【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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後半に入ります。

白井黒子の能力表記に誤りがあったので訂正しました
×瞬間移動→◯空間移動


Ⅸ.黒子
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 7月12日、朝―――第七学区、常盤台中学校 学生寮

 

「―――ろこ―――くろこ」

「むにゃ……お姉さま……あともう少し……強めの刺激が……」

「なんの夢見てんのよ……起きなさいってば!」

「はっ!?」

 

 ばさっ、と顔に風を受けて、白井黒子は、自分がベッドの上にいることに気が付いた。

 窓辺から差し込む陽光は、既に夏の熱を帯びている。光が黒子の顔を照らし、唇の端から垂れる涎を煌めかせた。

「……なんだか、良い夢見てた気がしますの……」

「そりゃ起こして悪かったわね」

 呆れたように、黒子の寝ていたベッドのタオルケットを畳むのは、ルームメイトの御坂美琴だ。

 既に、黒子も通う常盤台中学校の夏仕様の制服に着替えている。

 

「いや……でも、こうして、王子様たるお姉さまに、眠れる姫たる(わたくし)を起こして頂けるとは……黒子、幸せ者ですわ」

「布団剥いだだけなんだけど」

「接吻」

「は?」

 黒子は、枕をぎゅっと抱えて、美琴に向かって唇を突き出す。

 

「お姉さま―――(わたくし)、頭がぽーっとして……まだ、夢と現の境目を漂っている気がしますの……ここは一つ、お姉さまの熱いべージュで―――」

 ドサァッ!と黒子は顔面に、丸めたタオルケットの一撃を食らった。

 

「せ、折角畳んだのに……」

「わたしが!畳んであげたんでしょうが!あんたのを!さっさとしなさい!遅刻するわよ」

 そう言い放って、美琴は洗面へと歩いていった。

「……遅刻?」

 枕もとの目覚まし時計を手に取り、目を擦って、黒子は針を見つめた。

 

「―――んなッ!?もうこんな時間―――」

「急ぎなさいよ、風紀委員(ジャッジメント)が遅れたら笑いものでしょお。卵、テキトーに焼いといたから」

 黒子はバッ、と飛び起き、次の瞬間―――

 

「ゴッ!?」

 洗面化粧台に、強かに頭をぶつけた。

 

「……おどかさないでくれる?寝起きに、しかもこんな室内で空間移動(テレポート)しようったって、そりゃあアンタでもミスるでしょうよ」

 隣で前髪にピンを留めながら、美琴が言った。

「……お陰で目が覚めましたわ」

 黒子は頭を片手で摩りながら、もう片方の手でヘアブラシを手に取った。

 

 

 

「……頻発するスキルアウト同士の抗争や、活発化する反政府ゲリラに対処するべく、統括理事会は昨日、一時的に、学園都市内での警察活動を、警備員(アンチスキル)都市軍隊(アーミー)の合同で行うという協定を本国政府との間に結んだことを発表しました。これは即日発効しました。報道官によると……」

 

「黒子、あんた、最近寝るの遅いじゃない?疲れてるんでしょ」

 通学鞄の中身を確認する手を止め、美琴が朝食を掻き込む黒子に言った。

 

「むぐ?」

 目玉焼きを一気に飲み込み、黒子は美琴の方を向いた。

「最近物騒だし……そもそも、校外で起きた事件のことで、風紀委員が仕事する必要はないんでしょ?」

 

「それは―――本来はそうですけど」

 コップの牛乳で喉を潤し、黒子は食器を慌ただしく流しへと片付けながら言った。

「ニュースの言う通り、ここのところは、警備員だけでは手が足りていないのが実情ですの。私たちも、学園都市の平和を守る者として、余る手は尽くさなければいけませんわ」

「でもねぇ……」

 心配そうに気遣う美琴の背後では、点けられたテレビに、大柄で無骨な顔をした、アーミーの司令官の会見映像が流れている。

 

「―――元来、我々の任務は、学園都市と外界との境界警備でした。しかし、外界にとっての数十年先の未来と言われる、この学園都市の高度な技術を狙って、反政府ゲリラがその動きをいよいよ危険な物にしています。今こそ、我々は、学園都市に暮らす人々の生活を、この豊かな街を、守り抜く覚悟です。それが、教職員として多忙を極める、警備員の方々の負担軽減にも繋がると考えております」

「実弾を用いた警備に対して、学生達の安全が却って脅かされるのではないかとの懸念がありますが?」

「それは誤解です。協定に基づいて、我々は、警備員と同等の装備基準により、行動します。即ち、実弾は基地の外へ持ち出さず、使う銃器は、あくまで制圧用の―――」

 

「……そう言えば、アーミーに絡んだ事件もあったって言ってなかった?」

「ああ―――先週でしたか……私はあの時、直接遭遇した訳じゃあありませんけど―――」

 黒子は美琴に返事をしながら、水でゆすいだ食器を食洗器に入れた。

「バイカーズ同士のケンカに私が駆けつけたんですけど。その当事者の一人の不良が、書庫(バンク)の情報と一致しない能力者で?それをアーミーが連れ去ったとか……?」

 

