そして一言。
いつから皿の出番が前話で終わりだと錯覚していた?
周囲に粉塵が吹き荒れる中、姫無は怪訝そうに眉を潜めて正面を見据えていた。
開始前に一夏と話していた作戦を破り先行してしまったことは今になって少し後悔しているが、それ以上に姫無は四人目が不快だったのである。故に、開始直後に速攻を仕掛け勝負を終わらせようと試みたのだ。鞘無の機体を目の前にして、彼女の槍は狙い定めた箇所を寸分の狂いもなく射抜いた。これで瞬時にナノマシンが機体内に侵入し、転換されたエネルギーが爆発を引き起こす。そして姫無の想定通り、貫いた箇所から爆発が巻き起こった。
全て計算通り。これで万一にも無事ということはない。仮にシールドエネルギーがかろうじて残っていたとしてもまともな戦闘を続けることは不可能だろう。そう姫無は判断した。
そこまで考えていたからこそ、彼女の表情は晴れない。
これまで培ってきた経験が姫無に告げている。まだ終わってはいないと。
「……確かに命中してたと思うんだけど」
未だ舞い上がる砂塵に視界が悪い中、姫無は再びミストルティンの槍を正面に構える。
直後だった。
「ッ!」
粉塵の向こう側から放たれた、一筋の熱線。音速の三倍もの速度で射出されるそれは超電磁砲と呼ばれ、鞘無が得意とする攻撃の一つだった。放たれた超電磁砲を身体を斜めにするだけの最小限の動きで躱し、その出処へと視線を向ける。
ようやく晴れてきた視界が捉えたのは、所々を損傷しながらも浮遊するサンライト・トゥオーノの姿。先程のダメージの影響なのか肩の装甲は無くなり槍を突き立てられた箇所は大破していたが、ISの起動自体には問題はなさそうだ。
「ア、アンタ無事だったわけ!?」
「いや、ギリギリだったけどね。なんとか戦闘は続行できそうだよ」
先程の姫無の一撃でてっきり鞘無が戦闘不能になったと思っていた鈴は驚愕の声を上げた。同様の感想を周囲の生徒の大多数も抱いていたらしく、俄かに歓声が上がる。二回戦最注目の対戦カードだと謳っておきながら試合時間が五秒にも満たないなど、冗談でも笑えない。実況を担当する放送部の生徒は内心で安堵していた。これならダリル・フォルテ組の実況を担当しておけば良かったと後悔しそうになっていたのである。先輩権限を行使してこの対戦の実況を勝ち取ったのだ、そう簡単に終わってもらっては困る。
『会長の一撃をモロに食らった皿式君、どうやら機体は無事なようだっ!! さあこれからどう試合を展開していくのか!?』
ようやく完全に粉塵が流れたアリーナで、四人はそれぞれ違う表情を浮かべていた。
姫無は訝しげに眉を顰め、一夏は驚きに目を丸くしている。驚いているのは鈴も同じだったが、一夏の驚愕が姫無の一撃を食らっても鞘無が平気そうな顔をしていることであるのに対し、彼女の驚愕は今の鞘無の浮かべている表情にあった。
鞘無は、口角を吊り上げて笑っていた。機体は損傷し、どう考えても劣勢だというのに。どこまでも不敵に笑みを刻んでいたのだ。
「……流石は大国ロシアを背負うだけのことはある。あと少しタイミングが遅ければ、俺の機体は絶対防御が発動していたでしょう」
「私の槍は、装甲に傷を付けさえすれば結果は同じになるはずなのだけれど」
正面に蒼流旋を構えたまま、姫無は鞘無から視線を逸らさない。
不可解。今の姫無の心情を表すなら、この一言に尽きる。これまでこの槍を使用してダメージレベルが小さかったことはない。霧纏の淑女の機体データはある程度開示されているので当然この武装に対する策を講じてくる相手が多いが、それでも結果は変わらなかった。下手な小細工など意に介さない、圧倒的な戦力。これが国家代表というものだ。
だからこそ不可解。どうして鞘無のダメージレベルはそこまで深刻ではないのか、遠目で見ても精々が中くらいだ。突き立てた部分で中なのだから、その他の部分など軽微だろう。肩口の装甲が綺麗さっぱり無くなっているのは今しがたの超電磁砲の弾にでも使用したのだろうと推測する。
「小型気化爆弾四個分に相当するエネルギー総量。どうやって防いだのか教えて欲しいわね」
「ふふ。生徒会長ともあろう者が狼狽ですか。ま、無理もない話かもしれませんが」
カチン。姫無のきめ細やかな肌にうっすらと血管が浮き出る。額には青筋が立っていうようにも見えた。
