双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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#28 決勝戦と終幕

 

 

 大方の予想を裏切ることなくトーナメントの上位進出者は決まっていった。やはりというべきかその中心は専用機持ちたちで、他の生徒たちとは一線を画す実力を見せつけて勝ち上がっていった。

 かと言って何も上位ペアが全員代表候補生や専用機持ちというわけでもない。中でも健闘が光ったのが篠ノ之・布仏の一年生ペアで、専用機を持たないながらも抜群のコンビネーションによってトーナメント四日目のベスト8にまで勝ち進んだ。これは入学して間もない一年生にしては異例で、他に勝ち残っている一年生は一夏を除いて全員が代表候補生という顔ぶれの中準々決勝にまで進出したのは見事としか言い様がない。その準々決勝はイギリスの代表候補生ペアであるサラ・セシリアのペアに敗れたものの、多くの生徒たちはこのトーナメントで二人の一年生の実力を把握したことだろう。

 本来であればこのトーナメントで箒の専用機がお披露目される予定だったが、どういう訳か開発者である束が使用を控えるように進言したらしい。重度のシスコンである箒はその言葉を二つ返事で了承、トーナメントには訓練機である打鉄に搭乗して戦っていた。元々の才覚もあったのだろう。近接での戦いに秀でた箒と中遠距離での戦闘を得意とする本音のペアはサラ・セシリアペアに対しても臆することなく挑んでいった。流石に経験の差もあって勝利することは叶わなかったが、セシリアに「あれでIS搭乗時間が百時間以内だというのが信じられない」とまで言わしめた。

 

 という訳で、トーナメント最終日である。今日行われるのは決勝戦の一試合のみ。アリーナに出て戦うことになる四人を除いて、他の全生徒は観客席や大型のスクリーンでその試合を観戦することとなる。

 試合の行われる第一アリーナは試合開始時間の三十分前だというのに生徒たちでごった返しており、観客席は満席状態。第二、第三アリーナのスクリーンでも中継されるので試合を見ることは可能だが、やはり自身の眼で実際に見たいという生徒が殆どなのだろう。通路に立って観戦する姿もそこらじゅうに見られる。

 そんな超満員のアリーナの観客席の一角を、一年一組の専用機持ちたちは揃って陣取っていた。

 

「いよいよ決勝だね。楽しみだなぁ」

 

 金髪を後ろで結ったシャルロットが興奮を隠せないように言う。それに対して口を開いたのは、隣に腰を下ろしているラウラだ。

 

「ふむ。私とシャルロットに勝ったのだから一夏には優勝してもらわなければな」

 

 腕を組みながらアリーナの中心へと視線を向けるラウラに、シャルロットは優しく微笑む。

 

「ふふ、昨日はあんなに悔しがってたのに。やっぱり一夏には勝って欲しいんだ」

「と、当然だ。私以外の人間に負けるなど許さんっ」

 

 ぷいっと顔を背けて言うラウラは、もう小動物にしか見えなかった。

 今の発言の通り、シャルロット・ラウラ組は昨日のトーナメント五日目の準決勝で更識・織斑組と戦い、接戦の末に敗れている。代表候補生二人を相手に勝利を収めるISに乗り始めて間もないルーキーの活躍に観客席で観戦していた多くの人間が驚愕した。当然のことながら戦略を考えたり指示を出しているのは姫無のほうで一夏は言われたことをこなしているに過ぎないのだが、それでも一夏の戦闘能力は代表候補生に匹敵するものとなっていた。二回戦で鈴を、三回戦で虚を倒してみせたのが決して偶然やまぐれではないということを証明してみせたのだ。

 

「でも本当に一夏ってISに乗り始めて三ヶ月なの? あの操作技術はおかしいと思うんだけど」

「私も信じられんが事実は事実だ。AICを突破されるなんて考えてもみなかったがな」

 

