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午前11時15分―――
ここで、臨時会議を終えた統括理事会からの緊急記者会見の模様をお伝えします。広報部長、
……する等、対応は万全といえます。野間総理はじめ、大塚防衛相ほか、本国政府からの十二分な協力のもと、第三学区=北部駐屯地、第二三学区=第三四航空旅団基地、第一七学区=西部駐屯地の三方面について、午前10時45分までに、全て武装蜂起の意思がないことを、各駐屯地及び基地総司令と確認済です。加えて、第七学区を中心に、現在アンチスキルとの合同警備目的で展開されている兵力についても、一度武装を各地区の活動支部に預けた上、それぞれの所属基地へ帰順し……そして、第二学区の本部ですが、これにつきましても、所属兵員……これは市街警備派遣員合わせての数ですが、1223名中、1157名の所在を把握済みです。ええ、武装解除済みという意味です。残る66名……今回のクーデター未遂の首班と見られる司令官を含めますが、これについても、現在、潮岸内務部長指揮のもと、防衛省との合同制圧部隊を急遽編成し、鎮圧に当たっています。戦闘行為は、駐屯地内部のビル内に限って発生していると報告を受けています。しかし、住民の安全を最優先と考え、現在、駐屯地から半径2km圏では、アンチスキルによる一般人の立ち入り禁止区画の設定と住民の避難誘導がつつがなく行われております。従いまして、住民の皆様には、どうかご安心頂きたく―――
「なぁ~にが防衛大臣の協力だよ。てめえんとこの子分が起こした騒ぎだぞ。こっちの人員根こそぎ引っ張っていきやがって……」
出動服に身を包んだ同僚の一人が、コーヒーを啜りながらテレビ画面に向かって毒づいた。
他人事のように言っちゃって、とか、これで今度の総選挙は政権交代間違いなしだ、等という意見がちらほらと上がるのを、黄泉川愛穂は窓の外を見ながら、落ち着かない気分で聞いていた。
これであの大佐もとうとう終わりだな、という声が聞こえ、黄泉川は窓ガラスに当てた手に力を込める。違う。あの大佐がこんな無謀な策を突発的に起こす筈がない。入院した自分を見舞いに訪れた時の様子からして、彼は更迭される自身の今後を完全に受け入れているようだったし、万が一に事を起こすなら、もっと根回しを慎重に、前々から万全に行っている筈だと、黄泉川には確信が持てた。こんな、旗を上げておきながら殆どの仲間にそっぽを向かれるような失態は晒さないと。
窓の外は晴れ渡り、第七学区の学生街の風景が、いつもと変わらず広がっている。テレビの向こうに映る、第二学区にあるアーミー本部の緊迫した状況とは切り離された世界だ。しかし、同じ支部に所属する自身の同僚も現場の警備に駆り出されているとあって、黄泉川の内心はちっとも穏やかではなかった。
ふと、オフィス内の僅かな同僚たちがざわめくのが耳に入り、黄泉川の意識はそちらへ向けられる。
いつの間にか、統括理事会の理事の一人による会見映像は、スタジオのアナウンサーの映像に戻っていた。
ええ、会見の途中ですがここで、たった今入って来たニュースをお伝えします。第二学区の本部駐屯地ですが、先ほど、大規模な爆発が起きたと……ええ――倒壊!
