『決ぃまったぁぁああああっ!! 流れるようなコンビネーションで相手を全く寄せ付けず!! ダリル・フォルテ組が三回戦進出を決めました!!』
第三アリーナ。専用機を持つ二人が試合時間三分弱という早さで三回戦進出を決めた。ダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアの二人は、ピットに戻ると直ぐ様展開を解除した。彼女たちの表情にこれといった喜悦は見られず、寧ろ面倒くさそうに溜息を吐き出す始末。
「はぁ、やっぱダリィよなぁ、このトーナメント」
「ダリルだけに」
「ぶっ殺すぞてめえ」
褐色の肌に青筋を浮かべて睨み付けるダリルだが、当のフォルテは全く気にしていない様子だった。
それより、と話題を変えるフォルテにダリルは諦めたように一際大きな溜息を溢した。
「生徒会長さんのとこはどうなったんスかねー」
「んー? ああ、織斑先生の弟と組んでるんだっけか」
別に興味ねーから忘れてたわ、とダリルは頭を掻く。十年ぶりに現れた男性IS操縦者に普通は多少なりとも興味を抱くものだが、生憎この三年生は全く興味がないらしい。その反応が面白くないのか、フォルテは口を尖らせた。
「あー。そんなこと言ってると足元掬われるッスよ? 何でも会長さんが直々にトレーニングしたらしいッスから」
「だったら当たった時はフォルテが相手しろよ」
「てことは必然的に先輩が会長さんとやることになるッスけど」
「…………両方フォルテにやるよ」
「いらないッス」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てながら、二人は控え室へと向かう。その姿だけを見たら、ただの喧しい高校性にしか見えなかった。しかし侮ることなかれ、彼女たち二人は生徒の身でありながら卒業後は国家代表がほぼ確定している程の実力者である。一夏と姫無とは反対の山にいるので、当たるとすれば決勝。しかしこちらの山には他に篠ノ之・布仏組、サラ・セシリア組が名を連ねており、翌日以降の試合は激戦になることが予想される。
対して一夏たちの山はシャルロット・ラウラ組に布仏・更識組が順当に行けば勝ち上がっていくだろう。
だが、そんなトーナメントになど目もくれないのがこの二人である。
「早く戻ってシャワー浴びようぜ」
「私が先に使うッスよ。昨日じゃんけんで決めたもん」
「んだとフォルテ。昨日は昨日、今日は今日だろーが」
「先輩いっつもそうやってはぐらかすんスもん! もうヤダ今日は絶対私が先に使うッス!」
彼女たちの興味関心は明日の試合よりも目先のシャワーに向けられていた。気だるそうな雰囲気そのままに、二人は部屋へと戻っていくのだった。
◆
皿式鞘無はポーカーフェイスを保ちつつも、内心では歓喜していた。
あの生徒会長と互角の戦いをしている、出来ている。学園最強を背負う彼女と正面切って戦えているという実感が、彼の胸中で渦巻いていた。
こんな展開を待っていたのだ。原作の強キャラたちと互角の戦いを展開し、それを切っ掛けにして彼女たちとの距離を縮めていく。四月の簪との試合やクラス代表対抗戦の時の一夏との戦闘では上手く事が運ばなかったが、鞘無はこれまでの失敗は綺麗さっぱり忘れることにした。過去の失敗など、これから幾らでも取り戻すことが出来る。今日からが、皿式鞘無の本当のスタートである。
未だ牽制のつもりか動きを見せない姫無を相手に、鞘無は口角を持ち上げる。
「どうしたんですか? 攻撃しないことには、ダメージを与えられませんよ?」
「…………」
姫無は答えない。
その沈黙を突破口を掴めないことからくるものだと結論を出して、鞘無は更にその笑みを深くした。
押している。現時点では、間違いなくあの学園最強を相手にこちらが優位に立っている。試合開始直後の速攻。あの一撃で彼女は試合を決めるつもりだったのだろう。ミストルティンの槍はその攻撃力の高さ故に自身にも危険が付き纏う謂わば諸刃の剣だ。それを惜しげもなく使用したというのに、こうして鞘無は今もISを展開したままアリーナに立っている。その結果が、姫無を焦らせているに違いない。
(ここまでは順調、俺の能力を知らない生徒会長が狼狽えるのも仕方ない。このまま行けば、向こうよりもこっちが先に片がつきそうだな)
超電磁砲を放ったことで肩の装甲が無くなっているが問題はない。いざとなればまだ反対側の装甲も残っている。鞘無にとってISとは能力を隠すための隠れ蓑でしかない。男であるというのにISを操縦できるのも蓋を開ければ第三位の能力を使ってISコアに干渉しているからに過ぎないし、IS学園に入学するためにそうしただけなのだ。だからこそISは必要最低限の必要性しかない。流石に生身で能力を使用すればどこぞの研究所に目をつけられて実験材料にされることは彼にも理解出来ていた。
(ここまで能力を使いこなせてりゃあの学園最強相手でも戦えることは理解できた。後は、押し切るだけだッ!!)
