【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

102 / 123
102

「がんばれ……あと少しだ」

 赤黒く染まり切った間に合わせの包帯を額に巻いた軍の兵士が、背中の仲間を励ましながら、階段を遂に下り終え、1階の通路を緩慢に歩いている。背負われた仲間は、歯を食いしばった呻き声でそれに応えた。

 仲間は、片足のふくらはぎの肉がズボンごと大きく抉られていて、一部乳白色の骨が覗いている状態だ。足の付け根に、シャツを引き千切って用意した布切れを固く結んで、何とか出血を留めようとしていた。

 

 静かだ。兵士はそう思った。3つある本部の建物がほぼ敵側に制圧されたというのに、幸いにも、正体不明の敵の部隊に出くわさずにここまで降りて来れた。あの真偽不明の放送の内容を信じるなら、少なくとも、外の演習場まで出られれば、大勢の投降した仲間と合流できるはずだ。

 命さえあれば。大佐の言葉を信じ、戦闘で負傷した2人の兵士は、エントランスを目指す。

 

 ふと、前方からバタバタと駆けてくる複数の足音に、兵士は身を固める。

「……て、きか」

 背中の仲間が、蚊の鳴くような声で聞いて来た。

 顔を振り、前髪から滴る汗を払い、兵士は目を凝らした。

 

「あ、いや……あれは」

 迷彩色を基本とするアーミーの制服とは異なる、警察組織に似た深い紺色の防護服。三叉槍の紋章。

警備員(アンチスキル)……!」

 助かった。兵士は張り詰めっ放しだった表情筋が自然と緩むのを感じた。

 

 アンチスキルらしき一団の人数は十人程。自分たちと相向かいになり、5,6メートル程の距離を空けて立ち止まった。

「止まれ!」

 

「待て、俺たちは武器なんて使えない……助けてくれ」

 相手のリーダーらしき一人が制圧銃を構えたので、仲間を背負う兵士は疲労困憊の体をどうにか奮い立たせ、片腕を上げて、反抗の意思が無いことを伝えようとする。

 それに対して、相手の一団は一度武器を下げ、互いに手を伸ばせば届く程の位置にまで距離を詰めてきた。防護ヘルメットから下がるバイザーによって、表情を窺い知ることはできない。

 

「敷島大佐は?」

 

「……上だ。S館の、中階層……」

 籠った声で相手が問いかけて来たのに対し、息を切らして兵士は答える。

「おかしなことが起きている。謎の武装組織が潜入して……我々はクーデターなど企てていない。いや、それより、早くこいつを何とかしてやってくれ。このままじゃ片足が本当に使えなくなっちまう」

 兵士は仲間を案じて言った。

 

 それを聞いた相手は、互いに顔を見合わせ頷き合った。

 

「助かる……」

 兵士が思わず声に出した安心感は、次の瞬間にひっくり返される。

 相手の一団は、無言で再び武器を構えたからだ。

「お、オイ、俺たちは―――」

 

 ゴム弾とは明らかに異なる発射音が聞こえたかと思うと、兵士の視界は急転した。体に穴を空けた幾つもの痛みで薄らいでいく意識の中、「爆破」とか「回収」といった言葉がくぐもって聞き取れたが、それらの単語がどう繋がるのか、脈略を推測する前に兵士の認識は暗転した。

 

 


 

『フレンダ!?フレンダッ何とか言いなさいよ!!』

 

「今マジでヤバいんです、電話なら後で―――」

 

『手短に伝えるわ。計画は変更。失敗扱い(アンサクセス)にはならないから、退却して』

 

「……ハイ?」

 電話を耳に押し当てたフレンダは、時折落下してくる天井からのガラス片を警戒しながら、身を屈めてベビールームの出入口まで何とか戻って来た。先ほどまでのゲリラとアーミーとの攻防で、ど真ん中を繰り抜かれた蜂の巣のようになっていた。

「どういうことです?」

 いつ大規模に崩壊してもおかしくない部屋からひとまず廊下に移り、フレンダは電話相手の女に疑問をぶつける。

 

『“山田班”壊滅の報告を受けて、上は考えを変えたらしいの!ああ、詳細は今聞かないで、私も本当に知らないんだから。それで、麦野と連絡が取れないものだから……41号は殺せた?ほかのメンバーは無事なんでしょうね?』

 

「あ……ターゲットは、逃げた……麦野と滝壺が、ゆ、行方不明だよ」

 フレンダが絞り出した言葉に、電話相手が息を呑むのが聞こえた。

 