「これは一体……どういうことじゃん!?」
黄泉川愛穂の驚愕の声が響き渡った。食い入るように見つめるテレビ画面の向こうでは、白と黒の入り混じった煙を低層階から噴出し、地面へ吸い込まれるように崩れ落ちていくビルの姿があった。
制圧部隊の仕業か?ゲリラの横槍だ!いや、そんな筈がない。あれは追い詰められた大佐が自暴自棄になって―――等と同僚が口々に言い合う。
「鉄装……!潮騒!」
この支部の中でも、特に自分とチームを組むことが多い同僚の名を口に出していた。
携帯電話で、二人の連絡先へ立て続けにコンタクトを試みる。しかし、通じない。
吊り橋を渡るかのように、足元が急に覚束なくなる嫌な感覚に襲われた。
こんな所で待ってられるか。2,3歩駆け出した所で、今度は自信の電話に着信が入った。
急いで画面を確認し、黄泉川はごくりと唾を呑む。
「―――支部長」
『指令だ、黄泉川』
上司の工示雅影の声は、いつも通り神経質で事務的な声だった。
『我が七三支部含め、第七学区全支部の待機隊員は、市街に居る学生に帰宅を促すと共に、支部で待機している
「あのっ!」
通話相手に被さるように、黄泉川の声が口を突いて出た。
「そちらの状況は―――私らの仲間は、無事なんですか!」
『お前が案ずることではない』
早口な返事が返って来た。
『籠城していたアーミーの残党どもが大方潰れたかもしれんが、我々支部のメンバーは全員所在の確認がとれている。誰一人、擦り傷一つ負っていない。これでいいか?』
黄泉川は、皮肉めいたものではあっても、上司の告げた答えに安堵せずにいられなかった。
『……信じるじゃん、支部長』
「当然だ」
工示が言った。
「分かったら、任務に集中しろ。チーム分担はメールボックスに送ったから確認しろ。若者の命を守ることが使命だと言ったのは、お前だ」
了解、と黄泉川は返し、通話を切った。
聞きたいことは山ほどあった。しかし、嫌みな上司が最後に告げた言葉もまた、黄泉川の信念であった。
黄泉川は頭を振ると、指令の詳細を確認するために、他の同僚と同じようにコンピュータの画面へと向かった。
―――某所
「『帝国』なんかもう、どうでもいいんだ」
学園都市中央部の市街地が見渡せる、とあるビルの屋上で、島鉄雄が遠くを見る目で言った。
「俺はとにかく、あのガキどもが言っていた、アキラのもとへ行く。だが、今はアンチスキルがうようよしてやがる」
鉄雄は、傍に控える人物へと顔を向けた。
「今夜だ」
鉄雄の機械の右手が擦れるような駆動音を鳴らし、軽く握られた。
「『声』を、ありったけに届けろ。思い思いに暴れて、奴らの注意を惹きつけるんだ。パーッとな」
握った右手を、鉄雄が開いた。
「後は知らねえ。“鳥男”、できるな?」
「無論です」
痩身の薄汚れた身なりの男が、膝をついて言った。目隠しをするように布切れを巻き、そこには大きな一つ目が描かれている。
「皆、時を今か今かと待ち侘びております。鉄雄様の一声で、皆が声を上げるでしょう。そして我々は、大覚アキラ様と一つになるのです。我らの声は一つに。次に進もうと。い、いけば、分かるッ!!そ、それが、我ら臣民のっ定め……った、っ楽しみで仕方ありません……!」
唐突に鳥男は笑い出し、言葉に詰まり出した。
「っわ、我らも後を追います、すぐに!」
「……勝手にしろ」
見たくもない物を見た、とでもいう風に、鉄雄は顔を背け、再び市街地を見た。
「で、頼んでた物は持ってきたんだろうな?」
も、もちろんです、とたどたどしく言うと、鳥男はショーウインドウで使われるような深紅の幕を差し出す。
鉄雄はそれを引ったくると、右腕を覆うように袈裟懸けにした。
