夜も遅くなった頃、閉店後の食堂の中、客が入ることの無い裏手の一室で、竜と島崎を含めた数人が、額を突き合わせて話し合っていた。
「つまり、そのアーミーに収容されたスキルアウトのボウズってのが、新しい
竜が話すと、島崎は顔を顰めた。
「ややこしいな。今月初めの日曜に、第七学区の住宅街で騒ぎを起こしたやつとは別ってことか」
「ああ、そっちは26号。今日、あの
「竜、今更だけど、ほんとに大丈夫?」
二人の話に割って入ったのは、ここにいる者の中で最も若い少女、ケイだ。
「ジャッジメントの子とあんな風にベラベラお喋りしちゃって……アーミーが言ってたでしょ?私達を抑えるために
「その事なら、ケイ。案外心配する必要がなさそうだ」
竜がケイに向かって言った。
「なぜそう言えるの?」
「実は、最近、ある組織から、俺達のもとに接触があった。統括理事会とも繋がる組織だ。」
「理事会と?」
ケイが驚いて目を丸くした。
「そうだ」
竜が手をテーブルの上で組み、より顔つきを真剣なものにした。
「日曜日の、26号の一件を始め、ここ最近、アーミーと学園都市中枢との関係は、急速に悪化している。今朝のニュースで、アーミーのリーダーが言っていたことは……まあ、上辺だけのことだ。
加えて、本国政府内でも、予算削減の流れからして、奴らアーミーは目の上のタンコブだ。ここ学園都市に出張ってきてる連中は、特にな。
利害が一致しつつあるのさ。変な方向に曲がった枝を、剪定しようとね―――島崎」
竜は、ケイから島崎へと顔を向けた。
「我らがハッカー!
「風紀委員の、この二つ縛りの方が、白井黒子。
島崎が薄笑いを浮かべて、テーブルの上にタブレットを置く。
画面には、店の天井の一点から写したと見られる画像が表示されている。席に座った、黒子と美琴が映っている。島崎が、画像の人物を指差した。
「んで、もう一人が……こいつが、驚きだ。御坂美琴―――
「レールガン!?」
ケイの声は思わず裏返った。
「あの―――第3位の?」
「な?敵に回したくはないだろ?」
分かりやすいケイの反応に、竜が笑いながら答えた。
「俺だってそこまで馬鹿じゃあない……だが、安心してくれ。
「確証はあるのかい?」
カシャン、という音と共に、入り口近くの椅子に座るチヨコが聞いた。
工具箱を傍らに置き、大きな掌の上で、手入れを終えた拳銃のスライドを入れた所だった。
「あたしらは、まだこの街じゃあ根無し草さね……下手に目を付けられると、あっというまに毟り取られちまうよ」
「その組織からは、具体的な依頼も受けている」
竜が、他の3人に向けて言った。
「26号の脱走を機に、学園都市の科学者連中の中に、ナンバーズに興味を示している者がいるらしい。俺達は、その組織からの支援のもと、ナンバーズの情報……可能であれば、その個体を連れ去るために、ラボへ潜入する」
「ラボへ……」
ケイが息を呑んだ。
「武器と資金だけじゃとても足りないわ。
「具体的にはもう少し詰めるが……学園都市側も、こういう仕事に向いた連中を派遣するそうだ。
いわゆる、『暗部』ってヤツだな」
「頭のネジが何本か抜けた、狂犬みたいな連中だよ」
島崎が眉間に皺を寄せて言った。
「竜……俺はあんまり、お友達にはなりたくないぜ」
「ああ、隠密に、できるだけスピーディにやろうじゃないか」
竜が楽しそうに言った。
「幸い、今、アーミーもアンチスキルも、浮足立っている……そのスキルアウトから釣り上げた実験体というのも、噂じゃ脱走したらしい。きっと血眼になって探している最中だろうさ。アンチスキルだって、『帝国』とかいう連中にも対処しなきゃならんし、人手不足らしいからな
チャンスは、そう遠くない内に訪れるぞ」
竜は背筋を伸ばし、島崎と視線を合わせた。二人はほぼ同時に頷いた。
「俺は、東京と、理事会側の組織との調整を進める。方針が決まれば、すぐに知らせる。
島崎は、アーミーやアンチスキル、ジャッジメントの動きを探ってくれ。そっちの情報も、旗を上げるタイミングを左右する」
「簡単に言うな……アンチスキルやジャッジメントのネットワークは、書庫よりもずっと手強いんだが……まあ、やるだけやってみるよ」
島崎が答えた後、チヨコが拳銃を堅牢なケースの中にしまい込み、パチンと蓋をした。
「ここは暫く、臨時休業だね」
声量は大きくなくとも、威圧感をもたせた重たい声だった。
「
「ああ、チヨコ。武器の準備を頼む。それから、お前さんが持ってる、スキルアウト連中へのコネを使って、新入りのナンバーズって奴の情報も得られればありがたい」
「ああ、駒場の坊ちゃん達にでも聞いてみるよ。この辺りじゃあ、一番顔が利いてるだろうからね」
