双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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千冬さんVS恋する乙女
オリ村さんついに地獄へ。


#32 恋話と対面

 

「ん?」

「どうしたんですか?」

「いや、なんか隣からスゴイ音がしたような」

 

 午後八時三十分。消灯時間とされている午後十時まではまだ一時間以上を残している為に生徒たちの殆どは活発に活動中だ。人数の都合上女子が先に使用していた浴場も九時を過ぎれば俺たち男が使用できるようになるので、まだ入浴を済ませていない女子たちが慌てているのかもしれないが。そんな折、隣の部屋からまるで人間を放り投げたような音が聞こえてきた……ような気がした。気のせいだと思いたい。それを確認しに行くのもなんだか憚られるので、俺は一夏に何でもないとだけ告げてそれを聞かなかったことにした。触らぬ神に祟りなし、少しでも嫌な予感がした場合は近づかないのが吉である。

 

「にしても久しぶりですね、こうやって師匠と二人で寝るなんて」

 

 かなりリラックスしているのか俺のことを先生ではなく師匠と呼ぶ一夏を咎めるようなことはしない。一夏もこれまで女子ばかりの寮での生活を余儀なくされていたのだ。久方ぶりの男水いらずの状態を喜んでいるのだろう。

 

「そうだな。更識( うち )に泊まった時以来か」

「ですね。姫無さんにボコボコにされて気を失ったとき以来です」

 

 思い出すのもイヤなのか頬を引きつらせる一夏に苦笑する。

 

「ま、夜は長いんだし今日は男同士楽しくやろう。そのうちアイツも来るだろうしな」

「アイツ?」

 

 首を傾げる一夏に、俺は口角を吊り上げて。

 

「俺や千冬と同じ、初代生徒会のメンバーだよ」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「…………」

 

 鳳鈴音は戦慄していた。

 虎の穴どころか鬼の巣窟に入り込んでしまったことと、目の前の人物への恐怖を隠すことができない。それは鈴の横で正座するラウラも同様だった。部屋に入った瞬間からバイブ機能のついた携帯のように一定の感覚で身体が震えっぱなしである。その顔からは表情というものが消え失せただただ白い。顔面蒼白とはきっとこういうことを言うのだろう。

 その横ではセシリアが身を竦ませている。正座に慣れていないのか早くも脚がもぞもぞと動いているが、そういった痺れとは無関係に彼女の背中には大量の冷や汗が流れていた。シャルロットだけは唯一目立った変化が見られないが、よくよく見てみれば肩が震えているのが分かった。

 

「さて」

 

 ビクウッ!! と正座した四人の肩が跳ね上がる。生徒たちの宿泊する部屋は本館でありこの教員たちの部屋とは離れている。迷い込んだなどと言うわけにもいかないし、そんなことを言えば目の前の教師から折檻が行われることだろう。

 うぬらに生路無しと宣言されたような気分だった。

 

「何だそんな顔をして。別に取って食いやしない」

 

 言いつつ千冬は座っていた椅子から立ち上がり備え付けの冷蔵庫からよく冷えていそうなアルミ缶を取り出した。

 

「このことは楯無には黙っていろよお前ら。私もこのことは内に秘めておいてやる」

 

 プルタブを開いてその中身を豪快に呷る。ごくごくと喉を鳴らしながら飲む様は女ながらにとても男らしかった。というか教師として生徒の前で飲酒はいいのかとつっこみたい四人だったが、そういうことも含めての口封じなのだろう。一夏たちのいる部屋へ忍び込もうとしたことを黙っている代わりに少女たち四人もこのことを口外しない。暗黙の取引のようなものだった。

 

「む。そうだなお前ら、何か飲むか。当然アルコールは許可せんがジュースも一通り揃っているぞ」

 

 思い出したように言った千冬が再び席を立って冷蔵庫から無造作に四本のジュースを鈴たちへと投げつけた。これまたよく冷やされたジュースを落とさないように受け取る。投げられた缶の色の違いを見るにそれぞれ投げられた飲料は違うようだが、一体なんなのかと気になってラベルに視線を落として鈴は硬直した。

 

(……い、いちごおでん?)

