――― 第一〇学区、原子力実験施設 北部ゲート
「大佐!」
キヨコを体の前に抱えたマサル、それにタカシの3人が、膝をついた大佐の周りに寄って集まって来た。
「お前達……無事だったか」
右脛に銃創を負った大佐は、絞り出すような声を出した。車両に積まれていたシャベルの柄を、包帯の上に当てて固定しているところだった。
「あの女の人、アキラ君に影響されてるんだ」
「どういうことだ?奴は41号と違う。ナンバーズではないだろうに」
滴る汗を拭いながら、大佐はマサルに疑問を投げ掛ける。
「あの人がしてた、音の実験のせいだよ」
タカシが言った。
「僕らの力をマネしようとしたんだ。音を使って、みんなの力を集めて。けど、それってとっても危険なんだ」
「元々力を持たない人が、急に大きな力を使ったら、その人は耐えられなくなって、やがては破滅するわ」
マサルに抱えられたキヨコが言った。
「それは鉄雄くんも、あの女の人も、みんな同じ」
「そう。だから、僕らは、みんなを止めなきゃいけないって決めたんだ」
マサルが言うと、キヨコとタカシが頷く。
「何?」
その様子に、大佐は間に合わせの添木にテープを巻く手を止めた。
「お別れです、大佐。……どうかお元気で」
「待て、お前達―――」
大佐が手を伸ばした時には、もう、3人のナンバーズの姿はかき消えていた。
「木山の奴め、全員ご丁寧に急所を外していやがる。全く、嫌みな奴だ」
他の隊員の手当てに奔走していた鷲鼻のドクターが、大佐の背後へやって来た。木山春生の能力行使の嵐の中、ナンバーズを除けば、唯一怪我を負わなかった人物だ。
「さあて、どうするつもりだ、大佐……」
疲労困憊した様子で、ドクターが座り込んで言った。車両が横転した時の衝撃で、眼鏡はひどくひび割れている。
「最早こうなっては、41号を止めることなど……おい、何をしている」
添木の固定を終えた大佐が立ち上がったのを見て、ドクターが困惑の声を上げる。
「まさか、ここに至ってまだ、41号を止めようなどと考えているのではないだろうな!?」
大佐は無言で、自身の大型のハンドガンの装弾数を確かめた後、ホルスターに再び仕舞う。
「いい加減にしろ!我々は失敗したんだ……後は、41号に殺されるか、アキラに消し炭にされるか……さもなくば、石頭のアンチスキル共に捕まって、軍事法廷行きだ。どの道、引導はとっくに渡されているだろう!おい、聞こえているのか―――やりたければ、勝手に一人でやれ!」
「ああ」
大佐は、ドクターを始め、蹲っている隊員全員を見渡す。
いつの間にか、全員の目が大佐へと注がれていた。
誰もの顔に、疲れと、諦めが浮かんでいる。
「私一人でも、決着を付ける。そうせねばならん。責任は、私にある。皆、ここまで従ってくれたことに、感謝する。お前達は、忠誠心から上官に付き従ったが、最終的にその上官は錯乱し、自分たちを撃った……アンチスキルには、そう伝えろ。命令だ」
巻き込んでしまってすまない、と、大佐は頭を下げた。隊員の誰かが、嗚咽を漏らした。
それから、大佐は改めて、座り込んでいるドクターを見下ろす。
「ドクター……アレを、“
「SOLって……大佐!正気か!?まさか、レーザー・グリップだけで41号を狙う気か!」
ドクターは立ち上がり、両腕を広げ、驚愕の声を上げた。
「自殺行為だ!何のために輸送屋に化けてまで車を持ってきたと思っている!あのグリップはあくまで遠隔操作での座標補正用だ!コンピュータの支援無しに手動で撃てば、SOLのビームの射程範囲に巻き込まれるのは分かっているだろう!アンタはあっという間に4,000℃で骨も残らず焼かれちまうんだぞ!」
「遅かれ早かれ、アンチスキルが駆け付けてくるだろう」
叫ぶようにまくし立てるドクターとは対照的に、大佐は静かに言った。
