双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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 遅くなりました。ここ一週間忙殺されてまして、まともにパソコンも触れなかったんです……。


#25 姉と妹

 IS学園タッグマッチトーナメント二日目。今日より行われるのは三回戦から四回戦までの二試合で、昨日使用したアリーナ三つで並行して執り行われる。二日目でありながらも、観客席を埋め尽くさんばかりの来賓たちの数は更に増加していた。彼らが見に来ているのは主に代表候補生などの専用機持ちたち。それらがぶつかり合うことの多くなる二日目以降、各国の来賓や関係者たちの目はより鋭くなっていくのだ。

 より具体的に言うならば、彼らの注目はIS学園最強を背負う更識姫無と世界三番目の男性IS操縦者織斑一夏。コンビネーションは既に国家代表クラスとまで言わしめるダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアの代表候補生コンビ。整備科首席の布仏虚と国内若手ナンバーワンと言われている更識簪。フランスとドイツの代表候補生、シャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒ。そしてリリィ・スターライの愛弟子にしてイギリスの代表候補生、サラ・ウェルキンとセシリア・オルコットに向けられていることだろう。このあたりの生徒は既にある程度知名度も高く、どの国の関係者もチェックを入れていることだろう。本来であればその中には中国の新星鳳鈴音と世界四人目である皿式鞘無も入っていたことだろうが、トーナメントの巡り合わせにより既に敗退してしまっている。

 

 昨日行われた二試合によって既にトーナメントのペアは半分以下にまで減っており、多くの生徒がこの二日目からは観客として試合を観戦することになる。当然授業を止めてまで行うトーナメントなので敗退した生徒たちにもそれなりの課題は課せられるが、彼女たちにとっては目の前で行われるレベルの高い実戦を観るほうが余程勉強になるだろう。正直出した課題がきちんとこなされるか甚だ疑問だ。

 

 午前八時四十分。

 試合開始を二十分後に控えて、各アリーナの電光掲示板に緒戦の組み合わせが表示される。それらを目の当たりにして、周囲の生徒たちからの歓声が上がる。そんな声を遠くに聞きながら、俺は第一アリーナの管制塔で眼下を見下ろしていた。横には昨日と同じく真耶が控えており、試合前の最終調整を行っている。

 

「さて、二日目だ」

「今日から皆さん厳しい戦いになりますね」

 

 真耶の言う通り、今日から専用機持ち同士や代表候補生同士の戦いが至るところで発生する。何しろ三回戦の一発目からそうなのだ。これは勝ち上がっていく上では避けて通れない道なので仕方のないことだが、それでもきっと対戦者は互いに嫌がっていることだろう。

 今から俺が観る、この試合を除いては。

 

「妹さんたち、こんなに早く当たるなんてちょっと可哀想ですね」

「ん? そんなことないぞ。二人共随分やる気だった」

「そうなんですか? 普通姉妹同士で戦うなんて嫌がりそうなものですけど」

「まぁ、うちはちょっと特殊だからな」

 

 俺の妹たちに限って言えば、遠慮なんてものは存在しない。互いが互いの掲げる信念があり、それは決して譲れないものだ。故に負けられない。俺の父である更識笄がそう説いたことも影響しているんだろうが、二人共先程会ったときの表情は獰猛な肉食獣のようだった。この対戦だけに限って言えば、一夏と虚はサポートに徹することだろう。前線で戦うのは姫無と簪、まず間違いない。

 

 姫無は妹に立ちはだかる壁として。

 簪は超えるべき目標として。

 

 全力で試合に挑むことだろう。だからこそ、見る価値がある。一夏と虚もサポートとは言えそうそう簡単にその役目を全うさせてもらえるとは考えてはいない筈だ。特に一夏の相手となるのは整備科のエースにして姫無の従者の虚。ことISの知識と状況把握能力は教師にすら迫る実力者である。その彼女を相手に、一夏は姫無のサポートを行わなくてはならない。昨日以上に厳しい試合になるだろうことは想像に難しくない。

 逆に虚も一夏のことを警戒している筈だ。何せあの姫無がみっちりと鍛えたのである。昨日の試合を見る限り、少なくともそこいらの生徒のレベルではない。

 

「更識先生はどちらが勝つと思いますか?」

 