 ドイツが独自に開発を進めていた第三世代型固有武装であるAIC。強力無比なこの武装をしかし、一夏は強引に突破してみせたのだ。これには流石のラウラも唖然とした。使用すれば自身に制限はかかるものの相手の身動きを封じることのできるそれが、一夏と姫無の巧妙な作戦によって破られてしまったのだから。そこから先は一夏とラウラの叩き合いとなり、シャルロットのラピッド・スイッチを封殺した姫無が加勢に加わったことで勝敗が決した。

 

「でも一夏たちの相手もかなり強いみたいだよ」

「ダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアだろう? 第三回モンド・グロッソの部門別優勝候補に既に名が上がっている」

「そうなの?」

「コンビネーション部門など、二人のためにあるようなものだろう」

 

 二年生であるフォルテ・サファイアと三年生であるダリル・ケイシー。二人共が代表候補生にして専用機持ち。学園最強たる姫無に次ぐ実力者だというのは、IS学園二、三年生間では周知の事実だ。目を見張るべきはそのコンビネーション。普段の二人の性格や行動からは想像も出来ないが、一度ISに乗って戦わせれば打ち合わせなどなくても完璧なコンビネーションを見せる。タッグマッチという点では、彼女たちの右に出る者はおそらくいない。

 

「二人の鉄壁の防御を一夏たちがどう切り崩すのか見物だな」

「昨日の準決勝じゃセシリアたちも完璧には打ち崩せなかったからね」

「そ、そこで私の話を持ち出すんですの?」

 

 ラウラの隣に座っていたセシリアがいきなりの変化球に頬を引きつらせた。

 昨日の準決勝、同じくイギリスの代表候補生であるサラ・ウェルキンとペアを組むセシリアはダリル・フォルテ組のコンビネーションを崩しきることが出来ずに敗退した。お国柄遠距離武装の開発に心血を注いでいるイギリスを象徴するようにライフルやビットといった遠距離武装を数多く展開して二人の分断を図ったセシリアたちだったが、結局最後まで二人を一対一の状況に持ち込むことが出来なかった。逆にセシリアたちが上手く誘導されて分断され、二人がかりの攻撃にシールドエネルギーを削られる始末。

 

「まぁあれは仕方ないよ。サラ先輩だけ学園の訓練機で戦ってたし。いくら操縦者の技量が高くても機体のスペックだけはどうにもならないからね」

「セシリアがもう少し上手く牽制を使えていたら撃墜は免れたかもしれんがな」

「うぐっ……」

 

 言い返したくともラウラの発言は的を射ているために言い返せない。下唇を噛んで、悔しそうにセシリアは制服の裾を握った。

 

「つ、次こそは負けません!」

「戦場なら次はないぞ」

「ラウラさっきからセシリアに辛辣だねぇ」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「……よし」

 

 試合開始五分前。ピットで小さく深呼吸して一夏は白式をその身に展開させた。ピット内では既に姫無も霧纏の淑女ミステリアス・レイディを展開させており、ウィンドウを開いて最終調整を行っていた。

 

「織斑、いけるか」

「はい。問題はありません」

 

 一夏の担任である千冬の問いかけに、掌を開いたり閉じたりしながら返す。

 その動作を目の当たりにして、千冬の眉が若干怪訝そうに動いた。

 

「織斑、お前その動き……」

「分かってます。ちょっと気分が高揚してるみたいですから」

「……自覚しているならいい」

 

 一夏が掌を開いたり閉じたりするのは昔からの癖だ。こうした動作を見せるときは気分が高揚、つまりは興奮している状態にあり小さい時は土壇場でよくミスをしていたものだ。楯無が師匠となって精神的にも成長したおかげなのか滅多なことでは動じなくなったが、それでもこの癖自体を止めることはできないようである。因みに四月のセシリアとの代表決定戦のときもこの癖が出ていたりする。

 

「一夏君、準備はいい?」

 

