双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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 九月三日まで家を空けるので、それまで更新が止まります。


#14 妹と証拠

「ここから先は、俺が請け負った」

 

 スタンッ、と。驚く程に軽い音を立てて、自身の目の前にその人物は降り立った。先程真横からあの黒い機体を蹴り飛ばした所為で周囲には砂塵が舞う。それに合わせてはためく執事服のテールが、一夏にはやけに優雅に見えた。

 白式が解除されてしまった今の自分の位置からでは、背を向けて立つその人の表情を伺い知ることは出来ない。

 しかし、態々確認するまでもないだろうと一夏は思う。自身の師匠にしてIS学園一年生の学年主任を務める男性教諭。そして、世界初の男性IS操縦者。その人の表情はきっと、誰をも安心させる頼もしい表情をしている筈だ。

 

 更識楯無。

 

 ISというものを語る上で、この人の存在無くしてこれまでの歴史を語ることは出来ない。

 黒執事、白騎士、蒼天使という三つの機体は世界中にその名を知らしめるビッグネームだが、今現在もその稼働が確認されているのは黒執事だけである。第一世代型の時代に生み出されながらも、第三世代型が主流となりつつある現代に至るまで稼働を続ける伝説の機体。

 その稼働が最後に確認されたのは、今から約二年前のとある事件だ。

 それからその黒い姿は、公式の上では一度も確認されていない。

 

 その姿が今、一夏の目の前に在った。

 

「一夏。お前はそこに蹲ってるのを回収してこの場から出来るだけ離れろ」

 

 ピッと指指すその先には、ISが強制解除されて体育座りで蹲る皿式の姿。先程の一撃が通用しなかったことがショックだったのだろうか、超電磁砲を放つ前の不敵な笑みは消え、ブツクサと呪詛のように何かを吐き出している。アレを連れてこの場を離れる、というのは憚られたが仕方ない。ISを展開出来なければ足手纏いにしかならないことは十分理解していたし、何よりもこの場を離れなければ戦闘の余波に巻き込まれてしまうだろう。

 一夏は駆け出すと皿式を担ぎ、アリーナの中心から出来るだけ距離を取る。アリーナの内部にいることには変わらないのでそこまで危険度も変わらないが、そこは楯無が考慮してくれるだろう。

 

 未だに五体のISに囲まれる状況で、彼はどこまでも不敵に笑ってみせる。

 

「さて、――――始めようか」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 時は楯無がアリーナに侵入する少し前に遡る。

 突如としてアリーナの遮断防壁を突き破って侵入してきた漆黒の機体を前にして、姫無は直ぐ様席を立った。

 

「虚、状況確認……はするまでもないか」

「ですね。侵入者、その数一。ここからでは詳細な箇所までは判りかねますが、あの機体には搭乗者が居ないよう見受けられます」

 

 同じく席を立った虚が大雑把に分析を始める傍ら、姫無はざっと周囲を見渡した。

 突然の事過ぎて脳の処理が追いついていないのか呆然とその様子を眺めている生徒が大半だが、中には声を上げて立ち上がる者も居る。このままでは一種のパニック状態に陥ってアリーナ内が混乱してしまうのは時間の問題だと言えた。

 どうにかしようと思考を巡らせる彼女の耳に、端末の受信音が届く。それは姫無のものではなく、虚が所持する端末から鳴るものだった。

 

「はい」

『布仏さん! 緊急事態です!』

 

 端末越しに聞こえる真耶からの声が大きく響く。というか、言われるまでもなく緊急事態であることは理解していた二人は迅速に行動し一番近くにあった入口にまでやって来ていた。まずは出口の確保が最優先という考えのもとこうして扉の前にまで移動した姫無たちだったが、案の定ロックが掛けられていた。

 

「……これはダメですね。手持ちの機器だけじゃあ解除は困難です」

『整備室には寄って行かなかったのか』

 

 次に聞こえてきたのは真耶ではなく、千冬の声。真耶よりは落ち着いているらしく、その声はいつもと変わりないものだ。

 

「それが私も会長もアリーナ内部に居たものですから。閉じ込められてしまったみたいです」

『…………』

 

 端末越しに千冬の大きなため息が聞こえてきた。気がした。どういう訳か頭を抱える姿まで容易に想像することが出来る。

 そのため息の原因、というのは大凡の検討はついているのでそれを問うようなことはしない。虚が扉を調べたところ、少なくともレベル4クラスのロックが掛けられていることは分かっていた。となると一般レベルの整備科の生徒ではまず解除は不可能。首席クラスの三年生とその教師でなくては難しい。

 アリーナ内に機材を持ち込んでいれば内側から解除することもできたかもしれないが、たらればを言っても仕方がない。

 

『姫無、聞こえるか』

「よく聞こえるわ」

 

 聞こえてきた兄である楯無の声に姫無が反応する。

 

『観客席に居る生徒の安全確保が最優先だ。必要があれば一夏に加勢しても構わんが、基本的に生徒の避難誘導が済むまでは安全確保に徹しろ』

「了解。というか兄さん、アレはなんなの?」

 

