――――それは余りにも唐突に起きた。
十代が見事にアムナエルの最後の試験を乗り越え、彼から『賢者の石』のカードを託されて一週間後。
全てのセブンスターズの撃退に成功し、鍵の守護者達が安心しきったところにそれは起きた。アカデミア島を揺らす大地震は。
アカデミア島へ充満した闘志を吸い込み発光する七つの鍵。鍵は翼をもつ鳥のように、所有者たちの手から離れて宙を飛ぶ。七つの鍵が向かう先は三幻魔が封印された遺跡だ。
鍵の守護者に選ばれた者達は直感的に悟った。大いなる力の解放、三幻魔復活の刻限が来てしまったことを。
「ちっ。厭なタイミングで起動してくれる……!」
鍵の守護者である宍戸丈もまた三幻魔復活の危機、否、世界の危機を当然の如く察知した。
だが悲しいかな。そのタイミングというのが最悪だった。丈がいるのはブルー寮の自室。ここから三幻魔の封印されている場所まではかなりの距離がある。
しかもそれに輪をかけて不味いのは、丈以外の守護者達は封印場所から程近い海辺にいるということだ。なんでも万丈目が明日香に交際を懸けてデュエルを挑んだらしいが、今はそんなことはどうでもいい。
重要なのは七星門の鍵が封印場所に飛んでいったのを見て、そこにいる全員がどういう行動に出るかだ。
まず間違いなく亮を含めた守護者達は、丈よりも先に封印場所に向かって行ってしまうだろう。これで偶然にも丈一人だけが出遅れた形になってしまった。
(……待て。偶然なのか?)
丈が一人でブルー寮の自室にいたのは偶然である。亮が万丈目たちのデュエルを観戦しに行ったのは知っていたが、丈はゆっくりデッキの調整をしたかったので、亮の誘いを断り部屋に残ったのだ。
当然それをカレンダーの予定表に記してなどしていないし、第三者がそれを予測することも不可能である。けれど丈が偶々の偶然一人でいて、他の守護者たちが一塊でいるタイミングで事が始まるなど有り得るだろうか。
(俺が一人になったという偶然を予想することは出来ない。かといって完全にただの偶然というのも考えにくい。となると)
丈が一人で自室になったという『偶然』を察知した黒幕が、意図的にこのタイミングで仕掛けてきた。そう考えれば一応の辻褄は通る。
そこまで考えて丈は一旦思考を中断する。こんな所でぐだぐだと熟考していても仕方がない。今は一刻も早く現場へ急ぐべきだろう。
黒幕が丈一人の状況で仕掛けてきたということは、敵にとって丈が亮たちと合流することこそ望ましくないことのはずだ。敵の最も嫌がることをするのは戦術の基本である。
丈は自室の窓を開いて飛び降りると、鍵の気配がする場所へと走った。
封印場所から徐々に禍々しい魔力が溢れだしていく。丈のデッキに眠る『三邪神』も自身と同格の波動に、武者震いしているようだった。
これは急がなければならないだろう。三幻魔が三邪神と同格の力をもつカードならば、それが最悪の形で暴走した場合、世界が滅びかねない。
中等部三年生の時のネオ・グールズから始まり、ダークネス、パラドックス、そして三幻魔。
よもや四年連続で世界の危機に立ち会う羽目になるとは思いもよらなかったが、なってしまった以上は仕方ない。溜息を殺して丈は先を急ぐ。
だが黒幕も『宍戸丈と三邪神』を簡単に行かせてくれるほど甘くはなかった。
「宍戸丈、止まれ……。この先へは行かせん……」
「っ! 貴方はっ!」
丈の行く手を遮るように、蒼いコートを羽織った男が姿を現す。
黒幕の意図に感付いた時点で、妨害者が出てくることくらいは予想していた。だからそれが見ず知らずの相手ならば、丈は驚かず冷静に対応できただろう。
しかしながら妨害者は宍戸丈にとって顔見知りの相手だった。まさかの人物に丈は絶句しながら後退る。緊張で掌は汗で湿っていた。
「御久しぶりですね、田中先生。かれこれ三年ぶりですか」
「…………ここから先は通さん。デュエルをしろ」
田中ハル、中等部の実技担当責任者。プロデュエリスト時代は〝暴帝〟と畏怖され、あのDDに最も近付いた男だ。
人格的に多大な問題はあったが、実力は正に指折り。高等部まで含めた教員の中でもトップクラスの強さを持っている。
だが暴帝ハルは賢い人だ。断じて教員という安定した職場を捨ててまで、セブンスターズなどに組するようなタイプではない。
「貴方がセブンスターズ側に入るなんてどういう風の吹き回しです? 自分は近くにコンビニのない場所には絶対旅行に行かないっていうのは嘘だったんですか? アカデミアにコンビニはありませんよ」
「…………ここから先は通さん。デュエルをしろ」
「デュエルはいいですが、少しは質問に答えて欲しいですね」
「…………ここから先は通さん。デュエルをしろ」
