双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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 皿回はどうしたって割れる。


#22 緒戦と二回戦

 午前十時、各アリーナは熱狂の渦に包まれていた。実況を担当する放送部の生徒の声が、スピーカーを通してアリーナ全域に響き渡る。こんなにも生徒たちが興奮してしまうのも仕方のない話で、何せ殆どの生徒にとってはこれが今年度最初の公式戦となる。一年生に至っては初めてISでの実戦形式の戦いである。その所為か操作を誤ったり、動きがぎこちない生徒も多く、トーナメント全体の傾向として一年生の緊張が目立っていた。それに比べ二、三年ともなれば流石に慣れたもので、一年生とペアを組むものは上手くカバーして立ち回り、同級生と組んでいる場合は難度の高いコンビネーションを決めてアリーナを沸かせている。

 こうしてIS学園タッグマッチトーナメント一回戦が次々に消化されていく中、観客席の一角に一人の少女の姿があった。同年代の女子と比べても小柄な体躯にツインテールが特徴のその少女は、先程から腕組みをしながら一定のリズムで指をトントンと動かしている。

 

 鳳鈴音。一年二組所属の、中国の代表候補生である。

 そんな彼女の周囲には、不自然にスペースが出来ていた。まるで彼女の周りにだけ結界が張ってあるかのように、周囲に人が近づかない。それは鈴が隠そうともせずに発する怒気を恐れてのものだった。眼下で繰り広げられている一回戦を視界に捉えながら、鈴はギリギリと奥歯を噛み締める。彼女の怒りの原因は、パートナーにあった。

 

(何でよりにも寄ってアイツとペア組まなきゃなんないのよ! そりゃ風邪引いて欠席してたアタシが悪いんだけどさ! それでも他にも生徒はいたでしょーよ!!)

 

 体調を崩していた二日前までの自分を呪ってやりたい気分だった。

 鈴が今のパートナーと組んだのは、当日の抽選によるものだ。ペアの提出締切前日まで風邪を引いて休んでいた彼女は、当日になってその事を知ったのである。しかも欠席している間にトーナメントのルールが変更され学年の壁がとっぱられ、友人たちも次々にペアを組んでいった。そのため周囲には余っている知り合いがおらず、まぁ当日のペア抽選でもいいやと半ば投げ遣りに考えていたのが失敗だった。まさかあの四人目もあぶれているとは思ってもいなかったのだ。

 

(つうかアイツの馴れ馴れしさは一体何処からくんのかしら。アタシ初対面よね? なんであんな親しげなわけ?)

 

 当日の抽選で例の四人目、皿式鞘無とペアを組むことになり、一応は挨拶くらいしておくかと彼の元へと近づいていくと、こちらの存在に気がついた少年は嬉々として駆け寄ってきたのだ。

 

『鈴ちゃん、よろしく』

『り、鈴ちゃん……?』

『俺たちが組んだら優勝も狙えると思うから、頑張ろうね』

『え、え?』

『ああ、君は好きに動いてくれて構わないよ。俺が後ろできちんとサポートするから』

 

 それだけ言って、彼は颯爽と駆けていった。どこに行ったのかは定かではない。

 

「ていうか、勝てるビジョンが見えないんだけど?」

 

 世界で四人目となる男性IS操縦者ということで、鈴もある程度の情報は手に入れている。彼の入学してからの二度の戦闘映像も見た。見た上での感想を言わせてもらえば『アンタIS舐めてんの?』である。折角Y・Cが直々に開発してくれたという専用機も機体性能を半分も引き出せていない。必殺技だという超電磁砲は通常武装の火力に満たない。機動力が高いわけでもない。正直に言えば、皿式鞘無という少年はただISに乗れるだけの男でしかなかった。

 そんな四人目と、ペアを組まねばならない。

 これはもう罰ゲームとしか思えなかった。

 

「しかも一回勝つと、一夏たちと当たるのよね……」

 

 どうせ組むなら同じ男でも一夏の方が断然良かったと頭を抱える。単純な技量だけを見ても皿式鞘無より一夏のほうが上だ。加えてペアは生徒会長。大国ロシアの現国家代表である。代表候補生と国家代表では地力に大きな差があり、鈴はその差を嫌というほど知っていた。

 というか、このままだと一夏たちと戦うどころか一回戦を勝てるかすらも怪しかった。

 

「はぁ……。なんかアタシ、ハズレくじ引かされたような気がする」

 