「だけどそれをむざむざ教えて上げるほど俺はお人好しじゃない。この試合が終われば教えてあげますよ、――――貴方から生徒会長の座を奪ったあとでね!!」
言って、鞘無は宙を蹴った。浮遊した状態から一転しての攻勢。その右手には展開されたブレードが握られており、型も何もない杜撰な刃が姫無へと迫る。
と、そこで両者の間に割って入る影が一つ。全身を白く染める三人目の男性IS操縦者、織斑一夏だ。
「忘れたのか皿式。これはタッグマッチだッ!!」
ガンッ!! と鞘無のブレードと一夏の駆る白式の装甲が衝突した。ある程度のダメージを負うつもりでガードしていた為、一夏の表情にこれといった焦燥は見られない。白式の拡張領域には一撃必殺の近接型武器、雪片弐型が存在するが、それを展開する必要はないと鞘無の太刀筋から判断した。ただでさえエネルギーを食う諸刃の剣を防御だけの為に展開するなど馬鹿げている。力任せに押し込んでくる鞘無の刃を腕ごと振り払い、一夏は一旦鞘無との距離を取る。
「一夏君。さっきは私が破ってしまったけど作戦に変更はしないわ。どうも私の機体じゃあの四人目に決定打を打てないみたいだし、ここは男の子の奮闘に期待しようかしら」
「っ、了解!」
姫無に背中を押され、一夏は地面を蹴った。狙うは皿式、鈴はパートナーに任せておけば問題ない。そう断じて、先手を取るべく仕掛ける。
「更識流、薔薇!!」
「うおぅッ!?」
体重を乗せた飛び蹴りを放つ。移動の速度と体重移動によって何倍にも威力を高められた蹴りを、鞘無はぎりぎりの所で回避した。アリーナの内壁に一夏の蹴りが叩き込まれ、甲高い金属音と共に観客席から軽い悲鳴が上がる。
基本的な身体能力に於いて、一夏と鞘無では大きな差があった。それも当然で、幼少より鍛錬を欠かさなかった少年と能力に依存し甘やかされて育った少年とでは天と地程の開きがあったのだ。そしてそれは、鞘無本人も悔しながら自覚していた。最も、自覚したのはこの前のクラス代表対抗戦を終えてからであるが。
(ッチ、やっぱり俺と一夏じゃあ身体能力の面でちょっと、ほんのちょっとだけ不利だ。能力さえあれば会長の攻撃はなんとか出来るが、純粋な肉弾戦に持ち込まれると厄介極まりないな)
よって、この時点で鞘無は一夏を相手取ることを放棄する。近距離戦を得意とする一夏には同じく近接型の鈴をぶつけるのが得策だろう。機体操作を行いながら、回線を繋ぐ。
「鈴ちゃん! 一夏の相手は君に任せる!」
『は!? いきなり何言ってんのよアンタ!』
「どうも俺と彼とじゃ相性が悪いみたいだ。俺は会長の方をなんとかするから、君は一夏を頼む!」
『相性とか以前の問題であるような気がするけど……っていきなり一夏がこっち来たええいもう!!』
突然の変化について行けない鈴が苛立たしげに双天牙月を振り上げた。パートナーである鞘無に言いたいことは色々とあるが、それも先ずは目先の相手に勝ってからだ。
身を屈め、一気に地面を蹴る。直線上で、白式と甲龍が激突した。
◆
「ほう。中々面白い事になっているではないか」
アリーナ観客席の上部で、ラウラは面白そうに口角を上げた。その言葉に反応して、横に座っているシャルロットが口を開く。
「面白いって、一夏たちの試合のこと?」
「ああ。以前ドイツで会った時よりも成長しているようだ、機体操作はまだまだだが、戦闘だけを見れば隙という隙は見当たらない」
軍人であるラウラの目から見ても、一夏の動きは及第点を与えるに足るものだった。ISの操作が完璧ではないというのは、まだ触れて三ヶ月程なのだから仕方がない。寧ろ三ヶ月でよくあそこまで機体を操っていると褒めるべきところだろう。そして一夏の動きは、こと戦闘面に於いては文句の付けようがなかった。
「見ろ。中国の代表候補生が振るう武器を一夏はいなしている」
「いなす?」
「前にお父……更識先生が言っていたんだが、一夏は柔術というものをやっているらしくてな。相手の攻撃を防ぐでも躱すでもなく、受け流すんだそうだ」
「それって合気道みたいなもの?」
「近いと言っていたが、合気道とは違ってとことん殺傷に特化されているらしい」
一夏が習うその柔術とやらに興味を抱いたシャル。もしかしなくとも、師匠と言われている楯無に師事を乞うたものだろう。あの更識楯無の弟子、というだけでシャルは一夏の評価を上げた。シャルの行動の根幹には楯無がいて、彼が関連していれば何も考えずそういった結論に達するのが彼女である。恋は盲目と言うが、そもそも見ようともしていないのである。