「頼む。『ひこぼし』のコントロールへハッキングを仕掛けてくれ……どれくらい持つ?」
ドクターは、広げていた両手をパタンと落とし、苛立ちを表すかのように白髪をぐしゃぐしゃと掻いた。
「相手は防衛省だけじゃない。統括理事会の化け物共だ。衛星管制センターにいつ感付かれるか……1時間か、或いはものの5分か……早いに越したことは無いぞ」
ドクターは力の抜けた声でそう言うと、大佐に歩み寄り、白衣の内ポケットから取り出した物を手渡した。
それは拳銃の銃身を極端に切り詰めたような外見をしていて、大佐の力強い掌で扱うには窮屈に思えるような大きさだった。
「ビームの照射半径は最小に設定しておく、が……死にたくなけりゃ、10、いや、20メートルは離れろ。保証はできんがな。それと、間違っても原発を撃つなよ。分かってるだろうがな」
大佐は小さく頷くと、踵を返した。
片脚を引きずりながら、先程木山が車に乗って走り去っていった、巨大な石棺を目指して、歩みを進めていく。
「大佐!」
手当を受けた部下の一人が声をかけると、周りの者も、皆口々に呼ぶ。
立てる者はふらふらと立ち、立てない者は座ったまま、敬礼の所作をとる。
大佐は振り返らず、歩いて行った。
「……さて」
ドクターは、くしゃくしゃになった箱から、最後の一本の煙草を取り出し、口に咥えた。親指でヤスリを回すと、フリントから火花が散る。残り僅かなガスに、奇跡的に火が点いた。目を閉じて一服し、上を見上げ、夏空へ向かって痺れるような煙を吐き出した。
煙が、余りに広い空へとあっという間に溶けていく。
「アンタがそこまでやるというなら……こっちも、もう何も失うものはないさ」
アンチスキルが駆け付ける前に、依頼を実行しなければならない。
ドクターは煙草を地面に落とし、足で2,3度踏みつけると、横転したトラックへと歩み寄って行った。
大佐がゲートをくぐって進んでいくと、木山が車を停めていた場所に、ジャージ姿の少女が一人、ポツンと立っている。
「……あの!」
少女が声をかけてくる。その顔に、大佐は見覚えが無い。視線を向けると、少女は顔を引き攣らせた。
「えと、だ、大丈夫、ですか……」
ひどく、恐怖を感じていると分かる話し方だった。
「ああ」
大佐は短く言った。
「木山は……これからする事について、何か言っていただろうか」
大佐から問いかけられた少女が、目をきょろきょろさせてから、胸に手を当て、肩を大きく上下させながら深呼吸をした。自分自身を落ち着かせようとしているようだった。
「てつ……島鉄雄に、会いに行くと、言ってました」
再び大佐に視線を合わせた少女の顔は、先程までより、幾分冷静さを取り戻していた。
「あの人は、レベルアッパーの開発者です。ほかの人の力を集めて……それで、自分で使っているんです」
大佐は、少女の言葉を聞き、僅かに頭を下げた。
「成程。ありがとう」
大佐は、僅かに背後の負傷した部下たちを振り返るような仕草をした。
「すまないが、彼らに付き添ってやってくれ。そして、こう伝えてほしい。『大佐が、皆を撃った』と。『みな、脅されていた』と」
「……あの!アーミーの人、ですよね?」
その場を去ろうとする大佐の背中に、少女がよりはっきりした声で呼びかけた。
「鉄雄くんに……一体、何をしたんですか?」
大佐はもう一度振り返り、少女の顔を見つめる。少女の瞳に、明らかな怒りの色を見た。
「君は……41号―――島鉄雄と、知り合いか」
少女が、こくんと頷いた。
「……すまない」
大佐はそう言った。もう振り返ることはなかった。
「始末は必ずつける」
脚を引きずりながらも、木山を追っていく大きな背中を、カオリは暫く、手を胸の前で組みながら見つめていた。
それから、唇を噛み締めると、さっと振り向いて走り出した。
「みなさん!―――大丈夫ですか!?」
