「輸送船、沈没地点に到着、救助開始!」
「わかりました、このままの態勢を維持して下さい!」
そうは言ったもののこの状態ではかなりの緊張を強いられる、潜水艦の必殺の距離を付かず離れずの距離を保って航行しているのだ、いくら耳が優れていても魚雷が避けられるとは限らない。
救助の開始までに貴重な時間がもう30分も経っている、残された時間は30分しかない。
「畜生、もっと離れやがれ!」
一人の妖精が毒気づく、未だに武器を使えるほど深海棲艦は沈没地点から離れてくれてはいない、撃沈できさえすればもっと自由に救助活動が出来るのに…
「潜水艦の動きに注意して下さい、魚雷の兆候を見逃さないで!」
「了解!」
「大したものだな。」
「船長、何か言いましたか?」
「いや、独り言だ。」
遭難者の救助に指名された輸送船の船長は探照灯で照らされた海面を見ながら呟く。
中島と言うこの男もまた、ほんの数年前までは海軍の駆逐艦の通信士をやっていた。
確かに溺者救助は船団を護衛する軍艦の仕事だが、自分が勤務していた頃は近くに敵がいるとなると、なおざりに済まされる事が多かった。ましてやたったの18人しか乗っていない輸送船ならなおさらである。爆雷攻撃も躊躇なくやっていたと思う。
そんな状況で迷わず助けに行けるのはなかなか出来る事ではない。
「おい、あそこにいるぞ!」
一人の男が甲板上で怒鳴る。
「取舵いっぱい、左後進微速、右前進半速、溺者に近接する!」
「おい、ロープ投げろ!」
「ようやく5人目か……。」
波にもまれながら男がロープを掴むのを確認して呟く。
「残り時間は?」
「はい、あと13分です!」
「わかった、あと13分、全員目を皿にして探せ!」
「はい!」
この天候で半分も見つけられたら上出来だろう、あと13分で何人見つけられるか…。
「せめてこの波だけでもおさまってくれればな…」
波に大きくゆられる船の上で中島は愚痴をこぼす。高い波に視界を遮られ救助活動の条件としては最悪だった。
「敵潜、推進音、少しずつ大きくなる、距離詰まっている模様!」
「黒10、少し増速します!」
いったいどのくらい時間が経ったか、そしていつまで誤魔化せるか…。
「敵艦、魚雷発射、……方位落ちる、デコイに向かっています!」
近くなりすぎる、と思った矢先に水測妖精が魚雷音を確認します。でも魚雷は外れるようです、これでまだ時間が稼げる。
「もうすぐ1時間が経ちます。」
「……ここまでですか、輸送船は何人救助できたんですか?」
「8名です!」
乗組員は18人、あとの10人は暗い海を漂っているのか、それとももう…。
「一時間経過、輸送船離脱していきます!」
司令官との約束の時間が来る、輸送船は救助のための明かりを一気に消して全速力で海域の離脱を図る。
「…これは、マズイです、輸送船に気づかれました、キャピテーションノイズ、敵潜回頭中!」
「攻撃しましょう!」
「いいえ、まだ海面に人がいるかもしれません!」
「ですが、このままでは輸送船がやられてしまいます!」
「わかっています!」
魚雷攻撃をして、もし海面に人がいたら…。
でも攻撃しないともっと沢山の人が死んでしまうかもしれません、何かいい方法は……。
「訓練用の短魚雷を使います、左舷に一発ありますよね?」
「はい、ですがもし敵が攻撃を断念しなかったら…」
「その時はすぐに本物を打ち込みます!」
「了解、左舷2番、訓練魚雷、調定開始します!」
イクさんは私の魚雷を怖いと言っていました、それなら攻撃を断念させるくらいできるはずです。
「調定完了しました、短魚雷よし!」
「撃て!」
左舷から魚雷を押し出す鈍い音が聞こえる。
海中に落ちた魚雷はすぐに決められた進路に向かって走り始める。
「魚雷航走開始!」
この世界に来てから二回目の短魚雷攻撃、今まで戦ってきた潜水艦とは性能は比べるまでもないハズなのに近接戦にまで持ち込まれてしまっている。
吹雪たちの進路上の海域では攻撃を断念した方の深海棲艦は、二隻の艦から執拗な攻撃を受けている仲間の様子を聞いていた。二度の攻撃でついに傷ついたのか泡を出して浮上していった。あの深度にとどまっていたらやられていたのは自分だったんだろう。
だが今なら他の場所は警戒が薄くなっているはずだ、今ならチャンスがあるかもしれない。味方の敵討ちのつもりはないが、ここまで一方的にやられる訳にはいかない、幸いもう少しで前衛の4隻はやり過ごすことが出来そうだ。
「フジョウスル、ギョライセンヨウイ…」
そう決断した矢先に後ろから近づく二つの推進音を聞いた。
「マッテ、シンドソノママ。」
すぐさま命令を取り消す、二つの推進音の意味を考える、そして敗北を悟った。先行艦隊を足止めするはずの三隻は失敗したか、やられてしまったのだろう。後ろから来た二隻は今から護衛艦隊に空いた穴を塞ぎにかかるんだろう。むざむざ攻撃を試みてもやられるだけだ。
「コウゲキチュウシ、センダンヲヤリズゴス!」
第30駆逐隊から分離された望月と弥生の増援は戦力を失った深海棲艦に攻撃を断念させるには十分だった。
「おっす、助けに来たよ!」
「望月ちゃん!」