尚も動く気配を見せない姫無に痺れを切らし、鞘無は地面を蹴った。
全ては、己の果たすべき野望のため。鞘無は近接型のブレードを右手に展開して、力の限り振り下ろした。
鞘無が攻撃を仕掛ける数十秒前。姫無は眼前の四人目の謎の力についての考察を重ねていた。ミストルティンの槍は姫無の
(私の一撃よりも向こうの装甲の防御力の方が高かった? いえ、あの機体は防御特化ではないし例えそうであってもミストルティンの槍を防げるとは思わない。槍を命中させる間際に感じた違和感、そこに何かありそうだけれど)
姫無が鞘無のサンライト・トゥオーノの装甲に槍を突き立てるその直前に感じた奇妙な違和感。
普段感じたことのないその違和感は、姫無の中で徐々に大きくなっていく。
(可能性だけなら、私の操作するナノマシンに干渉することも理論上は不可能じゃないけれど。でもそれってどんな固有武装があれば……)
そこまで考えていた姫無だが、そこで思考は一旦遮られることとなる。今まで何やらいやらしい笑みを浮かべていた鞘無が、ブレード片手に斬りかかってきたのだ。
それに対して、姫無は動かない。厳密に言えば動く必要がない。
姫無の周りにはナノマシンによって操作された水が膜のように形成されており、ただの武装程度で斬り開くことは不可能だからだ。
普段ならば、だが。最初の一撃で押しきれなかったことで、姫無は一つの仮説を立てた。それは現実的には到底不可能な推論に過ぎなかったが、しかし理論上は確かに不可能ではない仮説。
姫無の操作するナノマシンに干渉し、乗っ取る又は操作性を低下させる武装。粒子レベルのナノマシンに強制的に干渉出来る武装など聞いたことがないし、完成してたとするならばそれは第三世代の範疇に留まらない。
(でもあの機体を造ったのは、Y・Cの梔さんか。あの人だと不可能だとも言い切れないような気がしてくるのよね)
豪快に笑う赤スーツの青年を頭の中で思い浮かべて、姫無は苦笑した。
Y・Cの創設者にして現社長。更識の家とも付き合いの長い彼ならば、突拍子もないアイデアも現実にしてしまいそうである。
だからこそ、姫無は動かなかった。
迫るブレード。他の生徒が相手であれば、水の膜に阻まれて自身にまで刃が届くことはない。しかし姫無の予想した通りであれば。
(っ、やっぱりきた)
ズッ、と水の壁に刃が突き刺さる。
次々とせり上がり押し返そうとする水の壁を、鞘無のブレードが強引に斬り崩した。そして同時に感じる、最初の時と同じ違和感。この時点で姫無は自身の立てた仮説がほぼ正しいことを確信する。常識に囚われていては到底たどり着かない結論だが、姫無はこの仮説に自信を持っていた。
常時形成されていた水の膜を突破できたことが嬉しかったのか、鞘無の表情が喜悦に歪む。そのブレードが姫無に迫る。
火器は殆ど搭載していない霧纏の淑女であるが、何も全く無いわけではない。そして姫無の武器は、何も物理的な戦闘能力だけではない。
「――――電磁干渉」
ピクリと、鞘無の身体が反応する。それを見て内心で確信を得た姫無は、更に続けた。
「君、私の操作するナノマシンに干渉してるわね。どうやってるのかは知らないけど、アクア・ナノマシンへの命令が書き換えられている」
見る見るうちに鞘無の顔色が青くなっていく。まさか言い当てられるとは思ってもいなかったのだろう。この時点で、完全に戦いの流れは姫無へと傾いた。楯無をして人たらしとまで言わしめる彼女の前でそんな表情を見せてしまった時点で、既に人心掌握は完了しているようなものだった。
抵抗のつもりなのか、決して口だけは割らない鞘無だったが、表情から心理を読み取ることなど造作もない姫無には意味の無いことだ。
ナノマシンは干渉されてしまう。
なら、ナノマシンは使用しなければいい。単純な火力でもってして、この戦闘に決着を。
(バレた!? いやハッタリだ、こんな短時間で見破られるなんて有り得ない。生徒会長は人たらし、こうやって俺の動揺を誘っているに違いない!)