「でもほら、そう言うなら相手の……えーと何て言ったっけ、ほら。四人目の」
現在生徒会長である姫無と対峙している四人目の姿を視界に収めながらシャルはその名前を思い出そうと頭を悩ませるが、残念ながら出てこなかった。
そんなシャルとは対照的に、ラウラは彼の名前をあっさりと口にする。
「ふん、皿式鞘無とかいう奴のことか」
「あれ。ラウラは知ってたの?」
「一週間くらい前にペアを組んでくれないかと言われた。追い返したが」
「あ、私もだよ。ペアを組んでくれれば優勝を約束するとか言ってたけど」
二人してパートナーに誘われていたことを知り、鞘無への印象が少しずつ固まっていく。
「ていうか、その時が初対面だったよね」
「ああ。私の記憶にはないぞ」
「軽薄な人なのかな……」
引いた表情を浮かべるシャルロット。どんな打算があったのかは分からないが、話したこともないような人物とペアを組むと本当に思っていたのだろうか。
「動きを見ても玄人には見えん。さっきの攻撃を防いだのは意外だったが、直ぐに片付くだろう」
「どっちが勝つと思う?」
「愚問だな」
シャルの問いかけに、ラウラは間髪入れず即答した。
ふん、と鼻を鳴らして腕を組む。
「どう考えたって、一夏たちに決まってる」
「だよねぇ」
◆◆
第一から第三までの各アリーナで二回戦が開始された頃、俺は千冬と二人で食堂に居た。少し遅めの昼休みだ。先程までアリーナで試合進行やらの調整を行っていたが、真耶が代わってくれたことでこうして少しの休憩時間をつくることが出来た。それは千冬も同じで、彼女の持ち場の第三アリーナは今は一年四組担任の安形が請け負っている。
こうして休憩の時間が重なったのは本当にたまたまで、お互い一人で食堂にやってきた所を鉢合わせ、こうして同じテーブルに着いているわけである。
本当なら腹も減っているのでがっつりと食べたいところだが、生憎そこまでの時間は取れそうにないのでサンドイッチとコーヒーという軽めの食事を摂る。千冬もそこまでの時間は取れていないのか、選んだのは似たようなメニューだった。
アイスコーヒーを飲みながら、俺は千冬へと尋ねる。
「そっちの様子はどうだ?」
「大方は予想通りの組が勝ち上がっているな。専用機持ち共は流石に一回戦や二回戦で消えることはないだろう」
「そっか。こっちも似たようなもんだ。今頃姫無と一夏のペアが戦ってるんじゃないか」
サンドイッチを手に取りながら、二回戦のトーナメントを思い浮かべる。当日までペアを組めなかった生徒たちはトーナメントもランダムに振り分けられるので、ああして二回戦で専用機持ち同士が当たってしまうこともある。流石に少し早いような気もするが、そういうことも含めてのトーナメントだ。勝てば何も問題はない。
「一夏か。姫無にうつつを抜かしてはいないだろうな」
「そこらへんの区別はきちんと出来る奴だろアイツは」
千冬の言ううつつを抜かすという言葉に、苦笑で答える。女に見惚れてやられるような真似はしないだろう。
「……楯無。お前何か勘違いしていないか?」
「ん? 勘違い?」
「いや、何でもない忘れてくれ」
寧ろお前に気付かれたら一夏の命が危ないような気がする、と千冬は内心で青ざめていた。
残ったサンドイッチを口の中に放り込んで、コーヒーで流し込む。余り遅いと真耶に負担を掛けてしまうので出来るだけ早く戻らねばならない。俺が席を立ったのと同時に千冬も皿を空にして立ち上がった。トレーを返し、アリーナへと続く廊下を二人並んで歩く。食堂からアリーナまではある程度距離があるというのに、ここからでも生徒たちの歓声が聞こえてくる。
「お祭り騒ぎだな」
「私たちの時もそうだったろう」
「千冬の周りにはファンクラブの連中が多勢集まってたからなぁ」
「それお前にだけは言われたくないんだが」
学園時代の千冬の周囲に集まっていたファンクラブの姿を思い出しながら笑うと、千冬にジト目で睨まれた。いや、決して自分のことを棚上げしているわけではない。思い出したくないだけだ。
「そういえば、昨日ナターシャから連絡があったぞ」
「ナタルから?」
ふと思い出しのか、千冬がそんなことを言った。
