諸悪の根源が消えたフィールドで丈は胸を抑えて蹲る。体を貫かれはしたが、霊的な干渉だったので肉体的外傷は一切ない。
体も問題なく動かせるし多少痛みが残るだけで頭もはっきりしている。
そう――――生まれる前の自分が抜け落ちたような虚無感がある以外は至って平常だった。
「丈!」
解放された吹雪と亮が起き上り駆け寄ってくる。どうやら二人も大丈夫そうだ。
一度闇のゲームで魂を吸収されながら直ぐに立ち上がる辺りは流石というべきだろう。
「見事なデュエルだった。邪神アバターを召喚した時は肝が冷えたが終わってみれば万事オーケーだったな」
「僕もカードを残して置いた甲斐があったよ」
二人から賞賛の声が送られるが、正直むずがゆい。
自分が邪神を打ち倒せたのは二人が遺してくれたリバースカードがあるからだ。二人がカードを残していなければ、今頃自分はキース……いやバクラに敗れて魂を取り込まれていただろう。
丈がそのように言うと吹雪が苦笑する。
「じゃあ僕等のファインプレーということにしておこうか」
「それがいいな。……ペガサス会長?」
亮が視線を向けたところにはバクラによる攻撃を受けたからだろう。所々が擦り切れたスーツをきたペガサス会長が真剣な顔つきで立っていた。
しかしスーツがボロボロになった程度で纏う気品が喪われないのはペガサス・J・クロフォードという人間のなせる業だろう。
「怪我は大丈夫なんですか、まだ動かない方が」
丈がそう気遣うがペガサスは無用だ、と手で制した。
「この程度の痛み、左目を刳り貫く激痛と比べれば大したことはありません。宍戸ボーイ……いえ宍戸丈、私からはもう感謝の言葉もありません。私がデザインし世に生み出されてしまった三邪神を受け入れてくれてありがとう。
I2カップを開催したのは正解でした。世界には私が知らないだけで、こんなにも素晴らしいデュエリストたちが育っていたのですから。遊戯ボーイたちが敢えて一時、デュエルの第一線を退いた理由が分かったような気がします」
「ペガサス会長、光栄です。けど……」
ペガサスから視線を外すと、丈は再びデュエルディスクを構えて眼前にいる男を見据える。
バンデット・キースのデュエルディスクは未だ0を刻んでいない。ライフは3000以上残っているのだ。
「デュエルはまだ終わってません」
闇のゲームであろうとなかろうとデュエルとはデュエリストを勝者か敗者かに分かつまで終わりはしない。
三邪神を取り戻すという大本の目的は九割以上果たしたので丈にはデュエルを放棄するという選択肢もあるにはある。だがそれはしてはいけないことだ。
「クッ、ははははははははははははははははははははは……」
バクラから解放されたキースは乾いた笑い声をもらす。それは地獄の灼熱で涙すら枯れ果ててしまった男の精一杯の悲しみの表現だったのかもしれない。
地下デュエル、闇のゲーム、ドラッグ、ギャンブル……。デュエルのあらゆる負の側面を味わった男、キース・ハワード。彼がみてきた地獄はまだ十五歳の丈には想像もつかない。
ただその地獄はキースというデュエリストを薄汚い卑怯者にしてしまうのには十分すぎるものだったということくらいは分かる。
「畜生が……。ネオ・グールズを再結成して三邪神を手に入れたと思ったら…………この様とはな。クククククククッヒャハハハハハハハハハハハハハ。全米チャンピオンも落ちぶれたもんだぜ。ヒヒヒヒヒ」
精神がバクラの支配下にあっても意識は残っていたのだろう。キースは自分で自分の道化を嘲笑った。
誰もが黙ってキースを見ている。誰にもキースを笑うことは出来ない。キースの姿はデュエリストならば等しくなるかもしれない成れの果てだからだ。
それでも――――
「キース、デュエルはまだ続行中だ」
「……………」
丈はキースのことを何も知らない。偉そうに上から説教なんて出来るはずもなければ、キースの苦悩を理解することもできない。
だが丈はキースの対戦相手だ。だからこそ一つだけ言えることがある。
「――――楽しいデュエルをしよう」
キース・ハワードという男がデュエルモンスターズというゲームと出会ったのはまだ彼が少年と呼べる年齢だった頃だ。
優れたゲーム性、カードから飛び出してきそうなデザイン。満を持して登場したデュエルモンスターズは世に出るや否や世界中で大流行。
特にI2社のあるアメリカでのブームは凄まじいもので、デュエルモンスターズはたちまちアメリカンフットボール・野球・バスケットボール・アイスホッケーと並ぶエンターテイメントとなった。
