【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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「島君。」

 立ち上がった木山の呼びかけに、鉄雄は視線を向けた。

 

「―――ああ、先生」

 鉄雄はにやりと不敵な笑みを浮かべた。

 

 能力を十二分に発揮し始めた実験体を前に、表情を一層険しくした敷島大佐が、這いつくばりながらも木山へ視線を送る。

「Dr.木山、下がって―――」

 

「大佐、私に任せて」

 木山は床へ押し付けられている大佐へ素早く言った。視線は鉄雄から逸らさない。

 鉄雄もまっすぐ木山を見ている。

 

「……これが、俺の力かい?」

 鉄雄は、真っすぐ伸ばしたままの腕をまじまじと見つめて言った。

「なァんか不思議だ……今も頭が痛ェのに、スッキリしたような気分でもある……」

 鉄雄の念動力(テレキネシス)で、壁に押し込まれている隊員の歪んだ顔が、先ほどより青ざめている。

 

「ええ、そのようだね」

 まずいな。木山は内心焦った。

 ここで人死にを出すと後が面倒くさい。

 

「けど、まずは謝りたい」

 木山は両手を広げて、敵意が無いことを示そうとする。

「力を引き出そうと、君の心に無理矢理踏み込むよう差し向けた。私が言い出したんだ」

 

「へえ、あんたが?」

 鉄雄の眉が上がった。

 

「ああ、すまないことをした」

 木山は静かに言った。

「だから、そこの兵隊さんよりも……やるなら私をやるといい」

 

 鉄雄は血の気の失せた、壁にめり込む隊員を一瞥すると、腕を下ろした。

 がはっ、と血反吐を吐いて、ぐにゃりとその隊員が床に倒れ込んだ。破砕された壁の破片が、パラパラと音を立てて床に落ちた。

 

「救護班を!!」

 大佐がすぐ指示を出し、別の隊員が場を離れて連絡を取り始めた。

 

 木山の額に、汗が一筋流れた。

 次の瞬間、鉄雄が眉間に皺を寄せて、木山を睨みつけた。

 すると木山は、耐え難い重みを感じて倒れ込んだ。膝をつこうとしたが、あまりに重いので勢い余って胸も床に打ち付けた。

 肺から一気に、強引に空気が喉を駆け上がり、口から逃げ出して行った。思わず呻き声が漏れた。

 

「ドクター!!」

 少し自由が利くようになったのか、響く大佐の声には力が込められている気がする。

 

「お前らは動くんじゃねェ!!」

 鉄雄が怒声を響かせる。

「―――この先生を、やろうと思えばぺしゃんこにだってできるぜ、今の俺はァ」

 

「そうだ、何も、しなくていい……」

 木山は息も絶え絶えに言った。

 金星の気圧は90だったか。20世紀に地表へ落とされたべネラはさぞかし辛かっただろうな。

 鉄雄の能力をまともに受けていると、木山の脳裏に過去のことが蘇ってきた。

 

 


 

 

 小児用能力教材開発所の附属小学部に、念動使い(テレキネシスト)の男の子がいた。

 その子は能力開発を重ねるにつれ、職員室で廃棄されるアルミ缶を、1本1本触れずに潰すことを、「先生のお手伝い」として、嬉々として引き受けるようになっていた。

 ウチには減容機(コンパクター)があるんだからそれを使えばいい、そんな1本1本能力で潰すなら足で踏みつけた方がまだ楽だぞ?何度かそんな風に声をかけた。

 

 ―――これはトレーニングなんです。

 もっとレベルを上げて、もっといっぺんにたくさんの空き缶をつぶせるようになって、

 大きくなったら、ゴミ回収の人が楽になれるように、人の役に立ちたいんです。

 

 真剣な目をして、そう返された。

 

 そして彼は、あの実験のせいで、能力を暴走させ、自らの脳の運動野を頭蓋ごとリンゴペーストのように圧し潰してしまった。

 

 


 

 

 あの子の感じた苦痛に比べれば。

 今、自分の身体にかかる重みは、贖罪の旅の入り口にすらならないだろう。

 木山は背骨が軋むのを感じながら、歯を食いしばった。

 

「―――先生には、感謝してるんだぜェ?」

 鉄雄が屈みこみ、木山に顔を近づけて言った。

「ほんのさっきまで、俺は自分が能力者になれるなんて微塵も思ってなかったさ。それが、今はどうだ……こうやって、他人をひと思いに動かせる」

 周囲の大佐や隊員たちを威圧するように、鉄雄は一度辺りを見回した。

「―――驚くよなァ」

 

「ああ、形にするって、言ったろう?」

 木山は、顎を床に擦りながら、できる限り顔を上げ、笑って見せた。

「もっと、高められると思うよ、君は。短期間にここまで使いこなせるようになったんだ―――私は、君に協力したい。もちろん、次は、君が起きてる間にね。

 それとも、……ここで私を殺すかい?」

 ここまで言うのに、呼吸困難で目の前がちかちかした。

 

 鉄雄は、しばらくじっと木山の顔を見た。

 もし、ここで死んだら―――あの子たちに顔向けできない。

 木山は、身体が床に沈み始めてるのではないかと思いつつも、何とか鉄雄を見返し続けた。

 

「……ああ、そうだな」

 ふっ、と木山を押さえつける力が抜け、木山は緊張が霧散し、四肢をそのまま床に投げ出した。

 口の端からだらしなく涎を垂らしている。なめくじにでもなった気分だ。

「いや、悪ィ、先生。ちょっとばかし、キレちまった」

 言葉とは裏腹に、鉄雄は笑みを浮かべていた。

 

