双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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#26 不穏と三回戦

「ふん、それで? 貴様はどうしたいと言うのだ」

 

 京都、天狗岳山中。

 陽も暮れて宵闇の降りた空を眺めながら、女性は携帯電話を片手にそう言った。風に靡く黒髪が女性の頬を撫でる。周囲を雑多な木々に囲まれたこの場所には、女性の他に傍に控える男性が一人。随分とガタイの良い男性だった。右目を縦に走る切り傷が目を引く男性は、女性の会話をただ静かに聞いている。

 

「巫山戯た事を吐かす。以前の失敗を棚上げとは、いつから貴様は其れ程偉くなったのだ?」

 

 通話口から抗議の声が上がったのか、先程よりも音量がやや大きくなる。

 そんな事は全く気にせず、女性は皮肉をふんだんに含んだ言葉を突き付ける。

 

「困るなぁ、困るのだよ。私たちは何でも屋ではない。貴様たちの手助けを簡単に請け負うとでも思っているのか? こちらの利益も明確に掲示出来ない時点でたかが知れているよ。所詮は思いつきの作戦なのだろう? そんなことであの場所が堕ちると考えているのか、馬鹿馬鹿しい」

 

 そう言い切って、女性は通話を終わらせた。切る間際に向こう側が何やら五月蝿かったが、そんな事気にも止めずに。

 通話を終えて用の無くなった携帯を傍に控えていた男に投げ渡そうとした所で、再び着信を知らせる音楽が響く。チッ、と苛立たしげに女は舌打ちした。どうせ先程の相手がかけ直してきたのだろうと思い、出ることなく切ろうとして、不意にその手が止まった。

 電話の相手は、先程の者ではなかった。今までの苛立ちは何処かへと消え去り、女は口角を上げる。

 

「私だ」

『ご無沙汰しています。ミス京ヶ原』

「貴様もな」

 

 声は、若い女のものだった。これまで幾度かの面識があるのか、二人の口調に社交辞令的なものは含まれていないように感じる。最初の挨拶も最低限で済ませ、さっさと本題へと入っていった。

 

『先程、連中から連絡があったのでは?』

「……嗾けたのは貴様か?」

『まさか。私は提案しただけですよ、計画を立案したのはあくまで彼らです』

「つくづく人が悪いな貴様は。そんなことさせても結果は眼に見えているだろうに」

『連中が表立って動いたという事実が大切なのですよ。そうすれば良い隠れ蓑になるでしょう?』

 

 人の悪い笑みを浮かべているのが通話越しにもはっきりと想像出来た。悪人だと罵ってやりたいところだったが、所業的には此方の方が余程悪党だと自負している手前言葉を飲み込む。

 

「で? やらせるのか」

『ええ、三日目、遅くとも四日目には動くと思いますよ』

「救えん連中だな。お前の掌で踊らされていることに気がつきもしないとは」

『だからこそ可愛げもあるというものですよ』

「使い捨ての駒にしている癖に言うじゃないか」

『彼らも明確な指標が出来て喜んでいるんじゃないですか。これでようやく念願が叶うとでも考えているかもしれませんよ』

「だとしたら奴らに先はなかろう」

 

 互いに笑い、通話を切る。

 

「矛」

「は、帰還されますか」

「ああ、もうこの場所に用はない」

 

 用済みだと言って女、京ヶ原劔は矛と共に山を降りていく。

 漆黒の夜空に紛れるように、二人の姿はその場から見えなくなった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 皿式鞘無がその場に居合わせたのは、ただ単に偶然だった。

 昨日の試合の敗北が尾を引いて他の試合を観戦する気になれなかった彼だが、少し頭を冷やすと直ぐに冷静になり部屋を出てアリーナへと向かった。寮は勿論のこと、教室や廊下などにも生徒たちの姿は全く見られない。まるで休日のようだ。しかし正反対にアリーナには生徒全員が密集しており、アリーナの外側からでもその歓声と熱気に驚かされる程である。

 そんなアリーナへと続く一本の廊下を、鞘無はポケットに手を突っ込んだままのろのろと歩いていた。

 気持ちは切り替わったとは言え、他人の試合なんぞに興味のない彼にしてみればただの試合観戦など拷問に近いものだ。試合を見ての課題が課されているために仕方なしに足を運んでいるが、本音を言えば部屋で休むかクラスの女子生徒たちとお茶でもしていたかった。

