【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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「やられたな」

 黄泉川が部屋の扉を開けるなり言った。

 「あの119番もどきは、都市軍隊(アーミー)の車じゃん」

 

 黄泉川は机上に、プリントアウトされた何枚かの写真を無造作に広げて言った。

「それも、ただの救急車(アンビ)じゃなく、何らかの観測機能のついたね」

 

クラウンに鉄雄とカオリが襲われた現場近くに設置されていた監視カメラの画像だという、その写真はかなり粗かったが、トラックと救急車をちぐはぐに繋げたようなフォルムは判別できた。

 

「で、こっちが防衛省のホームページにばばんと載ってるやつ」

そう言って、別の1枚を机上に置く。

『高線量地帯救難特殊車両』とタイトルの振られたその写真は、先ほどの画像の車を、自動車販売カタログのように鮮明に写したものだった。

 

「小学生でも読めるように、ご丁寧に振り仮名まで付いてるじゃん……」

「コウ……セン…リョウ……ビームでも出すのか?」

「高線量」

 山形の眠そうな言葉を、黄泉川は遮った。

「あんたらの学校と同じ10区には、()()があるじゃん?今も過去のメルトダウンの影響が残っているかもしれないって、その観測と対処のために導入した車両―――表向きはね」

 

黄泉川は早口に言いながら、空いているパイプ椅子にドカッと音を立てて座った。すぐ隣で机に突っ伏していた甲斐が、跳ね起きた。

 

金田達は「事情聴取」の名目で、この警備員(アンチスキル)の詰所へ再び連れて来られていたが、長いこと待たされていた。ここへ金田達を連れてきた高場は、消防や燃えたコンテナの所有会社に事情説明をするとかで、しばらく席を外している。

また、甲斐や山形を拘束した風紀委員(ジャッジメント)達は、「本来、校外活動はしない」とのことで、それぞれの家や寮に既に帰っていた。

 

「あんたらの証言を基にすると、島君の状態を観察するために、殴り合いを遠巻きに眺めてた―――ってとこじゃん」

 黄泉川は写真を指でつつきながら言う。

「鉄雄の状態ってのは、なんだ―――」

 甲斐が少し椅子をずらして、なぜか黄泉川から距離をとって言った。

「片頭痛の診察とか?」

「恐らく」

 黄泉川が答えた。

「能力の発現じゃん」

 

「待てよ」

 金田が顔を険しくして言った。

「あいつは、ゼロもゼロの無能力者だぜェ?」

「そそ!俺らみーんな仲良くな、先生!」山形も自虐的に言った。

 

「それは、私らも把握してるじゃん、だけど―――」

 黄泉川はそこで一旦言葉を切った。

「―――あの柵川中の女子生徒……彼女が証言してくれたよ、自分を守るために島君が何らかの能力を使ったって」

「カオリちゃんが!!」

 金田が語気を強めた。

「先生、あの子は今、大丈夫なのか!?」

 

「数日、入院じゃん」

 黄泉川の顔が曇る。

「初春たちが、駆け付けてすぐによく手当てしてくれたからまだいいけど……辛いじゃん、顔も、心も傷を負ったのは」

 金田達は押し黙った。カオリの所に行くよう、鉄雄に囃し立てたのは自分たちだ。

 

「あんたらのチームと付き合ってたのは、彼女の責任だから、私はそれをとやかくは言わない」

 黄泉川が、金田達を見ながら、静かに言った。

「ただ、あんな風にひどいことをされてもね、信頼してるんだろうね―――島君やあんたら3人は悪くないって、そう言ってくれてるんじゃん―――

 思い出すのも辛いだろうにね……それを絶対軽んじないでほしい」

 

 黄泉川の言う通り、バイカーズである鉄雄と付き合っていることは、カオリ自身の意思による。

 鉄雄の何に惹かれているのか、カオリがどう思っているのかよく分からない部分もあるが、とにかく自分たちのことを忌み嫌わず、普通に接してくれる、数少ない「まとも」な学生だ。

 金田達は、カオリを抗争に巻き込んでしまったことに、何も言えなかった。

 

