第22話 ストーリーの加速ナリ
「俺もとうとう最終学年か」
理路整然と並ぶ入学ほやほやの一年生たちを感慨深げに見ながら、宍戸丈は虚空へ向けて呟いた。
デュエルアカデミア中等部に、幼馴染で友人の丸藤亮と共に入学して早二年余り。生徒を迎え入れる立場から、やがて生徒に見送られる立場となっていた。
時間なんてものは実際に過ごしている間はとても長く感じるが、いざ過ぎ去ってみると短かったように感じる。このことを実感したのは生涯これで何度目だったか。
『続きまして三年生代表、丸藤亮くん』
恒例の如く長話をした校長の後に一年生の前に立ったのは亮だった。
他の学校なら一年生への挨拶やら訓示など生徒会長が行うものであるが、ここはデュエルが何よりも優先されるデュエルアカデミア。一年生に生徒代表で偉そうな事を言うのは学園一の実力者の役目である。
『新入生の皆さん。ご入学おめでとうございます』
半ば定型文と化した文章から、亮が話を始める。
デュエルアカデミアはどういうことを学ぶ学園なのか。デュエルを行う際に払うべき敬意。生徒としての領分から逸脱しない範囲外で分かり易く丁寧に亮は台の上から一年生に語り聞かせていく。本人の真面目さのせいでユーモアの欠片もないのがマイナスだが、それを補って余りあるほどタメになる話を亮はしていた。
天は二物を与えず。この諺が誤りであることを亮と一緒に過ごしていると思わずにいられない。
「……ん」
亮の話を聞く傍ら、妙な人影を見つける。その影は高速で一年生が整列した周囲を無音で走り回りながら、これまた無音でシャッターを切っている。その影はアカデミア男子を示す青い制服をきているので親御さんではないのは確かだ。
興味を持ち暫く監視していると、その影の動きには一つの統一性があることが掴めてくる。人影は次々に立ち位置を変えながらもシャッターを向ける先はいつも同じ。照明から降り注ぐ光を吸い込むような茶色いロングヘアと、中学一年生とはとてもではないが思えないスタイルと美貌をもつ少女にシャッターは向いている。
(まさか――――ストーカー?)
疑いを強めてよりその人影を注視する丈だったが―――――――直ぐに警戒心を解いた。
その人影の正体、それは丈も良く知る友人の一人。天上院吹雪だったのである。
(そういえば吹雪、妹が入学するって五月蠅く騒いでいたっけな)
思い起こされるのは二月のこと。
妹がアカデミアの入学試験に合格したと騒ぎながら、嬉しそうに丈達の部屋に押し掛けてきた吹雪のことだった。
吹雪の妹、天上院明日香。
アニメGXにおいてヒロインのような立ち位置にあり、遊戯王らしくヒロインの座をとあるモンスターに奪われた少女である。
「はぁ。変わらないなぁホント」
亮は生真面目時々天然ボケで吹雪はお気楽能天気時々ボケ。性格面では似たところの少ない二人だが、そんなのだからかもしれない。二人が仲の良い友人となっているのは。似すぎた者達同士だと逆にギクシャクしてしまうのはよくあることだ。
お気楽な友人と生真面目な友人。二人に目をやった後は適当に新入生の列を観察する。暫くするとその中に真っ黒な髪をしたやや高慢ちきそうな少年を見つけた。
(天上院明日香と万丈目準……この辺りの流れは原作通りだな)
レアハンターの一件で、自分という異物が混ざったせいで原作が歪んでしまったのかと一時悩んだが、この分だとまだ致命的には歪んでないらしい。少なくとも原作通り"万丈目準"と"天上院明日香"の二人はデュエルアカデミア中等部に入学した。
原作を捻じ曲げる訳にはいかない。宍戸丈は知っている。未来において数多の事件が起こることを。そしてその事件のことごとくを解決に導いた一人の少年のことを。
だが未来は確定したものではない。
