双六で人生を変えられた男   作:晃甫

85 / 114
#20 変更と思惑

「兄さん、これは一体どういうこと?」

 

 放課後、鮮やかな夕日に照らされる学年主任室に二つの影があった。一つは備え付けのソファに座り、一つはその影に向かって一枚の書類を突きつけている。どうやらこの学年主任室に乗り込んできたその少女は持っているプリントのことで物申したいらしく、普段涼しげな瞳は大きく見開かれて鬼気迫る様相だった。

 

「どういうことって、書いてある通りなんだが」

「それよ!」

 

 ずびしっ、とプリントを突き付けた少女、更識姫無は一部分を指差しながら大きな声を上げた。彼女の細い指の先に書かれているのは、今回の学年別トーナメントを二人組で行う旨を記した文。それに何の問題が、と思ったが俺は一応の妹の言い分に耳を傾けることにする。なんでもかんでも突っぱねるのは教育上よろしくない。

 

「なんで今年はタッグマッチなの!? 去年はどれだけ私が言っても聞いてくれなかったのに!」

 

 姫無の外側に軽くハネた水色のショートカットが怒りから逆立っているように見えた。フーフーと息を荒げる姫無をどうどうと宥めつつ、俺は至って冷静に一言。

 

「だから書いてあるだろ。より実践的な模擬戦闘を生徒たちに経験してもらうためだって」

「去年にも私はそう言って提案したわよ」

「いやお前の場合は……」

 

 どうして昨年の自身の提案は却下されたにも関わらず今年になって変更されてのか、それが不満なのだろう。可愛らしく頬を膨らませる姫無だが、コイツは昨年俺にしてきた要求をきちんと正確に覚えているのだろうか。都合の良いように改竄しているような気がしてならない。

 

「あのな姫無、去年お前が俺に出してきた提案の内容覚えてるか?」

「勿論、より実践的な模擬戦闘を生徒たちが経験できるように二人一組でのトーナメントに変更してほしい、でしょ?」

「微妙に違うな。一言一句間違えずに言うなら、『より実践的な模擬戦闘を生徒たちが経験できるよう、教師も含めて二人一組でのトーナメントに変更してほしい』、だ。そりゃ無理に決まってんだろうが」

「なんでよ。生徒たちに実戦形式のコンビネーションとか経験させられるんだからいいじゃない」

 

 いやそこじゃねえよ、というツッコミは口には出さなかった。もしも姫無の言い分がそのまま通った場合、俺を含めた教師陣までトーナメントに参加しなくてはいけなくなってしまう。このIS学園に勤務する教員は全員がIS操縦の技能を有しているわけではなく、寧ろ半数以上が技術者上がりの座学専門だ。ISに関する知識は確かだが、それを操縦するとなると話はまた変わってくる。だから実際にISを使った授業を行う際はクラスを合同編成にすることで千冬や真耶といった実技にも対応した教員にお願いするのだ。よく一年一、二組が実技の授業を合同で行っているが、それは二組担任が座学専門の教員だからである。

 

「だから実際にISを操縦できる先生だけでいいって言ったじゃない」

「本当のところは?」

「兄さんとタッグが組みたかったッ!!」

 

 おい、と突っ込まざるを得ない。つらつらと理屈っぽいことを並び立ててきた姫無だが、実を言えばこういうことなのである。俺とタッグを組んで戦いたいというのだ。いやそれオーバーキルだろと思った諸君、俺もその意見に全面的に賛成だ。

 

「あのな、今年のプリントにも記載してあるけど専用機持ち同士ではペアが組めないようになってるんだぞ? つうかモンド・グロッソに出場した人間が学生のトーナメントになんか出れるか」

「そんなもの生徒会長権限でなんとでもなるわよ」

「職権乱用にも程があるわ」

 

 ふん、と鼻息荒く答える姫無に俺は頭を抱えた。全く、どうしてこうフリーダムに育ってしまったんだ。お兄ちゃん悲しい。昔は俺の後ろをちょちょろとついて回るだけの可愛らしい妹だったんだけどなぁ。あれ、どうしてだろう。じんわりと目頭が熱くなってきたような気がする。心なしか視界がボヤけてはいないだろうか。歳は取りたくないもんだなぁ、はは。