ナターシャ・ファイルス。俺たちの学園時代の後輩であり、現在はアメリカの国家代表を務める正真正銘の天才だ。機械類に滅法弱いという弱点は未だに改善されてはいないらしいが。俺や千冬の二年あとにIS学園を卒業した彼女はそのままアメリカへと帰国し、直ぐに国家代表へと着任したと聞く。俺がこのIS学園を卒業してから会ったのは第二回モンド・グロッソが最後なので、かれこれ二年程顔を合わせていないということになる。織村の方とは定期的に連絡を取り合っているのでそこまで感じることはないが、ナタルには久しく会っていないこともあってどことなく懐かしさを感じる。
「何の話だったんだ?」
「ああ。向こうでの都合もついたから、こっちに来るそうだ」
「それって臨海学校辺りか?」
「よく知ってるな。事前に聞いていたか?」
「いや。この前織村と話した時にそんなこと言ってたんだよ」
この前と言っても、三ヶ月近く前の話になるが。
俺の言葉に千冬は納得したのかそれ以上は踏み込まず、話を続けた。
「そういうわけだから、生徒たちにはくれぐれも内密にな」
「分かってるよ。現役の国家代表とモンド・グロッソの部門別優勝者が来ると分かったらどうなるか火を見るよりも明らかだ」
入学式の日に俺が教室に入っただけでもあの騒ぎようだったのだ。世界的に有名な二人が現れると聞けばそれ以上の騒ぎになるに決まっている。
「……と、ではな
分岐路に出たところで、俺と千冬はそれぞれが担当するアリーナへと戻っていく。
先程から聞こえてくる歓声が未だ止まないところを聞くと、試合が長引いているのだろうか。そんなことをなんとなく考えながら、俺はアリーナ管制塔へと入っていった。
◆◆◆
一夏と鈴の戦闘は激化の一途を辿っていた。距離を詰めて攻撃しては離れ、離れては牽制しながら距離を詰める。近接型である二人らしい戦いだった。
何度目かの削り合いの後、二人は一旦距離を取る。警戒を解かない一夏に対して、鈴はニヤリと笑った。
瞬間、鈴の周囲の空間が俄かに歪む。
「ッ!!」
眼に見えない脅威を第六感で感じ取った一夏は、その場から瞬時加速を利用することで離脱した。
直後、轟音。強烈な突風が、攻撃自体は避けた筈の一夏に襲いかかる。
「へぇ、よく避けたわね」
自身の攻撃を躱されたにも関わらず、鈴の表情は変わらなかった。いや、寧ろ口笛を吹く程には上機嫌だった。それは単純な一夏の危機回避能力だけでなく、現時点で代表候補生たる自分と互角以上に戦える一夏の戦闘センスそのものに対する称賛が含まれている。
今の攻撃を初見で躱せる人間などそう多くない。第三世代型空間圧作用兵器、衝撃砲『龍咆』。
空間自体に圧力をかけて砲身を生成するため、砲身も砲弾も眼には見えない。その上砲身射角がほぼ制限なしで撃てる。故に鈴の正面にいようが後ろにいようがお構いなしに不可視の砲弾は襲いかかる。
「眼には見えない筈なんだけど」
「見えなくても空間に圧力をかけりゃそこは歪む。微妙な違和感を感じるんだよ」
「何、アンタ仙人かなんか?」
人間離れした一夏の感覚に、鈴が若干引き気味である。
そうは言っても、一夏も攻めあぐねている感は否めなかった。近づけば双天牙月、離れれば龍咆。攻撃方法としては単純だが、単純であるが故に突破口は正面突破しか思い浮かばない。更識の技には遠距離用の技も存在するが、それが代表候補にまで登り詰めた鈴に通用するかは疑問だ。
雪片弐型を使用することは控えたい。タッグマッチは片方が戦闘不能になった時点でほぼ決してしまう。エネルギーを多く消費する武装の使用は極力控えたいというのが一夏の本音であり、それはつまり更識流のみで倒すということと同義だった。
「――――やってやるさ」
己に言い聞かせるように、一夏は呟く。
――――こんなところで躓いていたら、師匠の背中なんて一生見えないもんな。
雰囲気が変化したことを察したのか、鈴もまた双天牙月を構えた。ニ基装備されているこの武装は連結することで投擲武器としても使用でき、今彼女が持っているのは既に連結されたものだった。
互いがタイミングを図っている。間違えれば即座に切り捨てられることだろう。それを理解しているからこそ、二人は視線そのままに動かない。
と。
「――――ッハァ!!」
先制するように鈴が先に動いた。双天牙月を投げるのではなく、刀として使用する腹積もりらしい。龍咆で威嚇しながら一夏との距離を一気に縮めにかかる。振りかざされた青龍刀を前に、一夏は自らの腕を突き出した。
「更識流、
甲高い金属音が、アリーナに響き渡った。