『まさか……絹旗は!?』

 

「彼女は―――」

 

 フレンダが振り返った瞬間、部屋の中から、ロケットのような勢いをつけて、絹旗が転がり出てきた。

「絹旗ッ!大丈夫!?」

 

「私の、ことは、超無視してください」

 腹を片手で庇いながら、絹旗がよろよろと立ち上がった。

「この下には別フロアがあった筈です。麦野と滝壺を助けましょう」

 

『そちらには、回収部隊が急遽派遣されたわ』

 電話相手の女は、絹旗が合流したことを悟ったのか、声色を妙に落ち着かせて言った。

『駐屯地は今、アンチスキルの正規チームに包囲されている。あなた達が暗部としての顔を見られるのはマズい。回収部隊は、外見を奴らに偽装している。時間が無いわ、後15分もすれば、その建物にいる全員があの世行きの切符を掴まされるの』

 

「待ってよ!結局それ、どういうこと!?」

 

『てっとり早く、解体でもするんでしょ!』

 戸惑うフレンダに対して、電話相手の声には苛立ちが募っていた。

『奇襲部隊の存在に感付いたアーミーの生存者がいちゃ困るんでしょ、上は!とにかく、アンタたちも急いで出て来なさい!死なれちゃこっちだって困るんだから!!』

 

 次の瞬間、通話終了を知らせる小気味よい木琴のようなサウンドが聞こえ、フレンダは乱暴に携帯電話をしまった。

 

「……フレンダ?」

 絹旗の問いにフレンダは答えず、代わりにどこへしまっていたのか、両手のひらに乗るサイズのぬいぐるみを三つほど取り出すと、乱暴に出入口付近の床に捨て置いた。それから、修正テープのような外見をしたカートリッジを素早く床へ幾筋も張り巡らせる。

 その時、崩れかけている部屋の入口に、金田とケイが姿を現した。意識が朦朧としているチヨコを両脇から抱えている。

 フレンダの姿を見て、金田が口を開く。

「おい、一緒にーーー!!」

 

「近寄んじゃないってのネズミども!」

 フレンダは吐き捨てるが早いか、ヒートカッターを取り出し、今しがた張り巡らせたテープへ押し当てる。

 導火線が空気を吸い込むような音を立てて急速に燃え盛り、床に捨てられた人形へ辿り着いたかと思うと、それらは外見の大きさよりも存外に激しい火を噴き始めた。

 

 金田とケイが目を見開くのが、ゆらめく炎の向こうに見えた。

「何しやがる!」

 

「バーカ、死ね!」

 憤慨して叫ぶ金田へ、フレンダも怒鳴り返した。

「結局、こっちの計画はめちゃめちゃって訳よ!テキトーなことばっかりほざきやがってこのバイク狂!あのでこっぱちのお友達によろしく言っといてよ!麦野が必ず殺すってね!!」

 

「超人任せじゃないですか……」

 絹旗が呆れたような声を出す。

 フレンダは金田たちに向かってべーっと舌を出すと、怪我をした絹旗に手を貸しながらその場をできる限り急いで去った。

 

 


 

「畜生!」

 燃え盛る炎を前に、金田はやり場の無い怒りを声に絞り出した。

「こんなとこで死んでたまるかよ!」

 

 ケイも、焦りを顔に浮かべて辺りを必死に見回す。

 

 支えられるチヨコを含め、3人がいるベビールームは、部屋の中央に重機が何台も収まるような大穴が空いた状態だ。巨大なコントラバスを古びた弓で弾くような、重たく軋む金属音が常に聞こえる。天井からはひっきりなしに建材が崩落していて、床も徐々に確かな足場を狭めている。あの狂乱した超能力者(レベル5)の女が階下から放つビームの嵐は一旦小康状態になっていたが、金田たちの身に危険が及んでいることは明白だった。

 

 二人が支えるチヨコが、何事か呟いた。

 

「おばさん!?」

 

「ケイ、金田……あたしを置いて行きな」

 ケイが顔を向けて呼びかけると、チヨコは目を瞑ったまま呻くように言った。

 そんな!とケイが叫んだが、チヨコは首を振った。

「若い者が生きるんだ。あたしは迷惑かけらんないさ……すまないね、目がやられちまって、まともに動けないんだ」

 

「馬鹿なこと言うな!」

 金田も必死に呼びかけた。

「あんたを置き去りにできるか!駒場や半蔵に顔向けできねェだろうが!」

 