 やけに重たい溜息は、沸き立つアリーナの歓声の中に消えていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 シュッ、と管制塔の扉が開いた。

 誰が来たのかと振り返ってみれば、そこにはIS学園には不釣り合いな赤いスーツを着た青年が立っている。俺の姿を認めて、青年はニカッと笑う。

 

「よう楯無。元気してっか?」

「おう( くちなし)。ボチボチだな」

 

 首に掛けられた関係者であることを示すカードを揺らしながら、梔は俺の横にまでやって来る。

 

「お前んとこの機体を見に来たのか?」

「それもあるけど、お前の顔も見に来たんだよ」

 

 ガシッ、と梔の腕が俺の首に回される。

 彼はISの研究開発を行うとある企業の社長を務める男で、俺とはもう十年以上の付き合いになる。本来であればイベントであっても足を踏み入れることが出来ないIS学園に彼が入ってこれるのは、俺と顔見知りであり役職が高いからである。来賓、という枠組みで今回はこのトーナメントを視察に来ているのだろう。

 

「そういやぁさ。うちの会社今度新しいISスーツ出そうと思ってんだけど、女の子用でTバックタイプのと紐パンタイプの……」

「やめろそんなもん開発すんな」

 

 こんなのが社長で本当に大丈夫なのか。

 

「そうだよなー、やっぱ楯無はハイレグのほうが」

「んなこと言ってねえよ!」

 

 回された腕を振り払って梔へと声を荒げる。コイツ本当に頭大丈夫か。毎回毎回変な案引っさげて来るけど碌なモンがないんだが。

 目の前で笑う青年を睨みつつ、俺は話を変えた。

 

「で? 専用機のほうはどうなんだ」

「んん。スペック的にはもうちょっとやれる筈なんだけどなー。機動性は第三世代の中でも上位だし、一点特化にもせずにオールラウンドに仕上げたから燃費もそこそこ。なのになんで機体が分解されているのか」

「本人がぶっ壊してたからな」

 

 先月の一夏と皿式の試合を思い出しながら、俺は梔の疑問に答えた。

 梔の経営する会社『Y・C』は四人目の男性IS操縦者である皿式鞘無の専用機サンライト・トゥオーノを開発、製造した会社である。倉持技研などの大手と並び、日本の五本指に数えられる企業で、梔は一代にしてここまでの地位を築き上げた若き社長だ。この会社が設立されてからまだ五年程しか経っていないというのに、今やそのシェアは日本第二位である。

 

「うーん、この前うちに来て試験飛行とかしてもらったんだけどよ。どうも彼あんましIS適性高くないみたいだ。あってB」

「そりゃ誰も彼も男だからって適性が高いわけじゃないだろうからな。織村や一夏が特殊なだけであって」

「あとお前な」

 

 真耶の淹れてくれたコーヒーの残りを飲み干して、管制塔からアリーナ全域を見渡す。

 いつの間にか梔も真耶にコーヒーを淹れてもらっていて、その手にはマグカップが握られていた。

 

「……楯無」

 

 不意に、梔の口調が変わった。これまでの軽いものではない。その変化を察して、俺は目線は動かさないまま無言で彼に続きを促す。

 

「これはまだ確定情報じゃないんだがな、」

 

 そこで言葉を一旦切って。

 

「……京ヶ原が、亡国機業に接触したそうだ」

 

 梔の口から告げられた言葉に、思わずマグカップを落としそうになる。

 

「表立った動きは今のところない。が一応お前の耳にも入れておいた方がいいと思ってな」

「……そうか。わかった」

「おう。……んじゃ俺は来賓の席の方に戻るわ。あんまうろちょろしてっとウチの部下に怒られちまう」

 

 先程までの空気を霧散させて、梔はヒラヒラと手を振りながら管制塔から出て行った。その後ろ姿を見ながら、今の言葉を内心で反芻する。

 ――――京ヶ原が動き出した。

 数年間一切の消息を絶っていた四家の一角。第二回モンド・グロッソ以来大きな動きは無かった奴らが、動き出した。

 

「……何事も無ければいいんだが」

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 トーナメント一回戦が全て終了し、少しの時間を置いて二回戦が開始される。大方の予想を裏切ることなく代表候補生、専用機持ちたちは順当に勝ち上がり、また二、三年生の多くも二回戦へと駒を進めた。一年生同士のペアは敗退する者が多かったが、それでも実力のある生徒は上級生を相手に勝利を収め一回戦を突破している。