この時点で姫無の術中に完全に嵌ってしまっていることに、彼はまだ気がついていなかった。
そして彼の耳に、耳慣れない音が届く。ジャコン、と何かが装填されるような音だった。見れば姫無の持つ蒼流旋からは幾つもの砲身が顔を出している。所謂ガトリングガンと呼ばれるものだった。
姫無の纏う霧纏の淑女には火器は殆ど搭載されていない。が、先も言ったように全くないわけではない。この四連装ガトリングガンは、姫無の所有する数少ない火器だ。
これまで表情を変えなかった姫無の顔色が、初めて変わる。
ニヤァ、と。人を嵌めた時の快感を喜ぶような、あくどい表情だった。
「これは、どう防ぐのかしら」
飛び込んできたがために、彼我の差はほぼゼロ。ゼロ距離での攻撃を防ぐ手立てを鞘無は持っているのか。どう対応するのかを少しだけ楽しみにしながら、姫無はガトリングガンを撃ち込んだ。
少年の悲鳴は、銃撃音に遮られて聞こえなかった。
◆◆
「お、向こうも終わったみたいだな」
横目で姫無がガトリングガンを放ったのを確認して、一夏は小さく息を吐いた。眼前には、シールドエネルギーが空になった鈴が膝をついてこちらを見上げている。
「あ、アンタ。今のなによ?」
「ん? 何って?」
信じられないようなものを見た顔をしている鈴に、小首を傾げて一夏が返す。
「アタシの双天牙月を折って投げ返すって何よ!?」
「ああ、あれな。女郎花って更識流の技だよ」
「そういうことを言ってんじゃなくて! 振り下ろされる双天牙月掴んで折って投げ返すって人間業じゃないわよアンタ!?」
「いやぁ、人間やれば出来るもんだなー」
棒読み気味に語る一夏に、思わず鈴は歯噛みする。彼が数年前より武道を嗜んでいることは知っていた。それがかなりの実力であることも理解しているつもりだった。しかし、これは余りにも予想外過ぎた。まさか真剣白刃取りを目の前でやられるなど、誰が予想出来ようか。ISの武装というのは総じて一般の武器よりも頑丈だ。ISの装甲を破壊する銃弾を打ち出すのなら、銃身もそれなりの強度がなければならないしブレードも装甲に匹敵する程の強度が求められる。当然鈴の双天牙月もその例には漏れず、かなりの強度を誇っている筈だった。
だが、余りにもあっさりと一夏は双天牙月をへし折った。
突然の出来事に硬直する鈴。その隙を一夏が見逃す筈もなく、直ぐ様折った双天牙月を鈴目掛けて投げつける。だがそこは流石に鈴とて代表候補生である。一瞬で我に返って投げられた双天牙月は弾いたが、目の前には既に雪片弐型を振りかざす一夏の姿があった。
そのまま一夏が甲龍の肩右肩から斜めに一閃。鈴のエネルギーが尽きたのだった。
侮っているつもりなど無かった鈴だったが、やはり心の何処かで傲っていたのかもしれない。代表候補生という肩書きに、余計なプライドを乗せていたのかもしれなかった。それを自覚して、鈴はハァと溜息を吐き出す。まさかそれを一夏に痛感させられるとは思っていなかった。
「……ま、仕方ないわよね。完敗よ、アタシに勝ったんだから優勝しないと承知しないわよ」
「おう、元よりそのつもりだ。あの人に黒星付けるわけにはいかないからな」
「……そっか」
「ところで、アレは回収しなくていいのか?」
一夏の指し示す先には、無残に打捨てられた鞘無の姿。絶対防御が発動していない所を見るに大したことはなさそうだが、気を失っているのかピクリとも動く気配がない。
「ああ、いいわよあんなヤツ。元々そこまで親しくないんだし、男なんだから自分でなんとか出来るでしょ」
鞘無がアリーナから教員たちの手によってアリーナから運び出されたのは、それから五分後のことだった。
◆◆◆
IS学園タッグマッチトーナメント一日目が無事に終了し、生徒たちの多くは食堂で夕食を楽しんでいる。疲れを癒すために風呂へと足を運ぶ生徒も多いが、中には既に自室で休む者も居た。
そんな中、俺はと言えば相も変わらず学年主任室であまりの仕事量に忙殺されそうになっていた。
くそ、何でこんなに仕事量が多いんだ。二年や三年の学年主任たちはそこまで仕事量が多くないっていうのに。これはあのジジイの嫌がらせか何かなのだろうか。だとしたら嫌でもトーナメント終わったら有給取ってやる。無理でも何でも。
「明日も二試合。……お、姫無たち明日簪たちと当たるのか。こりゃまた良い試合になりそうだ」
トーナメントを確認しながら自分で淹れたコーヒーを啜る。今日十杯目のコーヒーは、やはり真耶の淹れたものと比べると味も匂いも劣るものだった。
