流れゆく雲を眺めながら、飛行機のシートに腰を下ろしてぼんやりとしていた。
個人用にチャーターした飛行機なので、丈以外に他に客の姿はない。丈を除けば飛行機に乗っているのはキャビンアテンダントが数名と、パイロットが二人だけだ。
飛行機を丸ごと貸し切るなど普通の金持ちに出来るようなことではないが、丈がプロとして稼いだ金額はかなりのものとなっている。飛行機を一台貸し切ることは不可能なことではない。
だが別に丈はプロとなり所謂〝金持ち〟といえる人間になったが、浪費癖があるわけでも贅沢が大好きなわけでもなかった。かといって質素倹約が好きではないが、余りこういう風に金を使うことはない。
けれど今回は特別だ。
(三幻魔と、それを狙うセブンスターズか。退屈しない人生だよ本当に)
丈は目を瞑り過去を回顧する。
三年前。つまり中学三年生の頃はネオ・グールズの戦いに巻き込まれ、三邪神と戦った。
二年前の高校一年生の時にはダークネス世界の侵食に抗った。
一年前、去年は歴史改変事件に巻き込まれ、自分と同じように集結した伝説のデュエリストたちとパラドックスと戦った。
そして今年は三幻魔だ。これで四年連続、丈は世界の危機とやらに関わった計算になる。
最近もしや自分はなにかに呪われてもいるのではないか、と思わない事もない。
お祓いでも頼もうかと一時期真剣に悩んだが、どうせ無駄だろう。なにせ自分には悪霊なんて裸足に逃げ出す三邪神が住みついているのだから。
祈祷師一人で三邪神はどうこうできるものではないし、折角安らいでくれている三邪神を下手に刺激したくもない。
「……ふぅ。流石に飛行機一つ丸ごと貸し切りはやりすぎかと思ったが、これはこれで気分が落ち着く」
ここ最近自分の周りでなにやら奇妙な気配を感じていることもあり、多少勿体ないと思いつつも飛行機を丸ごとチャーターすることにしたのだが正解だったようだ。
プロでそれなりに顔が売れてしまった自分はアメリカにおいても日本においても有名人だ。自画自賛ではなく事実、自分の顔はそこいらのスターよりも知られているだろう。
だからこうやって飛行機などに乗ると変装して、他の誰かにばれることを警戒しながら飛行機旅をしなければならないのだ。
そのため意味で自分以外の客が一人もいないという状況は心安らぐものであった。
(子供の頃は自分も芸能人みたく周りにキャーキャー言われたいなんて思った事もあったが、いざそうなると今度は昔が懐かしい。
普通の女の子に戻りたい、とか言って引退するアイドルとかもこういう気分なのかもしれないな)
紅茶を口に運ぶと、程よい甘さが口内に広がった。
デュエル・アカデミアに戻ればセブンスターズとの戦いで忙しくなる。その前に飛行機内で気鋭を養っておかなければならない。
(亮は、どうしているかな)
自分にとって最大の好敵手にある男、亮の顔を思い浮かべる。
吹雪や藤原とは今年アメリカ・アカデミアに短期留学した時に会う機会はあったのだが、留学が去年だった亮とは暫く会っていない。
電話とメールのやり取りで近況は知っているが、それだけでは分からない事もある。
「まぁこの前、サイバー流関連に新カードが出たって大騒ぎしていたから大丈夫か。それよりアカデミアか、気になるのは」
一年の頃からNDLのプロとして活動するためアメリカ・アカデミアに長期留学してから、丈は暫くデュエル・アカデミアに戻っていない。
本当は去年の学園祭には一度顔を出したかったのだが、急にTV出演の仕事が舞い込んできてしまって泣く泣くキャンセルしたのだ。
三幻魔のことなどなしに、丈にとっては人生最後の高校生活。セブンスターズのことは早めに片付けて、長くはない学園生活を楽しみたいものだ。
「――――新入生も、いるんだろうな」
新入生といって思い出すのはアカデミアの頃に卒業模範デュエルで戦った万丈目と、吹雪の妹である明日香。あとは高等部から編入してきたらしい亮の弟である翔あたりだろう。
だがもう一人、丈には心当たりのある名前があった。
(遊城、十代。確か今年に十代は俺の後輩になるんだったか)
パラドックスに共に戦った三人のデュエリストの一人、遊城十代。
