死の物まね師、吸血鬼カミューラ、タニヤ、闇のプレイヤーキラー。これで鍵の守護者はセブンスターズ七人中四人を撃退した計算になる。
だが鍵の守護者側もクロノス先生、三沢がやられ最大戦力の一人である宍戸丈は行方不明。事実上七人のうちで応戦可能なのは四人だけ。まだこちらが優勢だと気を抜いて良い状況ではない。
宍戸丈のデッキも三つのうち二つは取り戻せたが、最後のデッキと三邪神は戻って来ていないのだから。
「闇のゲーム……兄さんの話だと三年前と二年前にそれを経験したらしいけど」
天上院吹雪、キングという渾名で四天王に名を連ねる兄はお調子者だが嘘吐きではない。だが闇のゲームというものを直に見ていない明日香にとってそれが半信半疑だったというのも事実だ。
最初の死の物まね師の襲撃や吸血鬼カミューラ……闇のゲームが存在することは疑いようのないことだ。
そして闇のゲームを終えた十代の疲労ぶりからして、闇のゲームにかかる負担は並大抵のものではない。
まったく恐怖がないといえば嘘になる。しかし明日香とて伊達にアカデミアの女王などと呼ばれているわけではない。
四天王〝天上院吹雪〟の妹であるという誇りもある。例え相手がなんであろうと、一歩も退く事はできないしする気は微塵もなかった。
「風が出て来たわね」
夜の寝静まったアカデミアを明日香は一人で歩く。
向かっている場所はアカデミアのレッド寮。鍵の守護者のうち二人がレッド寮の所属ということもあって、今やレッド寮は鍵の守護者に選ばれた者の作戦会議場所になっていた。
今夜もセブンスターズ迎撃のために対策会議をしよう、と万丈目が提案したのだ。
(万丈目くんの提案なのがそこはかとなく不安だわ)
明日香は「はぁ」と溜息を吐く。
だがなんだかんだで万丈目は自分のたてた作戦でセブンスターズの一人、闇のプレイヤーキラーを誘き寄せて撃退したという実績がある。念のためにも対策会議には参加しておかなければならない。
それにレッド寮には万丈目だけではなく、
(やだやだ。なに考えてるのかしら)
脳裏に十代のにやけた顔が過ぎり、明日香は僅かに頬を染めながら雑念を振り払うように首を振る。
「――――夜中に女の一人歩きは関心せんな」
「っ!」
唐突に背後からかけられた声。明日香は身を強張らせ振り向いた。
(嘘っ! この私が気配に気付けなかったなんて……はっ!)
目を見開く。背後に立っていた大男はあろうことか明日香も知っている男だった。
黒い帽子に黒いコート。全身を黒一色で硬めた巨躯、顔を隠す仮面舞踏会を想起させる白い仮面の奥からは赤く発光する双眸が輝いていた。
「貴方は……前に旧校舎にいた闇のデュエリスト、タイタン!?」
「おやおや。誰かと思ったらあの時のお嬢さんじゃないかぁ。久しぶりだねぇ」
不気味な猫なで声で明日香の神経を逆なでしながらタイタンは口端を釣り上げた。
闇デュエリストのタイタン。その男がどういう目的でどういう人物なのかは知らない。
タイタン、以前十代が肝試しにいこうと廃寮に侵入した時に、十代にデュエルを挑んだ男だ。偽物の千年アイテムを使ってイカサマ闇のゲームを仕掛けてきたが、どういうわけかイカサマのはずが本当に闇のゲームが始まってしまい闇に呑まれてしまった。
「タイタン。闇に取り込まれて死んだんじゃなかったの?」
「死んでいたさ。出口のない闇の底に幽閉されていた私は社会的にも事実的にも死んでいたとも。しかし神に見捨てられた私も悪魔は見捨てていなかった。
闇の中に呑まれ閉じ込められていた私は、あの男にセブンスターズの一員となり、三幻魔を手に入れる助けをするのであれば私を助けると持ち掛けた。
これでこの通りだよ。今の私はあの時の私じゃない。私は本物の闇のデュエリストとして復活したのだよ」
「……!」
タイタンの顔面の血管が浮き上がる。煙のような形のない闇がタイタンからオーラのように立ち込め、その眼光の光はより輝きを増していった。
離れていてもビリビリと痺れるようなプレッシャー。頭ではなく肌で理解できる。タイタンの力は本物だ。
「教えて。あの男っていうのは、誰なの?」
タイタンに取引を持ち掛けてきたという男。もしかすればその男こそがセブンスターズを操る黒幕。
「さぁて。それは私にも分からんなぁ。あの男は私に名前も名乗りはしなかった。私に取引を持ち掛けた後、あの男は私に闇のアイテムを与えるだけ与えて姿を消した。
私があの男と会ったのはそれっきり。後はモニター越しから指示を出すだけだったのでねぇ」
「モニター越しから?」
もしもタイタンの言うあの男がセブンスターズのボスだとすれば、セブンスターズはモニター越しの男の指示に従って動いていたということになる。
死の物まね師にしてもカミューラにしても一角の実力を持つ歴戦のデュエリストだ。つまりセブンスターズの黒幕というのは、そんな歴戦のデュエリストを顎で使えるだけの力をもっていることになる。
