうとしたが、脇腹の痛みがひどく、体に力が入らない。呻きながら、男がスーツケースのジッパーを動かすのを見ていた。

悔しかった。竜の言う通りだ。自分は何て愚かで、向こう見ずだったんだろうか。そもそも、大した知り合いでもない黒子を助けに来たこと自体が間違いだったのだろうか。見聞きしたことに、目と耳を塞いでいればよかったのだろうか。

 ケイは目を瞑った。自然と涙が零れて来る。

 

「……あァ?なんだこりゃ」

 男の訝しむ声を聞いて、ケイは顔を上げた。

 スーツケースが開かれている。のっぺらとしたものが、無理やり押し込められている。人の形をしているようにも見えなくはない。

 

 次の瞬間、バチイッという音と共に、ケイの目の前で青白い光が弾け、ケイは思わず目を閉じた。

 ドサッという音を聴いてケイが目を開けると、先ほどまで立っていた男が、四肢を痙攣させて倒れていた。ケイが何とか頭を動かすと、白いハイソックスに、ブラウンのローファーが床を踏みしめているのが見えた。

 

「黒子……ちゃん?」

 

「教えて」

 底冷えするような響きの声を聞いて、ケイは痛みを堪えながら上半身を起こした。

「黒子は、どこ?」

 

 ケイは、涙で潤んだ目を見開いた。

 

 学園都市の能力者中第3位、超電磁砲(レールガン)としてケイも知る、御坂美琴が、電光を纏わせながら、じっとケイを見下ろしていた。 

 




章タイトルの割に御坂さん出番少ない……

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