「そうですか。あの2発目の爆破を防いでくれたのは、あなたでしたの……」
「うん。咄嗟に体が動いてね」
ケイの手には、先ほど黒子が返した、焼け縮れたベストがある。爆発物を遠ざける際に、包んだのだと言う。
「私、普段は別の学区に住んでるんだけど、週末のバイトが無い日は、よくこっちに遊びに来るからね。最近、物騒だとは聞いていたけど……まさか、目の前でこんなことになるとはね」
「お礼を申し上げなければいけませんわ」
黒子は、改めてケイの顔をまっすぐ見つめて言った。
「助けてくださって、ありがとうございました……それにしても、お強いのですね」
「まさか!君に比べたら全然!」
ケイは手を顔の前で振って言う。
「やっぱり
「いいえ、黒子はまだまだですの」
黒子は表情をやや曇らせる。
「私、熱くなると、自分一人で突っ走って……自分の力を過信してしまう癖がありますの。お陰で、先輩を危険に巻き込んでしまって……
「いいえ。あの時は、あの男が背後を見せてたから……」
「ケイさんは」
黒子が顔を上げてケイに質問する。
「どこかで訓練を?あの身のこなしは、簡単に身に付く者ではありませんわ」
「そんな、訓練なんてもんじゃないよ!」
笑顔を見せてケイが答えた。白い歯が眩しい。
「まー、我流ってとこかなァ」
「我流?」
「それよりさ!」
ケイが顔を黒子にやや近づけて言った。
「君のこと、なんて呼べばいいかな……」
「私を?」
黒子は、人差し指を頬に当てて考えた。
「まあ……黒子と呼んでいただければ……」
「じゃあさ!黒子ちゃん、って呼んでいい?」
「ちゃ、ちゃん付けですか……」
はっきりとしたケイの物言いに、黒子は少したじろいだ。
「まあ、構いませぬが……」
「じゃ!」
ケイは片手を黒子へ差し出した。
「こんな風に続けて会うのも、何かの縁だねきっと……よろしくね、黒子ちゃん!」
「ええ、こちらこそ、ケイさん」
黒子は、差し出された手を握り返した。
ふと、黒子の視線が下に向く。
「……起伏の明らかなスタイルですのね、あなた……」
「?何か言った?」
「いえ!何も!私も将来に賭けていますので!あはは……」
「なあに、それ!」
黒子が誤魔化すように笑うと、釣られてケイも笑った。
「白井さん!大丈夫ですかッ!?」
話している所へ、初春が駆け付けて来た。
「爆弾事件の犯人に襲撃されたって聞いて、心配で」
「ありがとう、初春。まあ、少し油断しましたが……平気ですわ」
黒子が初春に向かって微笑む。
「市民の協力のお陰で、何名か捕らえることができましたの。こちらの方が―――」
「ケイっていいます」
ケイが初春に向かって名乗った。
「黒子ちゃんとは一応顔見知りだったけど、今日、たまたま近くを通りかかって」
「初春飾利です」
初春は礼儀正しく、ぺこりと頭を下げた。
「ご協力、感謝します!白井さんとは私、同級生で―――仲間を助けてくださって、ありがとうございます!」
「そうですか……彼らが、『帝国』?」
「ええ」
初春に向かって黒子が答えた。
「詳しい取り調べは、アンチスキルがこの後するとして……水流操作の男が、自慢気に名乗っていた上、ご丁寧にヘアバンドに書いていましたからね。まず間違いないでしょう。目的は、無差別かとも思いましたが、今日の様子から見ると、
(バイカーズの少年の言った通りでしたわ……)
黒子は一言、心の中で付け加えた。
「なぜ、ジャッジメントが狙われるの?」
ケイが疑問を口にした。
「帝国という者たちが、スキルアウトの新集団だとすれば……恨みを買っていることは、残念ながら否めませんの。警備員と同じく、彼らの取り締まりにあたるのが、私たちの仕事の一つですからね」
黒子が顔を曇らせて答えた。
「でも、スキルアウトって、武装した無能力者の群れでしょう?」
ケイが質問を重ねる。
「さっきの水を操る男……明らかにそれなりの能力者だったよね?」
「確かに」
黒子も考え込む。
「高位能力者が、何らかの事情で犯罪行為を働くために、スキルアウトと徒党を組むことが無い訳ではありませんが……能力者と組んで爆破行為を働いたとすると、厄介ですわね」
「……納得できません!」
初春が、静かに、しかしはっきりと憤りを露わにする。
「私たちは、街の安全を守るために、日々働いているのに―――なんで狙われなきゃならないんですか?おかしいじゃないですか!」
「初春の言うことは最もですの」
黒子は頷いて言った。
「……残念ながら、いくら科学が発展しても、人の心はどこかで荒むものですわ。ああいった輩に立ち向かいながら、それでも、街の人々の暮らしを守るのが、私共ジャッジメントの役割ですから」