キースはそんなデュエルモンスターズに魅せられた最初期のデュエリストの一人だ。
少年だったキースは多くのデュエル大会に大人たちに混ざって参加し、その全てにおいて優秀な成績を収めていった。彼が成長し大人になっても彼の強さはかわることなく、キースの名が全米最強デュエリストとして知れ渡るのにそう時間が掛かることはなかった。
数多くの大会に出場しては当然の如くナンバーワンとなり賞金をかっさらっていく盗賊、バンデット・キースという異名が彼につけられたのもその頃である。
どれだけ一大ブームになろうと当時デュエルモンスターズは誕生したばかりのゲームである。まだプロリーグなども出来ておらず、デュエルで生活の糧を得るにはI2社に所属するかデュエリスト・ギルドに参加するかの二者択一しかなかった。
そんな中、キースはI2社の社員でもギルドのカード・プロフェッサーでないにも拘らずデュエルで生活をすることが出来た数少ない男だった。
彼の強さと獲得した膨大な賞金額が彼に一匹狼でいることを許していたのだ。
その時のキースは正に絶頂期といえる。黙っていても美女が向こうからやってくるし、政治家すら頭を下げてきた。
だがそんな絶頂期は唐突に終わりを告げたのだ。
少年時代のキースが心奪われたデュエルモンスターズ、その創始者によって。
「トムの勝ちデース」
ニューヨークで開かれたキースVSペガサスの対決で、キースはあろうことか初心者の少年に敗北してしまう。
これが切欠となり彼の人生は破滅した。
キースの周りにいた人間など所詮はキースの築き上げた地位と名声に集まって来ただけの人間達だ。それを失ったキースから、まるで餌を回収し終えた蟻のように離れていった。
デュエリストとして頂点を極めたキースに残ったのは初心者に敗北した全米チャンプという汚名だけ。そして唯一の財産であるカードだけだ。
それからは地獄の日々が待っていた。
稼いだ賞金はドラッグや酒の代金に消えていき、なくなった金を稼ぐためにロシアンルーレットまで身をやつしていった。
負ければ文字通り死が待っているデスゲーム。
勝たなければ死ぬ、絶対的に勝たなければならない戦いに確実に勝つ為に――――全米チャンピオン時代はしなかったイカサマ行為を覚えた。
彼がそこまで身をやつしながらカードだけは捨てずにいたのは、いつの日かペガサスに再挑戦し、過去の汚名を雪ぐ日がくることを待ち望んでいたからだろう。
しかし結局、彼がペガサスに挑戦することはできず、イカサマを用いてデュエリスト・キングダム決勝戦に臨んだキースは後の伝説により敗れ去る。その後はグールズに拾われ洗脳され、その次はもう知っての通りだ。
「……………………」
キースの目の前には一人のデュエリストが立っている。そのデュエリストはあろうことか「楽しいデュエルをしよう」などとほざいた。
「――――――――」
過去の憧憬。そういえばキース・ハワードというデュエリストがデュエルモンスターズと出会ったのは彼と同じくらいの年齢だっただろうか。
あの頃はなにも考えず、ただデュエルモンスターズというゲームを目一杯に楽しんでいただけだった。
「粋がってるんじゃねえぞ……小僧」
力を失っていた両膝に力が戻ってくる。キースはしっかりとした動作で立ち上がると宍戸丈の顔を真っ直ぐに見た。
近くに片時も忘れた事のない怨敵がいたが、敢えて無視する。
「テメエみてえな餓鬼がこの俺様に勝てると思ってんのか? 調子にのるんじゃねえ。いいか俺様は――――」
ネオ・グールズのローブを投げ捨てる。もはやこんなローブも組織もいらなかった。
下に羽織っていた黒ジャケットからアメリカ国旗を模したバンダナを取り出して頭に巻くと、黒いサングラスをかけた。
「バンデット・キースだ。テメエみてえな餓鬼なんざ、相手になんねぇんだよ!」
この日、全米において最強を誇った一人のデュエリストが復活を遂げた。
キース LP3199 手札1枚
場 なし
伏せ 一枚
宍戸丈 LP2000 手札3枚
場 カオス・ソルジャー -開闢の使者-、THE DEVILS AVATAR
伏せ 一枚
魔法 冥界の宝札
丈の前にはバンダナをまきサングラスをかけた、往年のバンデット・キースその人が立っている。
バクラとの繋がりも切断された今、彼は三邪神を操ることは出来ない。なのに今の彼が最初に戦ったキースより強く見えるのは決してマヤカシではないだろう。