 

 しかも端にコールド専用と書かれている。冷たいおでんとはこれいかに。というかおでんにいちごを突っ込むというブッ飛んだ発想を商品化するこの会社も余程である。

 が、そんなブッ飛んだ飲料を渡されたのは鈴だけではなかったようだ。

 

「き、きなこ練乳……?」

「ガラナ青汁、だと……」

「何これ、黒豆サイダー?」

 

 どれもこれも似たようなものだった。明らかにゲテモノだと分かる飲料を手に戦慄く四人を尻目に、千冬は缶ビールを再び呷ってから。

 

「何だ飲まないのか? まぁ私は絶対口にはしないがな」

 

 確信犯だった。にやにやと意地の悪い笑みを浮かべる千冬に、四人の顔が引き攣る。普段の学園での千冬は完璧な女性教師を演じているためにこういった姿を生徒たちは滅多に見ることはない。まして飲酒して自分でも知らないうちに気分が高揚してきているとなれば、もしかしたらこんな姿を見るのは生徒では鈴たちが初めてかもしれなかった。空になったのか軽くなった缶を凹ませて、新しい缶ビールを冷蔵庫から引っ張り出す。事ここに至るまで全く気がついていなかったが、よく見れば千冬の後ろには空き缶が山のように積まれていた。どう数えても十や二十で済む本数ではない。更にその山の奥には浴衣をはだけさせて轟沈している山田真耶の姿。どう見ても千冬に潰されたようだった。その視線に気がついたのか、これまで言及しなかった後ろの光景を横目に。

 

「ああ、先程まで真耶と呑んでいたんだ。こいつも普段はもう少し呑めるんだがな、今日は少し酔いが早くて三十四缶目で寝てしまった。そんな時に外でお前らが何かこそこそしているのを見かけたのでな」

 

 まるで何でもないことのように言っているが、缶ビール三十缶など十リットルを超える量である。そんなに飲めば真耶のように潰れるに決まっている。にも関わらず尚も飲み続けるこの人間は本当に人間なのかと鈴は戦慄した。

 

「まぁ、そんなことはいいんだ。折角の機会だしこの際はっきりとさせておこうじゃないか」

 

 持っていた缶ビールをテーブルに置いて、千冬は座る四人を順に見つめる。

 

「――――お前ら、あいつらとどうなりたいんだ?」

 

 見せ球でもボール球でも変化球でもない。正真正銘のド直球だった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「……俺が二人部屋ってどういうことだ?」

 

 たった一人しかしない部屋の中央、布団も敷いていない畳の上に寝転がって皿式鞘無は呟いた。夕食の時に聞いた女子たちの会話によれば一夏は教員である更識楯無との相部屋であるらしい。となれば、自分の部屋に割り当てられているのは一体誰なのか。この臨海学校に参加している男性は自分を含めて三名。そのうちの二人が同じ部屋だということは。

 

「まさかそんな展開がッ!?」

 

 思わず声を大にして上体を起こす。男性が三人しかいないというのに、残った自身も二人部屋。それはつまり女子と同じ部屋ということに他ならないのではないか。その結論に辿りついた瞬間、これまで彼を苛んでいた眠気は大気圏の彼方へと綺麗に吹き飛んでいった。

 

「やべぇついに来ちまったか主人公補正。まさかこんなところで発動するなんて思ってなかったが問題はない。この学年の女の子は皆可愛いし、誰であってもオッケーだ」

 

 殆どの生徒は本館の方に部屋が用意されているが、鞘無を含む男子と教員はこちらの別館に部屋がある。ここからならば何かあっても声が本館に聞こえるようなことはない。ナニが起きても大丈夫だと拳を握る。

 

「きちゃうかー。童貞卒業きちゃうかー」

 

 男女二人が同じ部屋に寝泊まりしてその可能性が0だとは言い切れないが、鞘無の言葉は少しばかり性急すぎるような気もした。そんなこと本人は全く気にかけていないが。本音を言えば原作ヒロイン組の誰かと同室であることが好ましかったが、その殆どは一組の所属。鞘無の所属する四組とは部屋はどうしても離れてしまう。が、かといって彼は落胆もしていなかった。何故なら四組にも居るからだ、原作ヒロインの一人に数えられる少女、更識簪が。

 

「最近はまた少し簪と疎遠になってたし、いい機会だ」

 

 勝手に簪を同室であると決め込んで、鞘無は満足げに頬を緩める。現実は代表決定戦以来まともに会話していなかったりもするのだが、どういうわけかそのあたりのことを彼はきれいさっぱり忘れてしまっているらしかった。

 

「先ずは簪の眼鏡を外して、それから……」

 

 すっかり自身の妄想に浸かってしまった鞘無は、そのまま膨らむ妄想に身を任せていく――――。

 