「ただ、さっきも言ったけど、島君は―――確かに何らかの力を使って、彼女が乱暴されるのを防いだ。ただし―――」

黄泉川は顔を曇らせた。

「相手一人が大火傷したのは、彼の仕業かもしれないんじゃん」

 黄泉川の言葉を聞いて、金田達は顔を強張らせた。

「先生、鉄雄は……」金田が言ったが、上手く続きの言葉が言えなかった。

 

「火傷した相手は、今意識不明で、正直言って危ない状態じゃん」黄泉川が言った。

「カオリちゃんが落ち着いたときに、またどう証言するかにもよるけど……もしあれが島君の仕業なら、警備員としては見過ごすわけにはいかない」

 黄泉川は両手を組み、じっと金田達を見つめた。「今回先に手を出したのはクラウンの方。だけど、重傷者がはっきりと出てしまった以上、あんたらの活動も厳しく見なきゃいけない―――

もちろん、クラウンのチームにも取り締まりは入れる。それでも、しばらくあんたらのバイクは預からせてもらうよ」

 

金田達は顔を見合わせた。

「でも、先生―――」山形が抗議の声を上げようとした。

「また走るの?相手がもっと厳しい報復に出るかもしれないじゃん!」

 黄泉川は語気を強めた。

「カオリちゃんみたいに巻き込まれる人、また出したいの?私は、そんなこと許さない」

 黄泉川の言葉に、山形は言葉を飲み込んだ。

 

「これは、あんたらの身を守るためでもあるの」

 黄泉川は、組んでいた手を解き、先ほどより口調を弱めた。

「最近はただでさえ物騒じゃん……」

 黄泉川はそう言うと、広げられた紙を集め出した。部屋の明るい光を上から受けて、その目元には、はっきりと隈が浮かんでいた。

 

「……俺らのこと以外でもなンかあるンすか……?」

 甲斐が探るように聞くと、黄泉川はため息をついた。

「まあ、いろいろとね……」

 

 そして、紙の束を掴んで、黄泉川は立ち上がった。

「島君は、能力の発現やアーミーの関わりが強く疑われる以上、あんたらも深く関わるべきじゃないよ。つまらないかもしれないけど、暫く大人しく過ごしてほしいじゃん。

 ……長く待たせて、悪かったね」

 黄泉川は、先ほどよりも表情を明るくして言った。

「それじゃ、山形君と甲斐君。帰っていいよ。」

 

「―――えっ!?待てよ」

 金田が目を丸くして言った。「先生、おれは―――」

「ああ、金田君は……」

 出口へと向かいかけた黄泉川が言った途端、ばたんと大きな音を立ててドアが開けられた。

 

「おおい、金田ア!」

 高場だった。「やばっ」と金田が声を出した。

「お嬢さんから聞いたぞォ!お前、クラウンのメンバー相手に膝蹴りを食らわせたらしィな……!マイナス何ポイントだろうなァ!!」

 

「はあ、ちょっと待てって!あれはつい……」金田は立ち上がり、両手を突き出すようにして言った。

「じゃあ、金田、俺らもう遅いから帰るわ……」山形と甲斐はそろそろと部屋を抜け出そうとする。

「おいィ!?待てよ、見捨てるのかァ!?」

「さあ、来るんだ金田。じっくり話を聞かせてもらおうじゃないか!!」

「嫌だってのォ!!」

 金田の叫びが、夜の警備員の事務所に響き渡った。

 

 

 

「素晴らしい……肉体の傷の治りといったら、早いものですよ。しかも、観測者からの映像によると……」

 アーミーの研究施設の一室で、Dr.大西は、静かに、だが興奮を隠せない口調で敷島大佐にまくし立てている。

「この相手の不良を燃やすところ……同時刻の波長の変化を併せて推測するに、これは26号と同タイプの念動力(テレキネシス)ですよ、それも強度は低くない……素晴らしい!」

 大西は、ディスプレイから顔を上げて敷島大佐を見た。

「これほどの素材なら、ナンバーを与えてもよいでしょう!」

 

 敷島大佐は、映像をじっと見つめた。

「41号と言う訳か……」

 静かに呟いた。ディスプレイでは、鉄雄の目の前でクラウンのメンバーが火達磨になって悶え苦しむ様子がスロー再生されていた。

 