 

「はぁ。まあこういう行事に関わっておくってことが重要だからな」

 

 などと自分を必死に言い聞かせながら、鞘無は人気のない廊下を進む。肩口で切り揃えられた茶髪を揺らしながら歩く鞘無はふと、その視界に不可思議なモノを捉えた。厳密に言えばモノではなく、者。つまるところ人間だった。

 

「……んん?」

 

 廊下の窓から覗き込むように、そのおかしな人間たちを見つめる。数は三。いずれも黒いスーツを纏いサングラスをかけている。この二階の窓から鞘無が視線を向けていることには気がついていないのか、その人間たちはIS学園の裏門の周囲を行ったり来たりしている。

 

「なんだありゃ」

 

 明らかにIS学園の関係者ではない。そもそも来賓だというのなら許可証を持って正門から堂々と入ってくる筈だ。プライドの高い各国の上層部が、こそこそと裏門で屯するなど有り得ない。であるならば、今現在あそこで嗅ぎ回るように行き来する彼らは何者なのだろうか。

 そこまで考えて、ピンと来た。鞘無の脳内に電流が走る。

 

「……侵入者か」

 

 珍しく、彼にしては非常に珍しく、その予想は的中していた。実際にはま学園の敷地内に足を踏み入れてはいないので侵入者ではないのだが、それでも不審な人物たちであることに違いない。そんな怪しさ満点の三人を校舎の窓から見下ろして、鞘無の口元が弧を描く。

 これだ。こんな展開を待っていたんだ。

 他の生徒や教師たちはアリーナでトーナメントの進行にかかりきりで彼らの存在にはまだ気がついていない。故に、今この場において彼らを処理できるのは自身を於いて他にはいない。原作のように物語が進めばアリーナの方でも異変が発生するだろうが、そんなことよりも目先の事の方が大切だ。侵入者の存在にいち早く気付き、対処したという事実。これのみが重要なのである。

 

「何だ。天は未だ俺の事を見放しちゃいなかったようだな。こうなることが予めわかってりゃ、昨日の試合ももっと手を抜いて体力を温存できたってのに」

 

 ゴキリと、首を鳴らして再び歩き出す。目的は変わった。アリーナへは向かわない。ラウラの暴走を止めるのは、原作通り一夏に譲ってやるとしよう。そう決めて、階段を降りていく。態々裏門を使用するあたり、向こうも人目に付きたくないのだろう。それはこちらとしても好都合、存分に能力を発揮することができるのだから。

 一階へと降り、そのまま外へと出る。視線の先には、上から見つけた三人の姿があった。向こうはまだ、こちらの存在には気がついていないらしい。

 ニイ、と口角が吊り上がる。

 

「オイオイ、こんな所で何してるんだ?」

 

 相手に聞こえるように、自分の存在を気付かせるように、横柄に言い放つ。

 

 その声に反応して、三人は直ぐ様警戒の色を強めた。

 が、声の当人を聞いて、僅かに安堵の息を漏らす。

 

「……皿式鞘無、か」

「例の四人目、危険度は四人の中で最も低い」

「障害にはならないと判断、先を急ぐか?」

「いや、目撃者をこのままにしておくのもマズイ。不本意ではあるが、この場で拘束しよう」

 

 そんな会話を聞いて面白くないのが、鞘無本人。

 何だ、四人の中で一番危険度が低い? 障害にはならない? この場で拘束? まるで自分たち三人は鞘無自身よりも優れているかのような言い様。蟀谷に青筋が浮かぶ。

 

「……お前ら、言ってくれるじゃん」

 

 バチッ、と前髪から紫電が走った。怒りのボルテージが徐々に上がっていく。言いたい放題の侵入者に、目にもの見せてやらなければ気がすまなかった。

 専用機『サンライト・トゥオーノ』を展開させるべく臨戦態勢に入る。ただし、右肩部の装甲は無い。昨日のトーナメントで超電磁砲の弾に使用したせいだ。流石に昨日の今日で修復は出来なかったらしい。が、そんなことは些細な問題だった。

 某都市第三位の能力を有する少年は、瞳だけは元の持ち主のように強く。

 

「――――覚悟は、出来てんだろうな?」

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

「ッ、更識先生!」

 