 最後の確認を終えて空間ディスプレイを閉じた姫無が一夏の隣にやって来る。普段通り、飄々とした顔つきで一夏を見据えていた。

 

「はい。いつでもいけます」

「そう。それは重畳ね」

 

 二人して口角を上げる。ニヤリとでも擬音のつきそうな表情だった。学園最強を背負う姫無にとって負けることは許されないし、一夏は学園最強たる姫無に黒星を付けさせるわけにはいかない。それ故に少しは緊張していそうなものだが、二人からはそういった気負いは全く感じられなかった。

 油断も緊張も等しく身体の自由を奪うということを、更識流を通じて学んでいるからだ。だからこそ、あくまでも自然体。心は熱く、頭は冷静に。それを正に体現していた。

 

「さ、じゃあ行きましょうか。観客席のみんなも待ちくたびれてるでしょうし」

 

 そう言って、姫無が先にピットを飛び出した。直後に聞こえる歓声。ピットの先から聞こえるその歓声が、少しずつ遠くに聞こえるようになる。瞼を下ろして、もう一度息を吐き出す。徐々に、徐々に、自分の世界へと入り込んでいく。

 向こうからの歓声は、いつの間にか聞こえなくなっていた。

 

 

 

 

 

「せんぱーい。そろそろ時間ッスよー」

 

 一夏と姫無のいるピットとは反対方向のピットで、間の抜けた声が響いた。声の主は二年生のフォルテ・サファイア。ピットに備え付けのベンチで仮眠をとるだとか吐かして本格的な睡眠に入りつつあるダリルを起こそうとして発せられた声だった。

 が、しかし。時間になったら起こせと宣った本人は未だ起きる気配を微塵も感じない。薄手の毛布を頭まで被って惰眠を貪り続けていた。

 イラッ、とフォルテの額に青筋が走る。そのままそろそろと足音を殺しながら移動し、ダリルの眠るベンチの前にまでやってくると。

 

「――――いい加減起きろやこのダメ人間がぁぁああああッ!!」

 

 一気に毛布を引っペがしてベンチを蹴りつけた。

 

「ぐおおおおっ!? 後頭部に異常な痛みがぁぁああああっ!?」

 

 まるでコントのように毛布を剥がされてくるくると回転しながら地面に落下したダリルはそのまま後頭部を強打して目を覚ました。余りにも突然すぎる事態に目を白黒させて周囲をきょろきょろと見回している。

 

「何寝ぼけてんスか。さっさと行きますよ」

「フォルテ!? 今の凶行はてめえの仕業か!」

「先輩が試合開始五分前に起こしてくれって言ってきたんでしょーがッ!!」

 

 やいのやいの。決勝戦前だとは思えない程に弛緩した空気が周囲に充満していた。

 

「……おい。そろそろ時間だぞ」

 

 先程から一部始終を目の当たりにしていた俺は溜息を溢さずにはいられない。何でこうこいつら二人は緊張感に欠けているんだ。ガチガチになれとは言わないが、心地よい緊張感くらいは感じていてもらいたいものである。

 俺の声が聞こえたことでようやくこの場に俺という存在が居ることを認識したらしく、取っ組み合いを続けていた二人はパッと掴んでいた腕を離した。

 

「や、やだなぁ。居るなら居るって言ってくださいよ更識先生」

「いや最初からいたけどな?」

 

 バツが悪そうに後頭部を掻きながら視線を逸らすフォルテ。この二人が朝一の試合で遅刻しなかった試しがないために不安になって直接ピットまで来てみれば案の定これである。本当に悪い意味で予想を裏切らないでくれる。試合開始の時刻までは三分を切っており、そろそろ放送部の放送が入るころだろう。

 

「でもいいんスか更識先生。先生としちゃー向こうのピットに行きたかったんじゃ?」

「お前らがきちんと出てくるか不安すぎて見に来たんだよばかやろう」

「あ、ハイ。スイマセンでした」

 