「……金田」
隣の男にも聞こえない程の小さな声で、鉄雄が呟いた。
屋上を吹き抜ける風が、鉄雄が身に付けた紅幕をマントのように揺らめかせた。
夕方 ―――第十学区、春木屋
「俺は信じねーぞ、そんな話をよォ!」
「臨時休業」と薄汚れた札がぶら下がった扉の外まで聞こえそうな位の大声で、山形が怒鳴った。
「鉄雄が、
節穴だろ、と甲斐が呆れたように突っ込むが、山形は気に留めず、金田に向き合っている。
「ああ。俺だって自分の目が狂っちまったンじゃねえかって思ったさ」
客がいないカウンターに肘をつき、顔の前で手を組み合わせた金田は、山形と対照的に静かな声で言った。
「だが、俺はこの目で見たんだ……アイツはただの能力者どころじゃねえ……化け物になっちまった。証人だっている」
金田が顔を向けた先には、ケイとチヨコが座っている。
「うん。金田君が言うことは、事実なの」
ケイが言った。
「アーミーの兵士はもちろん、暗部の殺し屋たちだって歯が立たないほどに、島鉄雄っていう君らの仲間のメンバーは、強かった」
山形はケイの言葉を聞いて、しばらく黙り込んだ後、頭を抑えて手近な椅子にどっかりと座り込み、大きなため息をついた。
「なんだってンだよ、畜生……大体、何でいきなりゲリラの女連れて来てんだよ。てめえらテロリストじゃねえか」
「ビル爆破のことを言ってるんなら、そいつはお門違いさね」
チヨコが腕組みをして言った。
「あれは私たちの仕業じゃない。あんな911紛いのことができる訳ないだろう。それともなんだ、アンチスキルに突き出すかい?私とケイを」
チヨコの言葉に、ケイが目をやや心配そうに山形や甲斐を見たが、2人とも渋い顔をして俯くだけだった。
「そんなんじゃねえよ……」
山形が、先ほどまでとは打って変わって、噛み締めるような小さな声で言った。
その時、入り口からの下り階段を駆け下りる足音が聞こえ、その場の全員がそちらを見た。
「よう、お帰りなさいませ、だ。赤いリーダーさんよ」
扉を開けるなり笑みを浮かべて入って来たのは、半蔵だった。
「駒場は一緒じゃねえのか」
金田が立ち上がって言うと、半蔵は手をひらひらと振った。
「まあそう聞いてくれると思ったけどな……要は、ヤバいのよ」
半蔵はそう言うと、首をやや傾げ、値踏みするように金田を上目遣いに見た。
「お前が帰ってきてるってことは、ここにいる全員、島鉄雄があのビルで潰されちまった訳はねえって知ってんだろ……『帝国』の奴らが妙な動きをしているって話だ。今夜にも、大挙して何か事を起こす気だ」
「鉄雄!」
半蔵の言葉に、金田が眉間に皺を寄せて言い、甲斐や山形も一気に表情を鋭くした。
「奴が号令をかけたんだな?」
「確証はないがな。その可能性は高いと見ていいだろう。駒場さんや浜面は、奴らが涎垂らして噛みついて来た所をぶっ飛ばそうって備えてるところだ」
半蔵の面長で整った顔が、金田を見据えている。
「で、どうすんだ?バイカーズのリーダーさんよぉ」
金田は振り返り、甲斐と山形を見た。二人とも、立ち上がった。
「やるぞ」
「もちろんだぜ金田ァ!!」
山形が血気盛んに拳を突き上げた。
「ああ、でも……マジで鉄雄が、金田の言う通りのバケモンなら、できるだけ多くのチームの力を借りねえとだ」
甲斐が金田に近寄り言った。
「予定より早い……今からシャカリキになって声をかけまくるんだ。数で圧すっきゃねえだろ」
「もちろんだともよォ!!」
金田が拳に力を込めて叫んだ。
「ヨタヨタの
「私も協力する」
ケイも立ち上がり言った。
「いいよね、おばさん?」
「ああ……表立ったことはできないが」
