【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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「衛星兵器だと!いったい誰が―――」

 

「いや、それより、何なんだよ、あのデカブツは!?石棺てのは生物兵器でも閉じ込めてたのか!?」

 

 石棺の崩壊跡に突如現れた、巨大で異形の人型をした存在に、アーミーの兵士たちの収容にあたっていたアンチスキル一行は困惑を隠せずにいる。

 

 初春飾利とカオリは、事態を呑み込めず、立ち竦んでいた。するとそこへ、初春の携帯電話に着信がある。初春は電話を手に取った。

 

「……白井さん?あの巨人は一体なんなんですか!?」

 

『アンチスキルからドローン映像が送られてきました。しかし―――あぁもう!アンチスキルに分からないものが、私たちに分かる訳ないでしょう!?』

 

「生きてる……んですかね?」

 

『巨大で、それでいて不定形……肉の塊、どことなく赤ん坊のようにも見えますわ……ほんと気色悪い―――というか初春、こちらは今、アンチスキルもジャッジメントも大混乱ですわ!衛星兵器が勝手に起動するわ、原発のハザードを恐れた住民からの問い合わせが殺到するわ……ねえ初春!?お姉さまは無事なんでしょうね!?』

 

 初春にもカオリにも、その答えは分かりかねた。初春は縋るように黄泉川愛穂の顔を見上げる。

 しかし、黄泉川もまた苦しい表情で、首を振った。

 

「御坂と上条を追っていった隊員とは連絡がとれていない……増援部隊も駆けつけている筈だが、どこも混乱している。すまない」

 

「あの、人間?みたいなの、大分動きはゆっくりみたいですけど」

 鉄装綴里が、唇をわなわなと震わせながら言う。

「何なんでしょうか……あれも、幻想御手(レベルアッパー)と関係が?」

 

「恐らく、そうだ」

 

 しわがれた声が背後から聞こえ、一行は振り返る。

 

 煤けた顔にひび割れた眼鏡をかけ、ライオンの鬣のような白髪を蓄えた白衣の男が、アンチスキル2人に両脇から支えられて立っていた。カオリはその男の名を知らなかったが、確か、大佐に追随してきたドクターだと見覚えがあった。

 

「いや、頼む、少しだけ喋らせてくれ」

 肩を支えるアンチスキルが引き返すよう促すが、ドクターはそう言って、カオリたちの方へ顔を向けた。かなり憔悴した様子だ。

 

「あの―――巨大なモノがなんだか、分かるのか?」

 黄泉川が聞くと、ドクターは割れた眼鏡の奥の目を細めた。

 そして、推測だが、と前置きして話し始める。

 

「あれは……『アキラ』に誘発されて出現したものだ。41号か、または木山春生か―――」

 

「あの、アキラって何なんですか?あなたたちアーミーは、そのアキラにどう関わって―――」

 言葉の意味をよく呑み込めず初春が質問をするが、ドクターは掌を示して制した。

 

「事は急を要するんだ、とにかく言わせてくれ。アキラは我々の研究資産の一つにして、最大の成果だ。28番目のナンバーズで……過去に大規模な能力暴走を引き起こし、沈黙した。我々の先人たち、アーミーのラボ……いや、防衛省、もとい政府は、徹底的にそれを研究し、そして……その力の根源を何も突き止められず、秘匿した。あの石造りの缶詰はそのために築かれたんだ。いつかこの学園都市の科学が、奴の正体を明かすことを期待してね。

 アキラ自体は、()()()()()()死んでいるはずだ。私だって現物をこの目で見たことはないがね、あそこに収められていたのは、ただの標本だと聞いている。しかし今、木山が41号を通して広めた、そのレベルアッパーとやらが、この街の能力者共から力をかき集めたんだろう?推測するに、アキラの力は死なず、未だくすぶり続けているんだ。集められた力は、アキラに誘われて、一つの異形を創りあげた……そいつは、元の持ち主の意思とは関係なく、一つ一つの細胞が、その大きさに見合わぬエネルギーを与えられた。

