朝に司令官から一週間の予定表と、緊急通信用の周波数を渡され、ついに私達、第11駆逐隊の出港の時が来ました。今回の航海は練成訓練が主なので、訓練の審査をする妖精さんも乗ることになります。出港順序は深雪ちゃん、初雪ちゃん、白雪ちゃん、吹雪ちゃん、私の順です。
みなさん、慣れた手つきで出港準備を済ませていきます。ただ、蒸気タービンの船は機関の始動までに時間がかかるので、朝早くからの準備が必要です。そのせいか、皆さん少し眠そうです。
1隻の曳船が来て、出港作業が始まります。
私の前に停泊していた深雪ちゃんと初雪ちゃんが手早く出港していって、私の順番もどんどん近づいて来ています。
「そろそろ、出港準備を始めましょうか。」
私がそう言うと、妖精さんは間一髪入れず、放送を入れます。
「出港準備、艦内警戒閉鎖!」
出港準備と艦内の防水区画の一部閉鎖、ハッチの閉鎖の状態を確認します。先日の訓練の成果もあって妖精さんたちがスムーズに作業をやってくれます。
私が出港準備を進めていると、いよいよ私の隣の吹雪ちゃんの番が来ました。
「吹雪ちゃんが出港します、警戒員配置について下さい。」
出港作業は曳船が着いてくれているとはいえ、危険な作業です、用心に越したことはありません。
「では、先に行ってます、早く来て下さいね。」
私よりもずいぶん小さいですが、綺麗で、とても頑丈そうな、頼もしい軍艦の上で、吹雪ちゃんが私に敬礼します。それから、私と吹雪ちゃんとの間のもやいがどんどん解かれていきます。
「大丈夫です、すぐに追いつきます。」
私もそう言って敬礼しました。吹雪ちゃんは嬉しそうに笑って、そしてまた真剣な表情に戻り、出港作業を見守ります。
吹雪ちゃんが曳船に引かれてゆっくりと離れて行きます。
「舷梯をしまって、1号から4号主機を起動してください。」
甲高い機関音が私を包みます。そして、もう必要無くなった舷梯をしまいます。私達を岸壁で見送ってくれる人はほとんどいません。でも、船には船の見送られ方があります。
「両舷軸ブレーキ脱!」
機関が十分に回り始めたところでブレーキを外してプロペラを回転させます。
吹雪ちゃんを引っ張っていた曳船が私に近づいて来ました。いよいよ私の番です。
この港から出航するのは初めてではありませんが、とっても懐かしい気がします。出港なんて自分でやったことはありませんが、船の本能なのでしょうか?それとも今までの乗組員さんのおかげでしょうか?スムーズに進めることができます。
「前部曳索受け取れ!」
曳船から索が送られて、私に繋がれます、準備完了です。
「もやい、放て!」
風向きを考えながら、岸壁に繋がれているもやいを一本一本慎重に、それでいて素早く解いていきます。
甲板上の妖精さんが忙しく動き回って、最後の一本のもやいが解かれました。私は曳船に引かれてゆっくりと横に移動します。岸壁がゆっくりと離れていって、十分に離れた所で、ついに曳船の索も放たれます。
「両舷前進微速!出港用意!」
私の号令と共に妖精さんが出港のラッパを吹きます。機関音が一際高くなって、船が前に進み始めます。曳船の乗組員さん達が笑顔で手を振って汽笛を鳴らします、私も嬉しくなって手を振り返しました。
曳船から離れて少し行くと、ここに住んでいる多くの仲間の姿が見えました。どの船も一様に同じ信号旗を揚げてくれています。
「各艦から信号です、意味は…」見張り妖精さんが叫びます。
「大丈夫です、意味はわかります。」私は報告してきた妖精さんに言います。
ANS-UW [ご安航を祈る]です。出港していく船に対してこの旗を揚げて見送る、これが今も昔も変わらない私達のやり方です。私も旗を揚げて返答します。
停泊している仲間の姿を見ていると、一隻が発光信号を送ってきました。あそこは最近仲良くなった、第30駆逐隊が停泊している場所です。
「望月から発光信号!伝文は{キノウノツヅキヲタノシミニシテイマス]です。」見張り妖精さんは何の事だろうと、少し首をかしげながら報告します。
もう、望月ちゃん、こんな所で言わなくても......。イタズラそうに笑う望月ちゃんの姿がまぶたに浮かんで、昨日の私の失態に少し顔が赤くなります。でも、自然と笑みがこぼれます。そうですね、帰ったらまた皆さんで上映会をやりましょう、きっと楽しいです。
ふと司令官のいる建物を見ると、別の信号旗が揚がっています。
「司令官からの信号です、内容は、[出港せよ、先に指示されたとおり行動せよ]です!」見張り妖精が報告してくれます。
「わかりました、では行きましょう、遅れてはいけません、両舷前進原速!」
前には、先に出港していった四人が一列になって航行しています、私もその列に加わって、初めて11駆逐隊のみんなが海の上で揃いました。
これから、私達5人での始めての訓練です、私達の隊が、早く実戦に出られるように頑張ります。
もはやイージス艦である必要すらなくなってしまった回でした、すみません。
感想、アドバイス募集中です。