最近遅れ気味ですいません、前話に3000字ほど追加しています。
佐世保を出航してから、5日が経った。船団は当初の計画どおり、脅威度の高い太平洋に出る事を避けて、東シナ海を南西に進んでいた。潜水艦の脅威の少ない海域を出来るだけ選んで航行したこともあり、未だ深海棲艦との接触は無かった。だが…
「脅威海域に入ります、警戒して下さい。」
沖縄と宮古島の間を通ります、もっと安全な台湾海峡という手もありましたが、C国の沿岸を通過する事になるので、許可が下りません。それに、船団の大きさも災いして、狭い海域を通る事は出来ません。
ここを抜けると、海図では赤く記されている海域、脅威海域に入ります。これからバシー海峡を抜けるまで脅威の高い海域が続きます、これから数日は気が抜けません。
「吹雪ちゃん、深雪ちゃん、蛇行を始めて下さい。」
「はい!」
「了解だぜ!」
左右で哨戒をしている二人に指示を出します、上空には、龍鳳さんの攻撃機が魚雷の代わりに対潜爆弾を抱いて哨戒しています。
「ESMコンタクト!潜水艦長距離通信用のHF(短波)です!」
「どこからですか!」
「8時の方向です!距離不明、内容は……解析不能です、深海棲艦の通信と思われます!」
船団が島の間を通っている時に、鋭い妖精さんの声が響きます。CICに今までにない張り詰めた空気が広がります。
電波逆探知装置が怪しい電波を探知しました、解析された周波数から潜水艦が発信したものらしいです、この海域に味方潜水艦はいません、これは……。
「無線封鎖解除、8時方向から不審な電波を探知しました、敵潜水艦に補足された可能性があります!」
はぐろさんの緊迫した声が響く。
「え、えぇ!」
「ど、どうしよう!」
「どっ、どこっですか!」
「んっ…マジ!?」
「みんな、落ち着いて、電波くらいなら大丈夫です!」
初めての接敵に浮き足立った艦隊を龍鳳が一喝する。
見つかっても射程圏内にいなければ攻撃は受けない、潜望鏡で船団を見つけられる距離は、はぐろさんのバウソーナーの探知距離を越えている。探知出来ていない、ということは、見つかったとしても、潜水艦との距離は十分にある。そして電波の到来方向は左後ろ、攻撃出来る場所ではない。
「探知した方に飛行機を向かわせます、はぐろさんは先行している第30駆逐隊、多摩さんと連絡を取ってください!冷静に対処しましょう!」
「「「「「はい!」」」」」
みんなを落ち着かせて、すぐに飛行機を向かわせる。
「はぐろより多摩さんへ、潜水艦と接触した可能性があります、不審な電波は来ませんでしたか?」
「にゃあ、来てるにゃあ、知らせようと思ってたところにゃあ。」
出航ギリギリ前に、明石が多摩に取り付けた新装備、改良された電波逆探知装置が電波の到来方向を正確に解析する。
はぐろの逆探知装置と多摩の新しい逆探知装置で電波が来た方位を測って、敵潜水艦の位置を局限する三角測量法を使った。
多摩さんからもらった情報で海図に二本の線を引きます。距離が分からなくても違う場所から出された電波の方角を割り出せれば、電波が発信された位置が分かります。
「龍鳳さん!8時方向、30マイル付近、集中捜索をお願いします!」
「わかりました!」
龍鳳さんが上空の飛行機を割り出された場所に向かわせます、これで見つかればいいのですが……。
「母艦から通信です、捜索範囲を5マイル遠くに移せ、だそうです。」
上空の飛行機はすぐに動いた。
「オイ、このあたりにいるらしいぞ!目ん玉しっかり見開いてろ!」
三機の飛行機は母艦から指示を受けた場所を探し始める。青く澄んだ南の海なら、潜望鏡を出せるほど浅い深度にいる潜水艦なら割と高い高度でも見つけられる。
攻撃機に乗っている妖精全員が、目を皿のようにして海面を見張る。
「いました!10時の方向です!」
「よっしゃあ、行くぞ!」
海面の少しの色の変化を見つけた一機がバンクを振って投弾体制に入る。
「ヨーソロー、ヨーソロー、……てぇ!」