「そこで、この少年の能力開発を一層進める、許可を頂きたいのです!」

大西が、熱意を目に湛えて言った。

 敷島大佐は、暫く腕組みをして黙っていた。

 大西は、待ち切れない、というように口を開いた。

「大佐!!どうか!この素材は、保育園(ベビールーム)の実験体達を凌駕する程のものになる期待もあります!そうすれば、この学園都市で、再び我々が―――」

「ドクター」

 敷島大佐は視線を大西に送って言った。

 

「……統括理事会から、ナンバーズを寄越せ、と脅しが来ている」

「な―――何ですって!?」

 大西は信じられない様子で目を見開いた。

「無論、渡しはしない」

 大佐は続けた。

「だが、この少年が、本当に―――」

 大佐は、別の画面の映像を見た。殺風景な小部屋のマッサージチェアに似たベッドには、鉄雄が沈静されて横たわっている。

「我々の手に負えるものなのか……それを判断しかねているのだ。一歩間違えれば、我々はこの学園都市(まち)で居場所を失う」

 大西が滅多に耳にしない、迷いを含んだ大佐の声だった。大佐は、監視カメラを通して送られる鉄雄の映像をじっと見上げている。

 

 鉄雄の頭には、上半分をすっぽり覆うように楕円体の形をした機械が接続されている。機械の上部からは、人の頭が入るサイズの蛇腹管が壁へと接続されている。その下からは、大量の赤や青の配線が、クラゲの足のように一見無造作に張り巡らされている。そして大佐と大西がいる部屋へは、鉄雄のEEG(脳波)MEG(脳磁図)の情報が送られ、コンピュータの画面や机上のホログラムに、2D・3Dの波形として表示されている。それらの形は、今は規則正しい動きを示していた。

 

「大佐。それならば―――尚更、この少年を育て上げるべきです」

 大西が、決断を迫るように敷島大佐に語る。

 敷島大佐は、じっと映像を見上げたままだ。

「理事会の奴らが、我々へと圧力を強めようと言うのなら―――それを跳ね除ける実績が必要ではありませんか?中央の奴らを黙らせ、巷のLEVEL5共を超える……アキラにも匹敵するような」

 

 敷島大佐はここで大西の方を見た。

「第2・第3のアキラを生み出そうというのか?」厳しい視線を大西に送った。

「41号を、我々の盾とし、矛とすればよいのです!」大西も敷島大佐を見返す。

「やってみせましょう!必ずや!」

 

大佐は目を一度瞑り、再び眠る鉄雄の映像を見た。

「ドクター、なぜ……あの少年にそれ程の期待をかける?」

 大佐はゆっくりと聞いた。

 

「これは私見であり、科学者としての見解には相応しくありませんが……」

 大西の口調も静かなものに変わった。

「彼を見ていると、感じるのです。力への欲求をね」

 大西は、卓上に設置された危機から光を放っている、ホログラムの波形映像を見つめた。深く皺が刻まれた顔の中で、瞳だけが一際輝いている。

「それを合理的に引き出し、活用の道を探るのが、我々の仕事です……とはいえ……」

 

 大西は、部屋の本棚へと歩み寄った。分厚いファイルがいくつも詰め込まれている。

「おっしゃる通り、理事会連中からのそういった脅しがあるならば、我々も急ぐ必要があります。何せ、ここの研究室(ラボ)は人員削減される一方ですからな」

「誰か、力になれる人材の当てでもあるのか?」大佐が、大西を見た。「我々の研究を今これ以上外部に漏らす訳にはいかないのだぞ」

 

「能力開発に長け、一方で、主流派からは爪弾きにされているような、研究者―――」

 大西が、棚にしまわれていた一冊のファイルをパラパラとめくりながら言った。「そんな言わば流れ者ですが、……一人、心当たりがあるのですよ」

 大西が、上目遣いで大佐に視線を送った。口元が、微かに笑っている。

「我々と、利害の一致しそうな人物がね……」

 

