レアハンターはどうして負けたのか信じられない、とでもいうような表情で目を見開いたまま呆然としていた。
恐らく余程自分の実力に自信をもっていたのだろう。レアハンターの中でも指折りの実力者だったのかもしれない。しかし実力者だからこそ僅か三ターンで敗北したという事実が受け入れがたいのだ。
「丈!」
蹲るレアハンターをどうしたものかと眺めていると、亮と吹雪がこっちに走ってくるのが見えた。
「その男は?」
吹雪が第一声で尋ねてくる。
「ネオ・グールズのレアハンターとか言ってたよ。今はこうなってるけど……」
「……どうやら倒したようだな。しかしネオ・グールズ? レアハンター? あの組織はバトルシティトーナメントで壊滅したんじゃないのか?」
亮がそう訊いてくるが、丈とて同じ問いを他の誰かに投げつけたいところだった。丈はただ襲ってきたレアハンターを撃退しただけで、ネオ・グールズとかいう組織の概要については殆どといっていいほど知らない。
前世での記憶という情報アドバンテージもこの事に関しては無力だった。
「グールズ再びか。ただのガラの悪い不良だろうと思ってたんだけど、悪い意味で当てが外れたね。まさかこんな大物だったなんて」
「いや吹雪。ネオ・グールズというのがそもそもこの男の出任せという事も考えられる。決めつけるのは早計だ」
亮の言った事は尤もであった。
グールズは嘗ては世を震撼させたほどの巨大組織。それが復活したと考えるよりは、この伸びてるレアハンターがただグールズの名前を利用しているだけと考える方が自然だ。
「……それより、こいつどうする?」
話を一旦区切り丈がブツブツと何事かを呟いているレアハンターを指差す。このレアハンターを警察に突き出すにせよ、奪ったカードを取り返すにせよ、このまま放置しておくという訳にはいかない。
「ただの不良ならカードを返させるだけにしようと思ったが、万が一本物のグールズだったという可能性を考慮すれば警察に突き出すのが適切だろう」
最初に亮が意見を述べる。
反論する者はいなかった。ネオ・グールズのことが本当のことだとしたら、一刻も早くこの事実を誰かに伝えなくてはならない。そうしなければ被害が増えるだけだ。だが、
「おおっと、そいつは連れて行かせないかんな!」
「!」
やや幼稚さを含んだ声が響く。
一斉に三人が声のした方向を振り向くと、そこには真っ白い仮面で顔半分を覆い隠した小柄な男と、真っ黒い仮面で顔半分を覆い隠した大柄な男がいた。
背丈も仮面の色も対照的な二人だったが唯一の共通点がある。服装だ。二人とも真っ黒なローブをまとっており、そのローブにはウジャド眼のマークがある。先程丈が撃退したレアハンターと同じように。
「新手か!」
「ご名答。俺は光の仮面」
「そして俺は闇の仮面。そこで転がってる男が世話になったようだな。ふふふふっ。しかし同時に感謝もしよう。腹立たしい事にそいつのランクは俺と相棒よりも上」
「だが中学生如きに負けるようじゃランク落ちは確定だかんな! ついでにそいつを倒したお前等を潰しゃ俺達のランクも上がるってもんだかんな!」
デュエルディスクを構える光の仮面と闇の仮面。
そんな中、丈は一人パニックになっていた。
(おいおいおいおいおいおいおいおいィ―――――――――ッ! 光の仮面と闇の仮面!? なンだよなんですなんなンですかァ!? えぇ、あれだろおい! 仮面二人組ってバトルシティで王様と社長相手にタッグデュエルした二人だよな! ってことはあれ? ネオ・グールズって本物! モノホン!? リアル、現実、リアリティー、ボディーソープ? うぉおおおおおおおおお! どういうことだこりゃ!? ネオ・グールズなんて原作イベントには存在しな……もしかしなくても原作に存在しないイベント? ま、まぁ~物語たって原作イベントだけじゃないよなぁ……あーははははははははははははっ)
「ってなんじゃこりゃぁぁぁあああ!」
「どうした丈!?」
「いきなり変だよ!?」
「気を付けろ! 二人とも。そいつら原作……もといバトルシティで武藤遊戯と海馬瀬人と戦った事もあるデュエリストだ!」