 

「兄さーん、どこの世界に旅立ってるのー」

 

 姫無の言葉に我に返る。いかん、どうにも思考が負の側面に傾きがちになってしまっていた。今の姫無だって可愛いんだ。母さん譲りのスタイルに美貌、浮かべる笑顔は老若男女を問わずに魅了する。ん、こう考えると親父に似ているところが出てこないんだが。

 

「とにかくだ。これは決定事項で以降の変更はない。諦めろ」

「だったら私のパートナー選んでよ」

「自分で探せ」

「いないのよー! 虚ちゃんは三年だし二年で私と同じ技量を持つ人間がいないの!」

「だからそういう生徒たちに経験を積ませるのが今回のトーナメントの主旨であってだな……」

 

 子供のわがままのように喚く姫無に、俺は思わず苦笑した。思うに、姫無だって本気でこの要求を通そうなどとは考えていない筈だ。生徒会長という立場上、学園のルールには最も真摯でなければならない。それを素でやってのけるのが凄いところであるが、何も全くプレッシャーやストレスを感じない訳ではない。姫無だってまだ高校性。周囲の人間たち(俺や千冬、束を筆頭に)が少しばかり特殊なせいで忘れがちだが、まだ遊びたい盛りの少女なのである。

 しかし彼女の立場上大っぴらに羽目を外すこともできない。そこでストレス発散の場となるのが、この学年主任室だ。ここには基本的には俺しかいない。放課後を迎え教師と生徒の関係から兄と妹という関係に戻った時間であれば、姫無もそういった重荷から解放される。愚痴を零すにも、生徒会室では言えないことだってあるだろうから。

 妹の愚痴やストレスの発散に付き合ってやるのも兄としての役割、そう思って、俺は姫無の言葉に苦笑いを浮かべながら応える。妹の我侭に手を焼く兄という構図がぴったりなその光景は、そのあとも数十分続いた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「……どういうことだ」

 

 少年の視線はある一点に向けられていた。それは奇しくも、同時刻学年主任室で姫無がプリントのある部分に指を指したのと同じ箇所だった。ぶるぶると拳を震わせ、奥歯を噛み締める。肩口で切り揃えられた茶髪が逆立ちそうなくらいには、少年の纏う雰囲気は怒気に満ちていた。

 

「なんで専用機持ち同士はペアが組めないんだよッ!!」

 

 少年、皿式鞘無は人目も憚らず放課後の廊下で声を張り上げた。突然の大声に周囲に居た生徒たちの肩がビクリと震えるのにも構わず、鞘無は掲示板に貼られたタッグマッチトーナメントの注意事項を食い入るように見つめる。

 おかしい。こんなことは許されない。奥歯を噛み砕かんばかりの力を込めて、鞘無は必死に自身を抑えようとする。

 彼の想定ではこんな事態にはならない筈だったのだ。これまでのニケ月で原作とかなり乖離しているということは理解していたが、それでも話の大筋には逆らわないように物事が進んでいた。一夏とセシリアのクラス代表決定戦に一夏と鈴のクラス対抗戦。そして謎のISの乱入。所々で微妙に異なる出来事が起きていたが、それでも原作を崩壊させるようなことには至らなかった。

 

 なのに。にも関わらず。

 これは一体どういうことなのか。

 

 専用機持ち同士でペアを組むことが出来ない。それはつまり原作のように一夏とシャルロットがペアを組むことが出来ないということである。なら自分にもシャルロットと組むチャンスがとも思ったが、そういえば自身も専用機持ってたっけと思い出す。セシリアと鈴はこのあとラウラとひと悶着起こして参加を辞退するだろうから、残る原作ヒロインはシャルロット、ラウラ、箒。この中で専用機を所持していないのは箒だけなので、必然的に彼女一人に絞られる。

 本当ならば同じクラスで代表を懸けて戦った簪とペアになろうと考えていたのに、このルールのせいで彼女にフラグを建てることが出来なくなってしまった。このままでは名も知らぬモブと組むことになってしまう。それだけは勘弁、いや顔が可愛ければそれはそれでアリなんじゃないか? とよく分からない思考が鞘無の脳内でぐるぐると回る。