チヨコが頷くのを見た竜は、最後にケイへと顔を向けた。
「それで」
ケイが言った。
「私は何をすれば?……待って、その顔、なんかめんどくさいことを頼もうとしてるでしょ」
「とんでもない。若いモン同士、よろしくやってほしいんだよ」
竜がケイに笑いかける。
「さっきの二人……常盤台のお嬢様たちに、近付いて欲しいんだ」
竜の言葉に、ケイはあからさまに嫌そうな顔をした。
「なんで?ていうか、どうやって?」
「あのジャッジメントのお嬢さんと、今夜話して感じたんだ。あの子は、分析力、情報収集力に優れた、聡明な子だってことさ。俺は、『帝国』ってガキどもの中に、新入りのナンバーズが関わってるんじゃないかと踏んでいてね。きっと、あのお嬢さんは、俺達よりもずっと早く、そいつの情報を得るだろうよ」
「訳は分かったけど……それで、私にどうしろっていうの?」
「島崎に、あの子が所属している支部のスケジュールを探らせるから、近い内に、その辺の道端で偶然会ったフリをして、友達になってくれ。
そうだな……今度の週末にでも、第七学区の学生街で
「そんなァ、私の仕事だけ、なんでそんな曖昧なの……」
ケイは、呆れたようにため息をついた。
「大体、テレポーターのジャッジメントと、おまけに
「彼女らとまともに戦って勝てる奴は、こン中にはいないだろうさ……ああ、チヨコは分からんな」
チラリと竜がチヨコに視線を送ると、チヨコがフンと鼻を鳴らした。島崎がぷっと吹き出した。
「まあ、俺や島崎がこれ以上近付くのは警戒されるだろうから……お前がいけばそう不自然でもないだろう」
「……ヤバくなったら、即退散するからね」
ケイはため息を深くついて、渋々了承した。
「竜」
ケイやチヨコが出て行った後、島崎が相方に声を掛けた。
「大丈夫か?」
「なんだ、いきなり」
怪訝そうな顔をして竜が立ち止まる。
「お前……焦ってる気がするぞ」
「そんなことないさ」
「……妹さんのことが、心配なんだろう?」
島崎がじっと竜の顔色を窺うと、竜は一息ついて、目を閉じた。
「正直に言えば、な」
「……見つかるといいな」
「ああ」
「ケイに、ジャッジメントへ近づいてくれと頼んだのも、彼女の情報が少しでも入ればなと思って……いや、俺のワガママだってのは、充分に分かってるんだ」
「別に責めちゃいないさ」
島崎が、竜の背中をポンと叩いた。
「俺達は、金に目の眩んだ権力者どもは違う。肉親のことを想って、当然だろう?それが、正しい人間ってもんだ」
「ああ」
竜は、携帯電話を手に、画面を見つめた。
「俺の、たった一人の、家族なんだ」
画面には、若い頃の竜と一緒に、笑顔を満面に浮かべた、長い黒髪の少女の姿が映っていた。
7月14日(金)
―――第七学区、
「―――第十学区で昨日発見された、3人の身元不明の死体は、凶器が発見されておらず、念動力系の能力を行使した形跡がみられます。容疑者は、
集まった風紀委員のメンバーを前に、眼鏡をかけた女学生が話している。
「これに加えて、『帝国』と名乗る新たなバイカーズ・スキルアウト集団の活動、
次の活動は、ジャッジメントの安全を守るため、原則禁止となります。一、平日の、学外・支部建物外での活動。二、学内外を問わず、平日20時以降の活動。三、単独での休日の活動の3点です。ここまでで、何か質問は?」
腕章を身に付けた、男子学生が手を挙げた。
「確認させてください……つまり、休日に二人以上でやるなら、学外で活動に当たれるってことですか?僕らの安全を守るって言っているのに?」
「そうです……ただ、これは、正直私も微妙に思ってるところで」
やや歯切れ悪く、眼鏡の女子学生が答えた。
「一昨日の夜、十五学区で起きた交通事故の処理に駆り出されたけれど、そういうのはこれからナシ。けれども、休日に関して言えば、活動に当たれる。というよりも、何かしら招集がかかる可能性が高いということでした。
最も、既に校外で多くの手柄を挙げてしまっている、とっても
女子学生が顔を向けた先には、背筋をピンと伸ばした白井黒子がいる。
「……お褒めの言葉を頂き、真にありがたき幸せですわ、
「白井さん、もしかして、今月もう始末書、書いたんですか?」
黒子の隣から、マスクを付けた初春飾利が囁いてくる。風邪気味らしい。
「高場先生が一緒だったから、あの時は大丈夫だったはずでは?私、書いてませんよ?」
「……いえ、確かにあの日は書いていませんの。けど、それ以外に……」
黒子は苦い顔をしていた。
「人手不足、ここに極まれりって感じなんだろ?要は」
黒子よりも前に座っている、茶色がかったロングヘアの上級生が、頬杖を突きながら言った。