『簪、寒くないか?』

『少しだけ……』

『良かったらこっちの布団に来いよ』

『……お邪魔、します』

『綺麗だな』

『え……?』

『瞳も、髪も、肌も。全部綺麗だ』

『……恥ずかしいこと、言わないで……』

『嫌か?』

『…………嫌じゃ、ない』

 

 鞘無は華奢は簪の身体をそっと抱き寄せて、優しく包み込む。

 必然近くなった互いの顔を、二人はしばしじっと見つめ合って。

 

『…………』

 

 簪はそっと瞳を閉じて、小さな唇を少しだけ突き出した。鞘無はそれを受け入れるように微笑んで、彼女の唇に自身の唇を――――。

 

 と、そこまで考えてニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべていた時である。二階へと続く階段を上っているのであろう足音が遠くに聞こえたのは。

 ドキン、と心臓の鼓動が早くなる。少しの緊張と多大な喜びを内包して、鞘無は自室の襖が開かれるのを待った。

 そして。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「で、どうなんだ鳳。それにオルコット」

 

 まるで蛇に睨まれた蛙のようだと、隣りに座っていたラウラは他人事のように思った。先程から続くこの千冬の問いかけに、鈴とセシリアは明確な返答を示さない。額に浮かぶ冷や汗が彼女たちの心境を如実に表していることは傍目に見ても明らかである。が、それでも千冬が口撃を止めることはない。

 

「確かに一夏は優良物件だ。家事は一通りこなすし武術の心得もある。おまけに身内贔屓を抜きにしてもそこそこ整ったツラをしている」

 

 ここまで饒舌に弟のことを褒める千冬の姿を四人は見たことが無かった。アルコールの力恐るべし。中身が半分程に減った缶の残りを一息に飲み干して、千冬はニヤリと笑う。

 

「どうだ。欲しいか?」

 

 それは思わぬ発言だった。その言葉を受けて反射的に二人の乙女は口を開いて。

 

「くれるんですか!?」

「くださいますの!?」

 

 瞳をらんらんと輝かせ正座を解いて千冬に詰め寄る。

 

「やるか、馬鹿者め」

 

 期待に胸を膨らませていた彼女たちに返ってきたのは無慈悲な宣告だった。見るからにしょんぼりする二人を楽しげに眺めながら、千冬は視線を鈴たちの奥に座る少女たちへと向ける。

 

「さて、次はお前たちだ。ボーデヴィッヒはまぁいいとしよう。パパ発言は看過できんが害はなさそうだ」

 

 その言葉を受けてラウラはほっと胸を撫で下ろす。どうやら千冬の口撃対象からは外れたようだ。

 

「問題はお前だ。デュノア」

「……私ですか?」

「お前、楯無に生徒と教師以上の関係を望んでいるだろう」

「それが何か」

 

 鈴やセシリアとは違い、デュノアの口調ははっきりとしたものだった。若干語尾が震えているような気もするが、目に見える動揺は他の少女と比べて少ない。そんな態度を前に、千冬は面白そうに口角を歪めた。

 

「教師の立場から言えばそんなものは論外だがな。女として言わせてもらえば精々頑張れ小娘と言ったところだ」

「……随分な言いようですね。私と更識先生との間に何があったか知っているんですか?」

「知らん。さして興味もないな。楯無が話すのであれば聞くが、あいつが口にしないことをとやかく詮索したりはせんよ」

「なんだか織斑先生は更識先生のことをよくご存知のようですね」

「子供の頃からの付き合いだからな。互いに知らんことは無いだろう」

 

 言外にお前より楯無と親しいのだと言われたような気がして、シャルロットは心の奥底で嫉妬の炎を灯した。千冬と楯無が過去どういった関係だったのかを知らない彼女にとってみればそれは当然のことで、その感情は少なからず表情に現れてしまっていた。

 

「オイオイそんな目で教師を見るな。いや、ここは女同士という対等な立場か」

「……織斑先生は、更識先生のことが好きなんですか?」

 

 その質問に千冬は目を丸くした。そして数秒後、彼女にしては珍しく声を出して笑う。意外だったのかシャルロットも固まってしまっているが、普段の千冬のクールっぷりを見ている生徒のにしてみればこんな光景は多分もうお目にかかれない。

 ひとしきり笑って落ち着いた千冬は、赤みのさした頬そのままになんなく答える。

 

「私とアイツはな、もう好きとかそういったレベルではないんだ」

 

