「ふふふふふ飛んで火にいるなんとやら。お前にはレアカードを置いて行って貰うぞ」
丈の目の前では黒いローブを羽織った男がデュエルディスクを構えて立っている。
日はとっくに沈み、空は雲に覆われていて月明かりすらない。近くにある寂れた街灯だけが丈の視界を照らしてくれる唯一の光だった。
「はぁ。まさかこんな奴が相手なんて。どうなってんだよ本当に」
何度目だろうか。この世界に生まれ変わってから溜息をついたのは。
過ごした期間は前よりも短いが、以前の人生よりも多く溜息をついているのは間違いない。なにせ最初の頃などTVドラマでデュエルをしている度に溜息をついていたのだから。
「お前の事はデータで見知っているぞ、宍戸丈。アカデミア中等部では一二を争う技量だそうだな。使用カードは神獣王バルバロス、The SUN、堕天使アスモディウスなどの最上級モンスターを多用するパワーデッキ。優秀なだけあり良いカードをもっている。これを持ちかえれば組織の中での私のランクも上がるというものだ」
頭まですっぽりと黒いローブを羽織った男。それだけでも怪しさ満載な格好なのだが、それ以上に丈の注意をひくものがあった。ローブの丁度頭にかかっている部分、人間でいえば額のあたりにある紋様。
ウジャド眼。千年アイテムに刻まれた印にして、嘗て暗躍していたレアカード強奪組織グールズのマーク。
(おいおいグールズはバトルシティで壊滅したんじゃないのか?)
グールズが最盛期を誇ったのはアカデミアが出来るよりも昔。武藤遊戯、海馬瀬人、城之内克也などが台頭してきたデュエルモンスターズ黎明期。武藤遊戯が神のカードを束ねキング・オブ・デュエリストの称号を得るバトルシティートーナメント前までだ。
千年アイテムの一つ千年ロッドの所有者にして、ファラオの記憶の守護者たる墓守の一族の末裔であるマリクをボスとして、ナンバーツーの罠使いリシド、奇術師パンドラ、闇の仮面&光の仮面、エクゾディア三積み男などを擁し、世界中のレアカードを奪いコピーし悪行の数々を尽くしていたデュエルギャングの元祖。それこそがグールズなのだ。
しかし悪は世に栄えぬということなのだろう。そのグールズもバトルシティ決勝戦でボスであるマリクが敗北してことにより没落。元々マリクのもつ千年ロッドによって多少の『無理』が通っていた組織だ。千年アイテムとボスであるマリク、ナンバーツーのリシドを失ったことにより組織は自然消滅。残った団員も散り散りになり、死んだ者もいれば足を洗って真人間になった者もいる。
だから目の前にいる男は違う。単なるコスプレ野郎だ。
そう自分に言い聞かせる。だが。
「お前にも我等ネオ・グールズの礎となって貰うぞ――――――デュエル!」
男は明確に自らを"グールズ"であると名乗った。
ただの男の妄想という可能性もあるにはあるが、それは信じるに値しない程低い可能性だ。服装や所業からしてこの男はグールズ。そして自分の敵だ。
どうしてこんなことになったのか。
全ては今日の夕食の頃にまで遡る。
「……は? 毎夜出没する謎のデュエリスト?」
何時ものように寮の食堂で夕食をとっていた丈と亮は、ニコニコ顔でやってきた吹雪に胡散臭い噂話を聞かされていた。
そういった話は本来女子高生の話の肴だと思うのだが吹雪のことだ。ファンの女生徒辺りにでも聞いたのかもしれない。
「そうだよ。あくまで噂なんだけど……夜毎、アカデミアの生徒を黒いローブを羽織ったデュエリストが無差別に襲ってるらしくてね。勿論、襲うといっても直接じゃなくてデュエルでだけど」
「えっ? 夜毎って寮に忍び込んでくるのか?」
「ノンノン。流石にそこまではしてないよ。ただ夜中にコンビニへ出掛けたり部活動で遅くなった生徒を襲ってるらしいよ」
アカデミア学生寮には門限というものがない。
これは普通の学生寮なら有り得ないことであるが、オーナーである海馬社長曰く「自らの戦いのロードと門限は自らで決めろ」とのことらしい。相変わらず常識を超越した御仁である。
