宍戸丈の奇天烈遊戯王   作:ドナルド

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第53話  加速する決闘

 いきなりの襲撃に全員が硬直する。壁が爆破され、そこに空いた穴からバイクで乗り込んできたグールズと思わしき男が『邪神イレイザー』を奪っていった。

 その事実を認識するのに一拍遅れる。

 

「ペガサス会長!」

 

 一番早く立ち直ったのは意外にも吹雪だった。爆発の余波を受けたのだろう。頭から血を流し倒れているペガサス会長に駆け寄った。

 丈たちも駆け寄ろうとするが、

 

「……私は……大丈夫デス。それよりも……早く邪神を……。あのカードまでグールズの手に渡れば、この世界は暗黒に包まれてしまいます」

 

「しかし!」

 

「行くのデース! 三人とも!」

 

 強い口調で一括され丈たちの心は決まった。これだけの大騒ぎだ。直ぐに誰かが駆けつけてくるだろう。ペガサス会長は心配だが任せるしかない。

 

「追うぞ!」

 

 一番足の速い亮が先導きって走り出す。丈もそれに続いた。

 相手はバイクである。走ったところで追いつけるとは思えないが、ただじっと待つよりこうして追い掛けたら万が一にも追い付ける可能性はある。じっとしていればその万が一すらないのだ。

 

「吹雪ボーイ、これを」

 

「会長?」

 

 吹雪も二人を追おうとしたところでペガサスから一枚のカードを渡された。

 ペガサスは口元を微かに綻ばせると静かに目を閉じる。命に別状はない。気を失っただけだ。苦しそうに吹雪は努めてペガサスから目を背けると二人に続いた。

 邪神イレイザーを奪ったグールズはバイクを巧みに操り廊下を滑るように疾走している。

 学年主席だからというわけではないが丈たち三人の運動神経は高い。50m速をすれば陸上部から誘いがくるような成績を叩きだす事もできる。しかしそれはあくまで人間レベルでの速さだ。相手がバイクでは追い付けはしない。

 三人の視界からバイクが消えるのにはそう時間はかからなかった。

 

「くそっ! やっぱり駄目か……。もう警察に連絡するしか」

 

 ケータイを取り出そうとする丈だがそこで思い出す。ケータイ電話をロッカールームに置いてきたままだった。

 デュエル中に携帯電話を使用するのはマナー違反だとアカデミアで習っていたのが仇になったらしい。

 

「諦めるのは早いぞ。窓から飛び降りて先回りだ!」

 

「え?」

 

「行くぞ」

 

 きょとんとする丈をおいて亮はさっさと窓のロックを外す。

 

「ま、待て! ここは四階なんだぞ!」

 

「関係ない」

 

 そう言うと亮はまるで恐れる様子もなく窓に足をかけて飛び降りてしまった。

 傍から見れば投身自殺にも受け取られかねない光景に唖然としてしまう。

 

「丈、僕達も急ごう」

 

「え、ちょっと吹雪?」

 

 亮だけではなかった。吹雪も平然とこの事態を受け流すと亮と同じように足を掛けると窓から飛び降りた。

 こうなるともう丈としても自棄である。

 

「ああもうっ! 飛び降りればいいんだろう飛び降りれば! こんなことならレッドブル飲んどけば良かったよ!」

 

 気合に身を任せて窓から飛び降りた。

 室内から一転、体が赤く染まった空と夕焼けに晒される。夕日の出た空は赤い海のように美しかった。世界がこんなにも素敵なものだったのだと丈はこの年になって漸く知る。

 これまでの人生が走馬灯のように脳裏を過ぎった。

 

「あぐっ!」

 

 そして足に響く衝撃。気付けば丈は今いた建物から地面にしっかりと着地していた。

 

「……意外になんとかなるもんなんだな」

 

 走馬灯をみて損した。人間(デュエリスト)というのは自分の思ってた以上に頑丈だったらしい。

 四階から飛び降りたというのに足がしびれるだけで怪我一つしていなかった。

 

「遅いぞ丈! 早くするんだ!」

 

「え、ああ悪い」

 

 そう言っている間に建物から飛び出したグールズのバイクが走り去っていった。先回りして追い詰める作戦は失敗してしまったらしい。

 悔しそうに歯噛みした亮の視線が今度は駐車場に停められている『ある物』に釘づけとなった。

 

「サイドカー付きのバイク、あれならば。吹雪、丈! あれに乗ろう!」

 

「名案だね。……あっ。だけど鍵はどうするんだい? 鍵がなければエンジンをかけれないよ」

 

 至極真っ当な疑問をぶつける吹雪。だが丈には『鍵』という単語に対して天啓のように閃くことがあった。

 

「キーの差し込み口のところを壊して、そこに指つっこんで捻じればエンジンがつくなんてことをGTOの漫画で見た事があるぜ!」

 

「それだ!」

 

 亮に迷いはなかった。キーの差し込み口に手刀を叩き込むと一撃で粉砕し、壊れた鍵穴に指を捻じ込むとバイクがぶるぶるとエンジン音を鳴らし始めた。

 漫画の知識が思わぬところで役に立った瞬間だった。 

 

