丈の中で校長室のイメージなんてものは、立派な本棚に小奇麗な調度品などに囲まれているフワフワの安楽椅子と机というものであるがアカデミアの中等部とはそれとは随分と違っていた。
部屋の中にある調度品は必要最低限なものばかりでおよそ飾り付けとは無縁で、それはこの部屋の主の気性を示しているようである。
デュエルアカデミア中等部校長―――――原田校長は齢60近く、質素倹約節約が趣味の御仁であった。高等部校長の鮫島と違いデュエル実技における実績は無いに等しいが、カード開発などには才能のある人物である。校長に就任する前はインダストリアルイリュージョン社でカードデザイナーの仕事をしていたそうだ。
原田校長な柔和な微笑みを顔に張り付けたまま、入室してきた丈達三人を出迎える。
「良く来たね。丸藤君、宍戸君、天上院君。そんなに固くなることはない。楽にしてくれたまえ」
校長先生の促しに従い三人は肩の力を抜く。
そのまま校長先生に勧められるがままに校長室にあるソファに座らせられた。
「どうぞ」
校長の秘書らしき妙齢の美女が淹れたての紅茶を三人の前に置く。
そう言えば校長先生は独身だときいた。社会的地位のある独身男性の近くにいる美人秘書。もしかしたら公的ではなくプライベートでも『関係』があるかもしれない。
(おっと、こんな事は考えるべきことじゃなかったな)
他人の恋路に口を挟んでも碌な事が無い。
その事を自身の経験から知っていた丈は自制した。校長と秘書の人がそう言った関係であろうと、たかが一生徒でしかない宍戸丈には無関係のことである。
「さて。君達もいきなり呼ばれたところでどういう理由で呼ばれたのか分からないだろう。先ずはこれを見てくれたまえ」
校長先生はテーブルの上にチラシのようなものを置く。
一番上のタイトルには『I2カップ開催迫る』とデカデカと書かれていた。どうやらデュエルモンスターズの生みの親であり現在でもカードの製作を一手に引き受ける大企業、インダストリアル・イリュージョン社主催のデュエル大会のようである。大会には名誉会長であるペガサス・J・クロフォードも観戦しに来るらしい。
「これがなにか?」
亮が淹れて貰った紅茶を優雅に口に運びながら校長先生に真意を尋ねる。
仮にもデュエルアカデミアに在学するデュエリストなら、インダストリアル・イリュージョン社主催のデュエル大会に興味がない訳ではない。しかし、そのことと自分達がどうして呼び出されたかの関係席が分からなかった。なにせ『I2カップ』とやらが開催される時期はアカデミアにおいては普通に平常授業がある日時なのである。
「はははははは。そういえば話したことがあったかな。実は私は――――」
「聞いています。インダストリアル・イリュージョン社でカードデザイナーの仕事をしていたんですよね校長先生」
校長の話が如何に長いのかをこの学園に来た最初の日―――――入学式の日より知っていた吹雪が長話が始まる前に遠まわしに釘を刺した。
校長は一瞬残念そうな表情になるが直ぐに気を取り直し話を続ける。
「I2カップ、この大会には予選が無い。大会出場を希望するデュエリストの中から、相応しい者をI2カップ運営委員会が選ぶ形式だ。その応募者の過去の対戦記録や経歴などを調べてね。そしてここだけの話、運営委員会の中には私の元後輩もいたのだよ。それでなんだが、デュエルアカデミア中等部を世間に宣伝する良い機会でもある。そこで我が校でも最優秀の君達三人をその大会に推薦しておいた」
『……っ!』
校長の言葉に三人の胸中が揺れる。
無言で三人が三人とも真っ直ぐ校長の視線を追った。今まで校長の話なんて右から左に聞き流していくのが大抵だったが、今度ばかりは話が違う。
大会への推薦。つまり自分達三人がI2社主催のデュエル大会に出場できるかもしれないのだ。
「そしたらだよ。後輩からは……OKサインが出た」
「本当ですかっ!」
感慨深まり思わず丈はソファから立ち上がってしまった。立ち上がって直ぐ、自制心を失った自分を恥じ着席したが興奮は覚める事はなかった。
インダストリアル・イリュージョン社主催のデュエル大会といえば、野球でいえば日本シリーズのようなものである。当然ながら観客も多く来るだろうし、TV画面にもばんばん映ることに成るだろう。高校野球でいえば甲子園に出場するようなものだ。そんな場所に自分が立てる。丈でなくとも興奮の一つや二つするというものだ。
無論、これは校長による丈達三人へのプレゼントということではなく彼なりの思惑があるのだろう。デュエルアカデミアはまだまだ歴史の浅い新興の学校だ。デュエルモンスターズが爆発的普及したこともあり、その知名度は浅い歴史に比べて遥かにある。
しかし今でこそデュエルアカデミアが海馬コーポレーションがオーナーを務めるものしかないとはいえ、未来ではそうならないかもしれない。やがては一般の高校にもデュエルの授業が制定されるかもしれないし、第二第三のデュエルアカデミアが出来るかもしれないのだ。その前にデュエルアカデミア校長としては、デュエリスト養成校の総本山というイメージを大衆に刻みつけたいのだろう。
そしてデュエリスト養成校であることをイメージ付けたいのならデュエル大会が一番手っ取り早い。デュエルアカデミア中等部の学生から名誉あるI2社主催大会での優勝者が出ればアカデミアの知名度は鰻上りだろう。
