双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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#9 平穏という言葉を使うのはその時点でフラグ

 

 

 

 

 

 前回のあらすじ

 親バカが授業参観に来ることは子供にとって脅威以外の何物でもない。

 

 

 

 

 

 ――――ついにこの日、この時間がやって来てしまった。

 いやまじで来てほしくないんだけど残念ながらあの両親は間違ったスタイル(※前話参照)で来る気満々だったし。はぁ……、憂鬱だ。

 

「どうしたんだ形無。そんな腑抜けた溜め息をはいて」

 

「千冬か……」

 

 教室に入って自分の机に突っ伏していたら既に登校していた千冬がこちらにやってきてそう言った。

 つーかお前クラス違うのに毎朝うちのクラス来るよな。だったらあの写真いらないだろ。

 

「いや、今日授業参観あるだろ……」

 

「なんだそんなことか。形無の両親はもちろん来るんだろう?」

 

「……ああ」

 

「いいじゃないか。うちは仕事の都合で二人とも来れないんだ、羨ましいぞ」

 

「……出来ることなら代わってほしいよ」

 

「……?」

 

 千冬は俺の両親のことは知っているが親父をなんかすごい鍛えてる人、母さんを何でも出来る完璧超人という認識でしかない。つまり知らないんだ。あの二人の本性と言うべきものを。

 

 一体どうして親がこんなにも授業参観にこだわるのかが俺には理解できない。だって小学校の授業だぞ? そんなの後ろで、しかも立って聞いて一体何が面白いってんだ。子供が学校でどんな風に過ごしてるかなんて家庭で子供から聞いておけばいいじゃないか。

 

「おはようかーくんちーちゃん!!」

 

 俺が再度『はあ、』と溜め息をついたのとほぼ同時に束が教室に入ってきた。

 

「あぁ!! かーくん束さんが教室に入ってきた途端に溜め息ついたっ!!」

 

 ……もう束の性格がめんどくさく感じてきている俺は悪くない筈だ。朝からこんなワーワー誤解して言われたら本当にいつか束見て溜め息つく日が来るかもしれない。

 

「束、もうちょっとテンション下げてくれ……」

 

「溜め息つかれた上にジト目であからさまにイヤな顔されたっ!!」

 

 がーん!! なんて擬音がまさにピッタリな表情で衝撃を受けて崩れ落ちる束はまぁこのままにしておいて、俺は本題である授業参観の対策を立てることに。

 先ず、授業参観は給食、昼休みを終えた後の五時間目。科目は算数だ。別に授業自体に問題はない。前世で工学を専攻していたくらいだから数学は得意だし、それ以前に今やってるのは掛け算だ。常識として出来なければ人間失格と言われても反論できない。

 

 ……問題は俺の席の位置だ。まだ席替えしていないため、あいうえお順で座っているわけだが俺は『さ』、位置は窓側から三番目の一番前だ。つまり、教卓のど真ん前。

 いや普通なら嫌がる所なんだろうけど位置的には後ろに並ぶ親たちから最も離れているので俺にとっては好都合だ。

 

 じゃあ一体何が問題なんだと言いたくなるだろうが、まあ最後まで言わせてくれ。

 

 それは。

 

「かーくんかーくん!! 授業参観だってさー!!」

 

 ……俺の右隣の席が、束だということだ。

 どういうわけか『さらしき』と『しののの』の間には皿田やら篠田などの苗字が勢ぞろいしておりこういう構図になったわけだが、ぶっちゃけ束の隣は苦労が絶えない。こんなにも気さくに話しかけてくる彼女だが、やはり他人には興味などないらしく会話をしようともしないのだ。しかも頭脳は既にそこらにいる教師など置き去りにしてしまうほどのもので、教師陣も束に強く言えない状態なのだ。

 

 そんな他人に全くの無関心である束が唯一、会話をしているのが俺。

 あとは言わなくても解るだろう。俺は教師と束とのパイプ役にされているのだ。

 

 たかだか小学二年生の少女に頭が上がらないというのもおかしな話だが、実際にそうなのだから仕方ない。

 そんなわけで俺はよく先生たちに束への伝言などを預かったり、伝えてと言われたりするんだよ。

 

 

 たとえそれが授業中であっても。

 

 

 これが俺が問題だという点だ。

 俺の席はさっきも言ったが一番前。しかも教卓に最も近い席だ。当然、先生との距離も最も近くなるわけで。そうすると授業の内容を理解できているかどうかを束に聞くように俺に言ってくるわけで。

 

 そうなると俺は束は余裕で理解していると分かっていても形式上聞いておかないといけないんだ。

 するとどうだ。教室の一番前で先生と生徒が授業中であるにも関わらず話し合っている構図が出来上がってしまう。

 

 

 

 うん。間違いなく目立つ。

 親さんたちの好奇の目に晒されることになる。

 

 

 

 そんな目立つのは避けたい俺は、どうにかして授業参観に欠席できないものかと考えたりもしたんだが。

 

「はい皆さん席についてくださーい」

 

 無情にも時は流れ五時間目の授業、算数の開始を告げるこまこの声が教室内に響いた。

 朝の宣言通り、俺は後ろを振り向いていない。もし親父たちが居て、もし目線が合いでもしたらあの馬鹿は親バカっぷりを発動させるに決まっている。

 

 ざわざわと教室内が落ち着きがないことから相応の数の両親が来ているんだろうなということは予想できる。

 始まってしまった以上はもう受け入れて早くこの授業が終わるのを祈るばかりだ。

 

 頼むから、なにも起こらずに終わってくれ……!!