 思わぬ切り返しだったのかフォルテは特に何も反論することなく謝罪を口にした。

 

「でもさー先生。正直どっちを応援してんの?」

 

 横倒れになったベンチを直し終えたダリルがそんな質問を俺に投げかけてくる。大方肉親である姫無を贔屓しているのではないかと考えているのだろうか。いや、それはないか。今の二、三年生たちは俺がそういった個人的な感情を公の場に持ち込まないことを知っている。だからこれはきっと純粋な質問なのだろう。やんわりと、遠まわしに。どちらが勝つと思うか聞いているのだ。『どちらが勝つと思う?』と直接的な聞き方をしなかったのは、個人的な意見を俺に言わせないようにするためか。それでも個人的な意見を言うことには違いないが、どちらが勝つかを言うよりも幾分オブラートに包みやすくなる。

 正直答えなくても支障はないのだろうが、ここで答えずに余計な思考をさせることもない。暫し考えて俺なりの言葉を述べる。

 

「――――いい勝負を期待してるよ」

「……それって、アタシらが負けるってこと?」

「さぁな。俺は教師だ、どちらかを贔屓するようなことはしないよ」

 

 俺の言葉を受けて考え込むような仕草をするダリル。その隣でフォルテが頭上に?を浮かべていた。

 まだ何か言いたいことがあったのか、再びダリルが口を開こうとした瞬間。アリーナの方から大きな歓声が上がった。おそらく向こうのピットから一夏と姫無が出てきたのだろう。アリーナ全体を埋め尽くす生徒たちの歓声が、ここまで響いてくる。

 

「……ま、いいや。アタシも更識と戦うのは楽しみだったし、三人目の男にも興味出てきた」

「お、先輩珍しくやる気ッスねー」

「ったりめーだ。先生にまで発破かけられてやる気ださねーわけにはいかねーだろ」

「よっしゃー私も頑張るッスよー」

 

 二人は瞬時に自身の専用機を展開させると、そのままピット中央の射出口から勢いよく飛び出していく。直後、再び大きな歓声。IS学園最強のタッグを決めるための戦いは、今正に始まろうとしていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ふむ、この試合どうみる」

「ん、そうだな……」

 

 第一アリーナの管制塔へと戻ると、アリーナを眼下に眺めながらコーヒーを飲む千冬からそんな質問が飛んできた。俺が入ってきたのを見て直ぐにコーヒーを淹れてくれた真耶に礼を言ってマグカップを受け取り、千冬の隣にまで歩を進める。うん、美味い。やはり真耶に淹れてもらったコーヒーは自分で淹れるのとは全くの別物だな。

 

「キーマンはやっぱり一……織斑だな。アイツがどれだけ上手く立ち回るかで戦況は大きく変わってくるだろう」

 

 試合が始まって三分程。アリーナでは四機のISが目まぐるしくその場所を入れ替えながら火花を散らしている。その中で目を引くのはやはりダリル、フォルテの両名が操作する専用機。『ヘル・ハウンド・Ver2.5』と『コールド・ブラッド』だろう。この二人のコンビネーションは既に国家代表クラスとまで称されており、今回のトーナメントでも彼女たちのコンビネーションを打破できたペアはいない。

 そのコンビネーションを一夏と姫無がどう突破するのか。それが出来るかどうかで戦況は決定すると言っていい。

 

「でもアイツ、何か動きが荒いな」

「試合前ピットで掌を開いたり閉じたりしていたからな。大方精神を落ち着かせようとして失敗でもしたんだろう」

 

 ああ、成程。気分が高揚している時に出てしまうあの癖か。あれだけはどれだけ言っても直らなかったからな。幾ら更識流で精神集中の重要性を学んだとて、それを実践できるようになるには一夏はまだまだ未熟だ。完璧な精神コントロールなんて高校生に出来るようなものではない。姫無だって完全にはモノに出来ていないのだ。無理して行うと裏目に出てしまうことだってある。