アカデミアのレッド寮の制服を着ていた彼は自分は丈の後輩だと名乗っていた。
自分どころか史上最強のデュエリストである武藤遊戯や遥かな未来からきた英雄・不動遊星と肩を並べる実力を誇っていた男だ。しかしそんなデュエリストが入学したなんて話、丈は聞いていなかった。
つまり遊城十代は丈がタイムスリップした時点では後輩ではなかったということだ。今年を過ぎれば丈は卒業してしまう。だから十代が宍戸丈の後輩になるぎりぎりが今年。
そして亮のメールから『面白い奴が入学してきた』と何度か連絡を貰った。ということは遊城十代はもうアカデミアにいるのだろう。恐らくはセブンスターズから鍵を守る一人としても選ばれている筈だ。
(変な感じだ。こっちは向こうのことを過去に会って知っているのに、向こうはこちらとまだ会っていないんだから)
歴史を改変するわけにもいかないので、十代がパラドックスの戦いを終えるまでは、このことについては黙っておかなければならない。
その時、飛行機全体が地震が起きたかのように強く揺れた。
「っ! なんだ一体!?」
『アテンションプリーズ。アテンションプリーズ。この度は本機にご搭乗頂き誠にありがとうございました』
「――――!」
アナウンスで聞こえてきたのは人の温かみの皆無の無機質な合成音。
飛行機の揺れは収まったが、不穏な気配は留まるどころか増してきている。丈は自然と肌身離さず持ち歩いているデュエルディスクを装着した。
『本機はニューヨーク発、成田空港着の予定でしたが、予定を変更して海面真っ逆さま。あの世逝きとなりました。お客様におかれましては目的地に到着するまで『アーメン』と呟くなり、念仏を唱えるなりしていて下さい』
「な、なんだと!?」
アナウンス終了と同時に飛行機のドアが開く。
そこから姿を現したのはキャビンアテンダントでもパイロットでもなければ、かといって武装したテロリストでもなかった。
場違いなメイド服を隙無く着用した銀髪の女性だ。そしてその顔は丈が良く知るもの。
「明弩、瑠璃?」
「――――どうも、宍戸丈様。三日ぶりでしょうか」
スカートの裾を持ち上げて、洒落に一礼する。
明弩瑠璃。一年生の頃には特待生寮で専属メイドとして働いていて、丈のプロ入り後はサポートとしてアカデミア側から派遣されていたスタッフだ。
そんな彼女がどうしてここに……と、驚くことはなかった。
「最近、どうも誰かに連絡をとりあっていて怪しい動きがあったからもしや……と勘繰ってはいた。だから貴女には三幻魔のことや、アカデミアに戻ることは黙っていた。
思い違いならば後で謝れば済むと考えていたが、どうも謝罪の必要はなくなったらしい。当たって欲しくない推理は、当たってしまうものだ」
「申し訳ありません、宍戸様。メイドとして主を裏切ることは末代までの恥。ですが私の本当に主は貴方ではありませんので。私の主のため、貴方をアカデミアに戻すわけには参りません」
「セブンスターズの一員なのか、貴女も?」
「お答えする義務はありません」
「他の乗務員はどうしたんだ。姿が見えないが……」
「無益な殺生は好きではありません。彼等なら空港で眠らせておきました。貴方が見たキャビンアテンダントは全て私の変装です。
宍戸様。私は主より貴方を妨害、ないし倒す命を受けています。もしご自身の御命が惜しいのであれば、私をデュエルで倒すこと。それだけが貴方の生き残る道」
「……分かった」
百の言葉にデュエルは勝る、という格言もある。
セブンスターズや、彼女の主について詰め寄るよりもデュエルをする方が手っ取り早い。情報はその後に引き出せばいいだろう。
だが、
「――――デッキが、ない?」
デッキケースからデッキを取り出そうとするも、そこにはあるはずのデッキがどこにもなかった。
一番愛用している最上級モンスター中心のデッキだけではない。HEROデッキと暗黒界、三つの主力デッキ全てがなくなっていた。
「まさか!」
自分が命より大切なデッキをなくすはずがない。だとすればデッキがなくなった原因は目の前にいる明弩瑠璃。
明弩瑠璃はどこか申し訳なさそうに目を伏せ、
「宍戸様。貴方のデッキは検査場で空のデッキケースに摩り替えさせて頂きました」