「……素晴らしい、41号!」

 なんだ、あいつ生きてたのか。いつの間にか復活した大西の声を聞いて、心の中で木山はそう思った。

「通常と変わらない会話をしつつ、この人数と範囲を制動する念動力―――LEVEL4(大能力者)、いや、その先、―――待て、理論的にはだね、LEVEL6の域に―――」

 余計なことをほざいていると、また潰されるぞ。

 木山の思いに反して、鉄雄は大西の言葉を無視した。

 先程から、鉄雄はなぜか天井の一点を見つめていた。

 

「……41号、もう気は済んだだろう」

 大佐が諭すように声をかけた。しかし、鉄雄は相変わらず、上を見つめたままだ。

 その顔からは笑みが消えている。

 

「……呼んでいるのか?」

 不意に、鉄雄が小さく口を動かした。よく耳を澄ませていなければ、聞き逃してしまう程の声だ。

「お前らか、俺の頭に……どこに?どうやって行けばいい?」

 

 ―――念話(テレパス)か。

 ようやく四肢に力が戻って来た木山は、手をついて体を起こした。

「……分かったぜ……俺もお前らに用がある……」

 鉄雄は小さく天井に向かって頷いた後、踵を返して歩き始めた。

 

「―――待て!41号!どこへ―――」

 大佐が追いかけようとした瞬間、ひゅん、と空気を切るような音と共に、鉄雄は忽然と姿を消した。

「消えたァ!!」

 竦み上がっていた研究者一同が驚きで声を上げた。

 

 ―――空間移動(テレポート)、だと?

 木山は困惑した。

 島鉄雄はあくまで念動力系の能力者の筈。空間を転移する能力を突然使える筈がない。

 

「……保育園(ベビールーム)だ」

 低く唸るような声が聞こえて、木山は大佐を見た。

 大佐は苦虫を噛み潰したような顔で、たった今鉄雄が消失した場所を睨みつけている。

 

「ベビールームへすぐ連絡をとれ!!ナンバーズは今何をしている!?」

 

「……は、はっ!!」

 大佐の傍に居た隊員が、慌ててドタバタと駆け出す。

「すぐに向かうぞ!!奴はそこだ!!」

 20番台のナンバーズが、鉄雄を転移させたということか?

 そのナンバーズは、念話を行使するだけではないのか?

 

 木山はこのラボの実験体に対する認識を改めていた。数階層離れているらしいこの遠距離で、念話を通じさせることも驚きに値したが、対象の空間転移も可能にするのだとしたら、今まで誰も実現しなかった多重能力(デュアルスキル)の証にもなり得る。

 この目で見てみたい。その保育園のナンバーズを。上手く応用できれば、幻想御手(レベルアッパー)で得られる演算能力も更に高められる。

 

「―――Dr.木山。ケガは?」

 

「ご心配どうも。ヒマラヤへのアタックくらい疲れました。やったことありませんが」

 案外気配りのできる大佐に、冗談を込めて礼を返せるぐらいには、木山は問題ない。

 

「君は、医務室へ―――」

 

「同行させてください。研究者の血が騒ぐもので、非常に興味深い」

 木山は、大佐の言葉をはっきりと遮った。

 

「ダメだ、危険だ!」

 

「先ほどのやりとりを見れば、誰が彼を説得できるか、私の方がまだ見込みはあると思いますが!」

 ぴしゃりと言うが早いか、大股で去ろうとする大佐の背中に、負けじと声をぶつける。

 ここで引き下がる訳にはいかない。

 大佐は一瞬足を止め、木山の方を振り返って、目を細めた。

 

「……ここから行く先は重要機密だ。契約内容を書き換えさせてもらうぞ」

 

「違約金を払わないよう気をつけますとも」

 木山の2倍の幅はあろう、大佐の背中を、木山は追いかけた。

 

 後ろから大西たち研究員も慌ててついてくる。大西は「予想以上だ」とか、「学会で発表を」とか、「主流派の奴らを」とか、先ほどからうわごとのように呟いている。

 

 得られる観測結果に期待しつつ、木山は危険を感じてもいた。

 このまま鉄雄が保育園へと辿り着いた時、そこのナンバーズへ危害を加える、或いは交戦するようなら、止めねばなるまい。幻想御手の完成に必要な彼らに傷が付いたり、最悪どちらか一方でも失われたりするようなことがあれば、それは自分にとって損失だ。

 大佐の後ろを、息を切らして追いかけながら、木山はそう考えた。

 いざとなれば―――木山は、ポケットに忍び込ませた機械をタイトスカートの上から触り、確かめた。

 その時は、自分が鉄雄を制する。

 

 どの道、どんな犠牲が出ようが、自分は既に、研究成果のためなら人が傷つくことを厭わなくなっているではないか。

 (あばら)を砕かれ、床に倒れ伏した隊員の姿が思い浮かび、木山は自嘲した。

 自分も、かつて雇い主だったあの木原(ジジイ)と変わらないのかもしれない。

 

 脳裏に浮かんだ邪悪な笑みを振り払いつつ、木山は大佐らと共にエレベーターに乗り込んだ。

 

 

 

 




東京オリンピックまでには完結したいなと思っています。

とりあえず、眼鏡のおじさん研究員が真っ赤なトマトになっちゃうのは回避する予定です。

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