もはや遠慮は不要だ。ただひたすら全力で戦うのみ。
「俺のバトルフェイズはまだ終了していない。カオス・ソルジャーで相手プレイヤーにダイレクトアタック! 開闢双破斬!」
「その攻撃は通さねぇよ! リバースカードオープン、ガード・ブロック! 戦闘によって発生するダメージを0にして、俺はカードを一枚ドロー!」
【ガード・ブロック】
通常罠カード
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
カオス・ソルジャーの攻撃は防がれてしまった。
このターンの最後、丈は未来への思いのデメリットである4000のライフを失う。そうなれば丈の負けだ。そうさせないためには、
「バトルフェイズを終了し速攻魔法、神秘の中華なべを発動。自分の場のモンスターを生贄に捧げ、そのモンスターの攻撃力か守備力か、どちらかの数値分ライフを回復できる。俺が生贄にするモンスターはカオス・ソルジャーだ」
【神秘の中華なべ】
速攻魔法カード
自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる。
生け贄に捧げたモンスターの攻撃力か守備力を選択し、
その数値だけ自分のライフポイントを回復する。
カオス・ソルジャーの魂がデュエルディスクに飛び込み命を回復させた。
攻撃力3000のカオス・ソルジャーを生贄にしたため、丈のライフは5000だ。
「ターンエンド。そしてこの瞬間、俺は4000のライフを失う」
丈のライフが1000にまでダウンするが、元々は2000だと思えば半分になっただけだ。
デュエルを続行する代価と思えば大したことではない。
「俺のターン、ドロー。モンスターとリバースカードを一枚づつセット。ターンエンドだ」
これまで圧倒的パワーでフィールドを圧巻していたキースからしたら消極的なターン。
けれどキースほどの男が無駄にターンを消耗するはずがない。となればこれは次への布石。
(なにを仕掛けているのか分からないし、俺には様子を見るという選択肢もある。ただここは憶さず攻める!)
こんな最高のデュエルで臆病風に吹かれるのは誰よりも丈自身が許さない。
「俺のターン!」
二枚目のレベル・スティーラーがきた。ただこのモンスターは手札にあっても大して意味のないモンスター。
かといって召喚しようと攻撃力はたったの800。攻撃表示で出せばキースにダメージを与えるチャンスはあるかもしれないが、残りライフ1000で攻撃力800を攻撃表示で出すのは自殺行為だ。
「バトル! 邪神アバターでセットモンスターを攻撃だ!」
黒い太陽から光が注がれる。今はアバターの攻撃力は場にいるモンスターの最高攻撃力がなし、つまり0のため攻撃力はたったの1だ。
だがそれもセットモンスターを攻撃するまでのこと。キースがセットしていたのが機動砦ギア・ゴーレムなどだった場合、丈の敗北が確定することになるがその時はその時だ。
全力で戦って負けるなら後悔はない。
「アバターが攻撃した瞬間、セットしていたモンスターがリバースする。伏せていたカードはメタモルポットだ。互いのプレイヤーは手札を全て捨て、五枚ドローする」
【メタモルポット】
地属性 ☆2 岩石族
攻撃力700
守備力600
リバース:お互いの手札を全て捨てる。
その後、お互いはそれぞれ自分のデッキからカードを5枚ドローする。
更に言えばメタモルポットは攻撃力が守備力より高いモンスターだったので、アバターの攻撃でそのまま破壊される。
戦闘では無敵のアバターだがその特性から反射ダメージには弱い。完全無欠にみえる邪神の弱点の一つだった。
キースに五枚のドローを許してしまったが、丈もレベル・スティーラーを墓地へ送ることができた。メタモルポットで有利になったのは相手だけではない。
「俺はリバースカードを二枚場に出してターンエンドだ!」
「いくぜ俺のターン、ドローだ。……クッ、ハハハハハハハハハハハハハ! 見ていやがれ、俺はこのターンで邪神アバターをぶっ潰す!」
「……っ!」
キースが、そしてバクラが自らの最強のしもべとして操った邪神アバター。最強無敵の最上位の神。
それを倒すとキースは堂々と宣言した。
「俺はレッド・ガジェットを攻撃表示で召喚。ただしデッキに対象となるカードがいない為、サーチ効果は発動しねえ。そして魔法カード、痛み分けを発動ッ!」
【痛み分け】
通常魔法カード
自分フィールド上に存在するモンスター1体を生け贄にして発動する。