 正直に言うが、決定打は先程のSOL―――アーミーと学園都市が共同開発した衛星兵器だろう。大佐は、事態がこれ以上悪化する前に41号の抹殺を試みたが……逆効果だったようだ。油が引火したキッチンに水をぶっかけたんだな。そして、より大きな容れ物を欲して、歩き出した、なれの果てなんだ、あの化け物は」

 早口に語り切ると、ドクターは大きく息をつく。

「我ながら、どうも非科学的なことを口走っている気はするがね。何せ初めての事態だ」

 

「あの」

 周囲の皆が黙って聞いている中、カオリは堪えられずに聞いた。

「あなたはさっき、41……鉄雄君か、木山先生だと言ってましたね?まさか、あの巨大なものが……」

 

 ドクターは疲れた顔で、一度頷いた。

「レベルアッパーが、罹患した者の脳波を強制的に一人の人物のものへと調整するものだと、木山はそう言っていたんだろ?41号と木山と、どちらが生き残ったかは知らんが、一人のもとへ集約された能力は膨大なものとなる筈だ。アレが41号だとして、奴は元々、お前たち主流派の能力開発では鳴かず飛ばずだった一介の不良に過ぎないからな、奴自身のポテンシャルではない。レベルアッパーの作用は、我々にとっても予想外だったのさ。巨大な力は、アキラへと誘引され、あんな代物になったんだろう。人間一人の体には収まりきらないのさ」

 

「そんな……」

 カオリは言葉を失い、遠くに見える巨体を振り返る。

 

「あれが、元は一人の人間だなんて……」

 鉄装がごくりと唾を呑み込んだ。

 

「止めるには?」

 黄泉川が厳しい表情で聞いた。

「アレが膨大な力の集合体だというなら、この先ロクでもないことになるのはサルにだって分かるじゃん!アレを止め、元に戻す手はないのか!」

 

「言ったろう。私だって初めてのことなんだ、怒鳴られても何もできんよ」

 ドクターは諦めたように俯いた。

「……レベルアッパーによる脳波の共有を、一発で断ち切るような魔法の品があれば、或いは解決の糸口になるかもな……」

 

 そこまで言うと、ドクターは両脇のアンチスキルに支えられ、その場を去っていった。

 

「……初春ちゃん!」

 カオリは初春に呼びかけた。初春も力強く頷く。

 

「黄泉川先生」

 初春が黄泉川に向かって言う。カオリも横に立ち、黄泉川の顔を見つめる。

「今は何が正しいのか、誰にも確証を持つことはできないと思います。それでも―――可能性が少しでもある方に、かけてみませんか?」

 

「私、木山先生が隠し事をしたり、嘘をついてたりしていたようには思えなかったんです」

 カオリも真剣に言った。

「私は、木山先生を信じます。もしも、あのカードにレベルアッパーの解除プログラムがあるのなら……」

 

「先生!」

 

 初春とカオリ、2人の懇願を聞き、黄泉川は遠くで蠢く異形に目をやり、再び2人の顔を見つめた。

 

「……やってみよう」

 黄泉川の言葉を聞き、初春とカオリの目が見開かれる。

「出来得るあらゆる手段を使って、その音声ファイルを街中に流す。責任は私がとるじゃん」

 

 初春とカオリは顔を見合わせて息をのみ、それから揃って、ありがとうございます、と頭を下げた。

 

 カオリは初春の顔をまっすぐ見た。

「初春ちゃん。先生たちと一緒に、レベルアッパーの解除プログラムをお願い」

 

「もちろんです……って、先輩は?」

 心配そうな顔をして首を傾げた初春に、カオリは唇を噛みしめ、一度、遠くの巨大な物体を見た。

 瓦礫の山の上で、這って移動しようとしているように見える。御坂美琴が放ったのか、電撃のような光も見えた。

 

「私は、助けたい……鉄雄君を」

 カオリは初春の手をとり、一度ぎゅっと握りしめる。そして手を離し、その場を駆け出した。

 