 多分姫無を負けさせるわけにはいかないとでも考えて自然と力が入ってしまっているんだろう。動きに無駄が多い。必要のない場面でスラスターを噴かせてエネルギーを無駄に消費したり初動が遅れているのがその証拠だ。

 

「まぁそこらへんの感情の機微も含めて更識は考えているだろう。俺たちは見届けるだけさ」

 

 

 

 

 

 

 

「っ、くそ!」

 

 突き出された一夏の拳が虚しく空を切る。先程から何度も繰り返される攻防だった。

 近接型にとことん特化している一夏にとって、決勝の相手である二人は正に天敵と言っていい。ダリルとフォルテはそのコンビネーションを巧みに駆使して遠距離から近距離までの全てをカバーできるオールレンジタイプであり、相手に合わせてその戦闘方法を変更することが出来る。一夏の場合は中、遠距離で。姫無の場合は遠距離でといった具合にだ。

 その距離を潰そうと瞬時加速を使って攻める一夏だったが、当然ダリルとフォルテも瞬時加速は修得している。何も真正面に突っ込むだけが瞬時加速ではない。後方、上方或いは下方へスラスターを噴射することで回避することも可能だ。タイミングを誤れば相手の攻撃を受けてしまうリスクが上がるためにその見極めはかなり難しいが、二人にとっては造作もないことだった。

 一夏が拳を振り抜いた後に出来る一瞬の硬直を逃すことなく、コールド・ブラッドが持つマシンガンが掃射される。下手な鉄砲数打ちゃ当たる、ではない。フォルテの射撃センスは特Aクラスである。一夏が回避することも想定した上で逃げ場のないよう周囲に弾丸を撃ちだしていく。

 このままでは埒が明かないと悟り、一旦その場からの離脱を図る。姫無の援護射撃もあって、それ自体は然程難しくはなかった。ダリル、フォルテ両名からある程度の距離を取って、空中で静止する。

 

「一夏君、無理な特攻は彼女たちには仕掛けるだけ無駄よ」

「ですね。すいません、俺少し空回ってたみたいです」

 

 姫無の言葉に素直に頷く。

 試合開始当初のような高揚は既に消え去っていた。一度手玉に取られたからだろうか。先程よりも視界は広がっていた。

 

「先ずはあの『イージス』を攻略しないことには始まらないわね」

「突破口はあるんですか?」

「ふふん、お姉さんに任せなさい」

 

 にっと笑う姫無。彼女の言う通り、この試合に勝利するためにはイージスと呼ばれるダリル、フォルテのコンビネーションを打ち崩すことが絶対条件だ。それが生半可なことではないというのは、これまでの試合を見ていれば嫌でも分かる。昨日の準決勝でも同じ代表候補生二人がかりで挑んで攻略することが出来なかったのだ。それほどまでに隙がない。それほどまでに完成されている。

 

「あのイージスは言ってしまえば攻防一体なのよ。二人の位置が常に上下左右で直線上になるよう、必ず一人を中心点として展開されている。互いの得意能力をフルに使って一つの生き物のように機能しているの。それはすべての攻撃を通さない盾にもなれば、必中の矛にもなる」

 

 彼女たちに限って言えば、最強の盾と矛は矛盾せず両立されているのだと姫無は言う。

 なんだそれはと率直に一夏は思った。こちらの攻撃が防がれ、向こうの攻撃は全て命中する。そんなものにどうやって対処すればいいのだと。焦燥に駆られる一夏に、しかし姫無はこれまでの態度を変えることなく言い放った。攻略法なんていうのは簡単なんだと、さも何でもないというように。

 

「それはね、――――こっちも同じことをすればいいのよ」

 

 一夏の目が、文字通り点になった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

  