 興味本位から尋ねる真耶に、俺は暫し考えてから答える。

 

「……この試合ばっかりは予想するだけ無駄だな。俺にもどうなるかは分からない」

 

 本当に、どう転がるか判らない。生徒会長だとか代表候補生だとかそんな肩書きは抜きにして。これが決勝戦でもおかしくない程の対戦カードだ。

 時計を確認する。九時まで残すところ後五分程だ、今頃四人は控え室で準備を終えている頃だろう。これから始まる戦いを想像して、少しだけ口元が綻んだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「……何でだ」

 

 殆どの生徒がアリーナへと足を運び三回戦を観戦しに行く中、少年は一人自室で頭を抱えて塞ぎ込んでいた。ベッドに腰を下ろし、髪の毛をガシガシと掻き乱す。その顔には苛立ちが如実に表れている。

 原因など言うまでもない。昨日のトーナメントの敗戦だ。四月のクラス代表決定戦、クラス代表対抗戦、そしてこのタッグマッチトーナメント。一つとして彼の思い描いた通りに事が進んだことはなかった。

 なんだ、まるで神に嫌われているようではないかと鞘無は唇を噛み締める。分かっている、人生生きていればこういうツいていないことも起こりうる。しかし、これは余りにも非道い。

 

「……途中までは順調だった。鈴とペアを組んで、生徒会長と互角の戦いを演じる所までは完璧だったのに……!」

 

 代表候補生である鳳鈴音とタッグを組み、他のペアを圧倒して優勝する。それでこれまでの失敗は取り返せる筈だったのだ。何せ自身は簪や一夏と互角の実力を持つ四人目、注目度も実力も申し分ない。後はトーナメントのくじ運とその日の体調さえ整っていれば、何も問題はないと踏んでいたのだが。

 

「くそ、もう少し鈴とコンビネーションの動作確認をしておくべきだったか……? 向こうは近接型だし、無闇に俺が突っ込むこともないと思ってたが、彼女には荷が重かったか」

 

 自分が近接戦に特化していない分、鈴には頑張ってもらいたいところだったがどうやらその考えが甘かったらしい。一夏と姫無の両名は想像以上に戦い慣れており、鈴はおろか自分自身ですらギリギリのところで後塵を排したのである。

 いや、とそこまで考えて鞘無は(かぶり )を振った。

 生徒会長である姫無とは互角の戦いが出来ていた。自身に非は殆どない。向こうの切り札を打ち崩し、あと一歩の所まで確実に追い詰めていた。姫無の対戦中の奥歯を噛み締める様がいい証拠だ。後はタイミングと運だけだったと断言できる。そういえば昨日はあまり体調が良くなかったような気もするし、と鞘無の脳内で都合の良い出来事がでっち上げられていく。

 

「なんにしろ、取り敢えず企業の人間たちにはアピール出来た筈だ。この世代を背負って立つのは一夏だけじゃない、俺も居るんだってことを知らしめられた」

 

 負けたとは言え、その内容は卑下されるようなものではない。あの学園最強とぶつかり合い、一矢報いることが出来ていたのだから。そうして思考をプラスへと転換していくうちに、いつのまにか鞘無の脳内は次のイベント、臨海学校へとシフトしていく。

 

「次、次取り返せば大丈夫だ。確か臨海学校じゃあ銀の福音が襲撃してくる筈。それを他の専用機持ちに混じって撃退すれば、俺の株は更に上がるはず」

 

 この時点ではまだ鞘無はナターシャの専用機が銀の福音でないことを知らない。

 どころか、彼女に恋人がいることなんかも知らなかった。故に、彼の脳内ではナターシャを恋人にしようとする作戦も絶賛考案中だった。年上金髪美女というワードを思い浮かべて、僅かに鞘無の口元がにやける。この場にもしも姫無や簪がいれば、ドン引きは免れないような表情だった。

 

「俺は過去を振り返らない男。先を見据えて、今は静かに牙を研ぐ……」

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 午前九時を回り、第一から第三までのアリーナで一斉に三回戦が開始された。ブレードがぶつかり合う剣戟の音や発砲音、衝突の金属音がアリーナ内に反響する。

 そんなアリーナの一つで、姫無と簪の姿があった。姫無は『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ )』を、簪は『打鉄弐式』をそれぞれ展開して真正面に向き合っている。試合開始のブザーが鳴ってから十秒、未だに二人に動きはない。