 大西の持つファイルの表紙には、『AIM拡散力場制御実験 報告』とラベリングがされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 河川敷に座り、燃える夕日を溶かしていく夜空を見上げて、鉄雄は隣のカオリに語った。

「俺、まともに働こうかな」

 気恥ずかしくてカオリの顔を見ることができない。鉄雄は夜空を見上げ続けた。

「カオリがもう、辛い思いしないようにな……俺が金稼いで、どっか遠くで、二人で暮らすんだ」

 意を決して、鉄雄はカオリの方を見た。「なあ、カオリ―――」

 

 鉄雄は不意に言葉を止めた。

 カオリは立ち上がり、先ほどの鉄雄のように夜空を見上げていた。

 顔は暗くてよく見えない。

 

 「そうだね、鉄雄君」

 カオリが鉄雄を見下ろした。

 ひどく殴られ、傷だらけで、血と涎を垂らしていた。

 

 「鉄雄君は」カオリが歯の欠けた口を開いた。「わたしを守ってくれるもんね」

 

 鉄雄は声にならない叫びを上げて後ずさりした。

 芝生を掴もうとした手が滑り、鉄雄は坂を転げ落ちて行った。

 

 

 

 突然、身体が熱く弾力のあるものに包まれた。

 咽返る甘酸っぱい臭気に、吐きそうになる。

 腐乱した肉のようなものに、鉄雄は首から下を包まれ、締め付けられていた。

 

「て、つお、君……!!」

 カオリが離れた所で、同じように肉塊に溺れている。

(カオリ!!)声を出そうとしたが、なぜか喉が掠れて少しも音にならない。

 

カオリは一気に肉塊に引き込まれ、見えなくなった。

 

「痛い痛い痛い!!!痛いよおおおお!!!」

 カオリの絶叫が響く。

 

(やめろ!やめろ!)

 鉄雄は必死に声を出そうともがく。

 

 ずっと下の方で、金田がボールをリフティングして遊んでいた。

 

 そうだ、あいつは運動が上手で。

 

 俺はサッカーを教わりたかったんだ。

 

 鉄雄は今、公園のドームの上に登っていた。

 

(金田ァァ!!)鉄雄は必死に呼びかけた。

 

(助けてくれェェェ!!)

 

 甲高いブザー音が轟き、世界は突然真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

 

 鉄雄はまず、額に痛みを感じた。

 混乱の後、自分の頭部の上半分が固いものに阻まれていると気付き、身体を捩った。

 次に、頭部や腕、足にいくつも取り付けられたコードや電極に耐え難い異物感を感じ、無理やり引っ剥がした。

 

 自分を拘束していた椅子から床に降り立つ。足裏に冷たさを感じた。

 荒い息遣いが、真っ暗な部屋に不気味に響く。エラー音だろうか、目覚ましのアラームにしては耳障りの悪い音程で、周期的な音が鳴っている。

 この部屋には僅かな明かりしかない。出入り口の小窓に淡く見える、外部の光。自分が今しがた脱出した巨大な機械の側面や壁に取り付けられたモニターに点々と、夜光虫のように群れる光。

部屋は、四方に十歩も歩けば壁になるくらいの狭さだった。

 

 周囲の状況を徐々に把握できた鉄雄は、額の汗をぬぐった。

 ひどい目覚めだ。

じとっと、患者衣が身体のそこかしこに張り付いている冷たさを感じる。

 自分は一体、何をして、何故ここにいるのだろうか。

 

 出入口の小窓に人影が見えて、鉄雄ははっとそちらを見た。

 

 扉が開かれた。

 

「随分辛そうだね」

 長い髪をした、白衣の女性が、今にも掻き消えそうな雰囲気を醸し出しながら立っていた。

「誰だ……」

 鉄雄が息を切らしながら問うた。

 

「初めまして、島鉄雄君」

そう言って、女性は一歩部屋の中へ進み入ってきた。

「君の、再履修(リメディ)担当になった、木山春生(きやまはるみ)だ」

 

全く感情の起伏を感じさせない声で、木山は鉄雄に言った。

「よろしく」

長い前髪の隙間から僅かに覗く瞳が、鉄雄をじっと捉えていた。

 

 

 

 


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