カオリは、負傷した兵隊たちへ何か力になろうと、駆け寄っていった。
「木山春生―――大脳生理学者です。能力開発を受けた人間ではないようですが」
実験施設から1km程離れたビルの一区画に設けられた観測所で、部下が杉谷へと報告を行う。
「アーミーを圧倒した様子からして、奴がレベルアッパーの開発者であり原初の被験者だという情報は真のようだな」
杉谷は、実験施設の監視プログラムから転送されて来た録画映像をモニターで確認しながら言った。
「奴の現在位置は?」
「石棺に到着した所です。石棺には破損の兆候が見られ、間もなく41号によって破壊されると見込まれますが……木山を排除しますか?」
「放っておけ。レベルアッパーの生き残りであり、今や高位能力者となった2人の相互干渉如何によっては、アキラの覚醒の確実性が増すと考えられる」
部下の問いに、杉谷が淡々と答える。
「では、この……敷島大佐はどうしましょう?」
部下の続く問いを受けるのとほぼ同時に、杉谷の見つめる画面の画像が切り替わる。
直線的な誘導線にそって、歩を進める大佐の姿があった。
サングラスの内側の、杉谷の目が細められる。
「……無様で、健気なものだ」
杉谷は静かに呟いてから、体の向きを変え、別の部下へと声をかける。
「北部ゲートへの、アンチスキルの正規部隊の到着は?」
後5分です、という返答が部下からなされ、杉谷は頷く。
「ならば、大佐も間もなく動きを封じられるだろう……指揮はどの支部の者が?」
「第七三支部。黄泉川という人物です」
杉谷にとって聞き覚えのない名だった。
「他に、侵入を試みている者はいるか」
「東部ゲート側200mの検問で、2分前にバイカーズが1名捕捉されています。ほかに報告はありません」
そうか、と簡潔に返事をしてから、杉谷はより声を張り上げた。
「これでアーミーはお終いだ。残りの観測は、学者共の虫眼鏡に任せ、我々は撤収する。直にここも藻屑になるかもしれん」
室内の部下たちが、機材一式を手早く片付け始めたところで、杉谷さん、と声をかける者があった。
「北のゲートに集合しているアンチスキルですが、妙なものが」
妙とはなんだ、と杉谷が部下と共にモニターを改めて覗き込む。
「今回の“テロ”対処に招集された部隊は、七·一〇学区の支部の構成員がほとんどですが、1台、一二学区からの車両が来ています」
「一二学区だと?」
杉谷がモニターを覗くと、一台の警邏車両が映っており、車体横に印字された機体番号は、確かに一二学区であることを示していた。
「この一台は、他の七学区等の一団とは離れて行動しています」
「一二学区……神学・宗教学校が多い学区だな」
顎に手を当てて思案した杉谷は、やがて顔を上げた。アンチスキルにも影響力を及ぼすことのできる宗教組織に、心当たりがあった。
「Bチーム、排撃隊として俺についてこい。残りは引き続き撤収にあたれ」
――― 東部ゲート付近 検問所
「離せって!てめえらに構ってるヒマはねェんだよ!」
大人しくしないか!とアンチスキル数人がかりで地面に抑えつけられている金田正太郎は、必死にもがき、叫んでいた。
「俺の友達が!あの原発ンとこにいるンだよ!てめえらは大人しく職員室に戻ってコーヒーでも啜ってやがれクソッタレ!!」
馬鹿なことを言うな!と怒声が聞こえ、金田はより強く後頭部を掴まれ、アスファルトのざらついた表面に頬を擦り付けられた。口の中にガリッとした苦く硬い感触が入る。
その時、金属的で奇妙な重低音が聞こえた。
アンチスキルが俄かにざわつく。金田は顔を僅かに上げたが、隊員の足ばかりが見える。聴覚に意識を集めた。