「コミュニケーションは基本ですよ」
「…………ここから先は通さん。デュエルをしろ」
田中ハルは完全に丈の言葉を無視して、譫言のようにデュエルをしろ、とだけ口から吐き出す。その様子はさながら与えられた命令をこなすだけのマリオネットのようだった。
マリオネットなのは言動だけではない。目も虚ろで、顔色も生気が抜け落ちている。明らかにまともではない。
精霊と心を通わす術を身に着けた丈には、田中ハルの心に人ならざる邪気が巣食っているのが垣間見えた。あの邪気が彼の精神を乗っ取って、田中ハルという人間を人形のように操っているのだろう。
「田中先生の実力に目を付けた人間の仕業か。姑息な真似を……」
精神を支配されてしまっているのなら、説得は無意味と判断していい。
言葉で駄目ならば、デュエリストがやることは唯一つ。タイムロスは惜しいがデュエルに勝利して押し通るだけだ。
「いいだろう、望み通りデュエルだ。ただし田中先生の心の内側に巣食っている邪気には、この一戦で退場願う」
「…………」
丈がデュエルディスクを起動させると、田中ハルはなんのリアクションもなく淡々と自身のデュエルディスクをONにさせる。
三年前の中等部で行われた卒業模範デュエルを思い出す。田中ハルはあの亮と互角以上に戦ってみせたデュエリスト。精神が支配されているからといって手加減は出来ない。三幻魔の下へ急ぐためにも全力で倒す他ないだろう。
「「デュエル!」」
宍戸丈 LP4000 手札5枚
場 無し
田中ハル LP4000 手札5枚
場 無し
破壊的なデッキパワーから魔王と畏怖されるデュエリストと、暴虐の限りを尽くしたことで暴帝と畏怖されたデュエリストのデュエルが始まった。
互いのデュエリストは五枚の初期手札をドローし向かい合う。デュエルディスクが指し示した先攻は宍戸丈。
「俺の先攻、ドロー!」
丈は自分の手札とドローカードを見比べる。
100%完璧とまではいかないまでも、それなりに悪くない手札だ。なにより冥界の宝札が初手にきているというのが素晴らしい。冥界軸最上級多用の性質上、冥界の宝札があるのとないのとではデッキの回転が段違いなのだ。
「魔法発動、フォトン・サンクチュアリ! 自分フィールドに攻撃力2000、守備力0のフォトントークン二体を守備表示で特殊召喚する。ただし」
「……このカードを発動するターン、光属性以外のモンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚は出来ない」
「その通りだ」
操られてもデュエルモンスターズの『知識』は消えていないようだ。尤も操ったらデュエルの知識や実力が曇るのでは、態々リスクを冒してまで実力者の田中先生を操る必要もないわけだが。
それよりもフィールドに二体のモンスターが並んでくれた。田中先生の言った通り、このターンの間、丈は光属性以外のモンスターを召喚することは出来ない。しかしそれは逆を言えば光属性モンスターならば問題なく召喚できるということだ。
「永続魔法、冥界の宝札を発動。これで準備は整った。俺は二体のフォトントークンを生け贄に捧げる!」
フォトントークンが空中に出現した銀河の渦へと吸い込まれていく。
銀河の渦は徐々に小さくなっていき、やがてそれは二つの銀河色の眼と化す。
「闇に輝く銀河よ、希望の光になりて我が僕に宿れ! 光の化身、ここに降臨! 現れろ、銀河眼の光子竜!」
【銀河眼の光子竜】
光属性 ☆8 ドラゴン族
攻撃力3000
守備力2500
このカードは自分フィールド上に存在する
攻撃力2000以上のモンスター2体を生け贄にし、
手札から特殊召喚する事ができる。
このカードが相手モンスターと戦闘を行うバトルステップ時、
その相手モンスター1体とこのカードをゲームから除外する事ができる。
この効果で除外したモンスターは、バトルフェイズ終了時にフィールド上に戻る。
この効果でゲームから除外したモンスターがエクシーズモンスターだった場合、
このカードの攻撃力は、そのエクシーズモンスターを
ゲームから除外した時のエクシーズ素材の数×500ポイントアップする。
銀河の眼をもつ光の竜。銀河眼の光子竜がフィールドに顕現した。
攻撃力はブルーアイズと同等の3000。名前だけではなく、その姿形もどことなくブルーアイズを思わせるモンスターだった。
邪気に支配された田中ハルも、このモンスターの登場には僅かに眉をピクリと動かした。
「冥界の宝札の効果で二枚ドローする。リバースカードを三枚場にだし、ターンエンドだ」
丈がターンの終わりを宣言し、魔王から暴帝にターンが移る。
そして悪夢が始まった。