 眼前で起こった変化を認めて、ダリル・ケイシーは楽しそうに口角を吊り上げた。まるで鏡の前に立ったように、相手の二機もこちらと全く同じ陣形を取ったのだ。コンビネーション名、イージス。これまでも何度かこのコンビネーションを攻略しようと猿真似じみた事をしてきた輩はいたが、ここまで堂々と大々的に模倣してくるとは流石に思っていなかった。しかもそれをしているのはIS学園最強の看板を背負うあの更識姫無である。不愉快に思うよりも、何が飛び出すのかダリルは興味津々だった。

 

「……へぇ。イージスをやろうってのか、面白ぇ」

「せんぱーい。これ完全に舐められてんじゃないッスかぁ?」

「逆だよフォルテ。向こう完全にこっちを叩き潰す気だぜ」

 

 これまでの相手のようにヤケを起こした猿真似だと思ったらしいフォルテが不満気な声を上げたが、それをダリルは一蹴した。これは今までのような浅はかな愚策ではない。何かしらの意図があって、それを巧妙に隠匿する為のものだ。そうダリルは直感していた。

 

「じゃあいっちょ試させてもらおうか。……ちゃんとイージスとして機能してんのかッ!」

 

 瞬間、ダリルとフォルテの位置が上下から左右一直線になる。

 攻撃に移るときの状態であると、対する一夏は即座に理解した。そして思い返す。寸前姫無に言われていたことを。

 

『いい。イージスを完全に攻略することは確かに難しい、でもあのコンビネーションだって完璧じゃないの。二人が直線上に並ぶのは基本的に防御の時。攻撃の時はシンクロして行うことが多いわ。だから、攻撃を当てるならそこよ』

『相手の攻撃に合わせてこっちも攻撃する。ってことですか?』

『言ってしまえばカウンターね。私と一夏君でイージスを完全再現できるなら何も問題はないんだけれど、残念ながらアレは一朝一夕で出来るものじゃないわ』

『でもそんな上手くいくんですか?』

 

 一夏の尤もな質問に、姫無は間断なく答えた。

 

『それは大丈夫よ。彼女たち、結局のところ理性よりも本能を取るから。遠距離でちまちまやるよりも近距離でガツガツいきたいのよ、ほんとはね』

 

 ほんとにきたー、と内心で一夏は驚くと同時にダリル・フォルテ組の単純さに呆れた。まさかこうも簡単に二人でかかってきてくれるとは。かといって油断はしない。重要なのはここからだ。全ての攻撃が命中すると言うように、彼女たちの攻撃は基本水準が高い。それが二人同時に来るのだ。一瞬でも気を抜いてタイミングを誤ればこちらが撃墜されかねない。かなりシビアな判断を下さねばならなかった。

 チャンスは一度。これを外せば二度目はない。

 こういう攻撃があるのだと向こうに知られてしまえば、この状況に持ち込むことはもう不可能だろう。

 左右両方から、トマホークのような鋭いハイキックが飛んでくる。横に立つ姫無は蒼流旋を構えたまま動かない。彼我の差が限りなく0に近づいていく。まだ、まだ姫無は動かない。

 

 そして。

 姫無の構える蒼流旋の先端が動いた刹那。

 瞬間的に一夏はその右手にたった一つの武装を展開させる。その姿を認めると同時に最大出力。一気に下方から上方へと斜めに振り上げた。振り切った腕の向こうに見えたのは、驚愕の表情を浮かべるフォルテ・サファイアの姿だった。

『雪片弐型』。鋒が触れさえすれば問答無用で相手のシールドエネルギーを削り取る一撃必殺の刃が、フォルテの乗るコールド・ブラッドを一閃した。

 と、同時に爆発的に広がる閃光。予め決めていた手筈通り、一夏は直ぐ様その場から出来るだけ距離を取る。

 

 直後、突き立てられたランスの先端を中心に、小型の爆発が連鎖的に巻き起こった。

 