チヨコが組む腕に血管がはっきりと浮かび上がった。
「だが、できることをしようじゃないか……私らをここまで匿ってくれてるんだ。礼は返すさ。お陰で、目もはっきり見えるようになったしね」
そこで、半蔵がパンと手を叩いた。
「よしっ!そうと決まれば……実は、お前達に会わせたいヤツがいてな」
誰だよ?と金田達は顔を見合わせる。
半蔵が合図をすると、扉を開けてもう一人の人物が姿を現した。
「ジョ……ジョーカー!!」
金田が驚愕の声を上げた。
浅黒い色の風船にタンクトップを着せてモヒカンをちょこんと乗せたような男だった。それは、金田たちのバイクチームが長い間ライバルとして闘争してきた相手だった。以前は顔にピエロのペイントを施していたが、なぜか今回は、顔面の中央を縦に走るタイヤ痕の複雑な模様を描いていた。
「てめえ、のこのことそのブタっ腹晒しに来たかよ、えェ?アンチスキルの拘置所で喚いてたじゃねえかよ!」
「てめえこそ、あの爆破の場から生き延びたかよ、死に損ないが!」
憎まれ口を叩きながらも、金田の口調はどこか再会を懐かしむような気持が乗っていた。
それは、ジョーカーも同じようだった。
「どーしてお前がジョーカーを連れて来てんだ?こいつはパクられてた筈だろォ」
山形が怪訝そうに聞くと、半蔵はニヤリと笑った。
「俺らのチームも、お前らのチームも、こいつの……クラウンとは、やり合ったろうがよ」
半蔵が笑みを浮かべて言った。
「まあ、色々あって、こいつは娑婆へ戻って来た……駆け込んできたのが、駒場さんとこだった。大分入れ替わりが激しいとはいえ、まだのうのうと生き残ってやがる帝国の幹部連中は、元はと言えばジョーカーの手下だ。情報はまあ、ムダじゃねえと思ったのさ」
「俺は、鉄雄の野郎を叩きのめしてえと思っている」
ジョーカーは手近なカウチソファにどっかりとその肥満体を沈めて言った。しかし、拘留されていたせいか、心なしか体つきはやや絞られているように、金田には感じられた。
「正直言って、てめえらに下げる頭なんぞ一つもくれてやりたくねえが……だが、仲間を大勢やられたのは、お前達と一緒だ。俺は目の前で、仲間を殺された。泣き寝入りする訳にはいかねえ、そう思ってんだよ」
「そりゃ、まあ」
甲斐が戸惑ったように両手を頭の上に組み、金田へ視線を向けた。
「クラウンとはお世辞にも仲は良くなかったけどさあ……どう思うよ?金田」
「……ハッ、デケェ船が必要だな」
ジョーカーや甲斐の言葉を聞いた金田が、静かに言った。
「ああ、汽笛を鳴らしてやろうぜ、思い切りな」
半蔵が言うと、その場にいた全員が立ち上がる。
「よォし!乗るかァ!!」
山形が気勢を上げると、それぞれが顔を見合わせ、頷く。
金田、山形、甲斐らのバイクチーム。
ケイとチヨコ。
半蔵。
ジョーカー。
そして、呼応する者を集めるべく、行動を開始しようとした、その時。
店の外が俄かに騒がしくなった。
バイクの排気音が一気にけたたましくなったかと思うと、ガラスが割れる音が聞こえ、それからドタドタと重い物が階段を転がり落ちる音がした。
ドカン、と中途半端に開いていた扉を跳ね飛ばして転がり込んできたのは、アルコールの匂いに塗れた若い男だった。
へ、ヘヘ、と涎を口の端から垂らして笑いながら、ふらふらと立ち上がる。
「て、鉄雄さま!大覚さま!アキラさま、ばんざぁぁぁいィ!!」
そう唐突に叫んだかと思うと、鉄光りするナイフを翳して来た。
半蔵と金田が両脇から蹴りを咥え、ジョーカーが止めとばかりに一度頭上へ抱え上げてから叩き落とすと、男は痙攣して動かなくなった。
