【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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これより、「超電磁砲」第一話以降の時系列に対応します。


Ⅺ.美琴
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 七月十六日 午前 ―――第七学区、いそべ銀行 

 

 アーミーの兵隊は、張り詰めた様子で上部からの指示を仰いでいる。

 警備員(アンチスキル)は、まだ追いついていない。

 私たち風紀委員(ジャッジメント)は、手出し無用と知っている。

 

 なぜなら、目の前で今この時、無法者に対峙しているのは、

 学園都市に180万人いる学生、最上位に君臨する7人の超能力者(LEVEL5)―――

 その序列第3位、超電磁砲(レールガン)だからだ。

 

 

 

(前日 夜)

 

 連続発火強盗事件の犯人グループの1人を引き渡したいとの通報を受けた白井黒子には、驚いたことが2つあった。1つは、連絡をくれたのが、金属缶の爆破事件で手助けをしてくれた、ケイだったということ。もう1つは、残党が、明日(みょうにち)に七学区の銀行襲撃を企てているとのことだった。それも、「帝国」と組んで。

ジャッジメントの上司である固法美偉に報告するとともに、アンチスキルの先生に報せ、その人物を拘束した。しかし、錯乱状態に陥っていて、まともに事情聴取ができない、という話だった。

 

 妙だ、と黒子は思った。土曜日の午後の爆破事件の際に拘束した3人の帝国のメンバーの中にも、同じように錯乱している者がいるらしい。アンチスキルの先生に、その疑問をぶつけてみると、帝国のグループ内では新型のドラッグが蔓延しており、その中毒症状が発現しているのではないか、との見立てだった。それにしても、まともに取り調べもできない内に、こうも立て続けに病院送りになってしまうのは、何か、情報漏洩を防ぐための精神干渉でもされているのではないかと邪推してしまった。

 そして、話を聞けた者からの数少ない情報も、取り立てて有用とはいえなかった。拘束したのは、どれも最近グループに加わった末端のメンバーらしく、誰の指示で犯行に及んでいるのか、曖昧な答えしか返ってきていない。リーダーに立つのが誰なのかもはっきりしていない。

 

「ただし、重要と思われる情報もありました」

  陽が落ちてそれなりになる時間帯に、風紀委員第一七七支部の面々は、各々に支給された専用のパソコンの画面と睨めっこしながら、緊急のオンライン会議を行っていた。黒子の目の前の画面上で発言したのは、支部のリーダーである固法だ。金属缶の重力子(グラビトン)操作による爆破事件の容疑者として、七学区にある高校に通う、一人の学生が浮上したという。

「本来であれば、この人物について詳細を共有したい所ですが、割愛します……より危急の案件は、明日午前、七学区のいそべ銀行を襲撃するという、連続発火強盗のグループです。アーミーが周辺の警備を、アンチスキルが店舗内で客・従業員に偽装して警備を行い、私達ジャッジメントは……事が起きた場合に、一般人を遠ざける役割を担います」

 

 

つまり、ネズミ捕りだ。誰かがそう呟き、パソコンのスピーカーが俄かにざわめいた。

 一般人の安全を最優先にするならば、はじめから店を閉めさせるべきかもしれない。しかし黒子は、これをチャンスだと考えていた。得られている情報が少ない今はとにかく、帝国というグループ全体を取り崩すためにも、上層部へと繋がる情報の糸口がぶら下がるなら、掴みにいくべきだと思った。

 

開店前を狙って犯人グループが襲ってくることも考慮し、アンチスキルとアーミーは、開店時刻の2時間前から周囲を警戒するという。

「ジャッジメントは、必ず複数名で行動すること。今回の作戦行動は、あくまでもアンチスキルとアーミーが主体です。私たちは、一般人と、自分たちの安全を最優先に行動してください。グラビトンの事件と、この発火強盗事件とが、同じ帝国の手によって行われている可能性が高まったからです。したがって、腕章は、指示があるまでは明示してはいけません。アーミーが、金属探知機を手に巡回しますが、皆さんも十分警戒してください。

 ……崇高な正義感は誇るべきものです。しかし、無謀に犯人に向かっていかせて、みんなの身を危険に晒したくはないんですよ?」

 