「カオリ先輩!?」

 後ろから、初春や黄泉川たちが引き止める声が聞こえる。しかし、カオリは振り向くことはなかった。

 ドクターは、あの異形が鉄雄か木山のどちらかであると言っていた。けれども、カオリには見当がついた。

 

 あんな姿になってしまったのは、鉄雄君だ。

 あんな姿になって、それで、自分を呼んでいる。

 

「私が……今度こそ、私が、助ける……!」

 

 カオリは、恐怖心を跳ね除けるように自分へそう言い聞かせ、息を切らして瓦礫の山を目指して走った。

 

 


 

 

 ―――「石棺」跡地

 

「何なんだよ、アレ……」

 上条当麻が漏らした言葉に、御坂美琴も金田も全く同意だった。

 空から白く強烈な光線が島鉄雄を直撃し、辺りに閃光と高熱をもたらした。あともう少し、鉄雄との距離が近ければ、3人の命はなかったかもしれない。

 そして、コンクリートか金属製配管かは分からなかったが、光線による熱に晒された瓦礫が茶色く濁った煙を噴き上げる中、姿を現したのは、巨大な人型の物体だった。高さは2階建ての家屋を優に超える。全体的に赤い肉の塊に見えたが、ところどころにピンク色、黄色い筋ばった部分や硬質な灰褐色の部分が混じり合っていて、その表面は絶えず蠢き、時折機械的な部品が、波打ち際の岩のように見え隠れしている。全体的に丸みを帯びたその体は四つん這いの姿勢を取っていて、煙を上げながら緩慢な所作で這い回ろうとしている。特に頭部は体に対して大きく、それが胎児のようであると印象付けた。

 

 不意に風が吹き抜け、3人は顔を背ける。腐った玉葱と糞便と汗の匂いを煮詰めたような強烈な臭いが鼻を衝いたからだ。

 

「ねえ、アイツって、もしかして……」

 表情を歪めた美琴が、金田を振り返る。

 金田は顔を強張らせ、拳を震わせている。

 

 3人が再び巨大なそれを見る。

 頭部にあたる部分で、光を反射する何かが現れた。

 それは一対の目だった。恐らく、片目の大きさは、3人の体を収めてしまう程だろう。開かれた瞳は瞬きせず、濃い茶色をしていた。

 そして、その両目の下に、別の開口部が現れる。その開いた口から、音が轟く。

 

「ア……キ……ラァ……ァ、ぁ、ぁぁ……」

 

「この声……!」

 ひどく歪んだような声だったが、金田には聞き覚えがあった。

「鉄雄ォ!!」

 金田が2,3歩踏み出し、あらん限りの声で呼びかけた。

「お前……お前なのか!?」

 

 金田の呼びかけに、その巨体は反応した。

 薄く開かれた両の目が、じっと金田たちを見つめる。

 

「か、ね、だぁ」

 その声は、悲痛さに満ちていた。

「た、す、け、て……」

 

「嘘でしょ……」

 美琴が口を押えて呻いた。

「これも、あのレベルアッパーのせいだっての!?」

 

 巨大な異形と化した鉄雄が、金田達の方へと体の向きを変える。どろどろに膨張した、腰や臀部と思しき部位がざざっとざわめく音を立てながら広がり、またまとまろうとする。

 

 

 

 その姿を、厳しい表情で、敷島大佐が見つめていた。

「くそっ!41号……」

 瓦礫の丘に、添え木を片足に施した状態で何とか立つ大佐は、顔にびっしょりと汗を浮かべながら、歯を食いしばって、再びSOLのレーザーグリップを手に構えた。

「食らえ!!」

 叫んで、引き鉄を引くが、赤いレーザーは放たれない。

「何、どうした―――」

 焦りを露にして大佐がグリップを見つめていると、鉄雄の腕が急激に伸長し、大佐の方へ迫る。

 辺りが影に包まれ、大佐はハッとして見上げる。

 次の瞬間、足場にしていた瓦礫の山ごと、大佐は勢いよく宙へ放り出された。

 

 

 