 生きる、生きなきゃならない。

 一際部屋が不安定に軋む音が鳴り響く中、金田は何か糸口は無いかと部屋を見渡す。

 向こう側の壁際に、大佐率いるアーミー達が身を寄せ合っているのが見えた。

 

「……アイツは」

 その中の一人、皺だらけの顔をした子供が、こちらを見つめていることに、金田は気付いた。

 次の瞬間、金田は両腕がぐいっと空へ引っ張られる感覚がした。

 

 


 

「脱出口は!?」

 敷島大佐は部下へ問う。

 ダメです、崩落が激しく安全に移動できません、と部下からの叫ぶような報告を受ける。

 3人のナンバーズを最も内側にして、大佐とその部下のアーミーの生存者たちは、崩壊しつつあるベビールームの奥まった一画で身動きが取れずにいた。

 

「これは……いよいよ万事休すかもな」

 研究者の中でたった一人、大佐に追随してきた鷲鼻のドクターが、こんな状況の中だというのに、諦めの色を顔に浮かべて、タバコに火を点けようとしている。

「おーい、大西……生きてるかァ?火ィくれないか……」

 

 馬鹿者、気を確かに持て、と大佐は殴りつけそうになったが、その前に、自分のズボンの腰の辺りを引っ張る感覚に、顔を下げた。

 

「僕達の力で、ここを出られるよ」

 片肘を痛々しく擦りむいている26号(タカシ)が、大佐を見上げて言った。

 

「タカシ……いや、しかし、それは」

 タカシの顔を見つめ、大佐は逡巡した。

「お前達、先ほどの戦いで、消耗している筈……体は持つのか?」

 

「今は、力を合わせなきゃだから」

 ねえマサル、キヨコ、とタカシが床に座り込む仲間2人の方を向く。

 2人が確かに頷く。

 

「でも、あの人たちも一緒に」

 タカシが指さした先には、燃え盛る出入口の付近で途方に暮れている人影があった。

 41号の知り合いだという収容者の少年と、ゲリラの2人だ。

 

 タカシの意を察した大佐は、顔を歪める。

「あやつらは、不穏分子だぞ!?」

 

「それでも、助けたいんだ」

 

 タカシのまっすぐな瞳に、大佐はほんの僅かの間、目を瞑り、それから開いた。

 

「……分かった」

 

 タカシとマサル、キヨコが、それぞれほぼ同時に両手を上げ、目を閉じて集中する。

 

「デカいのが来るぞォーー!!」

 兵士の誰かが叫んだ。一際大きな瓦礫が、天井から軋む音を立てて剥離したかと思うと、砂ぼこりを立てながら真っ黒な影を落として迫って来た。

 

 大佐は思わず顔を背けた。

 次の瞬間、体が不意に浮き上がるような気がした。

 

 


 

絶ッ対、ぜ~~ッ対、殺す!ひと思いなんて甘く思うんじゃねえぞ!まずは指の爪だ!そっから指、手、肘、順番に焼き尽くして―――!」

 

「さっさと超退避しましょう、麦野。気持ちは分かりましたから」

 

 絹旗は、古代中国の刑罰めいた復讐心を繰り返し口にする麦野を諫めながら階段を下っていく。

 アンチスキルの外見をした回収部隊とは、ベビールームを脱出した後、すぐに合流できた。

 島鉄雄の攻撃によって下層階に落下した麦野は、驚くべきことに、肋骨を骨折した絹旗に比べれば傷が浅い方だった。聞けば、咄嗟に『原子崩し(メルトダウナー)』を放射状に展開したことで、抱き止めた滝壺ごと、衝撃を吸収することに成功したのだという。もっとも、その後に激昂して上階へ向かってビームを放ち続けたことが、かえって絹旗やフレンダの命を危うくしたのだろう。しかし、その点を抗議しても麦野は聞く耳をもたないと、長年の付き合いから絹旗には分かっていた。

 絹旗はため息をついた。気力を振り絞って窒素装甲(オフェンスアーマー)を常時足元に発動し、歩行時の衝撃を和らげるようにしているが、絹旗も、度重なる能力の使用が祟って意識を失い運ばれている滝壺も、しばらく活動は無理だ。健常なのはフレンダくらいで、いくら『電話の女』からのフォローがあったとはいえ、自分たち『アイテム』の評価を下げることになりやしないかと気がかりだった。

 

「けれど、41号の身柄の確保は問わないから帰って来いだなんて。こんな風に計画を途中で変えること、結局今まであった訳ぇ?意味分かんないんだけど」

 フレンダがぼやくように言った。メンバーの中で唯一負傷らしい負傷を負っていないせいか、口調が一際軽い。最も、普段からこんな感じではあったが。

 