相手はモンスター1体を生け贄にしなければならない。
「自分フィールドのモンスターを一体生け贄に捧げ、相手もまたモンスターを一体生け贄に捧げる。俺が生け贄に選ぶのはレッド・ガジェットだ」
「生け贄……? だが神にそんな魔法カードが通じるはずがない」
こんなことは他ならぬキース自身が誰よりも知っているはずだ。だというのにキースの不敵な笑みは崩れない。
「そいつはどうかな。確かに痛み分けなんざ大したことねえ三流カードだ。普通ならこんな低級スペルじゃ邪神アバターを倒すことなんて出来ねえ。だがな、このカードだけは例外が適用されるのさ」
「そうか! 痛み分けは邪神を対象にする魔法カードじゃない。いや邪神に作用するカードじゃない。相手プレイヤーに生け贄を強要するカード」
「大正解だ。そして邪神を操るプレイヤー自身なら邪神を生け贄にすることが出来る。消え失せな! 邪神アバター!」
丈のフィールドにはモンスターは邪神アバターしかいない。よって丈は邪神アバターを生け贄にするしかないのだ。
この生け贄は魔法効果ではなく丈の選択によって行われるので邪神アバターの無敵ともいえる耐性をもってしても防ぎきることはできない。
一瞬だけ丈はデュエルディスクに手を置いて、
「俺は邪神アバターを生け贄にする」
最終的に邪神を生け贄にする選択を強要された。
「……凄い」
二人のデュエルを観戦していた亮は思わず感嘆の声をもらしてしまう。
痛み分けは自分のモンスターを生け贄にする必要があり、相手の生け贄にするモンスターを選べないということから『死者への手向け』や『地割れ』などに立場を奪われてきたカードだ。
カードショップにいけば100円未満でばら売りされているような、誰もが持っているようなノーマルカード。
そんなノーマルカードがデュエルモンスターズ界で最高のレアリティをもつ邪神アバターを倒してみせたのだ。
「それだけじゃない。これで丈のフィールドはがら空きだ」
吹雪の指摘通り、邪神アバターがなくなった丈の場にモンスターはいない。
キースも通常召喚権は使っているが、だからこのままターンを譲るほど温いプレイイングをしたりはしないだろう。
「これで鬱陶しい神のカードは消えた。こいつで止めを刺してやるぜ。俺はセットしていた魔法カード、融合を発動! 手札のリボルバー・ドラゴンとブローバック・ドラゴンを融合」
リボルバー・ドラゴンとブローバック・ドラゴン。リボルバー拳銃を模した機械龍とオートマチックを模した機械龍の融合とくれば思い当たるカードは一枚しかない。
「出やがれ! 敵を蜂の巣にしちまいな、ガトリング・ドラゴン!」
【ガトリング・ドラゴン】
闇属性 ☆8 機械族
攻撃力2600
守備力1200
「リボルバー・ドラゴン」+「ブローバック・ドラゴン」
コイントスを3回行う。表が出た数だけ、フィールド上のモンスターを破壊する。
この効果は1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに使用する事ができる。
胴体に多数のガトリング砲を装備した機械龍。リボルバー・ドラゴンの最終進化形態だ。
攻撃力はリボルバー・ドラゴンとかわらぬ2600だが、最大で三体のモンスターを破壊する効果をもっている。
「ガトリング・ドラゴンで相手プレイヤーを直接攻撃、ガトリング・キャノン・ファイヤッ!」
ガトリング・ドラゴンの砲口が一斉に火を噴いた。もはや雨と形容するのが正しい大砲の嵐が丈に向かってくる。
この攻撃を通すわけにはいかない。
「リバース発動、ガード・ブロック! 戦闘で受けるダメージを一度だけ0にしてカードを一枚ドローする」
「ははぁッ! そんなことで攻撃を回避したつもりか。速攻魔法発動、融合解除! 分離しろブローバック・ドラゴン、そしてリボルバー・ドラゴンッ!」
「……!」
【リボルバー・ドラゴン】
闇属性 ☆7 機械族
攻撃力2600
守備力2200
相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。
コイントスを3回行い、その内2回以上が表だった場合、そのモンスターを破壊する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
【ブローバック・ドラゴン】
闇属性 ☆6 機械族
攻撃力2300
守備力1200
コイントスを3回行う。その内2回以上が表だった場合、