「け、けどさ。今のとこ、アイツ動きはひどくのろまだぜ?」

 上条は、狼狽えながらも楽観的な言葉を口にする。

「さっきみたいに念動力(テレキネシス)をバカスカ撃ってくる訳でもなさそうだし……」

 

 上条の言う通り、巨大な「鉄雄」は、確かに異形な姿で見る者を圧倒するものの、今のところただ動き回っているだけに思える。

 しかし、金田の呼びかけに反応した後、その巨体は、道路いっぱいに広がる程の太さの腕を、ゆっくりと伸ばしてきている。

 

「こっちへ来る!!」

 美琴が叫び、上条と金田の腕を強く掴んだ。

「どうしろっていうの!ひとまず、ここは退こうよ!!」

 

「バカ!てめえらだけで勝手に逃げろ!」

 金田が、美琴の腕を乱暴に振り払った。

「俺はアイツを何とかする!」

 

「何とかって、どうやってだよ!?」

 上条がもっともな意見を口にしたその時、ざわっと波が砂浜を引くような音を立てて、一気に腕が迫ってくる。

 先端には、雑に5本の指が形成されている。一本一本が電柱ほどの太さもあり、更に各々の指の先端からは、もっと細い指が粘土で出鱈目にくっ付けたように生えている。指の先に手が生えている。

「く、来んじゃねえっ!!」

 上条は迫り来る鉄雄の肉塊に向けて、咄嗟に右腕を伸ばす。

 

 破裂音を立てて、腕が一気に四散し、幾つもの肉塊が地面へと散らばった。しかし、鉄雄が伸ばした腕は手首の辺りまでが消失したに過ぎず、一度引っ込められたが、また新たに再生されようとしている。

 

「ダメだ、これじゃ」

 上条が苦しい表情で呟いた。

 

その横で、金田が驚いた表情をしている。

「なんだよてめえのその右手―――ていうか、何がダメだって?」

 

「コイツの右腕はね!異能なら何でも打ち消す力があるの!」

 半信半疑の顔をしている金田に、美琴が言う。その表情には焦りが見え隠れしている。

「けど、そう単純にはいかないってことね」

 鉄雄は、再生しつつある腕を見つめている。その表情は奇妙なことに、周囲のあらゆる物に興味を示す赤子のように無垢に見えた。

 

 そこへ、バタバタと複数人の足音が駆けつけてきた。

 

「大丈夫か!?」

 アンチスキルの一団だった。リーダーらしきバイザーを被った人物が言う。

「一般の学生が何でこんな所にいるんだ!早く退避しなさい!」

 

「アイツ、何とかできるんですか!?」

 上条が縋るように言うと、リーダーはまっすぐに巨大な鉄雄を見た。恐らく、バイザーの下は厳しい表情をしているに違いない。

 

「……やれるだけのことはやろう。ここは任せておきなさい」

 あちこちからコードや体液を噴き出しながら、鉄雄の腕が迫ってくる。

 上条たち3人は、数名のアンチスキルに背中を押され、半ば強制的にその場を立ち退かされようとする。

 

「待て!畜生―――鉄雄ッ!」

 金田が頑強にもがき、首を捻って推移を見守ろうとする。

 

「攻撃ドローンを、ポイントへ!!」

 リーダーの男が無線で指示を飛ばすと、プロペラを回転させながら、複数のドローンが鉄雄の頭上へとみるみる高度を上げていく。鉄雄はその巨大な瞳でドローンの動きを追っている。それぞれのドローンの機体下部には、ショットガンの銃身を思わせる細い筒が備え付けられており、先端には黄色の尖った花びらのようなものを付けた針が垣間見える。それらの切っ先は、鉄雄へと向けられていた。

 

「放て!」

 リーダーの男の合図で、黄色いスタンガンユニットが高速で発射され、鉄雄の頭部や首筋、体表へと穿たれる。どぷりどぷりという湿り気のある音が聞こえ、金田の背には鳥肌が走る。次の瞬間、鉄雄は頭部を跳ね上げ、それから巨体を倒れ伏せる。ぎゃあああという悲鳴が轟き、上条と美琴は耳を塞いだ。