 第一アリーナの管制塔に、真耶の声が響く。その声色から只事ではないと察知して、直ぐに近くへと駆け寄る。真耶の前に展開されている幾つものウィンドウ、その一つに見慣れない人影が映し出されていた。黒いスーツにサングラス、まるでタ○リが三人いるようだ。さておき、真耶が俺を呼んだ原因は間違いなくコレだろう。

 

「侵入者か」

「はい。数は三、この裏門以外にそれらしき人影は存在しません」

「態々トーナメント開催期間中に来るってことは、目的はデータか? それとも来賓か……ん?」

 

 そこまで考えて、俺はウィンドウに映る生徒が目に止まった。俺の見間違いでなければ、この生徒は世界で四人目の男子だ。というか何でこんな所にいるんだ。生徒はアリーナに集合するように昨日連絡してあった筈なんだが。

 

「皿式君、どうしてこんなところに!?」

「大方昨日の敗戦がショックで寝込んでたとかそんなんじゃないか」

 

 ともかく、侵入者と皿式をこのままにしておくのは問題だ。皿式がその場にいなければ俺が出向いて制圧することも出来たが、生徒の目がある場所で能力を使用するのは出来るだけ避けたいところだ。見たところ敵はこれといった武器は所持していないように見える。なら、ここは真耶に任せても大丈夫なのではないか。

 

「……真耶。学園の訓練機を使ってこの場に向かってくれるか」

「私が、ですか?」

「ああ、この事は出来るだけ生徒や来賓には伏せておきたい。俺はそっちの根回しを行うから、真耶には皿式の保護と侵入者の制圧を頼みたい」

「……分かりました。至急準備します」

 

 俺の言葉に頷いて、真耶は管制塔から出て行った。それを確認して、ポケットから携帯を取り出す。連絡する相手は、第三アリーナにいるであろう千冬だ。数秒の間をおいて、通話が繋がる。

 

『私だ』

「千冬か、一応お前の耳にも入れておこうと思うんだが」

『何の話だ?』

「学園の裏門から三名、侵入者が敷地内に踏み込んだ」

『対処は』

「今訓練機を展開して真耶が向かった。現場には皿式もいるが、彼女なら上手くやるだろ」

『……このことは他の先生たちには?』

「まだ話していない。一先ず学園長と学年主任には俺から伝える」

 

 そうか、と簡潔に答えて千冬は通話を切った。生徒の事を第一に考えるなら、先ず最優先で行うべきは侵入者の制圧だ。生徒たちに何かあってからでは遅い。接触さえもさせる前に敵を行動不能にすることが必要だ。皿式の場合は仕方がないので、怪我をさせることなく保護するしかない。来賓たちの周囲には各国のSPが待機しているので余程がない限り危険度は低いものの、前回のように無人機がアリーナに侵入してこないとも限らない。まぁ、先程の映像で確認する限り今回の件と前回の件は別のようだが。

 

「……さてと」

 

 一先ずは学園長に連絡だ。俺は管制塔に居た数人の教師に場を離れるとだけ告げて、静かに学園長室へと向かった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 ひらり、ひらり。

 まるで木の葉の舞うように、虚は一夏の繰り出す攻撃を躱す。突き出される拳も、振り下ろされる脚も、虚の機体を捉えることが出来なかった。間一髪という訳でもなく、余裕を持って、優雅ささえも漂わせて彼女は一夏の攻撃を躱し続けていた。

 対し、一夏は歯噛みする。分かっていたことだ。対暗部の家系更識に代々仕える布仏の家。その人間が、並大抵のレベルにはいないということは。整備科首席にして実技成績学年次席。それは国の代表候補生に匹敵する実力者であることに他ならない。

 

「っ、相変わらずやりにくい……!」

 

 虚の取る戦法はヒットアンドアウェイのように攻撃と防御がはっきりしたものではない。近付き過ぎず、離れ過ぎず。その絶妙な距離を保ちつつ、遠距離武装での牽制攻撃を繰り返す。だが少しでもこちらが隙を晒せば、一瞬にして間合いを詰めて間髪入れずに止めを刺しに来るだろう。それが判らない程、一夏は戦闘に於いて愚鈍ではなかった。

 姫無と簪の戦いに割って入るつもりは無いとはいえ、ここまで時間稼ぎに徹してくるとは考えていなかった一夏は虚の表情を視界に収める。

 にこやかに、淑やかに、彼女は微笑んでいた。

 