相手フィールド上に存在するカード1枚を選択して破壊する。
この効果は1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに使用する事ができる。
ガトリング・ドラゴンの攻撃後、モンスターが分離する。ブローバック・ドラゴンと、キースが全米チャンピオン時代から愛用していたリボルバー・ドラゴンが降り立った。
砲口の数は合計4。それら全ての照準が向けられると中々に壮観なものだった。
キースがリボルバー・ドラゴンの姿を見て目を細める。
全米チャンピオン時代のエースの一体でありながら、その姿はロシアンルーレットで金を稼いできたキースの暗黒時代を象徴するカードでもあった。
だがこの瞬間、リボルバー・ドラゴンはキースにとって復活の象徴となったのだろうか。
「ブローバック・ドラゴンで追撃! オートマチック・キャノン・ファイヤ!」
「ならこちらも速攻魔法、終焉の焔を発動。場に二体の黒焔トークンを守備表示で召喚する」
ブローバック・ドラゴンの放った弾丸が黒焔トークンの一体を消し飛ばす。しかし黒焔トークンはまだ後一体残っている。
「まだまだ! リボルバー・ドラゴンで黒焔トークンを攻撃、ガン・キャノン・ファイヤッ!」
リボルバー・ドラゴンの銃口から飛び出した弾丸が黒焔トークンを撃ち抜いた。
これで丈のフィールドは再びがら空きとなる。けれどこのターン、持ち堪えた。
「あの攻撃を凌ぎやがった、だと? くそっ。俺はターンエンドだ」
「俺のターン、ドロー」
引いたカードを確認して、微笑んだ。このタイミングでこのカードを手札にもってくるとは勝利の女神は中々に粋なことをする。
迎えに来てくれた勝利の女神に応えよう。どんな敵にも怯まずに、その闇を撃ち抜く。
一人のデュエリストの止まってしまった時間を動かす為にも。
「キース……このデュエル、俺の勝ちだ!」
「なに!?」
「俺はセットしていたリバースカード、メタル・リフレクト・スライムを発動する。このカードは発動後モンスターカードとなりフィールドに特殊召喚する。
そして俺はメタル・リフレクト・スライムのレベルを二つ下げ、墓地より二体のレベル・スティーラーを特殊召喚する!」
【メタル・リフレクト・スライム】
永続罠カード
このカードは発動後モンスターカード(水族・水・星10・攻0/守3000)となり、
自分のモンスターカードゾーンに守備表示で特殊召喚する。
このカードは攻撃する事ができない。(このカードは罠カードとしても扱う)
メタル・リフレクト・スライムと二体のレベル・スティーラー。丈の場にはモンスターが三体並んだ。
「メタル・リフレクト・スライムだと!? 馬鹿な、何でこのタイミングで。そのカードをさっきの俺のターンで痛み分けにチェーンして発動していりゃ邪神アバターを生け贄にせず済んだじゃねえか!」
「答えは簡単さ。邪神アバターにはモンスターの効果がまるで通じない。よってレベル・スティーラーを特殊召喚するためにレベルをダウンさせることが出来ない。あの瞬間、俺にとっては邪神アバターよりメタル・リフレクト・スライムを残す方が大切だったのさ」
「神を囮にしたっていうのか!?」
「いくぞ。俺は三体のモンスターを生け贄に捧げ、現れろ神獣王バルバロスッ!」
【神獣王バルバロス】
地属性 ☆8 獣戦士族
攻撃力3000
守備力1200
このカードは生贄なしで通常召喚する事ができる。
この方法で通常召喚したこのカードの元々の攻撃力は1900になる。
また、このカードはモンスター3体を生贄して召喚する事ができる。
この方法で召喚に成功した時、相手フィールド上に存在するカードを全て破壊する。
邪神デッキと合わせて運用することを想定されて創造された神に従う従属神、神獣王バルバロス。いつも丈を助けてくれた最高に信頼するカードだ。
フィールドに降り立ったバルバロスは四つの足で地面を蹴り、鋭い神槍をキースへ向ける。
「あれは丈がずっと昔から使い続けてきた戦術だ……!」
「そしてバルバロスのモンスター効果は!」
亮と吹雪が歓声をあげる。二人の言う通り、メタル・リフレクト・スライムのレベルを下げてレベル・スティーラーを蘇生させ、そこからバルバロス召喚に繋げる戦術は丈がこのデッキを構築して以来、ずっと使い続けてきた戦術だ。
「カオス・ソルジャーが俺の魂なら、バルバロスはこの三年間ずっと俺と共に歩み続けてくれた相棒だ。相棒の力でこのデュエルに決着をつける!