 

「新開発の、テーザー・ショット・ドローンだ」

 体の至る個所から煙を上げ始めた鉄雄の姿を前に、ほんの少し誇らしげにリーダーの男が言う。周囲の隊員も歓喜の声を上げている。

「あれだけ同時に食らえば、化け物だってタダじゃあ済まない―――」

 

「タダじゃ起きねえってことかよ!?」

 上条が慌てふためいて叫んだ。

 

 鉄雄が、煙を上げる頭部をもたげ、明らかに憎悪を込めた目つきでアンチスキル達を睨んでいる。

 

 お、お、お、おおお、おオッッ!!

 今度の声は、鉄雄の名残があった先ほどまでと違い、猿が威嚇するような極端に甲高いものだった。すると、アンチスキルや上条達が立つ方へ向かって、バリバリと音を立てながら、突風を伴った衝撃波が襲い掛かる。

 

「二人とも、私の後ろへ!!」

 美琴が叫んだ時、大小様々な瓦礫が、おもちゃのように宙を舞い、アンチスキル達を薙ぎ倒していった。

 

 

 

 過去には石棺内の収容施設の建材だったのであろう、金属板を磁力で盾代わりに操作した美琴は、自身に新たな傷ができていないことを確かめると、煙が晴れつつある辺りを見回す。

 先ほど鉄雄を攻撃したアンチスキルの部隊は壊滅状態だ。美琴の後方へと吹き飛ばされた彼らは、誰もがアーマーを破壊され、広範囲に渡って倒れたり、瓦礫にもたれたりして、動き出す気配はなく、生きているのか死んでいるのかも定かではない。

 アンチスキルの支援は望めそうもない。美琴はそう思った。一人ずつ助けてやりたいが、テーザーによる損傷を再生しつつある鉄雄が近くにいるこの状況では、それどころではない。

 

「何だよ、あっという間にやられちまって……」

 美琴に守られていた金田がまず起き上がり、それから上条も恐る恐る身を起こした。

「俺らでやるしかねえのか」

 

「ああ。けどな」

 上条が、自身の右拳に視線を落としながら言った。

「どうするつもりなんだ?俺の右手じゃ、すぐ再生されちまう。アンチスキルのドローンが通じなかったんだ、お前のレーザー銃で与えられるダメージなんてたかが知れてるだろ」

 

 金田は、ギリッと歯を食いしばった。

「ンなこと、てめえに言われなくたって」

 

「……お前の全力なら、いけるか?」

 上条が美琴を見た。

 

 言われた美琴は、スカートのポケットにそっと手を入れる。

「いつもすまし顔で防いでたアンタに言われるのは癪だけど」

 美琴の指先が、冷たい金属の感覚を探り当てる。

「全力で行かせてもらえるってんなら、私が―――」

 

「オイ、待てよ」

 割って入ったのは金田だ。

「何だかよく分からねえけど、お前、すげえ能力者なんだろ?」

 金田の表情には、どこか焦りのようなものが見える。

「その、全力ってのは―――鉄雄を、殺すのか?」

 

 金田の言葉に、美琴はコインを取り出しかけた右手の動きを止めた。

 

「それは……ッ」

 美琴にとって、金田の言葉は胸に刺さるものだった。

 普段、上条に戦いを挑む時には意識しなかったが、美琴の全力の能力行使は、軍隊を相手にしても一人で立ち回れる程のものだ。上条の右手には打ち消されてしまうが、それを、再生能力をもつ異形と化したとは言え、ヒト一人に向けたら、どうなる?