 訝しげに眉を潜め、アリーナ中心に佇む漆黒の機体へと視線を移す。見た目からしてアレに人間が搭乗しているとは思えない。しかし、無人機などという存在が確認されているわけでもなく、彼女としてもアレの存在を持て余していた。

 返答は直ぐにあった。

 

『アレの正体は不明だ。が、俺の見立てだと、無人機の可能性が高い』

「無人機、ねぇ。そんなものが実在すると言うの?」

『言ったろ。俺の勝手な見立てだ、そうと決まった訳じゃない』

「ふぅん。まぁ、」

 

 そこで一度姫無は言葉を切って。

 

「兄さんの言うことなら、間違いないんでしょうけど」

 

 妖艶な笑みを浮かべるのだった。

 

「とりあえず、あそこにいる榊原先生にも協力して貰おうかしら――――」

 

 言って、扉の前で作業を始めた虚をその場に残して観客席上部へと歩き出す。そこにはレディーススーツを着たこのIS学園の教師、榊原菜月の姿があった。向こうもこちらが近づいてくるのには気がついたらしく、小走りで姫無のほうへとやって来る。周囲の生徒への対応に困っていたらしい榊原は、姫無の前へとやって来て安堵の息を漏らした。

 

「さ、更識さん。良かった、貴方がいてくれて。私だけじゃもう生徒たちの不安を和らげることが出来そうになくて……」

「榊原先生。これから生徒たちの安全が確保されるまで、私と先生で生徒たちの避難誘導を行います。とは言っても、出入り口の扉のロックが解除されないと話にならないんですけど。そこは虚ちゃんがなんとかしてくれると思います」

「でも、あの黒いのは……」

「織斑君が対処してます。大丈夫、あの子は強いですから。それよりも問題なのは……」

 

 爆音が聞こえ始めたアリーナの中心から、その周囲の観客席へと視線を移す。遮断防壁で守られているとは言っても、それを直接破って侵入してきた敵が相手ではそんなものは慰めにもならない。それは他の生徒たちも理解していた。故に、自身にも身の危険が迫っているということに焦り、安全を確保したいがために我先にと逃げ出そうとする生徒たちが多くなっていた。

 しかしロックが解除されない限り、その安全も確保出来ない。不安と焦燥が彼女たちの口から吐き出されるようになるまで、そう時間はかからなかった。

 

「何で!? 何で開かないのよ!!」

「早くここから出して下さい!!」

「先生たちはなにしてるんですか!?」

「あの黒いのを何とかしてください!!」

 

 チッ、と。誰にも聞こえないように姫無は舌を打つ。 

 まともな思考が出来ていない。パニックに陥ってしまっている彼女たちには今何を言っても無駄だろう。かと言ってこのまま放置しておくと更にその数は増える。

 暫し考えて、姫無は動き出した。

 

「榊原先生、生徒たちの避難誘導をお願いします」

「更識さんは?」

「出入口の周りで大声出してる生徒たちを静かにしてきます」

 

 この場は榊原に任せ、虚が作業している扉とは反対方向の扉に集まっていた生徒たちの元へと向かう。

 アリーナの中心では一夏が侵入してきた機体と今も戦闘中だ。見たところあの黒い機体の機動力は一夏の白式をも上回っている。機動力で敵わないとなれば一撃の攻撃性で上回るしかないが、まず敵の動くを止めなくては攻撃そのものが当たらない。瞬時加速を使うか、更識流を使うか。幸いにしてあの場には四人目の男性操縦者もいた筈なので、囮くらいには使えるかもしれない。

 いざとなれば専用機を展開して戦闘に加わる算段だったが、その可能性は低いと姫無は考えていた。

 彼女は一夏のことを決して過小評価していない。

 何せ自身や簪と徒手格闘ではほぼ互角の実力を有しているのだ。それは決してIS戦闘に於いても無駄にはならない。例えば、間の取り方や相手の動きを視る観察眼。未だにレーザーの直撃を受けていないのはこの二つがよく鍛えられているからこそである。

 姫無は一夏の努力とその成長を間近で見てきた。だからこそ分かる。一夏の実力であれば、あの程度の敵は倒せると。兄もそう思っているからこそ、自身に必要があればと言ったのだろうし、保険程度に考えてのことだろう。

 よって優先させるのは生徒たちの安全確保。その為には今眼前でパニックに陥っている生徒たちを落ち着かせることだ。見たところ集まっている少女たちは二十人前後。その中には先程一夏や楯無のことを罵っていた二人の姿もあった。

 

「貴方達。そこから離れなさい」

 

 決して大きな声ではないが、よく通る声で姫無は彼女たちに告げた。

 途端、今まで扉へと向いていた彼女たちの視線が姫無へと注がれる。一瞬呆けた顔をした彼女たちだったが、姫無の存在を認識した瞬間、まるで雪崩のように押し寄せてきた。

 

「会長!! これはどういうことなんですか!?」

「先輩の力でどうにかして下さい!!」

「早く扉を開けてよ!!」

「こういう時の為に生徒会はあるんでしょう!?」

 