 最後の言葉が自分に向けられたものだと感じ、黒子は一度唾を飲みこんだ。

 これだけ休日勤務するんだから、手当を出すよう校長室にデモしようぜ、と固法の同級生である柳迫が言い、一同の表情が和らいだところで、会議は終いとなった。

 

 

 

 黒子はヘッドセットを外し、背伸びをした。熱をもった耳が冷房からの風に触れ、心地よい。

 

 カタン、と黒子のすぐ横で音がした。

「お疲れさま。……飲めば?」

ルームメイトであり、一つ年上の先輩である御坂美琴が、優しい表情をして立っていた。

 黒子の鼻を、甘い香りがくすぐる。

 

「……最近、お姉様の淹れるココアが、楽しみで仕方ありませんの」

 

「どうも。最近暑いからね、アイスでよかった?」

 

「もちろん。感謝申し上げますわ」

 黒子はカップを口に寄せる。じんわりとした甘みと冷たさが、舌から喉を通り、胸の奥に届いた。

 

「……明日は早いみたいね」

 黒子が顔を向けると、美琴はややバツの悪そうな顔をした。

「ごめん、聞いちゃいけないってのは分かってるんだけどさ」

 

「とんでもない!お姉様に隠し立てすることなど、万に一つだってございませんわ!」

 黒子は手を振って言った。

 どれだけ科学が発展しても、強盗やら爆破、ドラッグ、抗争……罪を犯す人間は、この学園都市では枚挙に暇が無い。

「―――だからこそ、風紀委員(わたくしたち)がいるのですもの」

 

 美琴は、黒子の顔を見つめた後、ため息を軽く一つついた。

「……な、何か、(わたくし)、妙なことを言いました?」

 

「……頼りにしているよ!おひげを生やしたジャッジメントさん」

 黒子は赤面して、慌てて口の周りを拭った。

 

「じゃ、明日の任務のために、肩揉んであげるから!……それで、今日はもう寝なさい」

 美琴はそう言うと、黒子の後ろに立ち、両肩に手を置いた。

 

「……お姉様だったら、きっと強盗犯も、爆弾魔も、一撃ですわね」

 

「あれ?そんなこと言うなら、私がほんとに行こうか?明日の任務」

 

「いーえ!お姉様はあくまで一般人!私たちにお任せあれ」

 そう言うと思った、と美琴は笑いながら言った。

 

 御坂美琴が一般人というのは、黒子にとって、あくまで建前だ。

 どんな犯罪者が相手でも、本当に圧倒してしまうだろう。

 だからこそ、自分は、自分の持てる力で、役目を果たしたい。

 決意を固める黒子の頬を、美琴の髪がくすぐった。

 ココアとはまた違う、甘い香りが、黒子に眠気を誘った。

 

 

 

 (当日)

 

「白井さん―――白井さん?何か考え事してます?」

 

「えっ?……ああ、いや、何でもございませんのよ?」

 怪訝そうに尋ねてくる、マスク姿の初春に、黒子はごまかしながら答えた。

 今は任務中。しかし、黒子は何か忘れているような気がして、そのことが時折心の中で頭をもたげていた。

 

「それにしても―――くしゅっ!……ほんとに来るんですかね、強盗犯たち」

 

「……初春。くしゃみする度に同じこと言ってません?」

 黒子は、風邪気味だという初春飾利に、呆れを隠さず言った。

 強盗犯が襲撃するという銀行が面する大通りで、2人はペアを組み、日差しを避け、木陰のベンチに座っていた。2人の位置からは、およそ100m離れた辺りに銀行のガラス張りの玄関が見える。1時間ほどの枠を、この場所で待機し、あと10分ほどで次のペアに交代する手筈だった。

 

 

「だって白井さん!犬も歩けばアーミーに当たる、ってぐらい物々しいじゃないですか、ここ!これじゃ、口を開けて待ってますよーって、犯人たちに思い切り言っているようなものじゃありません?」

 

「確かに、ここまで多い人数で警戒に当たるとは予想外でしたが……」

 銀行が開店してしばらく経ち、人通りも多くなってきた。一般の往来に混じって、ネイビーブルーの上下服に褐色の防弾ジャケットを纏った兵士の姿はよく目立つ。両側の歩道に、10m間隔で立っていると言っても過言ではないだろう。先端が正六角形になった金属探知機を手に、歩き回っている。腰のホルスターには、拳銃らしきものが装備されている。アンチスキルと同規格のゴム弾だと言うが、実際の所、どうなのだろうか。