 人間の命を、奪ってしまうのではないか。そんな懸念が頭をよぎり、美琴はぞっとする。

 

「な……なら、アンタは何をしにここへ来たの!?」

 美琴は、どうにも気持ちの悪い想像を振り払うかのように、強い口調で金田に詰め寄る。

「仲間の仇を打ちにきたんじゃないの!?それこそ、こっ、殺すつもりで……」

 

「俺は……」

 美琴が躊躇したように、金田もまた表情を暗くする。

「傷ついた仲間の、その、決着をつけに」

 そうだ。自分はこれまで、甲斐やジョーカー、駒場に対してごまかしてきたのだ。

 山形や浜面は、ひどく傷つけられたとはいえ、死んだ訳ではない。帝国との抗争の中で命を落とした仲間はいる。しかし、それらは後から考えてみれば、鉄雄を祀り上げていた幹部連中が手を下したことだと分かる。連中は皆、鉄雄に粛清されるか、アンチスキルに捕まるか、或いはレベルアッパーの狂気に囚われて今頃植物状態だ。一方で、鉄雄はどうも、自分たちとの戦いにはさほどの興味がなかったようにも思える。

 しかし、自分は激情に駆られてここまで来て、そして鉄雄と相対した。

 俺は、鉄雄をどうしたいんだ?

 口に出さず、金田は自問自答した。レーザー銃の柄を握る手に、力が籠る。

 

「けど、ここで迷っている訳には―――」

 上条が焦れたように言った。

 傷の再生を終えた鉄雄が、赤ん坊の泣き声に近いような意味のない叫び声を時折上げながら、やはりこちらに迫ってくる。

 3人は、その姿を苦しい表情で見つめる。

 

 しかし、鉄雄の動きが突如、動画を一時停止したかのように止まる。

 金縛りのように、伸ばした腕を止めている。肉塊の細かな蠕動は以前続いているが、拡張も縮小も見られない。

 

 

 

「君たち」

 子どもの声が、空から降ってきた。

 驚いた金田と上条、美琴が、上を見上げる。

 

 3人の小柄な体躯が、夏空を背景に、ゆっくりと降り立ってきた。

 彼らは鉄雄を力のこもった眼差しで見つめ、それぞれが片手を伸ばしている。

 1人は、やせ細った、おさげ髪の女の子だ。足が悪いのか、投げ出すように地面に座り込み、それでいてなお、力を込めて手を鉄雄に向けている。掌には、「25」と刻印されている。

 もう1人は、やや肥満体の男の子だ。正座しながら鉄雄に向ける掌には、「27」と刻印されている。

 そして3人目は、大きな瞳を持つ男の子だ。他の2人と異なり、両足でしっかり立っている。掌には、「26」と刻印されている。

 彼らは3人とも、少年少女のような体格ではあったが、顔にも手にも、老いた深い皺が刻まれていた。

 

「お前ら……ラボの!」

 金田が驚きの表情を浮かべる。

 

「あっ!」

 上条が、26番目の人物を指さして口走る。

「君は、学生街で会った」

 

「ウン、あの時はありがとう、お兄ちゃん」

 26号(タカシ)が、ちらと上条に視線を送り、屈託のなさそうな笑みを浮かべる。

「今度は、僕らが君たちを助けるよ」

 

「どういうこと?」

 困惑した美琴が、動きを止めた鉄雄と3人のナンバーズとに視線を走らせながら言う。上条や金田と違って、美琴はこの3人の誰とも面識が無い。

「あなたたち、何者なの?」

 

「鉄雄くんは、このままだと取り返しのつかないことをしてしまうの」

 25号(キヨコ)が言った。その表情はタカシと異なり、憂いを帯びたものだった。

「それは鉄雄くん自身にも、もうコントロールできなくなっているの。だから、止めなきゃいけないの」

 

「どうするんだ?」

 金田が数歩、ナンバーズへと歩み寄って言った。

「どうやって、鉄雄を止められるんだ?」

 

「鉄雄くんは、どんどん力を働かせているから」

 27号(マサル)が、切れ長の目を更に細めて言った。

「鉄雄くんよりも前に、僕たちが先に、アキラくんを呼び起こす」

 

「アキラ?」

 上条が問い返すと、タカシが頷く。

 

「そうさ。だから、それまで、時間を稼いでほしいんだ。君たちに」

  

 ナンバーズの突然の登場に、上条と金田はすぐに状況を呑み込めずにいる。

 