 その答えの意味が理解できず、シャルロットは難しい顔をしたまま固まる。他の三人も同じように頭上にハテナを浮かべていた。

 その言葉の意味を説明しないままに冷蔵庫から新たなビールを取り出してプルタブに手をかける。と、その時だ。襖の向こう側、廊下の方からトタトタと軽快に階段を上がる音が聞こえてきたのは。その音を聞き取って、千冬は一旦持っていた缶をテーブルに置く。

 

「ようやく着いたか。予定より随分と遅かったな」

「えっと、誰か来たんですか?」

 

 こんな夜にこの旅館にやって来るような人間は生徒たちには聞かされていない。鈴の質問は尤もだった。そんな彼女の質問に、千冬は簡潔に答える。

 

「ああ、私の後輩だ。――――あと同期も」

 

 そう言い終わった瞬間、部屋の襖がシュパンッと音を立てて開かれた。その先に立っていたのは、金髪が美しい二十代の女性。鈴たち四人はその女性を見た瞬間、驚愕に身を強ばらせた。知っているどころの話ではない。ISに関わる人間であれば誰もが彼女のことを知り、憧れる。

 現在世界に七人しか存在しないモンド・グロッソの部門別ヴァルキリー。その中の一人。大国アメリカの頂点に立つ若き天才。そんな彼女はスーツケース片手に部屋を見回して千冬を見つけると顔を綻ばせて。

 

「きゃー! お久しぶりです織斑せんぱーいっ!!」

「元気そうだな、ナタル」

 

 そんな光景を目の当たりにしてフリーズしていた少女たち四人もようやくのことで再起動を果たす。まっさきに口を突いて出たのは、奇しくも全員が同じ言葉だった。

 

「ッッ、ナ、ナターシャ・ファイルスゥゥウウウウッ!?」

 

 恋する乙女たちの恋バナ、第二ラウンドの開幕である。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ナタルの奴、先に行っちまいやがって」

 

 目的地であった旅館に着いたところで、ナタルは我先にと中へ入っていってしまった。タクシー料金は全額織村負担である。それはまぁいいとして、せめてこちらが荷物を下ろすまで待っていて欲しかった。運転手に礼を言って、ボストンバッグを肩に掛けて旅館の門をくぐる。時間はもう午後九時を回ろうかとしていたが、すぐに女将さんが出迎えに来てくれた。

 

「お待ちしてました。ようこそ織村さん」

「お久しぶりです。景子さん」

「ふふ、随分と精悍な顔つきになりましたねぇ」

「そうですか? 自分じゃよくわかりませんよ」

「お部屋は別館の二階の一番手前の部屋になってますので」

「ありがとうございます」

 

 言われた通りに本館から別館へと移動し、階段を上がっていく。事前に楯無には今日ここに着くことは連絡してあるが、部屋に荷物を置いたら直接挨拶にはいった方がいいだろう。何せ最後にあったのはもう何年も前になるのだ。国際電話で連絡は取り合っていても、やはり学園時代の同級生と顔を合わせるのは密かに楽しみだった。

 自然と軽くなる足取りはやがて一つの部屋の前に辿り着く。

 

「二人部屋か。てことはナタルと同室か」

 

 案外楯無も気が利くなー、などと考えながら、織村はとくに何も思うことなく襖の取手に手をかけ、そして引いた。因みにナタルは事前に部屋割を聞いていたりもするが、それを決して織村には伝えるなとの楯無の指示で口にしていない。

 

「おいナタル、先に行くなんてひどいんじゃ――――」

「こんばんは簪、浴衣よく似合って――――」

 

 …………。

 思考が停止する。それは両者全く同じだった。いや、正確に言えば少し違う。鞘無の場合は簪がくると思っていたら現れたのが茶髪の男だったことに驚愕しているのに対して、織村の場合は今正に自身の過去を突きつけられて硬直しているのだ。

 直後、織村の脳内に駆け巡る、過去の自分の厨二じみた恥ずかしい過去。わなわなと身体が震えだすのを止めることが出来ない。

 

「な、何だよアンタ。一体どこの――――」

 

 鞘無の言葉は最後まで続かない。それを言い切るよりも早く、織村が爆発したからだ。

 

「たぁてぇなぁしィィいいいいッ!? お前は俺を殺す気だったんだなぁぁあああああっ!?」

 

 掘り返されくない黒歴史との対面を余儀なくされた彼の夜は、まだまだ終わらない。

 

 

 

 

 


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