「一夏君、そんな攻撃じゃあ、私には当たらないわよ?」

 

 一訓練機でありながらその機動力を強化しているのか白式に勝るとも劣らない動きを見せる虚に、一夏は内心を悟られぬように答える。

 

「虚さんがカウンター型なのは知ってますからね。無闇矢鱈に突っ込むのは愚策でしょ」

「あら、お嬢様にでも聞いたのかしら」

「去年の個人トーナメントの映像も見ましたよ。決勝のダリル先輩とのデータを」

「ふふ、何だか恥ずかしいわ」

 

 一夏の言葉にも、虚は全く動じない。IS学園の生徒であれば各トーナメントの戦闘記録も閲覧することが出来るのは周知の事実。一夏が見ているとしても何ら問題はない。寧ろ、虚は自身のデータを持っていると仮定してこれまで戦っていたのだ。

 その根底にあるのは自信と自負。

 戦闘データを見られたくらいで敗れるようならそれは所詮それまでの実力だったということ。学園最強を名乗る姫無の従者としてこれまで過ごしてきた彼女にとって、手の内を晒されたくらいで揺らぐようなものではないのだ。

 

「さて、このまま一夏君と一定の距離を保ちながら戦うのも構わないのだけれど」

 

 タンッと跳躍し虚は一夏との距離を開く。その行動を怪訝に思いつつも、一夏は追撃しようとはしなかった。単なる直感から来るものだったが、今この場で距離を詰めるのはまずいと感じたのだ。

 

「――――折角今日の為に積んだのだから、使わないというのも勿体無いわよね?」

 

 言って、虚の肩部と背後に円筒形の砲門が展開された。左右と背中を合わせて合計で三。その砲身が、いずれも一夏に照準を合わせる。

 

「対IS用追尾ミサイル、『撃鉄』」

「っ、SAM!?」

 

 空中に留まっていた一夏へ、三発のミサイルが発射された。

 

 

 

 

 

 

 簪の周囲に漂う霧。姫無が発生させたそれによって、簪は姫無の姿を見失っていた。打鉄弐式のハイパーセンサーに反応はあるものの、小刻みに移動を繰り返しているのか反応の場所が数秒ごとに変わっている。無闇に砲弾を使うことは避けたい所、簪は夢現を構えたまま、周囲一帯に警戒を強めた。

 そして改めて、姫無の操作するナノマシンが厄介極まりないことを実感する。

 

(やっぱりお姉ちゃんは強い……、山嵐も通用しなかったし春雷も避けられた。でも、これで終わりじゃない……)

 

 後は純粋な実力勝負。互いの機体性能は熟知している上、戦い方まで理解している。

 ここから先、突拍子もない奇策でも飛び出さない限りは高水準での戦闘によって勝敗が決するだろう。

 

 と、そう考えていた簪の視線に飛び込んできたのは。

 

「……ッ、まさか……」

「簪ちゃんが相手なら、手加減なんて出来ないでしょう?」

 

 蒼流旋を正面に構える姫無の姿。先程まで周囲を覆っていた霧はいつの間にか消え失せ、互いの姿を今ははっきりと視認する事が出来た。その姫無の姿を見て、これまでの霧が姫無の必殺の一撃を放つまでの時間稼ぎだったことを知る。

 それは必殺の一撃。強力無比な一撃故に自身への反動も凄まじい諸刃の剣。エネルギーの瞬間的な転換により大ダメージを受けることは無いが、それでも損傷は免れないような一撃だ。

 

 例え妹であろうと、戦う以上は手加減などしない。

 その決意が、姫無の瞳にありありと表れていた。

 

 発動までの準備は既に終えていた。片手で蒼流旋を構えて、後部スラスターを一気に噴かせる。

 瞬時加速。目にも止まらぬ速さで、姫無は槍を簪の機体へと突き立てる。抗う術などなく、防御に徹する時間はない。

 

 ――――ミルトルティンの槍、発動。

 

 言葉が聞こえた直後、アリーナの中心で大爆発が巻き起こった。それは奇しくも、虚のミサイルが着弾するのと同時だった。

 

 

 

 

 

 




オリ村「俺の未元物質に常識は通用しねぇ」
皿  「俺に常識は通用しねぇ(悪い意味で)」

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