夜になり何時もならとっくに眠っている時間になっても、十代の目はパッチリと開いてレッド寮の天井を眺めていた。
眠れなかった。別に同室の隼人や翔のいびきが五月蠅いというわけでは――――いや、五月蠅くはあるが十代はいびきくらいで眠れなくなるチャチな精神ではない。
十代は自分の首にかかった七星門の鍵を指で絡め取って眺める。見た目は観光地のお土産で100円くらいで投げ売りされてそうな品にしか見えない。
しかしこの鍵が三幻神に匹敵する力をもつ〝三幻魔〟の封印を解く鍵で、自分はその鍵の守護者なのだ。
「セブンスターズかぁ。どういう奴なんだ? やっぱ珍しいデッキとかカード使うのかなぁ」
重大な責務を背負っている十代だが、その表情に守護者としての使命に対する気後れなどありはしない。
あるのは純粋にセブンスターズという未知の敵と戦えるという高揚だ。その高揚が十代の眠りを妨害する原因でもある。明日の遠足を楽しみにして眠れない子供……の精神状態に近いだろうか。
「ふぁ~あ。でも流石に眠ぃな」
セブンスターズの襲撃を待って眠らずにいたが、時計の針が両方とも0を超えようという時刻になって眠らずにいるのが億劫になってきた。
別に今日セブンスターズが襲ってくると決まった訳ではない。襲撃は明日かもしれないのだ。
明日の襲撃に備えてそろそろ十代も眠ろうと目を瞑りかけたその時、
「うおっ!? なんだ!」
いきなりレッド寮の部屋に眩い光が破裂した。
十代は咄嗟に手で目を抑えるが、光は弱まるどころがどんどん強くなっていく。もう目を開けていることすら出来なかった。それどころか耳鳴りも酷くなっていく。
「十代!」
ドアが勢いよく開かれ、聞きなれた声がする。
「明日香!? どうしてここに――――」
「気になる事があって会いに来たの。そしたらこの光が……これなんなの!?」
「さぁ。少なくとも俺や翔の悪戯じゃないってことは確かだな」
部屋の中に充満する光がとうとう部屋全てを包み込んでいく。明日香の声も光の拡大によって掻き消される。
「……おいおい。どうなってるんだ、これ」
そして十代が次に目を開けた時、周囲の景色は一変していた。
昭和の安アパートのようだったレッド寮の自室は影も形もなく十代はマグマの上に立っていた。より正確にいえばマグマの上にある不可視の床らしきものに立っている。
「私に言われても分からないわよ。だけどここアカデミア島の火山の中? どうしてこんな場所に」
セブンスターズの戦いに参加する前、十代は今と同じような体験を経験している。
大徳寺先生の誘いで錬金術の課外授業で遺跡に行った時も、気付けばここではない何処か。デュエルモンスターズの精霊世界に移動していた。
だがここは明日香の言う通りアカデミア島の火山。場所こそ煉獄染みているが精霊世界ではなく人間世界である。
「そうだ! 翔と隼人は!」
慌てて十代は周囲を見渡した。
あの時、あの部屋にいた人間がここに連れてこられたのだとすれば部屋にいたのは自分と明日香だけではなく眠っていた翔と隼人もだ。
「兄貴~! ここっスよ~!」
「翔!?」
幸い翔と隼人は直ぐに見つかった。
「た、助けてなんだなー!」
「折角ブラマジガールとデートする夢見てたのに、どうして目を開けたら火山の中なんっスか~!」
巨大なガラス玉のようなものに閉じ込められ、真下のマグマに怯え助けを求めている状況を幸いといっていいかは分からなかったが。
十代は咄嗟に二人を助けようと走り寄ろうとするが寸でのところで立ち止まる。十代のいる地面と、二人が閉じ込められている所にはドロドロのマグマが流れている。
ジャンプして飛び越えるには些か以上に距離があるし、例えジャンプしたとしても帰りはどうしようもない。少なくとも翔と隼人に溶岩を飛び越えられるだけの跳躍力がないなんてことは普段の体育の授業で知っている。特に隼人はこの手の運動は苦手だ。
「十代、もしかしてこれ」
「ああ。タイミングからして、たぶんそうだと思うぜ。セブンスターズだ」
セブンスターズのことを校長から聞かされ守護者として選ばれた矢先に起きた超常現象。
とても偶然だとは考えにくい。だとすればこれはセブンスターズの尖兵による攻撃の可能性が高いだろう。
「その通りだ」
二人の推理を肯定するかのように、どこか高貴さをもった声が響いてきた。十代と明日香、そして閉じ込められている翔と隼人も一斉に声のした方向に首を向ける。
マグマの上に重力という概念を踏み躙るように浮かぶ荘厳な玉座。そこに座るのは暗い闇のような黒い髪と、黒真珠の如き瞳をもつ一人の青年だった。