 二回戦の開始を待つ控え室の中で、ISスーツを着用した一夏はベンチに腰掛けて瞳を閉じていた。

 トーナメント第一シードに位置する一夏は一回戦を戦っておらず、この二回戦が緒戦となる。緊張していないと言えば嘘になるが、しかし戦いに支障を来すほどかと言えばそうではない。不安要素があるとすればそれはパートナーの足を引っ張ってしまわないかということだけだ。

 

「緊張してるの?」

 

 静かに瞳を閉じていた一夏に、透き通った声が掛けられる。

 ゆっくりと瞼を持ち上げて顎を上げてみれば、一夏のパートナーである少女が毅然と立っていた。その表情に一切の気負いは見られない。あるのは絶対的な自信だけ。如何にも姫無らしいなと一夏は思った。

 

「緊張というか、姫無さんの足引っ張らないようにしないとなって」

「んふふ。大丈夫よ一夏君。アナタは強いんだから、もっと自信持ちなさい?」

「ISでの戦闘だと、姫無さんに手も足も出ませんでしたけどね」

「それは当然よ。私だって国家代表の面子ってものがあるもの。更識流の組手でイイのもらった時は焦ったけど」

「いい加減生身で女の人に遅れを取るわけにはいきませんから」

「あら生意気。まだ一度も私に勝ったことないじゃない」

 

 うぐ、と一夏は言葉を詰まらせる。姫無の言う通り未だに一夏は姫無を相手に勝利したことはなかった。引き分けたことは何度かあるが、彼女の背中を畳につけたことは未だ一度もない。

 

「ま、心配は無用よ。一夏君もISの操縦には慣れたみたいだし、これまで通りに動けば問題無いわ」

「てことは俺がアタッカーでいいんですか?」

「ええ。必要があれば私も前衛やるけれど、基本的に私の機体は遠距離のほうが向いてるし」

 

 このトーナメントまでの期間、一夏と姫無のトレーニングは前衛と後衛のポジショニングに重きを置いて行われた。理由は簡単、一夏がタッグマッチというものに慣れていなかったからである。一対一の戦闘である場合、見るのは相手だけでいい。しかしタッグマッチの場合、相手二人と味方の三人のポジションを気にしながら戦わなければならない。重要なのは味方との位置。近すぎても互いが邪魔になり、遠すぎてもカバーが間に合わない。どこにどう動けば相手が動き、どう攻撃すれば味方に追い討ちを掛けさせられるのか。そこだけを徹底的に姫無に叩き込まれたのだ。

 トレーニングの期間こそ短かったが、姫無の教え方と一夏の覚えが良かったこともありある程度までは形になった。後は、実践あるのみだ。

 

「さぁ、そろそろ行きましょうか」

「……うし」

 

 姫無に言われ、一夏はゆっくりと腰を上げる。

 控え室からもアリーナの歓声が聞こえてくる。どうやら相手はもう出てきているらしい。両手で頬をパンッと叩き、一夏は姫無の後に続いた。

 

『さあ始まりますトーナメント二回戦!! 第一試合はいきなりの最注目カード!! 更識・織斑組対鳳・皿式組ッ!!』

 

 実況を務める放送部の生徒(一回戦敗退)が声を張り上げる中、四人はアリーナにISを展開した状態で待機していた。

 一夏の白式、姫無の霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ )、鈴の甲龍に鞘無のサンライト・トゥオーノ。全員がそれぞれの専用機を展開させ、開始のブザーを今かと待っている。一夏と鈴を前衛に、姫無と鞘無がその後ろに陣取っているところを見るに、両ペアが取る行動は大体同じようなものだと予想出来た。

 

「まさかこんなに早く鈴と当たることになるなんて思わなかったぜ」

「アタシはまさか一回戦勝てるなんて思ってなかったわ……」

「? なんでそんなげんなりしてんだ?」

「うっさいわね! 一夏! アンタに今から八つ当たりするわよ!」

「なんだその理不尽な宣言!?」

 

 ついさっき行われた一回戦の様子を見ていない一夏が知らないのは仕方ない。これほどまでに鈴が疲弊しているのも、単に後ろのすまし顔の鞘無が原因なのだ。鈴曰く奇跡の一回戦突破。鞘無はそうは思っていないようだが。