その音は、テレビのクイズ番組で間違えた回答者を床に落とす時の、炭酸ガスを噴き出すあの音に似ていた。だが、例え100台のテレビで同じ場面を一斉に流しても、金田の耳を揺らす轟には及ばないだろう。それ程、大きく破壊的な音だった。その内、象の群れが危険を感じて逃げ出す時の悲鳴のような高音が唐突に混じり、何か硬く巨大な物がひっきりなしにぶつかり合う衝撃音、そして爆発音が断続的に響き渡るようになった。地面が縦に小刻みに揺れ、金田を抑える手が離れた。
それを金田は逃さず、体をバネのように跳ね上げて素早く起き上がると、まずレーザー銃を抱えていた一人の隊員を背中から蹴り倒し、奪い返す。それからすかさず、脇に止められていた紅のバイクに飛び込む。
しゃがみこんで姿勢を保持していたアンチスキルの隊員たちが、何事か口々に叫んだが、気にしている余裕はなかった。
スパークを散らすと、金田は全速力で検問を飛び出した。
施設の方面へ加速しながら金田が顔を上げると、見たこともない光景を目の当たりにした。
蛇の怪物だと、金田には一瞬思えた。1km以上は距離があるだろうが、青空を背景に、巨大な配管がいくつも、白い煙をまき散らしながらのたうっていた。それらはゴシュウウウウという排気音を轟かせながら、鞭のようにしなってガスを勢いよく空へ吐き出すと、煙の渦に沈み込む。それを何本もの配管がカオスな方向へ動き回っていて、コンクリート片がひっきりなしに、火山岩のごとく舞い上がっている。
「鉄雄……!!」
歯を食い縛ると、金田は破壊が巻き起こっている方向へとバイクを走らせた。
――― 実験施設北側 緩衝区域
アキラの封印。地下深くのカプセルを世間の衆目に晒すまいと施されたカモフラージュのもっとも外角に当たり、最大の機構である石棺。コンクリート造りの巨大構造物が、卵を割るかのようにヒビを広げ、突如として内側から吹き飛ばされ、崩壊し始めた。
敷島大佐は、その光景を目の当たりにして、目を見開いていた。
崩壊した構造物に代わって、白色の煙があっという間に空を蹂躙していく。大佐はその煙に心当たりがあった。アキラのカプセルを極低温まで冷却する大量の液体窒素が漏出し、急激に気化しているのだ。
煙の中から、いくつもの冷却パイプやその構造材が、バラバラに打ち上げられていくのが見えた。それらはまるで、空を飛ぶ雁の群れのようだと、大佐の思考に一瞬の錯覚を起こさせた。
「41号……!」
轟音を立ててそれらが降り注いでくる。大佐は覚悟を決めて、身を伏せた。
――― 北部ゲート付近
「あれは―――」
行方不明だったカオリとアーミーの一団を発見し、奇妙に揃って足を撃ち抜かれていた兵士たちを救護していた黄泉川愛穂は、眼前で起こる破壊の様相に言葉を失っていた。
それは、仲間の隊員達も同様だったようで、暫し全員、呆気に取られ、動きを止めていた。
ドガン、と衝撃音がし、地面が揺れたことで黄泉川は意識を覚ませた。
黄泉川の目の前で、カオリが頭を抱え、しゃがみこんでいた。
「みんな伏せろ!」
叫ぶが早いか、黄泉川は前に飛び出し、カオリの華奢な体へ強引にかぶさった。
衝撃が途端に連続して強まり、大波となって幾度も黄泉川の思考を揺らした。
「何だよ、アレ……」
黄泉川たちからやや離れた場所では、車を降りた上条当麻が呆然とした声を漏らしていた。
御坂美琴や初春飾利も同じ様子だった。
石棺が崩れ、煙に包まれていく。地響きがこちらにも伝わってくるのが感じられる。
「島鉄雄の仕業だ」
白装束を纏ったサカキが、はっきりとした声を上げる。心無しか声が震えているように上条には聞こえた。
「時間が無い。お前たちの目指すものはあちらにある」
「いやでも」
サカキを振り返った初春が、当惑した声を上げた。
「あっちって、確か、原発が―――」
その時、パアンと乾いた音が聞こえ、一同の意識が逸れる。
「襲撃だ!!」
ミキの声が響き渡る。
先ほどまで上条たちが乗り込んでいたバンのフロントガラスに蜘蛛の巣状のヒビが入り、穴が開いている。運転手がぐったりとして座席にもたれかかっているのが見えた。