「デュエルか。それなら問題ないだろう。幾らローブを羽織っていようとデュエルするだけなら無害だ」
亮が食堂の人気メニューの一つ、カツカレーを口に運びながらそう言った。
典型的なデュエル脳である亮のことだ。黒いローブを羽織っていようと、着物を着ていようと、歌舞伎役者だろうと相手がデュエリストなら問題なくデュエルをするのだろう。
それなりに長く付き合ったせいで、少しは亮のことが分かってきた。
「ところがそうもいかないんだよね」
勿体ぶった様に溜息をつく吹雪。
黒いローブのデュエリストはただデュエルを挑んでくる訳ではない。そのことを吹雪の表情が雄弁に語っていた。
「……と、いうと?」
吹雪の顔を伺いながら丈が尋ねる。
「アカデミアでは高等部も中等部もアンティルール、お互いのレアカードを賭けて行うデュエルを原則禁止している。だけどそのデュエリスト、無理にアンティ勝負を挑んではレアカードを強奪してるらしいんだよ」
「レアカードの強奪だと。本当か、それは」
静かなる怒り。亮の眉間に皴がよる。
怒鳴ったり叫んだり、表に出す事こそしていないものの亮の中にある激情がぐつぐつと煮えたぎっているのが丈にも分かった。
丸藤亮という男は誇り高いデュエリストである。
常に正々堂々全力を尽くし相手と戦うし、対戦者に敬意を払うことも忘れない。そういう男だ。故に無理にアンティ勝負を挑んでレアカードを強奪するような輩など許せるはずがない。
「どうやら、ね。テニス部の宇都宮先輩やバレー部のジョンソン先輩……水泳部の東条先輩も被害にあったそうだ」
吹雪は順に被害者の名を並べていくが、その名前の人物は全て女生徒であった。それも可愛い事で有名な。
この女ったらし野郎、少しはこっちにも紹介しろ。ただしショタコン及びペドフェリアは除外。
丈は心の中で友人に毒を吐く。一瞬保健室でのトラウマが思い出されたが慌ててそれを振り払った。あんなものは覚えていても仕方ない。忘れた方が良い記憶だ。
「……男子生徒には被害はないのか?」
念のために亮が聞く。
「いいや。僕は知らないけど、彼女たちの言い分だと男子にも犠牲者はいるようだ」
「そうか。なら……吹雪、丈。やるぞ」
亮が立ち上がる。
決意がその目に現れていた。丈はなんとなく亮の言いたいことを予想しつつも、一つの義務として尋ねておく。
「ちなみに何を?」
「犯人を俺達の手で捕えるぞ。被害にあった人達のカードを取り返さなければならない」
天を仰ぐ。
丸藤亮はいい奴だ。犯人を捕まえようと言ったのも決して功名心に奔っただとかチヤホヤされたいとかいう俗な理由ではない。純粋に無理矢理カードを奪うような真似をするような行為が許せなくて、奪われたカードを元の持ち主に返してあげたいという思いで犯人を捕まえようと言ったのだ。
丈自身、本当に断ろうと思えば断れた。
亮とて嫌がる者を無理に戦わせようとはしない。だからここでこうなっていることを亮のせいにするのは筋違いだ。あくまで自分の責任。自分の責任で戦わなくてはいけない。
(フ、囮作戦は失敗した。やっぱり団体行動って大切だよな)
犯人を捕まえるにあたって囮捜査を選択したのは間違いだった。
丈、吹雪、亮。三人が一緒にいると犯人も警戒するだろうとのことで、遭遇確率を上げる意味でも三人バラバラになったのが不味かった。
お陰で丈はこうして一人で戦う羽目になった。しかも何時かのショタコン戦の時と同じく、デュエルディスクに装填されているのは出来上がったばかりの新デッキである。
それでも、
(――――――――――亮じゃないけど、やっぱりカードを無理矢理奪うって言うのは許せないことだよな。常識的に考えて)
こんなんでも宍戸丈はデュエリストだ。前世の記憶を持つとはいえこの世界で生きる一人の人間である。
ならば人間として持つべき良心とやらに従うとしよう。