黒子の言葉を聞いて、暗い顔をしていた初春も頷く。
「それに……売られたケンカは、当然買いますわ」
黒子の言葉に力が籠る。
「『帝国』とやら、きっちり落とし前は付けさせてもらいますわ!」
黒子と初春の様子を見ていたケイが、感心した表情を浮かべた。
「かっこいいよ、二人とも!」
「そ、そうですかぁ?」
初春が照れたように顔を背けた。
「うん、私より年下なのに……街のために信念をもって働いてる。
「ありがとうございます!そう言って頂けると、ほんと嬉しくて!」
初春の顔がぱあっと輝いた。
「ケイさんは、おいくつなんですか?」
「今年で17だね」
ケイが答えると、初春は頷いた。
「そうですか!じゃあ、高校生なんですね?」
するとケイは、苦笑いを浮かべた。
「あー……私、今学校通ってなくて……」
初春はしまったという風に、手を口に当てた。
「ご、ごめんなさい、プライベートなこと聞いてしまって」
「いいのいいの!気にしないで!」
ケイが手を軽く振って言った。
やや空気が気まずくなったその時、黒子と同じように、濡れた制服の上に毛布を纏った固法がやって来た。
「ケイさん、でしたね」
固法が会釈する。
「私からもお礼を言わせてください。今日は、私たちを助けていただいて……ありがとうございました」
ケイも挨拶を返すと、固法は黒子と初春に、支部へ戻るよう促した。現場の検証をアンチスキルに引き継ぎ終わり、服が濡れてしまった固法と黒子は、教員の車で送ってもらえることになったという。
「危険なことになっているみたいだけど、気を付けてね」
別れ際に、ケイが笑顔を見せて黒子と初春に言った。
「『帝国』のこと、もし役に立ちそうな情報があれば、私からも黒子ちゃんに知らせるよ」
「ありがとうございます、頑張りますわ!」
黒子も微笑んだ。
「ケイさんも、お気を付けて!」
ケイは黒子たちに手を振り、去っていった。
「あっちに車が停まっているわ、行きましょう」
そう言って固法が歩き出した。
「じゃあ、白井さん、あとでまた支部で―――どうかしましたか?」
初春は、ケイが歩き去った方を向いたままの、黒子の背中に声をかけた。
「え、ああ―――そうですね」
「何か気になることあったんですか?」
「いや……」
黒子は歩きながら、目線を斜め上へ向けた。何か、黒子の心に引っかかることがあった。
「……ケイさん、なんで私たちが年下だって知ってたのかなあ、と」
「制服で分かったんじゃないですか?私たちはケイさんの
「そうか、そうですわね」
黒子は初春の言葉に納得し、前を向いた。
そして、眉間に皺を寄せた。
「それに、あの体つき……出るとこはしっかり出て、くびれるとこもはっきりとした、あれはまさに、大人の色香……!ああ、お姉さまの心を掴むためにも、私もあんな風に成長したいものですわ」
「白井さん、どこを見てるんですか……」
想像を膨らませる黒子に、初春が呆れたように言った。
「それはともかく!支部に戻ったら、ミーティングですよ。奴らの正体、暴いてやりましょうよ!」
「ええ!」
初春の言葉に、黒子も力強く答えた。
事件現場から数分歩いて移動した後、ケイは、とある駐車場に停められていた車の助手席に乗り込んだ。
「ずいぶん、派手な再会だったな。肝が冷えたぞ」
「うん」
運転席に座る竜の言葉に、ケイが短く返す。
「……浮かない顔してるぞ?大丈夫か?」
「そんなことはない。寧ろ、楽しかったよ」
「普段、ああいう学生さんと話す機会はないもんな?おともだちになれたんなら、良かったぜ」
「あくまで、任務でしょう?」
ケイは窓の外を所在なさげに見つめている。
竜は、ケイの様子を気に留めずに、車のエンジンをかけた。
「で……収穫はあったのかい」
「まあね」
ケイは、動き出した窓の外の風景を眺めながら答えた。
「帰ってから、話すよ」
二人が乗った車は、第七学区の郊外の方面へと走っていった。
―――風紀委員 第一七七支部
「
「ええ。たった今あった、警備員からの情報によるとね」
事件後の会議で、固法が、集まった黒子たちに向かって話す。
「今日の事件のあった現場を検証した結果、判明したらしいの」
「その、グラビ?のなんちゃらが、どう今回の事件と関わるんですか?」
固法に向かって、一人から質問が挙がった。
「簡単に言うと、金属を爆弾に変えるの。私も、正確に分かってるわけじゃないけど……こっち見てくれる?」
固法が手持ちのタブレットを何回かタップすると、アンチスキルから提供されたという図表が、部屋に備え付けられた大型のディスプレイに映し出された。