「良し。エンジンがかかった。二人とも乗るんだ」

 

 亮がバイクに乗るとハンドルを握る。

 ここまできたら止めるわけにはいかない。勢いに任せて丈はサイドカーに吹雪は亮の後ろに乗った。

 二人がのったことを確認すると、亮はバイクを走らせた。車とは違う独特の疾走感とスピードと共にバイクが地面を滑っていく。

 

「お、俺のバイクが~!」

 

 背後で牛尾さんが悲痛な叫びをあげていたが幸いにも丈たちはそれに気づくことはなかった。

 

「いいのかな……こんなことして……」

 

 今更になって丈はやってることのハチャメチャさに身震いする。四階から飛び降りて奪ったバイクで走りだすなど最近の不良だってやらないだろう。

 

「緊急事態だ。他人のカードを奪うような男を一人のデュエリストとして見過ごすことはできん」

 

「僕達はバイク泥棒なんだけどね」

 

 吹雪の冷静なツッコミが入る。

 

「緊急事態だと言っただろう。当然、事が済めば後で帰す。謝罪だってしよう」

 

 表情一つ変えずにクールに言い放った。……正直、丈が女ならこのセリフにときめいたかもしれない。

 しかし言動はクールだが実際にやっている行動を鑑みれば亮の中には熱い心がくすぶっているのだろう。長い付き合いだ。それくらいは分かる。

 

「にしても助かったよ。亮がバイクの運転免許もっててくれて。俺はバイクの運転なんてしたことないから」

 

「丈。何言ってるんだ? バイクの免許がとれるのは十六歳からだぞ。まだ十五歳の俺が免許なんて持ってる訳ないだろう」

 

 さも常識を語るように亮は堂々と言い放った。亮は平然としているが丈たち二人の額からは冷や汗が滲んだ。

 

「え、えーと。じゃあ亮って素人?」

 

「心配するな。俺はサイバー流に入門する前にスカルライダーを使った事がある」

 

「おいこら! 現実とカードをごっちゃんにするな! 止まれ! 早く止まれ!」

 

「すまん。どうやってブレーキをかけるんだ?」

 

「おいぃぃぃいいい!!」

 

 ちなみにスカルライダーというのは星6効果なしの儀式モンスターだ。

 ライダーというネーミングの通りバイクにのった骸骨のモンスターでアメコミのゴーストライダーがモチーフになっていると言われている。

 言うまでもないがスカルライダーをデュエルで使用しても実際にバイクの運転ができるようになるわけではない。

 

「落ち着くんだ丈。それにもう追い付いたぞ」

 

「へ?」

 

 そう言われて気付く。丈たちの乗り込んだバイクは並列するようにグールズのバイクと並んでいた。

 グールズの顔はローブのせいで上手く見ることはできないが、やはり体型などから察するに男性なのは間違いないようだ。

 

「ちっ! 追ってきやがったのか餓鬼どもッ!」

 

「もう逃げられないぞ。大人しく邪神のカードを返すんだ!」

 

 亮が説得を試みるがグールズの男は応じる様子はない。逆に挑発するような笑みを浮かべて見せた。

 

「ハッ! ちっとばっかし大会で活躍して、ちょっとばっかし顔が良くて、ちょっとばかし女にモテて、ちょっとばかし学校の成績が良いからって調子にのってんじゃねえ! こっちはなぁ! 彼女なんて出来たことねえし大会じゃ四位どまりだし成績だってドべだったんだよぉぉ!」

 

「何の話だ!」

 

「だからデュエルだぁ! ヒャッハー!」

 

「……デュエルを挑まれたのなら、応じないわけにいかないな」

 

「応じなくていいからハンドルから手を離さないでくれぇ!」

 

 お互いにバイクが走行中だというのにデュエルディスクをセットするグールズと亮。走行中の一般自動車の隙間を縫いながら走るバイク。

 絶叫マシーンの百倍の絶叫の中に丈はいた。いつもはお気楽キャラの吹雪も今日ばかりは少し震えている。

 

「バイクで走りながらのデュエルだから……さながらライディングデュエルか。いくぞグールズ! ライディングデュエル! アクセラレーション!」

 

「本当に止まってくれぇぇええ! あとそれ時代が違う!」

 

 もはや叫びを通り越して怒鳴り声をあげるがデュエルモードに入った亮に説得は無意味だった。

 時代を先取りしまくってバイクにのってデュエルするという無茶苦茶を亮は実行する。

 

「安心しろ。1ターンもあれば十分だ」

 

「ヒャッハー! テメエはアホかぁ! 先行1ターン目ってのはな。攻撃できねぇんだよぉ! ンなことも知らねえのかインテリ様よぉ!」

 

「ふっ。ならお前に教えてやろう。敵を倒すのは攻撃だけじゃないということを。俺の先行! ドロー!」

 

 デッキからカードをドローする為、完全に両腕をハンドルから離す亮。運転手が運転を放棄したことでバイクがよろめく。

 