「アーミーが力を貸してくれるってんなら、アイツらを頼ればいいのにさー」
「……そこのところの大人の事情は、分からないけれど」
固法が顔を顰めて言った。
「ていうか、アンタは会議中くらい腕章をつけなさい」
注意された茶髪の生徒は、肩を竦めて、鞄から腕章を取り出した。
「先輩、質問いいですか?」
初春が挙手をすると、「どうぞ」と固法が了承した。
「休日の活動は、単独でなければ例外的に認められるという理解でいいのですか?」
「ええ。2名以上ということで、アンチスキルの先生と、または複数のジャッジメントでなら、行動が認められます―――私としては、特にあなたのような1年生は、先輩と組んでもらえた方が望ましいところね。
……他に、質問は?」
ここで、黒子が手を挙げた。
「あの……アンチスキルの先生方が警戒対象に挙げたのは、強盗やら爆弾魔やら、バイカーズだけですか?」
「それは、どういうこと?」
固法が首を傾げると、黒子は、一瞬口を結んでから、再び開いた。
「例えば―――アーミーはゲリラ対策として、アンチスキルと共同警備にあたるということでした。ゲリラへの対策について、何かジャッジメントに指示がありましたか?」
「ゲリラね……特に言われてませんが」
固法の言葉に、黒子は「そうですか」と静かに言うと、黙り込んだ。
「もしかして……あなた、そんな深刻な顔をしてるってことは……ゲリラに何かされた!?」
固法の疑問に、会場のメンバーの視線が、一斉に黒子へと向く。
「ええ!?そんなことありませんわ!」
ガタッと、弾かれたように黒子が立ち上がり、否定する。
「白井、マジメだなあ!この学園都市で、ゲリラなんて噂話ぐらいでしかないのに!」
「もし活動家を捕まえたら、東京で表彰されるんじゃないか!」
周囲の学生達が、緊張が解けたように笑う。黒子も、ごまかすように一緒に笑っていた。
「ほかに質問は?―――なければ、今日の会議は以上です。解散してください」
固法の号令で、学生たちがお喋りしながら、帰り支度を始めた。
(やっぱり、考え過ぎか……それとも、警備員は、そもそもゲリラを敵視していない?)
「白井さん?」
「ハッ?」
他の学生が帰り始めている中、椅子に座って考え込んだままの黒子に、初春が声をかけた。
黒子は、素っ頓狂な声を上げて顔を上げた。
「―――考え事ですか?ゲリラのことが、気になるんですか?」
「……まあ、念には念を入れて、警戒するに越したことはありませんわ」
黒子が慌てて会議資料を鞄に詰めると、初春はマスクをした顎に手を当てた。
「……まあ、確かに皆の言う通り、アーミーがゲリラ対策っていう割には、学園都市って、そんなにゲリラの活動は聞いたことないですよね?東京の方は大分騒がしいみたいですけど」
「学園都市の技術を手に入れれば、ゲリラがアーミーに対して、戦略的に優位に立てることは間違いないですわ。だからこそ、警備員だって、盗まれないように警戒するに越したことがないとは思いますが」
「やっぱり凄いなあ、白井さんは。私なんかより、一歩二歩先のことを考えているんですもん」
謙遜する初春に向かって、黒子は目を瞬かせ、それから優しい笑みを浮かべた。
「……貴方のサポートがあってこそですわ。初春」
黒子の言葉を聞いて、初春は「えへっ」と笑った次の瞬間、下を向いて咳込んだ。
「無理なさらず、会議を休んで体を労るべきだったのでは?」
「慣れてますから。これくらい平気です。」
初春が顔を上げ、二人は会議室を後にした。
「それにしても、能力者による殺人……この暑さで、貯水タンクから腐臭が漏れ出して見つかったって……ホラーですね」
エレベーターのスイッチを押し、初春が隣の黒子に言った。
「被害者も、素性の知れぬ者らしいですが……力を得た者は、その使い方を間違えないよう、学び舎で勉学に励むというのに……いかにもスキルアウトらしいやり方ですわ。いずれ、犯人は報いを受けますの」
閉まる扉を見ながら、黒子が言った。
「噂じゃ、その事件も、『帝国』っていうスキルアウトの新手と関係してるとか……白井さん、危ないですから、また無茶しちゃダメですよ?」
「自分の身を守れる者が、この学園都市の平和を守れますの。自分の力は、弁えていますわ」
「……気を付けてくださいね」
「もちろんですわ」
ビルの一階へと降りるエレベーターの中、初春の言葉を聞きながら、黒子は、十五学区の高速道路上で、バイカーズの一員から聞いた言葉を思い出していた。
「気を付けろ……奴らは、アンタらも狙ってるぞ……特にボスは、化け物だ……」
(やはり、警戒すべきは、ゲリラよりも、スキルアウトか……)
エレベーターの扉が開かれ、黒子は初春と一緒に、暗くなった街へと出て行った。