その力が単純なデュエルの強さなのか、権力か財力なのかは判断がつかないが。
「長話が過ぎたなぁ。天上院明日香。キング吹雪の妹、アカデミア中等部次席……。相手にとって不足はない。今度は貴様を闇に取り込み、新たなる闇のデュエリストにしてやろう」
タイタンから殺気が噴出した。
成績の良さは必ずしも羨望に繋がるわけではない。時に入らぬ恨みや妬みを買うこともある。故にこれまで明日香も敵意をもってデュエルを挑まれた事もあった。
しかし本物の殺意を真っ向から浴びるのは流石に初めてだ。
『デュエル!』
「私の先攻よ、ドロー!」
タイタンのデッキは知っている。その悪魔の貴族染みた見た目に違わずタイタンが使うのは『デーモン』と名のつくモンスターを中心にした悪魔族デッキ。
闇のゲームだと思わせ相手の恐怖を誘う様なイカサマもしていたが、それを抜きにしたデュエリストの実力も中々のもの。
明日香の見立てでは軽く中堅プロと同等かそれ以上の実力はあるだろう。
「強欲な壺を発動、カードを二枚ドロー! 私はサイバー・チュチュを召喚するわ」
【サイバー・チュチュ】
地属性 ☆3 戦士族
攻撃力1000
守備力800
相手フィールド上に存在する全てのモンスターの攻撃力が
このカードの攻撃力よりも高い場合、
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。
直接攻撃能力をもつサイバー・チュチュだが、先攻1ターン目なのでこの効果は関係ない。
大凡の直接攻撃モンスターがそうであるように、サイバー・チュチュの攻撃力は1000と余り高くはない。低いと言ってもいいだろう。
だからサイバー・チュチュを無防備に出して放置することなどはしない。
「私はカードを三枚セット、ターンエンドよ」
サイバー・チュチュという露骨に攻撃してくれと言わんばかりのモンスターを召喚しつつ、同時に防御を固め罠を張る。
危険な駆け引きだが、こういうものがあるからこそデュエルは面白い。
「ずいぶんとまぁ可愛らしいモンスターを召喚するのだね お譲ちゃん。きっと罠を張っているのだろうが、私にはそんなものは通じんよ。
私のターン、手札抹殺を発動。互いのプレイヤーは全ての手札を墓地へ送り、墓地へ送った枚数だけカードをドローする」
「いきなり手札抹殺? 一体なにを…………はっ! そのカードは!?」
タイタンが墓地へ送る際にこれみよがしに公開した手札に明日香の視線は釘付けとなる。
最悪。それ以外に言えることがない。チェックメイトだ。明日香のフィールドにあるカードでは、あれに対してどうしようもない。
今の明日香は断頭台にかけられた囚人と同じ。
タイタンはニヤリと笑い、
「エイメン」
断頭台のギロチンを落とした。
「明日香ぁー! おーい、明日香ぁー!」
十代は明日香の名前を呼びながら探し回る。
万丈目のやろうといった対策会議に来なかった明日香。十代も最初は「サボりか?」と思って特に気にしていなかったのだが、何気なくPDAで連絡したところ明日香は既に女子寮を出たというのだ。
連続するセブンスターズの襲撃。もしもということもある。十代たちは二手に別れて明日香を探しに出たのだ。
「きゃぁああああああああああ!」
「明日香!?」
夜の静寂を打ち破るかのような悲鳴。聞き間違えるはずがない。明日香の声だ。
やはり明日香もセブンスターズの襲撃を受けていたのだろう。十代は急いで声のした方角に走っていった。
そしてそこにいたのは、
「良い月だな、小僧」
「お前は……タイタン!?」
あの日、闇に呑まれ消えたはずのタイタンが月を背にして立っていた。
その手には明日香が首から下げていた七星門の鍵がある。となるとタイタンがセブンスターズ第五の刺客。
十代が墓守の一族から譲り受けた闇のアイテムが、タイタンのつけている仮面に反応して脈動する。
周囲を伺う。だが探せど探せどそこに悲鳴の主である明日香の姿はどこにもなかった。
「タイタン! 明日香をどうしたんだ?」
「とうの昔に始末したよ。とんだ雑魚だった、楽しむ間すらありはしない。……残っているのは貴様と万丈目、そしてカイザーだけ」
「お前……!」
明日香はそう簡単にやられるほど弱いデュエリストではない。だがタイタンが明日香の鍵を持っている事と、明日香の姿がどこにもないことがタイタンの言葉が真実であると雄弁に告げている。
十代は敵意をむき出しにしてタイタンを睨んだ。
「今度は俺が相手だ! 俺が勝ったら明日香を解放しろ!」
「私の次なるターゲットは貴様ではなく万丈目準なのだがねぇ。だからといって私の退散を許す貴様でもあるまい。良かろう、次はお前を闇へ送るとしよう遊城十代」
タイタンから闇が噴出して周囲を覆い隠す。あの時と同じ。敗北者が闇に取り込まれ現世から消滅する闇のゲームだ。
危険な戦いだが明日香を助ける為にはこのデュエルに勝つしかない。
「「デュエル!」」
遊城十代とタイタン。二度目となるデュエルが始まった。