「ま、でもいっか。ギャラは予定通り配られるってんなら―――」

 

「いい訳ねぇだろ!!」

 怒髪天を衝くような麦野の叫びに、フレンダはもちろん、自分たちを警護する偽装アンチスキルの男たちも肩を震わせる。

なんで平気でそんなこと言うかな。絹旗は口の軽い同僚に呆れてため息をついた。

 

「私らはな!マシン扱いされてんだぞ!観測機械だ!ブリーフィングであの41号(デコ助野郎)の貴重な戦闘データが取れるだろうからプラマイゼロだと!?馬鹿にするにも程があるってーの!!」

 麦野が、煤だらけの髪をくしゃくしゃに手でしだく。

 

「畜生ッ!あの野郎はどこへ行こうが、絶対に逃がさねえ、借りはでっかく返してやるっ!!」

 絶対に殺す、という今日何度目か分からない麦野の毒を聞きながら、絹旗は家に戻ったら先週末に借りた映画のDVDを見て寝る、と心に決めていた。確か、頭が4つあるサメの映画だった気がする。いや、5つだったか?タイトルのインパクトに惹かれて衝動的に選んだために、記憶が不確かだった。

 ひとり好きな映画を見て、頭を空っぽにしたい。これも生への欲求なのだろうか、と絹旗は脇腹の差すような痛みを、歯を食いしばって堪えながら考えた。

 

 


 

「ここは!?」

 久しぶりに感じる熱と光。

 金田が、今居る場所がどこかの高層ビルの屋上だと気付いたのは、学園都市にいくつも支店を構える大手銀行の塔屋看板が目の前に聳えていたからだ。

 

「大丈夫?」

 血管の浮き出た、血色の悪い手が差し出された。

 金田は、そちらを見上げる。

 

「お前は……あの時の」

 

 タカシが、膝をつく金田に手を差し延べて立っていた。

 

「よしなよ、タカシ君」

 移動カプセルごと転移してきたらしいマサルが、咎めるように言った。

 周囲には、ベッドに横になったキヨコも、大佐達アーミーの面々もいる。

「そいつ、タカシ君にひどい乱暴したんだろ?気遣うこと無いって」

 マサルが再び言うと、タカシは申し訳なさそうに俯いた。

 

「確かにそうなんだけど……鉄雄君は、君のともだちなんでしょ?」

 

「なんだと?」

 金田が表情を厳しくする。

 タカシは金田をまっすぐに見た。

 

「僕が、あの日の夜に高速で彼とぶつかったから。アレがきっかけで、鉄雄君は力に目覚めて、それで苦しんでるんだ。だから、さっき君を助けた。これでおあいこにしようよ」

 

 金田は差し出された手をじっと見た後、チッ、と舌打ちした。

「分かったけどよ、坊主……教えてほしいもんだな」

 金田は自力で立ち上がることに何の問題も無かったが、ほんの短い間、タカシの手を握った。以外にも、蝋のような色をしたその手には温もりがあった。

「アイツに……鉄雄に、何が起こったのか。これから、何をしようとしているのかをよ」

 

「ええ」

 金田の後ろから、ケイが言った。顔を手で押さえて座り込んでいるチヨコの背に、腕を回している。

「あの戦いの様子を、私は見た。超能力者(レベル5)と互角の力……どういうことなの?ただのバイカーズの一員だった人間が、たかだか数週間で、あれ程の力を、なぜ?」

 

「お前達がそれを知ってどうする」

 低い声を発したのは大佐だった。

 広告看板の鉄骨を支えるコンクリートブロックに腰かけ、疲れた表情でケイを見た。

「ゲリラが知った所で、最早どうにかなるでもあるまい」

 

「アンタたちもね」

 顔を押さえているチヨコが言った。まだ目は見えないようだ。

「仲間から聞いたよ。クーデターの疑いをかけられて失脚かい?いや、本部があんな騒ぎになったんだ。早いとこ尻尾巻いて逃げたらどうだい?学園都市中が、アンタの人相をポスターに貼り出すだろうさ」

 

「……フン、そうかもしれないな」

 自嘲するように大佐は笑みを浮かべ、振り返った。

 大佐が見る方向には、肩を寄せ合うように立つ3つの高層ビルが見えた。アーミーの本部だ。

 報道のヘリコプターだろうか。バラバラバラと、数機がその周囲を回るように飛行している。

 大佐の部下の兵士達も、疲れているのか、戦意を喪失しているのか、ゲリラである筈のチヨコとケイを前にしても、最早逮捕しようと武器を上げることはなく、各々本部の建物を眺めて座り込んでいた。