 

「……待てよ、別にペアにならなくとも対戦して俺が勝てばそれを切っ掛けに仲良くなれるんじゃないか?」

 

 名案を得たとばかりに顔を上げる鞘無。これまでだって実際に簪とは代表決定戦を期によく話すようになったし、一夏とは謎のISが乱入してきた際に共闘したりもした。今回のトーナメントではラウラのISに仕込まれたVTシステムが発動することになるだろうから、それを期に戦線に加わればいいのではないか。そう考えたのである。

 厳密には簪とは現在全く会話をしておらず、一夏との共闘も鞘無の専用機の一部を切離して時間を稼いだだけなのだが、どうもこの少年の中ではかなり事実が捻じ曲がっているらしい。

 

「そうだよ。今の俺なら余程のことがない限りトーナメントで上位には食い込めるだろうし、ペアがある程度出来る奴ならいけるんじゃないか」

 

 転生、という普通の人間ではまず間違いなく体験できないであろう出来事を経験し、神と呼ばれるものから特典能力まで貰っている。いくら非日常学園ラブコメの世界とはいえ、原作の知識まで有しているのだから何の心配もいらないだろうと鞘無は簡単に判断した。

 ここでもう少し深くこの世界について考えていれば、この先に待っている事態にももう少し柔軟に対応できたのかもしれないが、それを今言っても仕方がない。現時点での皿式鞘無という少年はそこまでの思考を行うことは出来なかった。

 

「さて、となると何よりもまずペアを探さないとな」

 

 掲示板の前を離れ、宛もなく歩き始める。

 専用機持ちと組めないということは原作キャラたちとペアを組むことはほぼ不可能だと考えていいだろう。専用機を持たないキャラも居るが、その殆どが一組の生徒たちであり、鞘無の記憶が正しければ四組に原作に関わるようなキャラは簪以外には居なかった。

 しかしそれは別段問題ない。この学園に入学出来る時点で彼女たちは優秀であり、操作技術も一定の水準には達している。となれば、あとは機体や戦闘タイプの相性だろうか。鞘無個人は遠近両用のオールレンジタイプなので、これといった希望はないのだが。

 

「はぁ。でもやっぱ専用機持ち同士で組めたら話は早かったんだけどなぁ……」

 

 皿式鞘無はまだ知らない。

 その言葉が、思わぬ形で実現するということを。

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

「えー……、先日配布したプリントについてだが、訂正を加えることになった」

 

 翌日、一年一組のSHRの時間に俺は教壇に立っていた。隣には千冬、真耶の二人も控えておりこれから何を言われるのか生徒たちはジッと俺のほうを見つめている。先日配布したプリント、というのは当然タッグマッチトーナメントのものだ。昨日配布したばかりのものに訂正を加えるというのはどういうことかと生徒たちは思っているだろうが、俺も内心で思っているので聞かないで欲しい。

 

「このプリントには学年別タッグマッチトーナメントは専用機持ち同士でのペアは認めないと記載されているが、この点を変更する。正式名称を『IS学園タッグマッチトーナメント』に、代表候補生でない専用機持ちもいるという点から専用機持ち同士のペアも認めることになった」

 

 ざわっ、と教室全体が俄かに騒がしくなる。それも当然のことで、こんなことは前代未聞だ。まさか昨日姫無と冗談のように話していたことが現実に起きてしまうとは思ってもみなかった。やばい、頭痛くなってきた。

 勿論この変更には理由があり、それは昨日の夜に遡る。学年主任の仕事を片付け、さあ部屋に戻ろうとしていると、たまたま轡木十蔵と出会ったのだ。表向きはこの人の妻が学園長として指揮を取っているが、その実裏で動いているのはこの人だったりする。花の水やりをしていたという彼に御茶に誘われてしまい断れずに着いて行ったのが今思えば失敗だった。話題作りのためにと主任室で姫無と話していたことを口にしたことが膨らみ、いつの間にか。

 