三体を生け贄にして召喚された時、神獣王バルバロスは相手フィールド上に存在する全てのカードを破壊する!」
バルバロスの槍が高速回転し、そこから放たれた雷がキースの場を一掃した。
リボルバー・ドラゴンは最後まで抵抗していたが、やがて砕けて消える。
「…………チッ」
焼野原になったフィールドを見たキースは悔しそうに舌打ちしてから、どこか晴れ晴れとした表情で目を瞑る。
「バルバロスのレベルを下げ、レベル・スティーラーを攻撃表示で蘇生。バトルフェイズ、レベル・スティーラーでプレイヤーへダイレクトアタック」
レベル・スティーラーがキースのライフを減らす。
最後に丈は神獣王バルバロスに命令を下す。決着をつけるために。
「神獣王バルバロスでダイレクトアタック、トルネード・シェイパー!」
神槍がキースの心臓を貫いた。……その槍がキースの中にある闇を消し去っていればいいと願いながら。
キースのライフポイントが0を刻む。
丈は黙って歩み寄ると、手を伸ばす。最高のデュエルをした相手と握手をするために。キースは差しのべられた手に目を落とすと、力を込めて握った。
「いつっ!」
「この借りはいつか必ず返す。それまで覚えておきやがれ」
短い握手を終えると、キースは今度はペガサスへ歩み寄っていく。
そして拳を握りしめるとペガサスを思いっきり殴り飛ばした。ペガサスはそのまま地面に叩きつけられる。
「ペガサス会長!」
慌てて駆け寄ろうとするが「いいのです」とペガサスが止めた。
地面に倒れたペガサスを見下ろしたキースは、
「俺はテメエの手なんざ借りねえよ。俺の力で伸し上がってやる。そして必ずテメエをぶっ潰す。首を洗って待ってな」
そう言い残してキースは立ち去っていく。
だが屋上のドアに手をかけると、くるりとキースは振り返った。
「宍戸丈、受け取りな!」
「っ!」
キースが装着した黒いデュエルディスクを外すと丈に投げ渡してくる。
受け止めるとずっしりとした重みが両手に広がった。黒いデュエルディスクは見た目こそ丈のものと変わったところはないが、よく観察してみると使われているパーツ一つ一つが破格のものであるということが分かる。肌触り一つとっても滑らかで高級感があった。恐らく中身も最新式だろう。
「これは……?」
「ブラックデュエルディスク。プロリーグの前身、カード・プロフェッサーの頂点の証だ。この俺に勝った褒美にこいつはテメエにくれてやる。ついでに残ったネオ・グールズの奴等も解散させておいてやるよ」
今度こそキースは去っていく。彼がどこへ向かうのか丈は分からない。ただ今のキースなら大丈夫だろうという確信はあった。
たちこめていた黒い暗雲が消え、太陽が沈んでいく。宍戸丈の長い長い一日は漸く終えようとしていた。
※バクラに魂の一部を食われたため、主人公は原作知識及び前世の記憶を失いました。