 

「今回、犯人をおびき寄せるのが目的なんですから―――これじゃ逆効果ですよ。アンチスキルの先生方との連携はとれてるんですかね?」

 

「まあ、噂ですが、アンチスキルとアーミーは、治安維持の主導権争いをしているという話も……」

 

「おっつとっめごくろーさまです!ジャッジメントさん!」

 

 聞き慣れた声に、黒子は振り返った。

「お姉様!?」

 紙袋を手にした美琴が立っていた。美琴は初春の方を向いた。

 

「えっと、初春飾利さん、だよね?黒子の同級生の」

 

「み、御坂美琴さん!?」

 初春は上擦った声を出した。

「あなたのご活躍は存じてます―――初春です。覚えていてくださって、ありがとうございます」

 

「そんな、かしこまらないで!」

 緊張している様子の初春に、美琴は笑いかけた。

「まだ10時にもなってないのに、(あっつ)いでしょ?二人とも、ほら、差し入れ」

 

「さ、流石はお姉様!この黒子とシェアするためのスイーツをご用意くださるとは、これぞまさしく甘美なる愛……!!」

 

「何言ってんの、自分の分も買ったから……」

 一人で興奮する黒子を適当にあしらい、美琴は紙袋からストロー付きのカップを取り出して初春に渡した。ファストフード店でこの季節に人気のアイスシェイクだ。

 

「ありがとうございます!」

 

「?でも、初春さん、もしかして風邪?アイスはまずかったかな……」

 マスク姿の初春を見て、美琴が申し訳なさそうな顔をしたが、初春は首をブンブンと振った。

 

「いいえ、気にしないでください!大したことないですから!」

 無理はしないで、と美琴が優しく初春の額に手を当てるのを見て、黒子はわざとらしく咳払いした。

 

「でも、ほんとにお姉様が来てくださるとは……早めにここを離れてください。まだ何が起こるかわかりませんので」

 

「そう?これだけアーミーが警戒している中で、白昼堂々と襲う馬鹿がいるんかな?」

 シェイクを一口吸った後、美琴が初春と同じ意見を言った。

 

黒子は何度か頷き、ストローを口から離した。

「そう。もしもここを強行突破しようとするなら……実に原始人的な思考ですわね。

 あるいは、何か絡め手を使ってくるか―――」

 

 ちょうどその時、銀行の方面から、大きな爆発音が聞こえた。

「!!―――ほんとに原始人だったかしら?」

 

「いえ、あれは……」

 美琴の言葉に首を振り、黒子は目を凝らした。

 確かに、爆発音が聞こえたが、銀行は先程と様子に違いはない。

 銀行よりも更にその先で、何かあったようだ。

 通行人は足を止め、逆にアーミーの兵士達は、爆発があった方向へ慌ただしく駆け出した。

 

 その時、黒子と初春がそれぞれの片耳に着けている端末に、通信が入った。

 

『いそべ銀行北方面の路上で爆発。ジャッジメントは腕章を明示し、各自の担当箇所で、一般市民への対応に当たってください』

 

「初春!」

 

「はい!」

 

「お姉様、すみませんが、また後で!」

 

「あ、ウン、気を付けて―――」

 黒子は飲みかけのシェイクをひとまずベンチの上に置き、初春と共に走り出した。交代のために待機していた他の仲間とも合流し、腕章を急いで腕に付けた。

 

(……通りで爆発?銀行自体が襲われたのではなくて?)

 黒子はふと、足を止めた。

 何か、違和感がある。

 

 近くを通り過ぎた兵士の会話が聞こえて来た。

「―――金属探知機を!まだほかにもあるかも……」

 

「金属……重力子(グラビトン)!」

 黒子はハッとして、再び銀行の方を見た。シャッターが閉まっている。

 付近に、アーミーの兵士はまばらだ。

 

「初春!!」

 

「え?」

 黒子の大きな声に、市民の誘導に当たろうとしていた初春が振り返った。

 

「白井さん、どうし―――」

 

「銀行が!」

 

「ああ……爆発があったから、とりあえずシャッターを閉めたんじゃ―――」

 

「違う!」

 黒子は声を張り上げた。

「これは、陽動―――」

 