「武藤遊戯と海馬瀬人?」
「まさかあのビルに爆弾を仕掛けてのデスマッチを仕掛けたグールズ!?」
「ふはははははは! 俺達も有名になったようだな。如何にも俺達こそキング・オブ・デュエリストと海馬瀬人を絶体絶命の窮地にまで追い込んだレアハンター! 闇の仮面と」
「光の仮面だかんな! お前等はもう負け決定。さぁ、アンティ勝負の始まりだ! 逃げることは許さないかんな!」
光の仮面は闇の仮面は互いに絶妙な距離をとり、三人が逃げられないように囲んでくる。丈に負けたレアハンターはショックがデカかったのか未だに独り言を呟いていた。
「やるしか……ないようだな」
最初に亮が覚悟を決める。
光と闇の仮面。どう考えても見逃してくれるような雰囲気ではない。デュエルをするしかないのだ。戦って勝利するしかない。嘗ての武藤遊戯や海馬瀬人のように二人を倒すしか三人が生き延びる道はないのである。
吹雪と丈もまた覚悟を決めてデュエルの準備をする。その最中だった。後ろから声を掛けられたのは。
「何をしている、こんな夜更けに。天上院、丸藤、宍戸?」
三人は同時に驚いた。
声をかけていたのは三人も良く知る人物だった。
「た、田中先生!? どうしてここに!」
驚いた亮が尋ねるが田中先生の目は冷ややかだ。
「見て分からないのか丸藤。そこまで無能なのかね君は」
田中先生の手にはコンビニのレジ袋。 どこからどう見てもコンビニに行ったとしか思えない出で立ちだ。
「……それと、そこの頭の悪そうな二人はなんだ?」
「ぬぁ!」
「頭が、悪っ!?」
「明日も定時に授業が始まる。遅れないよう早く帰宅することだ。尤も来たくないと言うのなら来なくても構わん。その場合、単位はやらん」
「え、いや出ますよ! 出ますとも!」
「ならさっさと帰ることだ。門限は過ぎている――――アカデミアではなく条例の方の、だが」
田中先生が話を進める。しかしそこで納得できないのが光の仮面と闇の仮面だ。彼等からすれば折角掴んだ出世のチャンス。ここで逃す訳にはいかないだろう。
「待て貴様! こんな事、納得できるか!」
「そうだそうだ!」
「お前、口振りから言って教師だな。ならば俺達とデュエルだ。お前が負ければお前の持っているレアカードは全て頂く!」
「時間の無駄だ。お前達じゃ私には決して勝てん。絶対に」
「な、なんだと!?」
「俺達が負けるだって。俺達はあの海馬瀬人や武藤遊戯を追い詰めたデュエリストなんだかんな! お前みたいな一教師に負ける筈が」
「海馬、瀬人?」
ピクリと田中先生の眉が動いた。
海馬瀬人に何か良からぬ思い出でもあるのだろうか。
「いいだろう。少し相手をしてやる。時間の無駄に等しいが……その名を出したのなら覚悟はあるんだろう」
「へへっ、ならルールは」
「要らん。お前達二人同時に掛かってこい。ライフや初期手札も同条件でいい。一人一人相手にするなど時間の無駄だ」
「て、テメエ! 良い気になりやがって! いいだろう。貴様のレアカード、俺達が一枚残らず頂いてくれる!」
「やってみろ。――――――――丸藤、宍戸、天上院。お前達は帰れ」
「しかし先生! 一人では――――」
「丸藤。貴様如き一生徒に心配される謂れなどはない。失せろ。従えぬと言うのなら単位は出さん」
「ぐっ……」
単位のことを持ちだされれば亮とて何も言えなかった。
田中先生の実技の授業は必修科目だ。この単位を落としてしまえば、他の科目の成績がトップだったとしても進級することは出来ない。
留年と退学。この二つは学生にとって最も忌避すべきことの一つ。亮とて例外ではない。
「先生、ご無事で。直ぐに応援を連れてきます」
やむを得ず田中先生に後を任してその場を立ち去る。
兎に角、急いで帰り警察を呼ぼう。そう三人は決めると、田中先生を殿にして寮へと全力疾走した。
だが三人が寮に到着する前に二人の男の悲鳴が夜の空に轟いた。
「――――――」
結果を言えば、助けを呼ぶ必要はなかったといえる。
奪われたカードは全て次の日に元の所有者のところに戻って来たのだから。