一機が対潜爆弾を落として、それに続いて二番機、三番機が爆弾を落とし、多数の爆弾が炸裂して大きな水柱を上げる。その爆発は確実に海中に潜んでいた深海棲に確実にダメージを与えた。
「どうだ、何か浮いてきたか?」
攻撃を終えた飛行機が爆弾を落とした場所を回って結果を確認する。
「油と…破片が見えます!撃沈確実です!」
後席の妖精が叫ぶ、視線の先には真っ黒な油らしき液体と何かの破片が沢山浮いてきていた。
「よっし、帰るぞ、今日はお祝いだ!」
この日は、龍鳳の空母としてはじめての深海棲艦撃沈した輝かしい日として、記録される……はずだった。
深海棲艦は、攻撃からギリギリの所で沈没を免れ、最後の力を振り絞り、得られた情報を全て発信した。
それを察知した第11護衛艦隊が再び、今度は徹底的な航空攻撃を仕掛た。大きく大破していた深海棲艦は、潜行することもできず、成すすべも無く、ほとんど浮上した状態で撃沈された。
飛行機を主体とした第11護衛艦隊の初めての深海棲艦との戦いは、こうして幕を閉じた。
「しぶとさは知ってたはずなのに……。」
飛行甲板の上で、次々に降りてくる飛行機を見て龍鳳は悔しそうに呟いた。
龍鳳は、この二度の攻撃で航空機の収容に時間がかかってしまい、少なからず船団を遅らせてしまう結果となった、この事が後から大きく影響を及ぼすとは、この時誰も予想できなかった。
船団は、沖縄と奄美大島の間を抜け、太平洋に出た。それは、同時に脅威海域に入った事を意味する。
「飛行作業、始めて下さい!」
間もなく日没となる時に、はぐろの格納庫からSH-60Kが引き出された。
龍鳳の航空隊は日の出から日没までを、はぐろの哨戒機は単独で夜間の哨戒を行う取り決めになっている。
SH-60Kの大きな強みはここにあった、装備されたレーダーや暗視装置、自動操縦装置で夜間でも母艦から発艦して哨戒活動が出来るのだ。
日中の哨戒飛行も潜水艦の動きを拘束するには非常に効果的なのだが、潜水艦は特に夜に無防備になりやすい、浮上したりシュノーケルを使ったりするからだ。高性能なレーダーがあれば、これを探知して、忍び寄り、攻撃出来る。
発艦前に飛行科の妖精たちが、CICに、みな一様に真剣な面持ちで集まっていた。
「哨戒区域は主に予定航路上です。先に行っている第30駆逐隊の、さらに前まで進出して捜索を行います、それから、引き返します。この繰り返しです。」
妖精さん達に計画を説明します。
「レーダーの使用制限はありますか?」
一人の妖精さんが質問してきます。
「ありません、どんとん使って下さい。」
「武器の使用はどうなりますか?」
「潜水艦とわかり次第攻撃して下さい、この付近に味方の潜水艦はいません。」
「了解しました!」
それから、一通りの事を確認し終えると、はぐろは妖精さん達を送り出す。甲板には、すでに準備が終わったHSの姿があった。
妖精さんの乗るSH-60Kは、増槽と魚雷を一本装備しています、夜の間、何度か着艦して、燃料を補給しなければいけませんが、その間は上空の哨戒は無しになります。その時間を出来るだけ短くしないといけません。それに、もし魚雷を使ったら戻ってきて補給をしないといけません。
夕焼けに赤く染まっていく太平洋に、はぐろのHSは飛び立っていった。警戒海域に入って初めての夜が来る。
「はあ~……。」
妖精さんが飛び立つのを見て、大きなため息をついてしまいました。
少し無理な任務を押し付けてしまいました。本来なら、こんな近海の哨戒は、対潜哨戒機(P-3C)のお仕事です。ヘリコプター、しかもたかが一機で出来る範囲は限られます。
衛星や海底ケーブル、陸上の基地からの情報提供も無ければ、探知距離の長い曳航式ソーナーを引いている船もいません。こうなればどんなに技術が進歩しても、砂漠で針を探すような物です。
「無い物を言っても仕方ありません、持ってるもので何とかしないと!」
詰まらない考えを振り払います。
「頑張ってください。」
たった1機でオレンジ色に燃える空に飛び立ったHSに呟いた。
そして、危険な海域での初めての夜が始まる。