今より遥か未来において、過去を変える事で未来を変えようとした男がいたように。過去において何らかの異常があれば容易く未来というキャンパスはその紋様を千変万化させる。既知の未来は絶対ではない。もしも『原作』という確定未来が消失した時、果たして自分自身に数多の事件を解決するほどの能力があるのか。
丈はそう自らに自問し、結論した。
可能性は皆無ではない。されど恐ろしく極小、須臾の可能性であると。
遊戯王GXという物語における主人公、遊城十代にはデュエルモンスターズの精霊が見えた。しかし宍戸丈にはそれが出来ない。
神獣王バルバロス、E・HEROアブソルートZero、暗黒界の龍神グラファ。これらは丈が愛用したカード達であるが、どれも精霊となって自分の前に現れることなどはなかった。ただ単に精霊が宿ってないカードだから精霊が現れない、と考える事も出来る。しかしそんな妄執じみた思考に囚われているより、自分には精霊が見ることができないのだと決定した方が合理的だ。
精霊が見えることが必ずしも強さとイコールではない。現に精霊を見える遊城十代も精霊を見る事が出来ないデュエリスト相手に多くの敗北をしてきた。だが精霊を見れるということが一つの要素なのは事実。精霊が見えない宍戸丈では決して遊城十代の代役など出来よう筈もない。彼に変わって世界を救うなど絵空事だ。
ならば丈がやるべきことは一つ。
決定された未来がその方向性を変えようとした時、それを是正することだ。かといって既に既存の未来へ行くための道筋からレールが外れてしまったのもまた事実。
レアハンターのこともそう。ネオ・グールズという組織が原作世界上に存在しながらも描かれることがなかっただけなら良い。しかしネオ・グールズが最悪宍戸丈という異物の存在が巡り巡って生んでしまったものだとすれば、遊城十代の物語が始まる前にこれを駆逐しなければならない。さもなければ約束された救済への架橋が崩れ落ちてしまう。
その為にも自分はこのデュエルアカデミアに居た方が良い。軌道修正を行うにしても、それには既存の流れに近い場所にいなければならないのだから。
だが壊れたものは元通りになるということはない。死んだ人間は還らず、覆水は盆に戻りはせぬ。ならば出来る限りはしよう。
既に同じ未来に到達することが不可能というのならば、それに近い未来に辿り着くよう限界までのサポートはしよう。同じ未来に到達することが出来ないのなら、それを超える未来を目指すだけだ。
宍戸丈というイレギュラーを、デメリットにするのではなくこの世界における有益へとする。それが未来の記憶を持ったままにこの世界に生まれ出でた者の責任というものだろう。
宍戸丈は一つの決意を固め、未来を見定める。
これより訪れるであろう運命を見、そして慟哭し決意した。この世界に幸あれと。
(もっとも――――――)
気負った心を引っ込めて肩から力を抜く。
そんなこと以上に亮や吹雪、二人の友人と過ごす学園生活は楽しい。しかし、もしもこれからの未来が原作と同じように進めば、二人には多くの絶望が待っている。吹雪は闇に囚われ、亮は地獄へと堕ちる。丈はそうならないで欲しいと強く願いながらも、それが原作を飾り付ける要素の一つだと知るが故に変えてはいけないと思う。
知るが故の苦悩。未来を知るからこその、それを変える事の恐怖。
(こんなことなら原作知識なんて要らなかった。――――――――そう思うのは贅沢かな)
泣いても笑ってもデュエルアカデミア中等部で過ごす最後の一年間だ。
一生に一度の筈の中学三年生。それを留年もせずに二度も送っているという矛盾。
やがて壇上の友人の演説が終わる。
『――――――では私からの話は以上です。最後にもう一度、ご入学おめでとうございます』
小難しい事などどうでも良い。一仕事を終えた友人に拍手を送る事に理由などいらないはずだ。
丈は力一杯檀上にいる亮へと拍手をする。願わくば友人としての関係がこれから先も壊れないことを祈りながら。