「改めて聞くと妙ね。なんでアーミーが、わざわざ走り屋の騒ぎに駆けつけて、その辺に生えてそうな不良をどうこうするのよ」

「軍人の考えることは分かりませんわ」

 パウダー状の洗剤を食洗器に投入し、ピッとスイッチを押して、黒子は両手をタオルで拭いた。

「その件に関しては、警備員の先生方も、何か空を掴むような説明しかしてくれませんでしたし……何が起こったのやら……」

 

「黒子」

 ポン、と、不意に黒子の頭に柔らかく、美琴の手が置かれた。

 黒子は目を丸くして、自分より背の高い美琴を見上げた。

 

「正義感が強いのは、あんたのいいところだけど―――あんまり根詰めちゃダメだよ?心配するよ?」

 黒子は、優しく微笑むルームメイトの顔を見つめた。

 快活な、整った顔。

 笑った唇の隙間から、白い歯が悪戯っぽく覗いている。

 そして、頭を撫でる掌が、温かい。

 

「……んな」

「?」

 美琴が首を傾げた次の瞬間、黒子は両手を広げて、バネに弾かれたように飛びついた。

「ンなぁンてお優しいお姉さま!天使!女神!菩薩さまァァァ!!」

 

「―――だからァ黒子!もう出ないと遅れるって言ってるでしょうが!!」

 

 ひとしきり騒いだ後に、二人は学校へと急いだ。

 

 風紀委員である黒子に、大規模な交通事故への対応として、現場への特別な応援要請が入ったのは、その日の夜のことだった。

 

 

 

夜 ―――第十五学区、高速道路上

 

暴走集団(バイカーズ)同士の抗争があり、一般車がそれに多数巻き込まれた!風紀委員は、必ず警備員の大人と二人一組で行動して!交通整理、負傷者の報告・確認を頼む!」

 警備員のリーダー格らしき女性の声が響き、黒子はそれを何とか聞き取った。

 メディアの本社が多く集まる十五学区だからか、近くには報道用のヘリも飛び交い、そのローターが発する回転音が、夜の街に響いていた。

 黒子が、事故が起こったという方面を見ると、いくつもの投光器の先に、もくもくと立ち込める黒煙と、車両が燃え残っているのだろうか、炎の明かりも見えた。

 その手前には、救急車や消防車、警備員の車両だけでなく、迷彩色を闇に溶かした、軍用車両も見えた。

 

「アーミー……今朝のニュースで言ってましたわね……」

 黒子は指示を受けて、まず辺りに負傷者が残っていないか探した。

 

 暫くすると、欄干にもたれる形で、足を延ばして座り込んでいる一人の少年を見つけた。

「……先生!こちらに負傷者が!」

 ペアを組んだ男性警備員に声をかけ、黒子は少年のもとへ駆け寄った。

 夏の暑い夜だったが、丈夫そうな長丈のツナギ―――ライダースーツを着ていると分かった。

 額から、血を流して呻いている。

 

「風紀委員です!大丈夫ですか?分かりますか?」

「……すまねえ、足をやられた―――力が、入らねえ」

 伸ばした片足は、ツナギの生地が摩擦によって広く溶け、赤い血に塗れた肌が露出していた。

 膝から先が、妙な角度に曲がっている。

 

「骨折かもしれん、救護班!!担架を!」

 ペアの警備員が、背後に向かって大きく叫ぶ。

 

「人様に迷惑かけるだけなく、自分まで痛い思いをしたでしょう?助けますから、もうやめに―――」

「な、なあ、あんた、風紀委員だろ?」

 痛みがひどいのだろうか、呻きながら、少年は黒子の顔を見て言った。

「気を付けろ―――奴らは、アンタらも狙ってるぞ……」

「狙う?誰が?」

 黒子は、少年の言わんとする意図を掴もうとした。

 

「奴らだ―――『帝国』だよ」

 少年が顔を歪めながら言った。汗が血に混じって、頬を伝い落ちていくのを、黒子は見た。

「帝国?」

「俺も、仲間も、どんどんヤられてる……あいつらは、いかれてる。特にボスは―――アイツは、化け物だ」

 

「アイツって―――」

「担架が来た!喋るな!もう大丈夫だぞ!」

 応援が運んできた担架に乗せられ、少年は、救急車の方へと運ばれていった。

 

「ばけもの……」

 一体、彼は何を伝えたかったのか。黒子は一瞬考え込んだ。

 

「白井!悪いが、休んでいる暇はないぞ!」

「あっ、ハイ!!」

 警備員に声をかけられ、黒子は思考を振り払い、他の負傷者を探すべく、駆け出した。

 

 

 