 

 簪は一つ息を吐いて、目の前の姉へと視線を合わせる。

 自らが目標と定める姉。だが、いつまでも目標のままにするつもりなどない。いつかは超えていかなくてはならない。ならば、今日ここで。

 

「……お姉ちゃん、今日こそ、超える……!」

 

 静かな、しかし確かに意志の篭った言葉を耳にして、対する姫無も眼を細めた。

 

「負けないわよ。私だって、まだ超えるべき壁があるんだから」

 

 それ以上、二人に言葉は要らなかった。お互いの考えていることなど手に取るように理解出来る。簪は目標を超えるために、姫無は更に上の目標のために、負けるわけにはいかないのだ。

 姫無は右手に蒼流旋を、簪は夢現を展開し互いに構える。

 そして。

 

 二機のISは、アリーナ中心部で瞬く間に激突した。

 

「さて、一夏君には私の相手をしてもらおうかな」

 

 中心よりも離れた位置に陣取っていた虚が、気軽にそう言った。彼女が纏うのはフランスが開発した第二世代型ラファール・リヴァイヴ。しかし、ただの訓練機ではない。このトーナメントの為に虚自らがカスタマイズした、言うなればラファール・リヴァイヴVer.Uである。操縦し易く汎用性の高いこの機体の装甲の一部を外し、そこに彼女自ら立案した遠距離型武装を取り付けてある。近接戦を得意とする一夏と戦うために整備された対一夏用ラファールだ。通常のラファールよりも幾らか無骨なその機体を前に、一夏は苦笑を漏らす。

 

「それ、完全に俺用に改造されてません? 昨日までは普通のラファールだったじゃないですか」

「ジェバンニが一晩でやってくれました」

「先輩そんなネタキャラじゃないでしょうが」

「一度言ってみたかったのよ」

 

 冗談のように言う虚に対し、一夏は答えつつも内心では警戒を怠らない。整備科の首席である虚の腕前は一夏も十分理解している。たった一日で機体を改造してくる彼女の力量には流石に驚いたが、それが奇をてらったものでないことは明らかだった。遠距離武装を加えたということはその目的は一夏の足止めであり時間稼ぎ。姫無と簪の対決が決着するまで、一夏を増援に行かせないのが目的だろう。

 それが分かっているからこそ、一夏はゆっくりと肩幅に足を開き、両腕を構えた。柔道や空手には見られない、随分と独特な構えだ。

 

「……油断してくれそうにはありませんね」

「当然です。俺にとっちゃ、対戦相手皆格上みたいなもんですからね」

 

 ISに乗り始めてまだ三ヶ月にも満たない一夏にとって、周囲の女子生徒たちは皆お手本のような存在だった。姫無や簪をはじめ、多くの生徒たちに操縦技術では未だ敵わない。油断などしている暇はない。

 

「向こうも始まったことですし、こちらもそろそろ始めるとしましょうか」

「そうですね。……じゃあ、全力で行きます」

 

 直後、轟音。

 甲高い衝突音を皮切りに、戦いの幕が切って落とされた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 真上から振り下ろされた超振動薙刀、夢現を水のヴェールが包み込むようにして受け止める。姫無の専用機、霧纏の淑女は他のISと比べて装甲が少ない。それをカバーするように左右一対で浮遊するアクア・クリスタルというパーツから展開されている水のヴェールが、薙刀のそれ以上の侵入を拒んでいた。

 振動させることで通常の刃物よりもかなり威力の高い夢現だが、刃が通らないのでは意味がない。歯噛みする簪へ、反撃と言わんばかりに姫無は口角を吊り上げる。

 

 気がつけば、簪の周囲に霧が発生していた。それを見て、直感的に簪は危険を察知する。スラスターを噴かせてその場からの離脱を図ろうとするが、それよりも姫無のほうが早かった。

 瞬間、爆発。それに伴って熱波がアリーナを駆け巡る。

 『清き熱情( クリア・パッション )』。ナノマシンで構成された水を霧状にして散布し、瞬時に気化させることで水蒸気爆発を巻き起こす。拡散範囲は限定されるものの、有用性は非常に高い。威力も折り紙つきである。

 