 ミストルティンの槍は姫無の操作する全てのアクア・ナノマシンが超振動破砕を行う破壊兵器の塊であるが、今回使用したのはそれの縮小版とでも呼ぶべきものだった。一部のアクア・ナノマシンをISの周囲に展開させたまま残りのアクア・ナノマシンを小分けにして順次エネルギーを転換させ爆発に連続性を持たせることで相手に反撃の隙を与えない。またその時周囲のアクア・ナノマシンをヴェールのように自身の周囲に漂わせることで被害を最小限に抑えるようにしている。最大火力には及ばないものの、それでも十分な威力を持った攻撃だ。

 

「『霧雨( モロス )』。使うのはこれが初めてよ」

「……ッ、くそったれ!」

 

 粉塵の中からヘル・ハウンド・Ver2.5が現れる。その装甲の至るところに損傷が見られ、ダメージレベルBは超えているだろうことは凝視しなくとも判断できた。相棒たるフォルテは一夏の零落白夜によって撃墜されてしまっている。イージスを失ったダリル一人で姫無と一夏の相手を一手に引き受けるというの荷が重かった。幾ら代表候補生として実力があろうと相手はロシアの国家代表と中国、ドイツ、フランスの代表候補生を次々と破ってきた三人目の男子。

 舌を打ちながらも善戦を続けたダリルだったが、フォルテが撃墜されてから八分二十秒後。アクア・ナノマシンを駆使した姫無の攻撃によって全てのシールドエネルギーが削り取られた。

 その瞬間、試合終了を告げるブザーが鳴り響く。一瞬の静寂の後、怒号と勘違いしそうなほどの大きな歓声。

 それを受けて、一夏もようやく肩の力を抜く。不意打ちじみた攻撃であったのは否定しないが、そうでもしないと勝利は得られなかっただろう。姫無にしてもこれまで使うことの無かった技まで使用して落としにかかったのだ。ダリルは特に一人になってからもその操縦技術を以てして一夏のシールドを半分以上持っていった。改めて、彼女たちの強さを思い知る。

 

(正々堂々あの先輩たちに勝てるようになるには、まだまだ実力不足だな……)

 

 しかし、それでも。今この瞬間だけは優勝という勝利の余韻に浸ってもいいだろう。正直なところ姫無を生徒会長の座から降ろすことにならなくてよかったという安堵が大半を占めているわけだが、全体の二割くらいの貢献はしたのではないかとも思う。今年の男性IS操縦者は以前の二人のようにはいかないなと野次られることもないだろう。今日までの一夏の試合を観戦した関係者であれば、その才能の片鱗に気がついたはずだ。

 何はともあれ。

 終わってみれば関係者各位の予想通り、更識・織斑組の優勝という結果でIS学園タッグマッチトーナメントは幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 後日。

 

「兄さーん」

 

 放課後の学年主任室で恐ろしい程までの猫なで声が俺の耳に届く。おそるおそる声のした方へと顔を向けてみれば、そこには笑顔を張り付けた姫無の姿。

 

「な、なんだ」

「私トーナメント優勝したじゃない? そのご褒美が欲しいなー」

 

 ご褒美とな。金銭でも要求されるんじゃないだろうな。

 一応何が欲しいのかと尋ねてみる。

 

「臨海学校。私も行きたい」

「却下」

 

 何を言い出すのかと思えば。というか姫無は去年行ったはずだろう。

 

「なーんーでー!? いいじゃない私一人増えたくらいでどうこうなるわけじゃないでしょー!?」

「いやそういう問題じゃなくてだな」

「じゃあどういう問題な訳!?」

 

 二年生が参加できないわけなんだが。

 

「まぁなんだ。取り敢えず俺が言いたいことはだな」

「ん?」

「お前なんで学園内で裸Yシャツなわけ?」

 

 なぁ。前に俺の部屋でもあったよな。まさかその格好で廊下彷徨いてたわけじゃないよな。おいこっち向けよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 かなり駆け足になってしまいましたがこれにてトーナメント終了。
 次話を挟んで臨海学校編に入ります。

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