と、唐突に部屋の扉がノックされる。午後六時を過ぎたこの部屋にやって来る人間は限られてくるが、大方姫無か簪、千冬だろうとあたりを付けて返事をする。俺の言葉を聞いて入ってきたのはやはり俺の思いつく人物だった。
「どうした?」
「うん、なんとなく兄さんと話したくなって」
外側にはねた水色の髪の毛を揺らしながら、姫無が入ってきた。手前に置いてある来客用のソファに座らせ、コーヒーを淹れてやる。
「ありがとう。……あんまり美味しくないわね」
「真耶みたいに上手くは淹れれん」
「ふふ。兄さんにも苦手なことはあるものね」
そう言って笑う姫無。俺は完璧超人じゃないんだから当たり前のことだろう。美味しくないと言いつつもコーヒーを飲む姫無に、用件を聞くことにした。
「で、何か用だったのか?」
「何よ、用が無いと来ちゃいけないの?」
「いや普通は何の用も無いのに学年主任室には来ないぞ」
「良いのよ。ほら私生徒会長だから」
「何も関係ないからな?」
妹が兄の顔を見に来てくれるというのは素直に嬉しいが、生憎と今は仕事中だ。相手をしてやれる暇は無さそうなのである。
が、そんなことは関係ないとこちら側にやって来て姫無は俺の後ろから首へと腕を回してくる。
「あのな姫無、今俺仕事中」
「うん分かってる」
分かってないよな。これ絶対分かってないよな。
「ねぇ兄さん。今日の試合のことなんだけど」
「ん?」
唐突に始まった話題に、顔は動かさずに聞き返す。
「ナノマシンに干渉するって、出来ると思う?」
「∀ガンダムなら出来る」
「? 何の話?」
「いやすまん忘れてくれ」
思わず即答してしまったがこの世界にガンダムという概念は存在していないのである。それにしてもナノマシンに干渉か。大方四人目のことを言っているんだろうと予想する。俺の考えが間違っていなければ、皿式鞘無という少年も俺や織村と同じ存在である可能性が高い。となれば、何かしらの能力を所持していても不思議ではない。ナノマシンにまで干渉できるほどの特典なんてのは少ないだろう。――――例えば、電撃使い。某都市の第三位のような応用性が高いものであれば、或いは可能かもしれない。
「理論的には可能だと思うが」
「そっか。やっぱりあまり現実的ではないわよね」
自分でも理解していたのか、姫無はむぅと小さく唸った。
その際、彼女の体重が俺の背中へと掛けられる。ふむ、また少し大きくなったんじゃないか。どこがとは言わないが。
「んふふー。どう兄さん、また少し大きくなったのよ」
声には出さなかったのに向こうからわざわざ言ってきた。妹に恥じらいというものはないのだろうか。
「あのな姫無。そういうのは兄妹でも言うもんじゃないと思うぞ」
「大丈夫よ、兄さんにしかこんなこと言わないから」
確かに他の男にこんなことを姫無が言っていたら少しばかりお仕置きをする必要が出てきてしまう。その相手の方に。
「そういえば、明日簪と当たるだろ」
トーナメントを見ながら、後ろから抱きついたままの姫無に言う。生身でも稽古では何度も組手をしている二人だが、ISを展開しての実戦は初めてだ。片やロシアの国家代表、片や日本の代表候補生。一対一なら姫無が有利だろうが、簪のパートナーは長年姫無に付き添っている虚である。姫無の癖なども熟知しているだろうし、整備科のエースである彼女の操作技術も軒並み高い。そこに一夏を加えた戦いは、かなりの激戦になることが容易に想像できた。
「ええ、久しぶりに簪ちゃんとの本気の戦いよ」
「簪も燃えてるだろうな」
「今頃虚ちゃんと打ち合わせでもしてるんじゃないかしら」
朗らかに笑う姫無。きっと彼女も妹と本気で戦えることが嬉しいのだろう。俺も管制塔から見させてもらうつもりだが、出来れば間近で観戦したいものだ。
「でも負けるつもりなんて無いわよ。生徒会長として、姉として。まだまだ簪ちゃんに遅れを取るわけにはいかないわ」
「……俺は教員として平等な立場を取らないといけないから表立っての発言は避けるが、頑張れよ」
「うん、頑張る」
ギュッと腕に力を込めて、姫無は俺の肩に顎を乗せて言った。
それはそうと。
俺はどうしても、一言姫無に言っておかなければならないことがある。
それは彼女がこの部屋に入ってきた時から、ずっと気になっていたことだ。
「なあ、姫無」
「なぁに、兄さん」
猫撫声で返事をする姫無に、俺は凄まじく平坦な声で告げた。
「――――何でお前裸Yシャツなの?」
まさかその格好で廊下歩いてたのか? なぁ。