 

「41号が、あれほどに力を持つようになったのは……決して、我々の手によるものだけではない」

 

「嘘つくンじゃねェぞ」

 静かな大佐の言葉に、金田が噛みつく。

「てめえらのラボが、幻想御手(レベルアッパー)とかいう代物を作ってバラ撒いてやがんのは分かってンだよ!それで鉄雄を実験のオモチャにしたんだろうが!」

 

「それは―――」

 

 

 

「それは、決して(アーミー)単独で成し得た(わざ)じゃあないさ」

 抑揚のない、女性の声が聞こえた。

 

 金田達が声のした方を振り返る。俄かに警戒心を高めたアーミーの兵士達が、使える武器を構えて向けた先には、昇降口から姿を現した一人のアンチスキルがいた。

 

「まあ、待ってくれ。私は別に、君たちを捕まえに来たわけじゃないんだ」

 手を上げて、その人物はバイザー付のヘルメットを外す。

 敷島大佐が目を見開いた。

 

「木山、春生……!」

 

 大佐が唸るように呼んだ名と、その風貌は、金田には聞き覚えも見覚えも無かった。茶色がかった長髪をなびかせた、幸薄そうな女だった。

 

「やっと会えたね、()()()()()()()

木山と呼ばれた女は、ヘルメットを投げ捨てると歩み寄って来る。夏の陽光の下を近付いてくるにつれて、その女が目の下の隈を強烈に濃くしていることに、金田は気付いた。

「君たちが私を呼び、私もまた君たちに会いに来た。大変だったよ。アンチスキルの人波に紛れながら、あっちへこっちへ場所を移す君たちを探し当てるのは……随分な苦労をしているようだね」

 

「ナンバーズと交信しているだと?どういうことだ」

 大佐は厳しい声色で問う。

「今更姿を現して、何が目的だ!」

 

「まあまあそう怒らないでください、大佐」

 木山は両手を軽く上げて、肩を竦めた。

「今、私はあなた方に敵対する気なんてありません。それに、あなた方だって、ここにいる全員だけでしょう?()()恭順していないのは。本部もラボも、他の駐屯地も全て、理事会の手中に収まってしまったそうですよ。私を捕まえたところで、どうにもならないんですから」

 私が知りたいのは―――と木山は、ナンバーズ3人の方へ、明るいブラウンの瞳を向けた。

 

「私と君たちを繋げているもの。『アキラ』と呼ばれる者がどこにいるのか……そして恐らく、島君もそこに向かったんだろう?」

 

 アキラ?と金田とケイは顔を見合わせた。

 大佐が何か言いかけて口を開いたその時、ズ、ズ、ズウウンと重たい怪獣の足音のような地響きが聞こえた。

 

「ほっ、本部が……!!」

 兵士の一人が上擦った声を上げた。

 見ると、先ほどまで聳え立っていたアーミーの本部ビルが、3棟とも低層階から煙と炎を四方に吐き出し、達磨落としのように下へ吸い込まれ、崩れていく所だった。

 

「理事会の仕業だ。連中、あなた方を決して逃がさない気ですよ」

 空気を揺らす地響きの中、木山が静かに、しかしはっきりと言うと、大佐は肩を震わせてキッと木山を睨んだ。

 

「ねえ、大佐。そこのご友人も……島君を止めたいのでしょう?あなた方に残された余力は僅かだ。私なら、島君を止められる」

 

「何だと?」

 

「何が言いたい!」

 大佐と金田が同時に立ち上がった。大佐は木山の傍まで大股に近づき怒鳴った。

 

 木山の顔色は少しも揺らがず、視線はナンバーズの方へ向いていた。

「そのためにも……ねえ、坊や、おじょうさんたち」

 木山は膝を曲げ、ナンバーズに視線を合わせた。

 ナンバーズの3人も、それぞれの瞳で木山と向き合った。

「島君が向かった先……君たちの28番目の仲間、アキラ君の居場所を、教えてくださいな?」

 

 金田も、ケイも、大佐も、その場の誰もが、木山とナンバーズが向かい合う様子を凝視し、耳を傾けていた。

 木山の脳裏では、レベルアッパーのメロディと、アキラという名前を呼ぶ数多の声が、再び大きく渦巻き始めていた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。