黄泉川は、希望の色を目に湛えながら、金田達に協力を呼びかけた。先ほどまでの罵り合いのような雰囲気とは打って変わって、部屋の中には緊張感が漂っていた。
「この、島君の事故に関わっている謎の人物。映像を解析してみたんだけど、同じような特徴の人物は、この映像から分かる限りじゃあ
「へっ、鉄雄が怪我したのはこいつのせいなんだろ」
金田は不敵に笑った。
「同じチームの仲間として、ただ黙ってつーほー、て訳にはいかねえな」
「アーミーとの繋がりも否定できないんだぞ!」
高場が念を押すように言った。
「下手にお前たち子どもが探りを入れるな。見かけたらでいい、俺達に知らせてくれるだけでいい」
「もう一度言うけど、君達の身を守るのが私達の役目じゃんよ」
黄泉川が高場に続いて言った。
「他の警備員や風紀委員にもこの情報は共有しておく。頭の片隅に入れておく位でいいの」
「っていうけどさあ、先生」
甲斐が腕を頭の後ろで組んで言った。
「こんなはっきりしない監視カメラの映像だけじゃ、どんなやつか分かんないぜ」
「さっき、『彼』って言ったよな?」
山形が黄泉川に言った。
「男だって分かってるってことだよな……」
「その、人相が分かる位の画像があるんだろ?」
金田が言うと、黄泉川はクリップボードから2枚の紙を手に取った。
「えぇ、ここに―――かなり特徴的な外見をしているからね」
黄泉川は、その2枚のプリントアウトした画像をテーブルの上に置いて見せた。
「だからこそ、目撃したら知らせてほしいじゃん」
金田達は2枚の画像を覗き込んだ。2枚とも、謎の人物を拡大して映した画像だった。
まず1枚目。鉄雄のライトの眩しさに手を翳したのだろうか。右の掌に、刺青か何かで数字が描かれているのが映っていた。
そして、より目を引いたのがもう1枚の画像だ。1枚目では翳した手で顔が隠れていたが、こちらでは顔がはっきり映っていた。
子どものような体躯に張り付いていたその顔は、皺が深く刻まれた、学生とは程遠い、明らかに男の老人の顔だった。
「どう思います?」
金田達が部屋を出て行った後で、黄泉川は高場に問い掛けた。
「あいつらが手掛かりを見つけるとは期待しませんな。何せ毎晩バイクで走るしか能がない奴らだし―――」
「高場先生、あの子たちのことでなく、この人物―――」
黄泉川はクリップボードに挟んだ、謎の小男の画像を見つめた。
「そいつですか……かなり小柄な老人に見えますが」
「もちろん、外見的な特徴も気にはなりますが」
黄泉川は画像を見つめながら言った。
「この彼が、何らかの能力者だとしたら、あなたは何だと思います?」
「やはり能力者ですよね、さっきも言ったかもしれませんが、念動力でバイクを止めたか、或いは空気操作で壁を作ったか……」
「えぇ、そして、その場から突然消えた」
「消えたってことは瞬間移動者……え?」
高場は椅子から立ち上がって黄泉川を見た。黄泉川も視線を高場に向けている。高場は黄泉川の言わんとすることが理解できたようだ。
「一度に複数の能力使用の特徴が見える、ということは……」
「
黄泉川は重たくその言葉を口にした。
「しかし―――研究者たちが血眼になって突き詰めたのに、それが実現したなんて話は聞いていないし……もし実は成功していて、それがしかもアーミーと繋がっていたとしたら……」
「えぇ、大事件になるじゃんよ」
学園都市の科学発展を担う、研究者派閥の勢力図が一変しかねない位の。一介の教師でしかない黄泉川と高場であるが、上層部認可の警備員という組織に属している以上、その位の予想は容易についた。
「黄泉川先生……統括理事会に報告すべきだろうか?」
「いや……」
黄泉川は返答しかねた。理事会の方針で、多重能力に関する研究は一通り不可能だということで決着がついていることになっている。それがもし続けられていて、何らかの成果を出しつつあるとしたら、行っているのは、暗部……。
「警備員の間では情報共有を密にするけど……思った以上に、慎重に事を進める必要があるかもしれないじゃんよ……」
自分達がハッキングしてまで掴んだ情報が、何か大きな相手と相対していることの端緒かもしれないと、黄泉川は先程までの金田達に対する温かな表情を変え、口を真一文字に結んだ。
「確かにあの顔は一度見たら忘れらんねえけどよォ……」
甲斐が愚痴を吐いた。
「なんだったら、かわいい女の子だったらよかったのによ」
「そーそー、それ分かるゥ」
山形が同意する。
1時間以上の拘束から解放されて、金田達は黄泉川が呼んだタクシーで、職業訓練校の男子寮へと帰る車中だった。金田達はバイクを返して欲しいと頼み込んだのだが、これは帳消しとはならず、1週間の没収。遂には高場の度重なる喝で諦めざるを得なかった。2台のタクシーの内、1台には金田のほかに、甲斐と山形が乗っている。
「金田ァ、この後どうするよ」
「そうだな……とりあえず、明日
甲斐の問い掛けに、金田は一呼吸置いて答えた。
「アーミーがそこらの病院に鉄雄を入れてくれるとは、あまり思えないけどな……」
「なんだよ、まさか本土に運ばれたって言うのか?」
「そうとは言ってねえよ、もしそうなら、俺らには手も足もでないだろうが……」
甲斐と山形のやり取りを聞き流していると、金田の頭にふと別の疑問が湧いてきた。
「なぁ、甲斐」
「えっ、なんだよ」
甲斐は金田に名前を呼ばれて、金田の方を見た。
「お前、いやにあの黄泉川って警備員に馴れ馴れしかったな……」
「えっ、いや、そんなことないって……」
「甲斐さぁ、もしかして、知り合いなん?」
山形が割り込んできた。
「いやぁ、ほんとなんでもないって……」
「なんだよ歯切れわりぃなぁ。さてはあの胸ばかり見てたんだろうが」
山形のからかうような突っ込みを聞きながら、金田は甲斐の過去について考えていた。甲斐がこうやって話をはぐらかそうとするのは、甲斐の昔に関わることが話題に上がったときだ。本人は話したがらないが、噂では甲斐は元々育ちが良い家庭で、中学位までは模範生だったが、何かのきっかけで金田達と同じように道を外した、と聞く。
もしも中学の時、あのツインテール女と同じように風紀委員に入っていたようなことがあれば、警備員とも面識があるのかも……。
「胸といえばさァ、あのアゴ野郎、やけに黄泉川先生に対してへこへこしてたよなァ」
甲斐が話題を逸らすように言った。
「だよなァ」
山形が相槌を打った。
「あの女たらしめ、今頃誘ってるかもしれねぇぞ」
「ジャージとかじゃなくてさ、もう少しかわいいカッコすればいいのになァ」
そんな他愛もない会話をしつつ、金田達は、明日土曜日に病院を当たって鉄雄を探すこと、もしあの謎の小男を見かけたらすぐ互いに連絡を取ること、などを確認した。
こうして、クラウンとの抗争、鉄雄の謎の事故、警備員からの協力依頼など、色々なことが起こった夜は更けていった。
「もうこんな時間だ……どうです、黄泉川先生、このあと一緒に夜食でも―――」
突き出た前髪をさらっと片手で掻き上げて、高場は黄泉川に笑みを見せた。
「気持ちはありがたいじゃんけど―――」
黄泉川はため息を大げさについてみせた。
高場の黄泉川に対する何度目か分からないアプローチは、この夜も実を結ぶことはなかった。