「っ! 摩り替えただって!?」
ジュラルミンケースを探るが、あるのはデッキに投入していないカードばかりで、肝心のデッキはどこにもなかった。
それが彼女の言葉が真実であるという証明でもあった。
「アメリカデュエルモンスターズ界で最強の座に上り詰め、最も二代目決闘王に近い一人である〝魔王〟も、肝心のデッキがなければ最強の力を発揮することも叶わないでしょう」
「俺のデッキは何処にある?」
「――――この機内には存在しない、とだけ言っておきましょう」
「……俺は、これまで貴女には何度も助けて貰ってきた。味方のいないアメリカでこれまでやってこれて、去年にはこの国の頂点に立てたのも貴女のフォローがあったからこそと考えている。
そんな貴女が人のデッキを盗む真似をするなんて貴女なりの事情があるんだろう。だが俺のデッキを奪われるわけにはいかない。なんとしても返して貰う」
「主の命といえど、他人のデッキを奪うなど私も本意ではありません。分かりました、私に勝てば貴方のデッキの場所をお教えします。
とはいえ――――御自身のデッキを持っていない貴方がデュエルを出来ればの話ですが」
「!」
不味いことになった。丈はあの三つ以外に『クリボー』など幾つかデッキを構築したことはあるが、今手元にはそれらのデッキはない。
あるのは余ったカードの山だけ。こうなれば今からデッキを構築するしかないが、
「一分だけ待ちます。それまでデッキを用意できないようでしたら、心苦しいですがこのデュエルは私の不戦勝となります」
「くっ」
文句を言う時間すら惜しい。丈は急いで余ったカードの山に飛びついた。
幸い余りカードといっても主力デッキに入らなかったというだけで中々のカードが揃っている。これだけあればそれなりに戦えるデッキを構築するのは難しいことではないだろう。
ただしそれは時間が許せばの話。
「あと四十秒です」
「もう四十秒!?」
「いえ。正確には38秒になりました。37、36…………」
たった三十秒で――――しかもかなりの実力者であろう明弩瑠璃に――――勝てるようなデッキを構築するなど、難しいどころではない。
デッキとは一枚一枚、あれこれ考えて作り上げていくものなのだ。一朝一夕にできるものでは断じてない。だが今回ばかりは急ぐ必要があった。
(そうだ!)
あることを思いついた丈は目当てのカードと、特定のカードを兎に角集めていった。
そして急いで四十枚のカードを揃えるとデュエルディスクにセットする。
「準備、出来たぞ」
「残り二秒。ぎりぎりですね」
「間に合って良かった」
たった三十秒程度で構築したデッキで戦うなど、丈にとっても生まれて初めてのことだ。
しかし勝たねばならない。勝たなければアカデミアに戻るどころか、生還することすら難しいのだから。それに奪われたデッキを取り戻さなければならない。
明弩瑠璃。かなりの強敵だろうが、負ける訳にはいかなかった。
「「デュエル!」」
セブンスターズと鍵の守護者にとっての初陣は、誰に知られることもなく30000フィート上空で勃発した。
遥か遠くアカデミア島の奥深くで三枚の〝魔〟が脈動した。
~おまけ~
こんな時空を超える絆は嫌だ!
遊星「パラドックス! デュエルだ、決着をつけよう」
パラドックス「いいだろう。だが君達が四対一でくるなら私は初期手札を二十枚貰おうか」
遊戯「構わないぜ。ただし先攻は俺からだ」
パラドックス(フッ。デュエルモンスターズは手札が多ければ多いほど有利。手札が二十枚もあれば、確実に後攻ワンターンキルができる)
遊戯「俺のターン、手札抹殺を発動!」
パラドックス「な、なんだと!?」
遊戯「互いのプレイヤーは手札を全て捨て、捨てた枚数分だけカードをドローする」
パラドックス「私の手札は二十枚……そして私のデッキの合計は四十枚。まさか貴様これを狙って!?」
遊戯「デッキからカードをドローすることができなくなったデュエリストはデュエルを続行できない。二十枚の手札を捨て二十枚のカードをドローしたことで、お前のデッキはゼロになる!!」
パラドックス「私の研究は間違っていたのかぁああああああああああああ!!」
遊戯「WIN!!」
十代「これはひどい」