全身を黒で統一された服と黒い外套。更に服に纏わりついている鎖が冥界の閻魔染みた雰囲気を醸し出していた。
「そん……な……どうして、貴方が……」
「明日香?」
男の姿を見た明日香が呆然と口を開けて固まる。玉座に座る男はそんな明日香を見下ろしてニヤリ、と微笑んだ。固まったのは明日香だけではない。翔もまたその青年を見た瞬間に声を失っている。
そういえば十代も玉座に座る男を何処かで見た覚えがあった。
「誰かと思えば吹雪の妹か。お前も七星門の鍵の『守護者』に選ばれたそうだな。吹雪が知ればさぞ喜ぶだろう。だがお前の首級をあげるのは次だ。今はそこのレッド寮の小僧に用がある」
「俺?」
「そうだ。七星門の鍵をかけて俺とデュエルをして貰う。ちなみに拒否を許すことは出来ない。否というのならば、君の友人には君の臆病のツケとして溶岩に沈んでもらう」
「ふざけるな! デュエルがしたいなら俺一人を狙えばいいだろ。翔と隼人は鍵の守護者じゃないんだ。二人を放せ!」
「口喧しい小僧だ。そんなに二人を助けたいのならば俺をデュエルで倒せば良い。そうすればそこの二人など解放してやる」
「望む所だ!」
「待って十代!」
「な、なんだよ?」
デュエルディスクを起動させる十代を明日香が肩を掴み制止する。
「……危険よ」
「知ってるぜ。……闇のゲームってやつを経験したのは今回だけじゃねえからな。でも翔と隼人の命がかかってる戦いだ。絶対に負けられねえ」
「そうじゃない。そうじゃないのよ十代。あの人は――――あの人は……」
溶岩が蠢き火竜となって飛び出す。溶岩の動きによる光の反射。青年の面貌がより明確に映し出され漸く十代の記憶にある人物と、目の前の青年の顔が一致する。
「まさかアンタ……宍戸、丈?」
「気付くのが遅いぞ。デュエル・アカデミアは社会常識に力を入れるべきだな」
青年――――宍戸丈がゆったりと玉座から腰を上げる。一歩一歩近付いてくる様は堂々としていて〝魔王〟という異名に偽りない雰囲気をもっていた。
「どうしてですか宍戸先輩。なんで貴方が七星門の鍵を……!」
「愚問だな明日香。俺はネオ・グールズを討ち滅ぼし三邪神を手に入れ、最強のデュエリストの座に最も近付いた。だがキング・オブ・デュエリストの頂きにはまだ届かない。
ならば三幻神に匹敵する力をもつという三幻魔。これを手に入れ三邪神と三幻魔を揃えれば、俺はキング・オブ・デュエリストと匹敵、否、凌駕する力を得ることが出来る」
「………!」
三邪神と三幻魔、共に三幻神と同等の力をもつ伝説を束ねる。
確かにそんなことが実現すれば、武藤遊戯を凌駕するだけの実力を手に入れられるというのも妄言ではないのかもしれない。
「さて。小僧、名は遊城十代だったか。この俺を倒すなどと憚ったが、俺の名を知って尚もその意志は変わらないのか?」
遥かな上に立つ者からの、試すような問いかけ。
だが十代は臆するどころか、より闘争心を剥き出しにして頷いた。
「当たり前じゃねえか。セブンスターズになっちまったのは残念だけど、あの魔王とのデュエルなんて凄ぇワクワクするぜ」
「口だけは達者な小僧だ」
「十代! 相手はあの亮と並び称されるデュエリストなのよ!」
「分かってる。でもどっちみち逃げるのを許してくれる相手じゃないだろ」
「それは……そうだけど」
明日香の言いたいことは分かる。
十代は以前、四天王に名を連ねるカイザー亮とデュエルをしたことはある。結果は惨敗。結局十代はカイザーに1ポイントのダメージを与えることもできず敗北した。
カイザーの強さを思い知らされたデュエルだが、それ以上に楽しい戦いだった。負けたのは悔しいが、負ければ負けたらで次こそは必ず勝つと思える。
だが今度は闇のゲーム。負ければ次なんてものはない。
「脅えて逃げ出さないことだけは褒めてやる」
宍戸丈がアカデミアが採用しているものとは異なる、漆黒のデュエルディスクを起動させた。
カードプロフェッサーの頂点の証、ブラックデュエルディスク。否応なく高い実力をもつ相手なのだと理解させられる。
「いくぞ」
「おう!」
「「デュエル!!」」
あらゆる命の息吹を許さぬ火山の中。
最も新しい伝説のデュエリストと、これより伝説となるデュエリストの戦いが始まった。
カイザー「フフフ。今日は俺のスペシャルサイバーカードを拝ませてやる。年賀カード、オープン! 謹賀新年!」
魔王「なら俺はこれだ! 初夢三連コンボ! 一富士二鷹三茄子!」
吹雪「ちょっとなにやってるんだい二人とも」
藤原「ほら挨拶挨拶」
四天王『あけましておめでとうございます! 今年も〝宍戸丈の奇天烈遊戯王〟をお願いします!』