『ほお。それは中々面白いアイデアではないですか』

『いやいや、ただの戯言ですよ』

『いえ、案外そうでもないかもしれませんよ? 経験を積ませるというのなら下級生は上級生と、連携を指揮するという点では上級生が下級生と組むというのは理に叶っています』

『いやしかしですね。専用機持ち同士で組んだりすると戦力差が……』

『確かにそうかもしれませんが、この学園の三年生ならば代表候補生にも応戦はできるでしょう。――――流石に貴方や織斑先生を出すわけにもいかないので、教師陣の参加というのは無理ですが』

 

 そう言う轡木十蔵の顔は、新しいおもちゃを手にした子供のように輝いていた。というか絶対楽しんでるだろ。こんないきなりトーナメントの内容を変更すればその皺寄せが俺に来ることを分かっててあんな事を言ったんだ。各国の重鎮たちにだってまた新しく通達を送らなくてはいけないし、恐らく当日まで俺の気が休まる時間はもう無いだろう。

 千冬や真耶も今日の朝そのことを伝えられ驚いていた。無理もない、まさかトーナメントの内容自体が変更になるなんて思わないだろうからな。

 

 尚もざわめく教室内を静かにさせてから、俺は口を開く。

 

「今言ったように今回のトーナメントは例年とは異なる。学年別ではなくなった分、一年生には荷が重くなってしまうだろうがそこは上手くペアを作って補ってくれ。別に一年生同士で組んでも構わないし、知り合いが居るなら上級生と組むのも良いだろう。専用機持ちたちは今回も各国からデータの提出申請が来ているから、それなりの戦いってのを期待する」

 

 必要なことだけを手短に伝えて教壇を降りる。さて、今からまたトーナメントの作成を一からやり直さなくてはいけなくなったわけだが、これって給料にきちんと上乗せとかしてもらえるんだろうか。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 例年とは異なるトーナメント。学年別ではなく、専用機持ち同士がペアを組んでも問題ない。この変更に内心で歓喜している者たちが居た。

 

 ――――一年一組の教室。

 

(学年関係無く専用機持ち同士でもいいてことは、……姫無とペアが組めるかもしれないってことか!?)

 

 世界で三番目の男性IS操縦者となった少年は、自身にチャンスが来たことを大いに喜んだ。

 

(こ、これはチャンスなのでは……! 落ち着きなさい、落ち着くのですセシリア。こういう時こそ英国淑女としての姿を保ち、そしてその優雅さで一夏さんにアプローチを……)

 

 イギリスの縦ロールは、脳内がピンク色のお花畑に染まりつつあった。

 

(流石に楯無さんはトーナメントには参加できないのかぁ。残念だなぁ。あ、でも成長したところを見せるチャンスかも)

(ふむ。タッグを組むなら一夏がいいと思っていたが、これなら問題なさそうだな。アイツとのコンビネーションを確認するのにもいい機会だ)

 

 フランスとドイツからの転校生は、それぞれの思惑を胸に抱き口角を吊り上げる。

 

 ――――一年二組の教室。

 

(キタッ! これは来たわよ! 一夏とペアを組む絶好のチャンス! なんだか最近出番少ない気がするしここで目立っておかないと後々存在感が……)

 

 ツインテールを揺らしながら、中国の少女は拳を握る。

 

 ――――一年四組の教室。

 

(ッッキタキタキタ!! これ完全に俺の時代来てるだろ!! 俺が思い描いてた展開だ、間違いない!! これで簪を誘えるし、あわよくば生徒会長をペアにするのもアリだな。話したことはないけど、男の操縦者ってだけで珍しいし簪の話題で仲良くなれるだろ……いや待てシャルも捨てがたい……)

 

 四人目の男性操縦者は、巡ってきた最大の好機に気持ちが昂まる。

 

(……お兄ちゃんとは組めないのか。先生たちも参加だとよかったのに……)

 

 四組唯一の代表候補生は、教師は参加しないことを少し残念に思っていた。

 

 全学年合同で開催されるタッグマッチトーナメント。それぞれの思いを胸に、その火蓋が切って落とされようとしていた。

 そして、当日の朝がやって来る。

 

 

 




 
 年別でタッグマッチトーナメントやるのに専用機同士で組んだらチートだと思う。←だがそれがいい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。