「どういう事!?」
美琴が身を咄嗟に屈めながら叫んだ。
「帝国!?アーミー!?それとも、一体誰が―――」
「行くなら、行け!逃げるなら去れ!」
車両の下に半ば潜り込むように身を隠しながら、サカキが叫んだ。
「
更に数発、辺りの地面を抉って銃弾が飛んでくる。上条の頬を、礫が掠め、熱をもたらした。ミキもサカキと同じように身を潜めた所だった。
意を決して、美琴が駆け出した。
今まさに崩壊している、石棺に向かっている。上条はその様子を正気ではないと思った。
「おい!!まさかあんなとこに飛び込む気か!!」
「カオリさんを助ける!!」
振り向き様に美琴は必死に叫んだ。
「アンタはどうすんの!」
上条が頭を必死に低くして迷っている内に、信じられないことに、初春も美琴の後を追って駆け出した。その横顔からは、決死の覚悟が窺えた。
「……あぁ、クソ!」
何が待ち受けているのか、いつも以上に不幸なものであろうことは、上条に容易に想像できた。
今、この時点だって、十分に不幸なのだ。
ならばいっそ、彼女たちの遅れを取らぬよう、走り出せ。
上条は、意を決して足を前へ踏み出した。
じりじりと、アスファルトの上をにじり寄る足音がする。
軍服風の黒ずくめの人物たちが、小銃を構え、車両を背にしたサカキとミキを取り囲んだ。
「ミヤコ教の捨て駒か」
杉谷が、サカキとミキに向かって言った。
「そういうお前達は」
深く息を吸い込みながら、サカキが言った。
「誰の手先だ。潮岸か?木原か?」
「知る必要があると思うか」
杉谷が冷徹に言うと、兵隊たちの銃口がいよいよサカキとミキへ違いなく向けられた。
「なあ、撃つ前に少しだけ言わせてくれ」
ミキが静かに言う。
杉谷の表情は微動だにしない。
「私らのことを、捨て駒だと言ったな」
ミキとサカキが、ほぼ同時に顔を上げた。
「間違いだ」
銃声が一斉に巻き起こると同じくして、竜巻のような突風が巻き起こる。
兵隊たちが困惑して身を引く。
何人かが、反転して向かってきた銃弾を受け昏倒する。
弾丸のような動きで飛び出してきたミキが杉谷へ向かって体当たりを食らわせようとする。
それを、杉谷は即座に反応して受け流す。
ミキの体がひっくり返り、背中から強かに地面へ倒された。
「よくもミキを!」
サカキが歯噛みして叫び、再び風を巻き起こす。
杉谷は眉根を上げて、拳銃をサカキへ向けた。
かつて石棺が鎮座していた場所は、土煙が徐々に晴れ、大量の瓦礫の山と化している姿を晒しつつあった。
その中央部、特に小高い山を形成している場所へ、島鉄雄が一歩一歩足を踏みしめ、登りつめていく。
頂には、鉄雄の肩程までの大きさになる機械的な球体が転がっていた。高名なスペース·オペラのクライマックスに登場するような、灰白色の機械部品を複雑に継ぎ接ぎした外見をしていて、不安定になった接合部から、ひっきりなしに白煙を噴き出していた。
その目前に立った島鉄雄は、球体を見つめている最中に、強烈な頭痛を感じる。
金属音と、数多の呼び声が、頭の中で木霊する。
忌々しい。
「……割れろ」
額を抑えていた手を振り翳し、憤怒の表情で鉄雄が言う。
バカン、と球体が握り潰されるように割れ、破片を辺りに撒き散らす。
白煙が力強く吹き出し、鉄雄の視界を遮った。
やがてその煙が晴れると、鉄雄は目を見開き、思わず声を漏らす。
「なんだよ、これ……」
「なるほど」
左から何者かの声がして、鉄雄は、ばっとそちらを振り返る。
「そんなモノが、私たちを呼んでいた『アキラ』の正体だったとはね」
白衣を土埃に汚し、木山春生が瓦礫を登って姿を現した。
鉄雄は目を見開き、そして唇の端を歪めた。
「……先生」
「久しぶりだな、島君」
瓦礫の上で鉄雄と向かい合い、木山もまた、薄く笑みを浮かべていた。