 

 しかし。やはり俺はそんなフラグをいつの間にか建ててしまっていたんだろうか。

 授業開始早々、よく聞きなれた、だが今は最も聴きたくない声が教室内に轟いた。

 

「ここが形無がいる教室かあ、小学校なんて何年ぶりだろうなあ!!」

 

 …………。

 

「あらあら楯無さん。あまり大きな声を出すと授業の邪魔になってしまいますよ」

 

 …………。

 

「おっと。すまんすまん」 

 

 俺はこんな声知らないシラナイ。

 え? 誰の声~?

 

 心無しか後ろで小さなどよめきが起こった気がする。

 大体、予想はつくけど。

 

 だが振り向かないぞ。この時間を無事に終えるためには、あの親バカとは関わっちゃだめなんだ!!

 

「お、形無!! 来たぞー!!」

 

 無視。

 

「形無、こっちだこっち」

 

 聞こえない聞こえない。そしてあの言葉に返答、またはツッコミは厳禁だ。

 

「形……誰だお前」

 

「誰に話しかけてたんだてめえッ!!」

 

 そいつ俺とは似ても似つかねえポッチャリ君じゃねえか。そんなのと俺を間違えるとか眼球腐ってんじゃねえのか。取り替えてやろうか?

 

「あ、そっちにいたのか形無」

 

「どう間違えれば俺とそいつが同一人物に見えるんだよっ!!」

 

「いやー、今日慌ててたからコンタクト付けるの忘れてきちゃってなあ」

 

「帰れ!!」

 

 俺の無事に授業参観を過ごすという目標は、ものの五分で親父にぶっ壊された。しかも思いっきり振り向いちゃったし。他の親さんからの視線がハンパないんだけどこれ。

 

 ……見ちゃったからもう開き直るけどさ、親父たち絶対その格好は間違ってる。

 ツナギがダメなら普通はスーツとか来てくるだろ。なんで親父は袴穿いてんだよ。どこの武士だあんた。

 

 母さんも母さんで、ドレスは止めてって言ったけどなんで真っ赤な着物着て来てんだ。

 

 二人そろったら完全にそっち系の人じゃん。俺もそうだと思われちゃうじゃん!!

 しかもやっぱ母さん他の父親の視線釘付けにしてるし。

 

「……はあ」

 

 俺は親父にツッコンだのを思い出し、自己嫌悪に陥りながら授業を受けることに。

 案の定俺は注目を浴びちまったし、親父も親父で目立ってるし、母さんも視線を集めまくっている。ほんとに授業どころじゃないんだよ……。

 だから呼びたくなかったんだよ、こうなることが分かってたから。

 

 平穏って、なんですか。

 俺には一生、縁のないものなんですか。

 

「じゃあこの問題わかる人~」

 

「「「はーい」」」

 

「形無、手を上げるんだ!! 答えは64だぞ!!」

 

「違うよ56だよ」

 

 掛け算間違えるってどんだけだよ親父。

 

「更識さん授業中はお静かに……」

 

「あ、すいません」

 

 もうほんと勘弁してくれ。

 これ以上親父に授業を引っ掻き回されるのは御免だ。

 

 そんな堂々と間違いを述べた親父を見てクラスの生徒や親御さんたちはクスクス笑ってるが、親父の隣の人物だけは全く笑っていなかった。

 

「タ テ ナ シ サン? 授業中は静かにと、言ったでしょう……?」

 

 和やかだった教室の空気が、一瞬にして絶対零度に。

 親父がカタカタ震えているのはこの寒さのせいなのかそれとも……。

 

「ちょっと、出ましょうか」

 

「みみみ瑞穂!? なんでそんな怖い顔して……」

「楯無さんのせいですよ……?」

 

 どうやら母さんの逆鱗に触れてしまったらしい親父は、襟首を掴まれ引きずられるようにしてズルズルと教室の外に連れて行かれた。

 ピシャンッ、と閉まった教室のドアの先は、怖くて誰も覗けなかった。

 

「……もうほんと、勘弁してくれ……」

 

 結局この後何事もなかったかのように授業参観は終了したが、俺の両親はクラス内で一躍有名人となってしまった。そしてそれは俺も例外ではなく、散々質問責めにあうことになった。

 

 

 

 

 ……もう絶対に親は学校に呼ばない。そう心に誓った小学二年生の春だった。

 

 

 

 

 

 

 


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