 30分程すると、現場も多少落ち着き、風紀委員の生徒達にも一息つく余裕が出て来た。

 黒子も、少し離れたところへ歩き、支給されたペットボトルの飲料を口にした。

 

「……アーミーと警備員との合同警察。その初回ともなれば……」

 まだ、近くの空を飛び続けるヘリコプターの姿に目をやり、黒子は独り言ちた。

「マスコミの目も多く注がれるものですかね……」

 

「もし」

 黒子は、壁高欄の近くで暇を持て余していそうな、2人組の若い士官に話しかけた。

 

「ん?―――おお、ジャッジメントのお嬢さんか、何だい?」

 片方の士官が黒子の腕章に視線を留めた後、顔を見て返事をした。

 口髭を蓄え、艶のあるバリトンの声だった。

 

「ニュースでも聞きましたが……なぜ、アーミーの方々が急に警備員と協力することになったんですの?」

「そりゃあお嬢さん、君のような、若い子供たちの命を守るためさ」

 

「……お言葉は嬉しいのですが」

 黒子は、子ども扱いされたようで不満だった。

「私、これでも中学生ですの。もう少し詳しい説明を聞かせて頂いてもよろしくて?」

 

「ずいぶん高貴な喋り方をするんだなあ、最近の学生さんは!」

 もう一人の、より小柄な兵士がからからと笑う。

「いやあ、俺達も最近入隊したばっかでね?詳しいことは正直分からないんだけど、警備員の先生方は、普段教師として忙しいんだろ?かと言って、君らみたいな風紀委員の子供たちを危険にさらす訳にいかない―――そこで、俺達の出番が回って来たんじゃないかな?」

 

「お言葉ですが―――2週間ほど前の住宅街での騒ぎはご存じでしょう?」

 黒子は、相手が物腰の柔らかい人物だと理解し、敢えて相手の痛い所を突いて探りを入れようとする。

「はっきり申し上げまして、学生―――特に私達風紀委員は、貴方方に対して、あまりいい印象を抱いていませんの」

 

「そりゃ手厳しい。よく分かってるじゃないか、君」

 意外にも、口髭の士官の表情は柔和だった。

「ただね、個人的な意見だが―――警戒されて当然だと思うよ?」

「まあ、ご自分でそうお考えで?」

「そうさ」

 口髭の士官が続ける。

 

「この街は、君たちのような若い力によって、栄え、姿を変えていく街だろう?そこに、銃を担いで戦車に乗った軍人が押し入るってのは―――明らかに、民主主義の蹂躙だ。アーミーってのは、所詮、学園都市の技術・自治を奪い取ろうとする、本国政治家共の飼い犬、ハゲタカに過ぎないのさ。いずれは民衆の力で―――」

「おい、竜!」

 もう一人の士官が、口髭の男を制した。竜と呼ばれた男に、相方が顔を寄せて何事か囁いた。

 

 黒子は訝しんだ。竜と呼ばれた口髭の男の言葉は、明らかにアーミーの一士官とは思えない口調になっていた。

 

「あの……お考えは分かりましたわ、ありがとうございます

 ただ、もう一つだけ、伺いたいのですが……」

 

「おう、何かな?」

「最近―――アーミーが、バイカーズの能力者を一人、拘束したっていうのは、本当ですの?」

 

「何!?」

 二人の士官が、一気に真剣な表情になったので、黒子は面食らった。

 二人は顔を見合わせると、一気に黒子と距離を詰めて来た。

 

「君、一体どこでそれを?」

「えっ?えっ?そりゃ私、風紀委員ですから、そういった報せは―――」

「いつ?どこで?そいつはどんな見た目だった―――!」

 口髭の男が、黒子に迫って来る。

「子どもか?女の子か?男の子か?いや―――老人のような見た目じゃなかったか!?」

「ちょ、ちょっと!あんまりいっぺんに聞かれても―――」

 

「おい!そこの二人!持ち場を離れるな!!」

 遠くから、別の兵士の怒鳴り声が聞こえ、二人の男は、顔を見合わせた。

 

「―――上官だ、竜。ひとまず戻るぞ」

「ああ、だが島崎。ちょっと先に行っててくれ」

 相方に促すと、竜と呼ばれた男が、胸ポケットから紙切れとペンを取り出し、急いで走り書きをした。

「……俺の番号だ。君が耳にしたという、その能力者について、詳しく話を聞きたい。後で連絡してくれ。できるなら、なるべく早く、落ち着いて話をしたい」

「ええ?そんな、急に―――」

「俺は竜っていうんだ。頼むぞ!」

 竜は、無理やり黒子の掌にメモを押し付けると、相方の後を追って、事故現場の方へ走り去っていった。

 

「……強引な殿方は好きませんわ」

 黒子は文句を垂れながら、掌に乗せられた皺になった紙を見つめた。

 




竜の声優が、若き日の玄田さんだということを、後々知って驚きました。

素敵な声です。

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