「よォ、こいつは懐かしの元部下かよ!?」
山形が目を回している男の顔を踏みつけると、ジョーカーは舌打ちした。
「全然知らねえよ、こんなヤツ」
ジョーカーが、汚物でも見るかのように男を見下げた。
「イかれてやがる」
「もう動き出したんだね?」
ケイが、店の出入口を睨む。
外では、叫び声や排気音が勝手構わず騒いでいるようだった。
「今、追加の連絡が浜面から入った」
半蔵が携帯電話に目を落とし、しまいこむと表情を引き締めた。
「七学区の学生街でも相当な人数が暴れ出しているらしい。奴ら、見境なく騒ぎまくるつもりだ。けど、アンチスキルはアーミーの対応で手薄だし、こりゃあ案外いいタイミングを狙って来たのかもしれねえ」
「オイ、金田!」
ジョーカーが店を後にしようとする金田を呼び止めた。
「てめえ、いいモン持ってるらしいな……貸せ」
「いいモンだァ?今急いでンのに……もしかして、アレのことか?」
金田が思い当たったかのように聞く。
「い、いや、でもアレ、すぐ充電なくなるし、バッテリー重いし、使い物になンねえぜ?」
「まあ、2,3時間ぐらい預けろよ」
ジョーカーはカブトムシでも見つけたかのように、細い釣り目を更に細くした。
「鉄雄はヤバい力を持ってんだろ?なら、スパナとバイクで囲むだけじゃあ勝てっこねえだろ……こう見えて、俺ァ手先が器用なんだぜ?」
ジョーカーが、ニヤリと口角を上げた。
―――第七学区、教員住宅街
「不幸だ」
上条当麻がその一言を発するのは、つい先日夏休みに入って以降に限っても片手で数え切れない回数に達している筈だった。
「インデックス」と名乗る白装束の
出血を多く伴う負傷に苦しんだインデックスはまだ起き上がれず、小萌は夏季補習に関わる仕事に加え、出動したアンチスキルの教員の分の仕事まで手掛けていて、帰りが遅い。上条は小萌が残したメモ書きを元に、主に割引の総菜を狙って夜の買い出しに出ている所だった。
その上条が今置かれた状況は、お世辞にも良くなかった。
「金だよ金ェ!よこせよ、フヒヒ」
数人の男女が上条を囲んで喚いている。
みな同じように衣服は薄汚れ、中には顎が外れたように口が開きっぱなしの者もいる。
「じゃないとさァ、くっクスリが手に入んないのよ……あ、アキラ様に、もっとお近づきにならなきゃ、分かるでしょォ!?」
シャツが伸び切ってはだけた胸元に涎を垂らしながら、ぼさぼさの髪を振り乱した女が笑った。
「ああ、今、一つ分かったぜ……」
上条はなけなしの金が入った財布がポケットにしまわれているのをしっかり確かめた上で、一歩身を退いた。
そして、一目散に身を翻して駆け出した。
「ここは世紀末だったってなぁぁぁ!!いや、終末か!?食いっぱぐれシスターやら消防法木っ端みじんの魔術師が出てきたのもそういうことか!?ちくしょー、アンチスキルは何やってんだァ?助けてくれぇぇ!!!」
ゾンビのごとく腕を伸ばして追いすがる者たちから少しでも早く遠ざかろうと、上条は四肢を全力で動かした。
その様子を、遠く離れた雑居ビルの屋上から、香水の匂いを振りまいた神父、ステイル=マグヌスが双眼鏡で覗き込んでいた。
「アレだよ、アイツだ」
ステイルは苛立たしさを孕んだ口調で言った。口に咥えた煙草から、煙が夕焼け空へ立ち昇った。
「あんな奴に、この僕が負けたんだと思うと、自分が情けなくって仕方ないね。しかも、この街へきてこれで2連敗ときた」
「過ぎたことを悔いても仕方がありません」
着古したジーンズを片足だけ腿の付け根から素肌を露わにするようばっさりカットした、異様な姿の魔術師、神裂火織が、裸眼で上条の姿をはっきり捉えながら言った。