 ともあれ、こうして二回戦の舞台に立った以上は鈴も全力を以てして当たる。何せ相手は学園最強の生徒会長にイギリス代表候補生と互角の戦いを演じた三人目。相手にとって不足はない。中国の代表候補生としてのプライドもあるが、なにより負けず嫌いな鈴は獰猛な光をその瞳に宿して一夏を睨み付ける。

 そして前衛の二人が言葉を交わしている頃、後衛の位置にいる二人もまたオープンチャネルを介して会話していた。

 

『初めまして。皿式鞘無と言います。まぁ、存じ上げているとは思いますが』

『……よろしく、皿式君』

 

 基本的に下の名前で呼ぶことを好む姫無が苗字で相手のことを呼んでいる時点で、その人間への好感度は推して測るべしだ。というか、顔にはっきりと出ていた。普段は飄々としている姫無が、視線すらも鞘無と合わせようとはしない。

 

『大丈夫ですよ。俺は視線から心情を読むなんてことできませんから』

 

 しかしどういう訳か、鞘無は姫無のその行動を警戒から来るものだと判断したようだ。

 勘違いだと言ってやりたかったが、そのために会話するのも憚られる。姫無にしてみれば、皿式鞘無という少年は簪にボロ負けした四人目という認識でしかない。そもそもその性格が姫無の肌には合わないようで、出来ることなら卒業するまで関わり合いになりたくないと思っていたほどである。

 が、そんなことを知るはずもない向こうは、試合前だというのにより饒舌になっていく。

 

『この前妹さんと戦わせてもらいました。流石は代表候補生、強かったです』

 

 そんなこと知っている。日本代表候補生の肩書きは伊達ではないのだ。態々言われるまでもない。

 

『俺もいいところまではいったんですけどね。最後は押し切られちゃいました』

 

 押し切られるどころか見せ場無く終わっただろう、と内心で姫無はぼやいた。早くブザーが鳴ってくれないかと思うが、こういう時に限って体感時間というのは遅く感じるらしい。

 尚も話を続ける鞘無にいよいよ嫌気が差してきた所で、ようやく試合開始を告げるブザーがアリーナ内に響き渡った。そのブザーに誰よりも早く反応したのは一夏でも鈴でもなく、後衛でサポートをすると言っていたはずの姫無であった。

 突然飛び出した姫無に、一夏も目を丸くする。

 

「ちょ、姫無さん!?」

「え、え!?」

 

 瞬時加速を使用したのだろう、通常では有り得ない初速から一気に相手の領域へと踏み込む。前方で両端に刃を備えた青龍刀、双天牙月を構えていた鈴を無視して、姫無は右手に武装を展開した。

 標的は後方、試合開始をようやく理解した鞘無だ。

 

「うおっ、いきなり将狙いか! でもね更識先輩、将を射んと欲すれば先ずは馬を射よって諺があってですね――――」

「ごめんなさい。私将棋もチェスも先ず邪魔なのを消していくの」

 

 言外にお前は将ではないと告げて、姫無は展開した武装、ミストルティンの槍を突き立てる。このミストルティンの槍は表面を覆っているアクア・ナノマシンを一点に集中させることで超振動破砕を起こし、相手の装甲を破壊してナノマシンを侵入。その後エネルギーを転換し大爆発を起こすという能力を有する。受けたが最後、装甲に触れた時点で爆発は免れない必殺の槍。その先端が鞘無の山吹色の機体へと迫る。

 迫り来る槍の先端を見つめながら、しかし鞘無は微塵も動揺していなかった。

 

「……全く、忠告してあげたってのに」

 

 ぽつりと。鞘無が呟いた。

 姫無の行動が早く、いくら鈴でもカバーは間に合わない。姫無との実力の差など、改めて比べるまでもない。にも関わらず、鞘無は笑っていた。不敵に、まるで迫る攻撃など問題ではないとでも言うように。

 

「……簡単な話さ」

 

 迫り来る槍を迎え撃つようにして突き出した右腕は、帯電時特有の紫電を周囲に撒き散らしながら青白く光を放ち始める。そして鞘無はその突き出された腕から、電撃の槍を撃ち出して。

 

 

 

 

 

「水は電気をよく通す!! 俺の槍には、貴方の槍じゃ勝てないんですよッ!!」

「あ、ごめんなさい。私のアクア・ナノマシンに単純な電撃は通用しないから」

 

 

 

 

 

 その言葉に鞘無が反応する間もなく、大爆発がアリーナに巻き起こった。

 

 

 

 

 

 

 


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