「世の中のあらゆる物質は、何からできているかってことを突き詰めていくと、分子、原子、原子核、……ミクロな世界の話になります。で、原子核の更に内側の、電子とか、クォークとか……これらを素粒子という。……学校でも習いますよね?」
色とりどりの球体を、線で結んだ図式が表示され、高校生のメンバーを中心に、何人かが頷く。
「ごめん……もう全ッ然わかんね」
「……この辺、アンタは聞き流してくれていいから」
固法は、近くに座る茶髪の女子学生に向かって顔を顰めた。それから咳払いを一つする。
「素粒子には色んな種類があって、
で……今回、アンチスキルが調べたところ、爆発物の残骸から、最近発見された素粒子の一つ、重力子―――グラビトンの急激な加速の痕跡が発見されたということです」
「物体の、超ミクロな部分に力を加えて、爆発物に仕立ててるってことですか?」
「ええ。そういう理解で間違いないと思います」
質問に対して頷いた後、固法は『捜査資料F』と題された、黒焦げた金属片の写真をディスプレイに示す。
「それで、現場にはいつも、金属製の―――アルミの缶が残されていた。最初、私達は火薬やガスの類を使った爆破を疑っていたけど、そうではなく、起爆しているのは、アルミそのもの。犯人は、アルミを基点に重力子の急速な加速を引き起こし、エネルギーを放出、物体を爆発させている。という結論に至りました」
ここで、固法は一呼吸置いた。
「個人が武器の感覚で加速器を持ち運んでいるなんてことはあり得ない。つまり……そうした現象を引き起こせる、能力者の犯行が疑われます。そして、それ以上に厄介なのは……白井さん」
能力者、というキーワードに、部屋の面々がざわつく中、固法は黒子の名を呼んだ。
「今日捕まえた男……ジャッジメントを狙っていると、そういう言動があったんですよね?」
「そ、その通りです!」
ざわめきの中で、黒子が声を張り上げて答えた。
「加えて、12日の一五学区で起きた高速道路における抗争事件で、『帝国』の相手チームの少年からも、同様の証言を得ています」
「ただの、テロ事件じゃないってことか……」
今日の喫茶店の事件で、最初に駆け付けたジャッジメントの一人である男子学生が、頭を抱えた。
「固法先輩。俺たちを狙っていることが分かった以上、これまで以上に対策を強めるべきです。仲間が現に一人、やられてるんです!」
「同感よ」
固法は真剣な表情で頷いた。
「防護シールドと、対爆ジャケットを、すぐにアンチスキルに融通してもらえるよう要請をします。必要時以外に、腕章を付けて歩き回らないように徹底しないと……それに、特に中学生の子たちは、無理に警備活動に参加しない方がいいかも……」
「私は逃げませんわ!」
黒子は立ち上がり、きっぱりと言った。
「仲間が負傷し、私も固法先輩もひどい目に遭いましたの。だからこそ、このまま放っておく訳にはいきませんわ!」
「私もです」
初春も立ち上がった。
「私たちが今まで活動してきたのは、こういう危険から、市民のみなさんを守るため。警備員ほど力はなくても、できることがある筈です。ここで私たちだけ退いて、先輩方に頼り切りになる訳にはいきません!」
「初春……」
黒子は目を丸くして初春を見た。彼女が強く言葉を主張するのは珍しい。
「そうだ!僕も逃げません!」
「スキルアウト連中にやられっ放しでたまるか!」
「後輩がこう言ってんだ、尚更、あたしたちががんばらなきゃ!」
同調し、士気を高める声が、メンバーそれぞれから立て続けに上がるのを聞いて、固法は頭を下げた。
「みんな―――ありがとう、って言っていいのか分からないけど……私はここのリーダーとして、みんなに危険な目にあってほしくないの。けど、ジャッジメントとして、負けたまま引き下がりたくもない!うまくできるか分からないけど……みんなの力を貸してほしい―――お願いします!」
固法が頭を下げながら絞り出した言葉を受けて、自然と拍手が沸き起こった。
「
茶髪の女子生徒が、隣から固法に声を掛け、固法は顔を上げた。
「あたしだって、後輩がケガさせられて、頭に来てんだ―――絶対、一緒に、犯人捕まえような?」
「
ルームメイトの言葉を聞いて、固法はやっと、ほっとして笑うことができた。
虚空爆破の仕組みについては、原作の記述以上にかなり想像を膨らませて書きました。重力子はそもそも現実では未発見ですが、素粒子の中でも作用する力が一段と弱いと推定されているので、どうやってあのような爆発を引き起こしているのか、気になる所です。文系の自分にはさっぱりです。
超能力だから、と言われればそれまでですが。
つまり、介旅君は人間CERN。こんなところで燻ってちゃだめだ。