「敵の戦力は未知数。こちらは増援が望めない以上、万全の備えで事にあたる必要があるでしょう。ステイル、カードの補強は済んでいるのですか?」
「当然さ。16万4千枚。なに、60時間もあれば―――」
「では、明日までは少なくとも待ってくれる訳だな?」
厳めしい口調で少女の声色が聞こえたその時、神裂が目にも止まらぬ速さで振り返り、腰に差した七天七刀に手をかけたが、ステイルが待て!と制した。その声は、ステイルにとって聞き覚えがあり、尚且つ2度と聞きたくない声であったからだ。
「ミヤコの娘……何をしに来た」
ステイルが警戒を露わにした先には、白装束に身を包んだ3人の少女が、いつの間にか屋上に忍び込んで立っていた。「ミヤコ」の名を聞いた途端、神裂が目に見えて狼狽する。
「ミヤコ!?では、ステイル、この
「その話はいい!神裂!」
嫌な記憶が蘇ったのを、ステイルは煙草の香りを肺いっぱいに吸い込むことで振り払う。
「インデックスには干渉しないとそちらは約束した筈だ。それとも、極東の矮小な宗教では、そんな誓いを守る倫理の欠片も持ち合わせていないのか?」
「勘違いしているようだが」
まとまりのない髪型をしているサカキが、一歩前に進み出て言った。
「我々は、『
「……上条、当麻」
神裂は、刀の柄に触れていた指先をゆっくりと離したものの、依然油断なくサカキ達を見つめている。
「その理由を尋ねても?」
「「「ミヤコ様の御意思である」」」
3人が突如声を揃えて言ったことで、神裂もステイルも身を強張らせる。
「アキラの目覚めは間もなくだ。そのためには、幻想殺したる、上条当麻の力が必要だ。ミヤコ様は、そう仰っている」
サカキが静かに言った。
神裂とステイルは、サカキたちの言葉を咄嗟には理解できず、黙り込んだ。
午後に溢れ返るほど降り注がれた陽光の熱を未だに保った風が、びゅうと駆け抜けた。
―――第七学区、常盤台中学校学生寮
「やかましい……」
静かな怒りを、静電気として皮膚上に湛え、御坂美琴は重厚な3層窓を開け、ベランダへと進み出た。
変哲の無い鉄筋コンクリート造りのビルが立ち並ぶ中、常盤台中学校の2つある学生寮の内の1つは、石造りの洋館を模した造りで、辺りに異彩を放っている。その正面玄関に面する通りで、下卑た笑い声や怒号が沸き起こり、バイクのエンジンが高らかに噴く音も、閑静な夜を迎えようとする街を引き裂いていた。
美琴の部屋だけでなく、周囲の部屋の女学生たちも、何事かと次々に外へ出て来ていた。
「
ルームメイトの白井黒子が、これまたピリピリとした殺気を放って横に並び立った。
「先ほど、初春から連絡がありました……アンチスキルがてんてこまいしているこの隙を狙って、一大騒動を起こそうとしている輩がいると」
「……『帝国』ッ!!」
美琴が拳を震わせると、挑発するかのように一際大きな声が、正面の通りからはっきりと聞こえて来た。
「よォ~!!お嬢様方ァ!一緒にィ!大覚様の元へェ!行こうぜェ!突っ込んでやるからさァ、ケツを差し出せよォ!!」
ぎゃははは、と下品な笑い声が聞こえ、火の手が上がるのが見える。
「黒子ッ!ここに来て、寮の規則は守った方がいいと思う!?寮内での能力行使禁止って奴ッ!」
青筋を浮かべ、髪の毛を逆立たせた御坂が、隣の黒子へ半ば怒鳴るように聞く。
「いいえ、あやつらがいるのは寮の
黒子が拳をつくり、指をぽきぽきと鳴らした。
「今朝からのクーデター騒ぎ、そして不完全燃焼……私、とーっても、ストレスが溜まっていましてよ?」
「同感ね」
御坂の頭上に、雷光が迸った。
「ブっ潰すッ!!帝国の野郎どもッ!!!」