汜水関を落として、三日目。
遂に合従軍は第二の関門であり、洛陽の最重要拠点とされる虎牢関にたどり着いた。
「汜水関もデカいと思ったが、虎牢関はそれ以上だな」
汜水関は演義だけで、本当は虎牢関しかないと言われている。
昔、虎を飼っていたと言われる関所で、漢以前から拠点として重宝される地である。
関の周りには、巨大な天然の岩壁がそびえたち、侵入者の行く手を阻んでいた。
間者からの情報から、この地の守りは呂布と張遼。
董卓軍の第一と第二の猛将である。
現代においても、呂布は三国志最強の武将として、張遼は張来々と現地の者から言われて恐れられるほどの将である。
間違いなく華雄よりも危険値は上だろうと、私は全軍に停止を指示した。
南雲軍がぶつかるのは、先陣の曹操軍と公孫賛軍が崩れてからである。
相手の虚を突く瞬間を待っておくだけでいい。
「主、こちらを」
「うむ」
ベディアから手渡された書簡を手に取って広げてみる。
そこに書かれていたのは盾一の狙い通りのことが書かれていた。
「向こうも警戒しているだろうから、そう信じることもできないが、まあ悪くないな」
ようやく、我々は表舞台に上がることができたのだ、と実感する。
ゆえに、この地の戦いはさっさと終わらしたいところだが———
「ほう、籠城ではなく、そう来たか」
虎牢関の門がゆっくりと開かれる。
そこには、深紅の将軍旗に『呂』と『張』の文字が描かれていた。
その数は約四万、間違いなく総力戦になるだろう。
よほど汜水関の投石攻めが効いたのか、どちらにせよ戦の時間が早まることだけは確かである。
最も
「前線の将兵の血は大量に流れることになるだろうが、な」
願わくば共倒れを期待しよう。
盾一は、曹操軍に迫る呂布軍、張遼軍の姿を収めながらそう呟いた。
・ ・ ・ ・ ・
目の前に迫る呂布、張遼の両軍の動きに、華琳は思わず広角を釣り上げた好戦的な笑みを浮かべる。
両名、特に呂布に至っては、その武勇の脅威を華琳はその頭に叩き込んでいた。
たった一人で万の軍勢を滅ぼす武勇、それは間違いなく華琳の覇道を阻む障害となろう力であった。
ゆえに、夏侯惇———春蘭に討ち取るように命じたが、明らかに力不足であった。
このままでは、逆に春蘭が討ち取られかねないと考えた華琳は、彼女の双子の妹である夏侯淵———秋蘭に援護を任せ、中軍の劉備軍に増援を依頼した。
その依頼に速やかに増援である関羽、張飛、趙雲の猛将達を送ってくれたおかげで、今は呂布を抑えることに成功した。
そう、呂布はだが———
「邪魔やっ!!」
手に握られた偃月刀を振るい、曹操兵を切り裂く張遼。
呂布を抑えてもまだ脅威は収まらない。
巧みな馬術に、判断の早い指揮、そして漲るほどの烈気。
間違いなく彼女は優秀であり、華琳好みの将であった。
「ここで討つのは勿体ないわね」
「しかし、華琳様———」
華琳の言葉に、隣に控えていた荀彧———桂花は声を上げようとするが、広げられた右手によってその言葉が遮られる。
勿論、桂花の言うことが華琳に理解できないわけではない。
このギリギリの現状で張遼を捉えることなど、自身自慢の兵達に死ねと言っているようなものである。
だが、それでも目の前の彼女の才能は惜しかった。
「わかっているわ、桂花。 だけどそれでも彼女の才は我が軍に必要よ」
犠牲を払っても、手に入れたいほどの才能。
それは華琳が張遼につけた評価であった。
華琳は今後、南雲軍と争った時に一人でも多くの猛将を連れておかなければならないのだ。
「桂花、貴方は右翼を指揮しなさい。 私がこの本陣と左翼を指揮して張遼を抑え込むわ。 その隙に」
「———かしこまりました。 華琳様のご希望に添えるように」
華琳の意図を理解し、速やかに行動する桂花の姿に、華琳は彼女も代え難き才を持つ大切な仲間の一人だと再確認した。
そんな華琳達のやり取りを知る由も無い張遼———霞は、曹操兵を切り倒しながら、ただ前へと走り続ける。
彼女の胸には無き戦友の想いと主である董卓への忠義、そして身を焦がすほどの強い怒りである。
「死にたくなかったら、退きやっ!!」
飛竜偃月刀を振るい、曹操軍の陣形を切り裂いていく張遼だったが、練度の高い曹操軍の動きに段々と動きが取れなくなってきた。
———あかん、曹操軍のことは噂では耳にしておったけど、ホンマに厄介や!
確かに呂布という戦力と強靭な騎兵を持つ董卓軍は、大陸の中でも精強だと言ってもよかった。
だが、目の前の曹操軍は間違いなく戦場を駆け抜け、厳しい訓練を耐え抜いた精鋭ぞろいであり、その兵を引きいる将達も並みではなかった。
普段なら強敵と戦えることに喜びを感じているが、今この状況下で曹操軍ほど厄介な相手はいない。
「どけや!! こっちはアンタらに構っている暇はないんや!!」
霞の狙いは、華雄の敵である南雲軍であった。
勿論、私怨がないとは言えないが、それでも南雲軍を崩すことは、董卓軍の勝利を掴むための絶対条件である。
合従軍の三分の二を占める南雲軍こそ、今回の合従軍の裏総大将と言っていい。
実際、南雲軍以外を倒したとしても、南雲軍が無傷で残っていれば、こちらの敗北は必至であろう。
だからこそ、早い段階でケリをつけておかなければならないのだが、その前を曹操軍が阻んでいた。
———どうする!? ここは一旦下がるか? けどここが下がれば、恋達が囲まれる。 恋の親衛隊達が戻ってくれば、そのまま引くこともできるけど、今は公孫賛を相手中や。 そう簡単に戻ってくることはできんやろ。
形勢は確実に董卓軍であり、犠牲を払っているのは曹操軍と公孫賛軍である。
だが、このままでは確実に積むことになってしまうだろう。
思考を巡らせる霞に対し、曹操軍はその隙も与えないと言わんばかりに、次々に兵を送り込んでくる。
それも確実に側面や背後を狙うように動いてくるのだから、厭らしい手を打ってくるものだ。
「———引くか、恋達に伝えや」
「あら? ここまできて下がるのかしら」
霞が下がろうと指示を出そうとしたその時、戦場に凛と響く声が聞こえた。
聞きなれない、そして何処か耳に残る声に、霞は声の方に視線を向ける。
そこには一人の少女が立っていた。
可憐な少女、だが同時に発する覇気は霞には感じたことも無い巨大さを秘めていた。
その姿に霞は、目の前の彼女こそ、あの曹操なのだと気づいたのだった。
こうして二人は戦場で出会った。