突然聞こえてきた声に吹雪は驚きの声を上げる。
「私も…いる…。」
「弥生ちゃんも、どうして!?」
「どうしてって、作戦通りだろ、前衛艦隊は船団を攻撃してきた深海棲艦を挟撃するって。」
望月は意外な事を聞かれたと言った風に答える。
「あはは、そうでしたね、私って何言ってるんだろ。」
多摩さんと如月ちゃんが大破したって聞いたからまさか助けに来てくれるとは思っていなかった、当たり前の答えを望月ちゃんに言われてちょっとだけ涙が出そうになった。
「で、状況は?」
「深海棲艦の3隻は撃沈しました、でも相手は少なくとも5隻です、一隻は遠くにいて危険はありません。もう一隻は今はぐろさんが接触しています!」
「わかった、どうすればいい?」
「船団の右側が手薄です、望月ちゃんは初雪ちゃんのサポートに回って下さい、弥生ちゃんは救助を支援しているはぐろさんの所にいって下さい。」
「わかった!」
「ん...」
「待って、私に行かせて!」
「初雪ちゃん…」
「吹雪ちゃん、お願い......」
弥生ちゃんと望月ちゃんより性能がいい装備を持っている初雪ちゃんを護衛に残しておくつもりだったけど初雪ちゃんの気持もわかる、輸送船が撃沈された事を考えているんだろう。
「いいんじゃない、弥生といっしょのほうがやり易いし。」
「弥生も...望月とがいい、同じ艦隊だし......」
初雪のいつもと違う様子に何かを感じ取った二人は言った。
「わかりました、初雪ちゃんは望月ちゃん、弥生ちゃんと交代、はぐろさんの支援に向かって下さい!」
「わかった!」
弥生と望月はすぐに初雪がいる場所に舵を取った。
「何があったか知らないけど行ってきなよ、ここはあたしたちに任せてさ。」
「こんな望月...見るの久々......」
「う、うるさい、ちょっとやる気わいてきたの!」
「ん、みんな、ありがと...」
二人の軽口を聞きながら持ち場を交代した初雪は一人船団の針路と反対方向に舵を取った。
はぐろの訓練魚雷での攻撃は結果としては深海棲艦に輸送船の攻撃を断念させた、しかし…。
「敵潜、完全に停止しました!」
「……人質のつもりですか。」
深海棲艦は輸送船の沈没地点に留まっていれば攻撃は受けない、と不発の魚雷攻撃を受けて勘付いたのだ。
司令官から借りた輸送船は全速力で海域を離れている。そして、おそらくこの深海棲艦はここからてこでも動かないだろう。
「こうなれば救助は無理です、あきらめて船団に追いつきます、面舵、両舷前進強速!」
「救命筏を落として下さい!」
この海の状態で救命筏なんて落としても役に立つとは思えない、きっとこれは自己満足なんだろう。
「でも、もう打つ手が...。」
あの人たちならもっと上手くやったんだろうか…。
まだ生きているかもしれない10人を今私は見捨てようとしている。
「私は…弱いです。」
涙があふれてくる、でも自分の力ではもうどうする事も出来ない。
船団を一人離れた初雪は船団を追うはぐろを見つけた。
「よかった...。」
あの姿を見るとなぜか安心してしまう。輸送船も一緒だ、きっと助けてきてくれたんだろう。
「...手伝いに来たよ。」
「…初雪ちゃんですか、もう終わりました、もとの場所に戻って下さい。」
いつもと違う冷たい声に驚く、何かあったんだろうか、おそるおそる聞いてみる。
「あの、何か...あったの?」
「助けられた人は……8人です。」
「そんな!」
沈んだ輸送船の乗組員は18人、助けられたのは8人、つまり…。
「捜索は打ち切りました、もう…行きましょう。」
「諦めたんですか!」
「…そうです。」
淡々とした返事が帰ってくる。
「もう...いい!私が行く!!」
初雪は一人で沈没場所に向かおうとするが…。
「初雪ちゃん、行かせられません。旗艦の言う事が聞けないなら…撃ちます!」
「でも!」
「お願いです…言う事を…聞いて下さい。」
苦しそうな、搾り出すような声を聞いて自分がやろうとしていた事の重大さに気が付く、優しいあの人に大砲を向けさせてしまっている。それに、あの人が諦めたんだ、行って自分に何が出来るんだろう。
「ごめんなさい...」
「いいえ、ごめんなさい、約束…守れませんでした。」
「……」
謝るはぐろに初雪は何も言えなかった。
二人はそれからほぼ無言で船団を追いかけた。
「海峡、通過しました、周辺海域反響音なし。」
「危険海域…抜けました!」
はぐろの電探妖精が言った。
「みなさん、危険海域を抜けました、このままの態勢で三時間航行して適宜哨戒レベルを下げて行きましょう。」
「「「「了解(うん...)」」」」
その後、輸送船団は深海棲艦と出会うことなく無事に夜明けを迎え南シナ海、リンガエン湾沖にまで進出した。しかし、困難な任務をほぼ達成したというのに艦隊の空気はどこか重苦しいものになっていた。
翌朝、生き残った3隻の深海棲艦は6隻の僚艦と連絡が取れない事に驚愕し、急いで棲地への針路を取った。
任務は終わりました。でも二章(仮)はまだちょっと続きます。
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