 その瞬間、今度はより大きな爆発が起こった。

 銀行の正面玄関のガラスが轟音と共に粉々に吹き飛び、そこかしこから悲鳴が上がった。

 

「連続発火強盗……!!」

 黒子は咄嗟に身を屈めて、食いしばるように言った。

「初春!市民の避難を!誘導じゃ済みませんわ!」

 

「ハイ!白井さんは!?」

 返事を返す前に、アーミーの一兵士の叫び声が辺りに響いた。

 

「止まれェ!!止まらなければ撃つ!!」

 次の瞬間、銀行前に立ち込める煙の中から火の手が上がり、アーミーの兵士達へ襲い掛かった。その様はまるで、獲物へ狙いを定めた蛇だった。道路を塞ぐように展開していた兵士の隊列は、蜘蛛の子を散らすように崩れた。それを待っていたかのように、煙の中から駆け出して現れたのは2名。口元を布で覆い、手にはぎっしりと何かが詰まったバッグを持っている。崩されたアーミーの封鎖を駆け抜け、こちらに向かってくる。

 

黒子は、自分たちにほど近い路肩に、1台の銀色のセダンが停まっていることに気付いた。誰も乗っていないが、エンジンはかかりっ放しだ。

銀行内に待機していた筈のアンチスキルは見当たらない。アーミーはすっかり混乱している。

 ならば、自分がやる。黒子は、男たちの走る前に立ち塞がった。

 

「ジャッジメントですの!」

 右腕に付けた腕章を、左手ではっきり見えるように掴み、叫んだ。

 背後から、自分の名を呼ぶ初春の声が聞こえた。無謀だと言われようが、ここは自分の力で、相手を倒す。それが、風紀委員(ジャッジメント)としての正義だ。

 

 黒子は止まるよう警告したが、2人いる相手の内、1人が片手をこちらに突き出したのを見て、咄嗟に黒子はその場から空間移動した。黒子が立っていた場所を、突風が吹き抜けていった。

 

 黒子が能力を行使したことを理解する間もなく、風を起こした男は首筋に衝撃を受けて倒れ、次の瞬間には、着ていたジャケットを金属ピンで地面に穿たれ、身動きが取れなくなった。

 

 黒子は間髪入れず、横で呆気に取られているもう一人の男を睨みつけた。

「まだ抵抗しますか?」

 その男は、倒された仲間を見て、それから黒子を見ると、泣きそうな顔になった。

 

「もう、おしまいか……」

奇妙に息の抜けるような声で男が言った。そして鞄を取り落とし、がっくりと膝をついた。

 

戦意喪失だ。黒子はそう判断し、男を拘束しようと手錠を取り出す。

 

 

「黒子」

 

「ああ、お姉様!この通り、一件落着でして―――」

 

「いや」

 黒子は一旦手を止め、振り返った。

 傍に、美琴が立っている。顔には、明らかに怒りの形相を浮かべている。

 美琴のブラウスには、先ほどまで手に持っていた筈のシェイクがこびりついていた。確か、ブルーベリー味だったはずだ。

 

「食べ物の恨みには、私がうるさいの、知ってるでしょ?」

 零れたシェイク以上に、冷たい声だった。

 

「でっでも、お姉様!もう犯人は観念してまして―――」

 

「ちげえよ!」

 今度は、黒子によって地面に縫い付けられた方の犯人が、顔をこちらに向けて言った。焦りに満ちた顔だった。

「あと1人いるんだよ―――ヤベえのが」

 

え?と黒子が聞き返したその時、サーブされたバレーボールのように、何かがぼん、ぼん、と音を立てながら勢いよく転がって来た。転がって来たのが人であり、制服を着たアーミーの兵士だということを理解するのに、黒子は数秒かかった。腕や脚の至る所が奇妙な方向に曲がっていて、人の形をしているようには見えなかったからだ。

 

「なっ……」

 黒子は息を呑んだ。美琴が、先ほど爆発のあった銀行の方をまっすぐ見据えている。黒子もそちらを見た。

 

 倒れ伏した兵士達の合間を縫って、長身の男が一人、こちらへ悠然と歩いてくる。黒髪を逆立てるように額に巻いたバンドには、「帝国」と書かれている。

 

「なんなのアイツ……ムカつく……!」

 黒子は、隣の美琴の体を巡るように光が奔るのを見た。

 


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