南雲盾一と不思議な神器   作:康頼

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圧倒的なまでの勝利に、合従軍は歓声を上げた————わけも無く、ただ誰一人として声を上げずに見守っていた。

結局、汜水関は南雲軍だけで落とされたことになる。

2万ほどいた華雄軍も、岩により押しつぶされたり、ガウェン達に切り殺されたりしていたが、生き残りも皆南雲軍の手によって皆殺しにされた。

汜水関をくぐったときの地獄絵図を思い出し、能天気な袁紹ですら、その光景を見て嘔吐していたほどである。

 

それゆえに、合従軍は汜水関を抜けて少し先をいったところで駐屯していた。

勿論、前陣は南雲軍であるが、劉備軍が曹操軍と同じく中軍に下がっていた。

 

そんな劉備軍を曹操———華琳は、自身の天幕へと招き入れた。

 

「初戦の前陣ご苦労だったわね」

「えっと……私達何もしてないんですけど——」

 

苦笑いしながらこめかみ辺りを掻く劉備———桃香に、華琳は酒を注ぐ。

 

「何もしていないわけではないわ。 あの惨状を目の当たりにしたんだから」

 

華琳の言葉に、桃香を始めとする劉備軍の面々の顔が強張る。

その表情には、隠しきれていない嫌悪感がにじみ出ていた。

 

「彼ら、南雲軍の行為はそう間違えたものではないわ。 敵を討つ、ということは戦場で当たり前のこと」

「でも、あれはっ!!」

「そうね、間違いなくやり過ぎよ」

 

南雲軍は、汜水関に籠っていた華雄軍、一万五千を皆殺しにした。

目的は、恐らく勝利のため、だけではないのだろう。

そもそも汜水関は、華雄を討ち取った時点でこちらの勝利には違いなかった。

ゆえに、汜水関を攻略後に残っている敵兵は、捕虜にでもすればよかったのだ。

だが、南雲は問答無用で生き残りを殺した。

 

それも生き埋めという最も残酷な殺し方で、だ。

 

「あの行為を見て、気分が良い人間なんていないでしょうね。 能天気な麗羽ですら、顔を青くさせていたわ」

 

それは他の諸侯も同じだろう。

二十万の精鋭と潤沢なまでの兵糧を備え、華雄を一撃で葬るほどの武勇を持つ将が率いる南雲軍が、アレほどまでの冷酷な手段を取った。

間違いなく、今頃、南雲の陣営では媚を売る諸侯たちの列が続いているだろう。

 

「アレほどまでに用意と軍勢を持ち、異常なまでの手際の良さ。 私は南雲がこの戦を仕組んだとまで疑いたくなるわ」

「そんな……」

 

華琳の推測に、桃香は思わず呻くような声を出す。

無論、この結論には全く証拠というものはなく、檄文自体は間違いなく麗羽が送ったものだろう。

だが、もしもこの推測が正しければ———

 

「そこで、劉備。 貴女達に提案があるの」

「提案、ですか?」

「ええ、私と組まないかしら?」

 

突然の華琳の提案に、桃香は眼を丸くする。

想像もしていなかったのだろう。

だが、それは悪くない話であった。

桃香自身、華琳達とやり合う気はなく、彼女の願いは大陸の平和を築くことにあった。

 

「わかり……「少し待ってくれませんか?」」

 

二つ返事で答えようとした桃香の言葉を遮るように、隣にいた少女———諸葛亮が声を上げる。

普段は、はわわはわわと小動物のような彼女であったが、諸葛亮———朱里の眼は間違いなく疑惑の色を浮かべていた。

 

「南雲軍の危険性とその軍力は間違いなく脅威ということは理解しています。 ですが、何故私達にその提案をするのでしょうか? 数千の軍しか持たない弱小の我々より、華北の最大勢力であり知己のある袁紹殿などがよかったのでは?」

 

朱里の疑問は最もである。

幾ら優秀な将がいようと、戦の大部分は数の多さである。

ならば、劉備軍以上の適任者は幾らでもいるだろう。

そして、朱里は南雲軍の危険さを理解しているが、同様に目の前にいる華琳達、曹操軍の脅威も理解していた。

間違いなく曹操軍と劉備軍は、その志の違いからいつか戦うことになるだろう。

 

「そうね……確かに貴女の言うとおりね」

 

勿論、華琳は袁紹軍にも後で声を掛けるつもりであったし、目の前の劉備とは馬が合わないと思っている。

 

「ならばこう言いましょうか? その程度の小事で大悪を見失うわけにはいかないの」

 

たった一戦で、華琳は南雲軍の異常を悟った。

まるで全ての兵が一つの意志に纏まった奇跡。

同時に兵一人一人から全く感じることができない人間味の無さが、より南雲軍の不気味さを表していた。

 

「この戦が終われば間違いなく、南雲軍は仕掛けてくるわよ。 それも今度は二十万という数ではなく、さらに膨大な兵を引き連れて、ね。 そんな状況下で同盟を結ぼうとする者達をだまそうとするかしら?」

「……申し訳ございませんでした、曹操殿」

 

華琳の言葉に、納得したように朱里は無礼を働いたと丁寧に頭を下げると、桃香の後ろへと下がった。

 

「かまわないわ。 寧ろ少し感心したわ。 お人よしそうな劉備軍に冷静に物事を見る人間がいるということは有難いわ」

「そう、そうなんです! 華琳さん、朱里ちゃんって本当に凄いんだよ」

「は、はわわわっ! と、桃香様」

 

目の前でじゃれつく主従を見て、華琳は眼を細めて笑う。

こうして、南雲軍の圧倒的な勝利のおかげで、劉備と曹操という二人の英雄が組むという大同盟が起こったのであった。

 

 

 

 


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