「……分かった」

 静かな美琴の言葉に、上条と金田はそちらへ顔を向けた。

 美琴は、真剣そのものの目をしてナンバーズを見る。

「教えて。どうすればいい?」

 

 体の動きを止められている鉄雄は、巨大な目で、じっとその様子を見据えていた。

 その口が僅かに開かれ、何度目かの名を呼ぶ。

 

「ア……キ…………ラ……」

 

 

 

 微かに饐えた匂いを捉えて、カオリは立ち止まり、両膝に手をついて息を整えた。

 崩壊の衝撃で飛散した瓦礫が、多く、そして大きい物がそこかしこに散らばっている。鉄雄の変化した巨体が近づいてきた。50mほど先の瓦礫の山の向こうに、丸まった背中が見える。

 なぜ、初春やアンチスキルの先生たちの制止をふり切ってまで、必死にここまで危険を顧みず走ってきたのか、正直な所、自分でもよく分からない。

 自分はレベルアッパーを服用した訳ではない。それでも、無能力者(レベル0)の筈の能力が片鱗を見せたかのように、頭の中で声が聞こえる。

 

 カオリ。

 

 鉄雄君の声だ。カオリにはそう確信めいた何かがあった。カオリは膝から手を離し、背を伸ばして辺りを見回す。

 

「……大丈夫ですか!?」

 アンチスキルの装甲をまとった人物が、一人瓦礫の傍でうつぶせに倒れているのを見つけた。

 破損したバイザーから見える顔は血だらけで、肩を叩いて呼びかけても呻くような微かな声しか漏れ出て来ない。

 カオリは不安を一気に高め、きょろきょろと再び辺りを見回す。

 

 確か、御坂さんともう一人、男の人が鉄雄君のもとへ駆けつけていくのを止めるため、アンチスキルの増援が向かったと、黄泉川先生は言っていた。

 

 カオリはそのことを思い出すが、周囲にそれらしい人影はほかに無い。

 

「……助けを呼ばなきゃ」

 そう呟いて、ジャージのポケットに手を伸ばすが、自分は携帯電話を持っていないことに気付く。

 木山春生に連れ去られて、そのままだ。自分は何も持っていない。

 

「しっかりしないと、わたし……」

 そう言い聞かせつつも、一方で自分を責める気持ちも沸き上がった。

 なぜ、自分はただの直感に任せて、何かしないといけないという気持ちだけに駆られて、向こう見ずにもこんなところへ来てしまったのだろう。

 初春ちゃんや白井さんとは違う。

 自分は、無力だ。

 

 不意に泣き出したくなる気持ちを、どうにか抑えようと、カオリは目を擦る。

 

 あ、あああ、あ……

 

 獣の遠吠えのような声が聞こえ、カオリは顔を上げる。

 

「鉄雄君……」

 名を呼ぶと、カオリは倒れているアンチスキルに、後で必ず助けます、と言い残し、立ち上がる。何の保障もないが、とにかくそう言葉にしなければ、罪悪感に押し潰されてしまうと思った。

 

 瓦礫の向こうへ、登ろう。きっとそこには、ほかのアンチスキルの先生がいるはず。

 カオリがそう思って、少し足を進めたその時だった。

 

 

 

「やあ、君もなかなか向こう見ずなんだな」

 大きな瓦礫の横を通り過ぎたとき、突然声が聞こえ、カオリはびくんと肩を跳ね上げた。

 それから声のした方を向き、カオリは口を手で覆う。

 

「……木山、せんせい……」

 

「どうした、そんな驚かなくてもいいじゃないか」

 顔面を蒼白にした木山春生が、瓦礫に背を預け、力なく笑っていた。

 右腕の白衣の袖は血まみれで、肘から先が無くなっていた。

「君のボーイフレンドとおそろになってしまったよ、怒らないでくれ……いや、あちらはもっととんでもない代物になってしまったか……」

 ひゅっひゅっ、と音程のとれないフルートのように、木山は短く息を吸い、くくくと笑うと、激しくせき込んだ。

 白衣の胸元に、血の跡が重ねられて飛び散った。

 

 

 


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