そんなような裏事情をなんとなく悟りつつも、三人にとってはどうでも良かった。I2主催の大会に出場できる。そのところが一番重要だ。
「大会期間中、君達は公欠扱いとなる。出席率を心配する必要もないし取得単位についても私から担当教員に言い聞かせよう。どうかね? この学園内では君達とまともに戦えるデュエリストは教師含めてもそうはいない。精々田中先生くらいだろう。しかしこのI2カップには世界各国から名だたるデュエリストが終結する。決して損はないと思うのだが」
「是非やらせて下さい!」
「願ってもない話です」
「僕達全員、同じ気持ちですよ」
三人の心は一つだった。
校長先生の言う通りI2社主催ともなれば、全世界から多くのデュエリストが参加してくるだろう。その中にはプロリーグで活躍するデュエリストもいるだろうし、大会荒しの賞金稼ぎもいるかもしれない。ただ誰もが強敵であることには違いない。
このデュエルアカデミアで丈達三人と戦えるデュエリストは三人以外には殆どいない。元々デュエリストですらない校長先生は当然として、実技担当教員よりも既に下手なプロデュエリストを超えている三人の実力は上だ。現状、田中先生くらいしか戦えるデュエリストはいないだろう。その田中先生にしても授業では本気を見せる事は皆無に近いので不完全燃焼だ。だがデュエル大会といえば幾ら学生だろうと相手も本気を出してくる筈。
参加者が操る多種多様なるデッキ。まだ見ぬ強敵。
それらを前にしては武者震いというやつを抑えることが出来ない。三人は初めて校長先生に感謝の念を抱いた。
「決まりのようだね。では運営委員会には私の方から伝えておく。君達は授業に戻ってください」
ソファから立ち上がるとしっかり挨拶をしてから部屋から出る。
だが部屋から出た後も血肉を湧き立たせる興奮は消えたりはしなかった。しっかりと熱は身体の中にある何かを焼いている。まるで薪に火をくべるかのように。
「亮、吹雪……」
「ああ。俺達がまさかI2主催の大会に出れるなんてな。しかも中学生で」
「もしかしたらペガサス会長の伝手で伝説のデュエリストも参加したりしてね。僕としては同じように真紅眼の黒竜を使う城之内克也とは戦ってみたいけど」
海馬瀬人が武藤遊戯の生涯のライバルならば、城之内克也は生涯の親友とでもいうべき人物だ。使用デッキは時の魔術師を始めとする多種多様なギャンブルカードの入ったデッキで、エースモンスターにはプレミア価格で数十万はする真紅眼の黒竜や人造人間サイコ・ショッカーなどがいる。吹雪のデッキはレッドアイズを中心としたドラゴン族デッキなのでデッキコンセプトは似ていないが唯一点、レッドアイズをエースとするという点では同じだ。
アニメ内では未熟なところが多かった城之内もこの時代では伝説の一人である。吹雪を始めとして彼を尊敬する者もまた多い。本人の実績もそうだが、武藤遊戯の親友ということも彼の名をあげる一因にもなっているのだろう。
「なんにせよ期待は尽きないよな。そういや見ろよこのチラシ、優勝者には賞金500万円に大会オリジナルパック300パック、それに…………なんだ、この???っていうのは」
丈は優勝賞品の一覧にある???に目が留まる。ここには注意書きで「勝ってからのお楽しみデース」とペガサス会長からのメッセージがあった。
「ペガサス会長のことだ。案外世界で一枚のレアカードだったりしてな」
亮は笑いながら言った。有り得ないことではない。今までも大会なので世界で数枚だとかいうレアカードが賞金となったことが多々あった。この???もそういったカードのことなのかもしれない。
(まいっか)
???の事はこの際どうでもいい。まだ参加出来ると言うだけで一勝もした訳ではないのだ。でありながら優勝賞金の事を考えるなど取らぬ狸の皮算用もいいところである。今考えるのは来たるべき大会のことだけでいい。大会に出たとしても無様な敗北を演じるのではただの道化だ。そして宍戸丈は道化よりは勝利者の方がお好みである。道化になるくらいなら、まだ舞台にすら上がらない観客の方が良い。
「???は分からないけど、賞金500万円もあれば特上寿司だろうと焼肉だろうとアルプス山脈の美味しい水だろうと食べ放題の飲み放題。おまけに大会限定のパックが300だ。これは俄然やる気が出てきたな」
「フ、となると俺達はお互いに優勝目指して争うライバル同士ということだな」
「だね。僕も勝利は譲る気はないよ」
三人は視線をクロスさせ、同時にどっと笑った。
夜になれば一人でデッキに微調整を施さなければならない。丈が吹雪や亮のデッキを知り尽くしているように、向こうもこちらのデッキを知り尽くしている。
三人がこれから出場するのは大会という勝者と敗者を決定的に分ける戦場だ。引き分けはなく、二人のデュエリストを栄光か敗北かに色分けする無情なる地。友人同士とはいえ、蹴り落とし凌ぎを削る敵同士。ならば遠慮は無用。各々が全力をもって友人含めた相手を撃破していくまで。手心は加えないし加えるつもりもない。そんなものは相手にも失礼だ。
この日、三人の友人同士はただの『敵同士』へと変わった。
漸くのI2カップ編。
HA☆GAさんを始めとした無印キャラがわんさかなI2カップ編です。ついでに名前だけ出てくるあの人やあの人の親です。