「危ないっ!」

 

 咄嗟に後ろに座る吹雪が両腕を伸ばしてハンドルを握る。

 吹雪のことをこれほどまでに心強いと思ったのは初めてだった。吹雪のファインプレーで持ち直したバイクはそのまま併走を続ける。

 

「行くぞ。俺は魔法カード、天使の施しを発動。デッキからカードを三枚ドローし二枚捨てる。俺は手札よりカードカー・Dと処刑人マキュラを捨てる。

 処刑人マキュラのモンスター効果発動。このカードが墓地に送られた時、俺はこのターン。手札から罠カードを発動することができる」

 

「手札から罠カードだと? インチキ効果もいい加減にしろ!」

 

「俺は手札より未来融合-フューチャー・フュージョンを発動! 自分の融合デッキの融合モンスター1体をお互いに確認し、決められた融合素材モンスターを自分のデッキから墓地へ送る。発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時に、確認した融合モンスター1体を融合召喚扱いとして融合デッキから特殊召喚する!

 選択する融合モンスターはキメラテック・オーバー・ドラゴン! 俺はサイバー・ドラゴンと二十体の機械族モンスターを墓地へ送る!」

 

「はははははははっ! 口ほどにもねぇなぁ! なにがワンターンだ、ほざきやがって! 未来融合で融合モンスターが召喚されんのは2ターン後。今はお預けだぜぇ」

 

「ふっ。だからこうするのさ。俺は手札よりオーバー・ロード・フュージョンを発動! 墓地のサイバー・ドラゴンと二十体の機械族モンスターをゲームより除外! キメラテック・オーバー・ドラゴンを融合召喚するッ! 現れろキメラテック・オーバー・ドラゴンッ!」

 

 

【キメラテック・オーバー・ドラゴン】

闇属性 ☆9 機械族

攻撃力?

守備力?

「サイバー・ドラゴン」+機械族モンスター1体以上

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。

このカードが融合召喚に成功した時、

このカード以外の自分フィールド上のカードを全て墓地へ送る。

このカードの元々の攻撃力・守備力は、

このカードの融合素材としたモンスターの数×800ポイントになる。

このカードは融合素材としたモンスターの数だけ

相手モンスターを攻撃できる。

 

 

 大凡二十一もの首を生やした何処となく破壊的なオーラをもった機械龍がフィールドに現れた。

 キメラテック・オーバー・ドラゴン。I2カップでも亮が幾度となく召喚したモンスターである。

 

「キメラテック・オーバー・ドラゴンの攻撃力は融合素材としたモンスターの数×800ポイントの数値となる。俺の融合素材としたモンスターは21体! よってその攻撃力は16800ポイントッ!」

 

「へんっ! 1ターンで攻撃力16800のモンスターを召喚したのは褒めてやる。だがな俺の手札には魔法カード『死者への手向け』がある。そいつは攻撃力ばっか高くて耐性がまるでねえ。俺の次のターンでテメエのご自慢のモンスターはおさらばだぜぇ!」

 

 意気揚々と宣言するグールズだが、丈の方はグールズほど楽観などはできない。

 1ターンで終わらせるという亮の宣言。そして最初に天使の施しによって墓地へと送られた処刑人マキュラ。亮はやる気だろう。

 

「言っただろう? このターンで決着をつけると! 俺は手札よりリミッター解除を発動! キメラテック・オーバー・ドラゴンの攻撃力を倍にする!」

 

「こ、攻撃力33600だとぉ!?」

 

「更に俺は手札より罠カード、破壊輪を発動! フィールド上のモンスター1体を破壊しお互いにその攻撃力分のダメージを受ける!」

 

「なっ! それじゃあテメエのライフまでゼロになるじゃねえか!?」

 

「それはどうかな。俺は破壊輪にチェーンしてカウンター罠、地獄の扉越し銃を発動! このカードはダメージを与える効果が発動した時に発動する事ができる。自分が受けるその効果ダメージを相手に与える!」

 

「ってことはテメエの受ける33600のダメージまで俺が受けることになるから…………67200だとぉぉぉぉぉおぉぉぉおぉぉおおお!?」

 

「さらばだ。人のカードを盗む罪の重さを全身全霊で贖え」

 

「ぎゃぁぁああああああああああああああああ!!」

 

 破壊輪に包まれたキメラテック・オーバー・ドラゴンがその身を一つの火薬へとかえて起爆する。

 ソリッドビジョンとは思えぬ轟音が響き渡った。空気が震える。衝撃の余波が風となって巻き起こった。だがグールズへの攻撃はそれだけに留まらない。亮をも破滅させるはずだった爆発のエネルギーは一つの拳銃へと装填される。

 33600ものエネルギーを装填した銃はグールズ目掛けてレーザーを放った。

 

「あべし!」

 

 心臓をレーザーで貫かれたグールズがバイクから転げ落ち転倒する。

 咄嗟に吹雪がブレーキを入れると、亮が暴走運転したバイクも急停止した。 


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