 未だ水蒸気で視界がままならないまま、姫無は爆心地へと突っ込んだ。この程度で簪が倒れる訳が無いという確信からの行動だ。この程度の小手調べでやられるように育てられてはいない、だからこそ必ず反撃してくるだろう。その予想は見事に的中する。

 ボッ!! と霧を裂くように一筋の熱戦が姫無を襲った。それを身体を半身にするだけの最小限の動きで躱して先を見据える。そこにはやはり簪の姿があった。機体の所々に損傷を見られるが、どれも軽微なもので戦闘に支障を来す程のものではなさそうである。

 

「……まだまだ、これから」

 

 ガコン、と打鉄弐式の背中に搭載された二門の連射型荷電粒子砲が姫無に狙いを定めた。先程の熱線も、この荷電粒子砲『春雷』から放たれたものだろうと推測する。接近する最中だったために、彼我の差は無いに等しい。前傾の状態から完全に躱すのは、普通の人間では不可能だ。

 間断なしの荷電粒子砲が姫無を襲う。

 一直線に突き進む熱線を、姫無はアクア・ナノマシンを壁にして威力を殺しにかかる。水のヴェールに触れた瞬間水の蒸発に伴う水蒸気が爆発的に広がる。完全に相殺することなど出来ないことは分かっている。一瞬だけでも時間を稼ぐことが出来れば十分。そう考えての行動だ。

 

「……ここまでは、想定内」

 

 簪の言葉に、姫無は思わずハッとする。

 わかり易いほどの荷電粒子砲の連射。それを防ぐために壁にした水が瞬時に蒸発して発生する水蒸気。周囲を水蒸気が埋め尽くすことで、その視界は極端に悪くなる。

 そこまで簪は計算していた。全てはこの一撃を当てるための布石。

 

「……山嵐」

 

 打鉄弐式の最大武装。

 第三世代技術であるマルチロックオン・システムにより六機×八門のミサイルポッドから独立稼働型誘導ミサイルを発射する。簪が数年の歳月を掛けて完成させた、切り札とも言える代物だ。

 水蒸気が場を埋め尽くす前に、既にターゲットの照準は合わされている。独立で稼働する誘導ミサイルは、発射されればターゲットに直撃するまで止まらない。

 

 肩部ウイングスラスターに取り付けられた六枚の板がスライドし開かれる。その内部から粒子組成を終えた八連装ミサイルが六ヶ所、計四十八発が一斉に顔を出した。

 視界の晴れない中、凄まじい音と共に四十八発のミサイルが容赦無く発射される。

 

 姫無をターゲットにしたミサイルはマルチロックオン・システムによって寸分の狂いもなく突き進む。幾ら姫無と言えども、一挙に押し寄せるミサイル全てを迎撃出来るとは思えない。それと同時にこれで姫無を落とせるとも簪は考えてはいなかった。だが、それで構わない。アクア・ナノマシンの操作にはかなりの集中力を必要とする筈であり、今の攻撃を防ぐにはナノマシンを利用しなくてはならないだろう。となれば全方位にアクア・ナノマシンを展開し、防御に徹する筈である。それだけの水を展開させれば、エネルギー量も大幅に削られる。

 持久戦は覚悟の上。後は如何に上手く立ち回れるか。

 

 そこまで考えて、簪はミサイルの着弾した地点を見つめる。

 そして聞いた。先程までと変わらない、姉の声を。

 

「……今のはちょーっと危なかったかしら。流石に予想外だったわね」

「……っ!」

 

 視界に捉えた姫無の機体には、大きな損傷は見られなかった。軽微な損傷というわけでもないが、そこまで気にするレベルのものでもない。自動追尾するミサイルから逃れるには撃墜するしかない。四十八発すべてのミサイルを迎撃したと言うのか。むちゃくちゃだ、と簪は思う。これで終わるとは思っていなかったものの、もう少し目立ったダメージを与えられると思っていただけに歯噛みする。

 そんな簪を見て、姫無は僅かに口角を持ち上げて。

 

「じゃ、そろそろ私も」

 

 言葉と同時。

 姫無の姿が、簪の視界から消えた。

 

 




 皿「臨海学校から本気出す」
オリ村「オイ誰だコイツ」
楯無「(無言で昔の織村の映像を流しながら皿と交互に見比べる)」
オリ村「…………」

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