馬に跨り、城壁の門が開く。
「では、行くとするか。 中華へと」
その言葉に、背後から歓声が上がる。
総数20万の軍勢に、13人の将を引き連れ、俺達は中原へと向かう。
勿論目的のない侵攻というわけではない。
遂に先日、襄陽に紛れ込ませていた間者から待っていた情報を手に入れることができたのである。
華北の覇者といわれる袁紹からの檄文。
そこに書かれていたのは、帝の傍で天下を牛耳る悪逆董卓軍の征伐への檄文であった。
洛陽に董卓達が入っていることはすでに情報を掴んでいたため、何れはこの事件が起こるだろうと読んでいた。
周辺の異民族を叩き終え、兵力も50万に増強した軍勢に、蒼悟の城を中心に建造された小城により、守りはすでに万全といってもよかった。
兵だけではなく、将軍も残りの87枠を使って、新たな将達を作っておいたので問題は無かった。
後方の憂いは無く、兵糧もこの大軍すらも容易に足りうる量を集めている。
遂に俺達も立つ時が来たのである。
兵糧を守る護軍を中心に置き、4万の前軍の指揮をアーサーに、同じく4万の右翼軍をランスロに、同じく4万の左翼軍をガウェンに、背後を守る4万の後軍をトリスタに指揮を任せ、中央の4万の本軍という陣容で進軍を進めた。
「一月はかかるかな?」
「はい、それぐらいはかかるかと思います。 ただ劉表軍が邪魔をしなければの話ですが」
俺の質問に答えたのは、俺の副官でありベディアである。
生真面目で冷静沈着の頼れるイケメン3号機であり、武勇は槍の名手として素晴らしく、俺の護衛を兼ねている。
そんな彼の言った通り、中原に行くには劉表の荊州を渡らければならないのだが。
「うーん、劉そう陣営に金を掴ませているからな、彼らに何とかしてもらうか」
金以外にも、のちに起こるとされる後継者争いの際に力になるとも匂わせている。
勿論、そんな面倒なことに顔を出すつもりはないが、それでもこの大軍をそんな相手に一々仕掛けてこないだろう。
「ただ警戒はしておこうか、前陣のアーサーに先行するように伝えておいて」
「かしこまりました」
俺の指示にベディアは、前陣へと馬を走らせる。
こんなところで戦力を消耗させるわけにはいかない。
先行したアーサー軍2万の後、俺達は追いかけていく。
こうして俺達は、何の消耗も無く目的地にたどり着いたのであった。
・ ・ ・ ・ ・
その報告を受けたのは軍議の途中であった。
これから董卓軍の最前線である汜水関攻略のために、各軍勢の主達が集まった天幕の中でその報告を聞いた。
「南方の数里先に、20万の軍勢がここに向かっているですって?!」
椅子から勢いよく立ち上がり、驚愕の声を上げたのは先ほどの会議で盟主となった袁紹であった。
普段は余裕に満ちた笑みを浮かべ、危機を理解するのにも時間が掛かるほどの彼女がこうして声を一番に上げるのは、それほどにこの状況下が緊迫しているということになる。
それもそうだろう。
通常20万の軍勢を送ることができるものなど、ただの太守にできるはずがなかった。
中華最大勢力を誇り、名家である袁家に生まれた袁紹の軍勢ですら5万であり、同じく袁家の袁術も3万である。
続いて勢力のおおきい公孫賛が2万、盾一が恐れている曹操——華琳ですら1万である。
それほどまでにこの20万という軍勢の巨大さは異常である。
「か、数え間違いじゃないのか?」
「数え間違いでも間違い過ぎよ。 本当に20万という軍勢かどうかは知らないけど、間違いなくそれに近い数はいるということは確かね」
引き攣った笑みを浮かべる公孫賛——白蓮に、華琳は冷静に答えようと努めていた。
しかし、それでも彼女の額には小さな汗が流れていた。
不測の事態にも冷静に動くことができるのが、彼女自身も自らの強みだと思っていた。
だが、この状況は想像すらもできなかった。
20万もの大軍を抱えた軍勢など、華琳が調べた中では存在しなかった。
ならば、私の眼を掻い潜ったというの?
それも20万というあり得ないほどの大軍を抱えて。
「まさか、董卓軍じゃないのか!?」
「あいつら、天子様を上手いように操って、官軍を……」
「待て、そもそも大部分の軍勢はこの地に集結しておるっ。 洛陽にもそれほどの軍勢がいるはずがない」
「ならば、アレをどう説明する!?」
「そんなもの、俺が知るかっ!?」
汜水関攻めの会議から、今現状の危機により軍議は混乱の渦に飲まれようとしていた。
こんな状況では、董卓軍と一線を迎えるということは不可能という
「麗羽、わかっていると思うけど、この状況下では董卓軍に刃を交えることは不可能よ」
「わ、わかっておりますわ」
「なるほど、ここが会議の場というわけですね」
「白熱した軍議の途中に入ることを謝罪させていただきたい」
現れたのは、黒髪の特に眼に惹かれるようなものが見えない男。
その姿に、伝令か何かと華琳が思ったその時、背後から現れた四人の将に眼を奪われた。
自信と威厳に満ちたその姿は、まるで古来の英雄そのもので、華琳は女性以外で初めて眼を奪われるということになった。
そして、同時に気づく。
彼らこそが二月も前に起こった盗賊の件で、村を救ったとされる者達であるということを。
ならば、そんな四人に囲まれた冴えない男こそ、何者なのか?
華琳の脳裏に浮かぶ疑問に、男は拝礼を行いながら答えた。
「初めまして、私の名は南雲、南雲盾一と申します。 ここより遥か南方の蒼悟の地を勢力下におく田舎者でございまする」
遜った態度で、名を名乗る男に続き、背後の四人もそれになって準じる。
その姿に前にいる冴えない男こそ、彼らの主であるということを意味している。
それにしても、だ。
南雲と男は名乗ったが、その名に聞き覚えはなかった。
「我が本隊は、数だけの烏合の衆でございます。 ゆえに袁紹殿のこの国を憂う檄文に、この身は馳せるようと、我々だけでもと参りました」
「そ、それは殊勲な態度ですわね。 いいでしょう、話し合いに参加することを許しましょう」
「有難き幸せ」
男の言葉に麗羽は気を良くしたのか、普段の通りの調子に戻ると馬鹿笑いをする。
その姿に南雲という男は、一度周囲の人間に頭を下げると、この場で一番の下座に座った。
その背後には、周りを固めるように四人の男達が並ぶ。
尋常ではない覇気を放つ男達に周囲の太守達は、唾を呑み込んでいたが、全く気にした様子のない麗羽により、話し合いは再開された。