 阿鼻叫喚とはこのことを言うのだろうかと、姫無は心の内で思う。恐怖や緊張といったものから解放されたい一心で姫無の元へと群がる彼女たちに、何時もの傲岸不遜の態度は見る影もなくなっていた。

 アリーナの中心で今尚自分たちの為に体を張って戦ってくれている人間がいるというのに、目もくれずに身の安全を主張したがる少女たち。率直に、姫無は彼女たちのことが恥ずかしかった。くぐり抜けて来た場数や経験が違うとはいえ、一夏はISに乗ってまだ二ヶ月足らずの初心者だ。比べて彼女たちはこれまで何年もISに触れてきた玄人たち。立場的に本来であれば彼女たちがあの中心に居なければならない筈だ。遮断防壁があるとは言え、管制塔からカットすることは出来る。それをしないのは、観客席の生徒の安全を確保するためである。

 自身の危険を顧みずに戦う一夏が、こんな彼女たちを守るために戦っているのかと思うと苛立ちが募る。決して表情には出さないようにしていたが。

 

「落ち着きなさい」

 

 きっぱりと、ばっさりと。

 姫無は彼女たちの言い分を切り捨てる。

 

「私の力を以てしてもこの扉は破壊できないし、整備科のトップたちでも時間がかかるわ。あの黒いISが危険なのは理解できるでしょうけど一夏君が必死に応戦してくれているのだから、少しは冷静になりなさい」

「あんな初心者に任せて安心なんて出来る訳ないじゃないですか!」

 

 そう反論してきたのは、件の少女二人の片割れだった。つい先程まで一夏たちを嘲笑っていた、その少女だ。

 その少女の言葉に、姫無の瞳がスッと細くなる。

 

「大体男子を戦わせるなんてどうかしてます! 会長が戦えばいいじゃないですか!!」

「そ、そうですよ! 国家代表が戦ったほうが確実に決まってます!!」

 

 もう一人の少女も口を挟み、そう声を荒げた。そんな彼女たちに姫無は一度大きな溜息を吐き出して。

 

「……確かに私が戦ったほうが確実なのかもしれないけれど、その場合観客席とアリーナを分断する遮断防壁を一時的にでもカットしなくてはならなくなるのよ?」

「それでもあの男子に戦わせるよりはずっとマシです!!」

「そう、貴方はそれだけの為に他の生徒全員を危険に晒せと言うのね?」

「う……そ、それは……」

 

 黙り込む少女に、姫無は更に続ける。

 

「貴方たちだけの安全に意味はないの。必要なのは生徒全員の安全確保。その為に私は今ここに居るのだから」

 

 直後、アリーナ中心で甲高い金属の衝突音が響いた。

 次いで大きな爆発音。その方を見てみれば、一夏が零落白夜を漆黒のISへと叩き込んだようで、敵の四肢は力なくだらんと垂れ下がっていた。シールドエネルギーは大きく削ってしまったようだが、四人目のようにISが強制解除されてしまった訳ではないようだ。とりあえずの危機が去ったことに小さく息を吐き、再び少女たちへと向き直る。

 

「ほら、彼だって中々やるでしょう?」

 

 返答はない。二人共、一夏があのISを倒したという事実をまだ上手く飲み込めていないようだった。

 いつまでも二人に構ってもいられないので、姫無は扉の前に集まった少女たちを一度元の席へと戻るように促す。いつまでもこの場に留まっていると他の生徒たちの不安を煽る可能性もあるし、なにより避難誘導の障害になる。一夏が敵を倒したことで一応の危機は去ったが、それでも油断は禁物だ。

 一度気を締め直して声を発しようとした、その瞬間。

 

 アリーナ上空から、防壁を貫通してナニカが降り立った。

 

「!?」

 

 思わぬ展開に目を見張る。アリーナの中心に飛来したのは、先程まで一夏が戦っていたあの漆黒の機体だった。その数は六。一体でもあれだけ手こずった機体が、一度に六体だ。

 これはマズイ、と直感的に姫無は思った。今の一夏の状態で一度にあれだけの数の相手をするのはきっと不可能だ。そうでなくてもシールドエネルギーが尽きかけているというのに、これではまともな戦闘など行える筈がない。いよいよもってして戦闘に加わるべきか悩みながらも、兄の言葉を思い出す。

 

 生徒たちの安全確保が最優先。

 

 ちらりと少女たちを見る。一度危機が去って気が緩んでいたせいか、先程よりもあおの動揺が激しい。

 

「やっぱり男子じゃ無理よ!!」

「先生たちは何してるの!?」

「早くここから出してよぉ!!」

 

 口々に出る言葉は、更に激しさを増していく。

 その矛先はいつしか、数少ない男性IS操縦者へと向けられていた。

 

「男子をIS学園なんかに入れるからこんなことになったのよ!! こんなことこれまで無かったのに!!」

「大体、あの先生だって胡散臭いです!」

 

 この現状とは何も関係のないことにまで及び、それは何時しか少女たち全体にまで伝播していた。

 いい加減我慢の限界が近い姫無。生徒会長という立場でなければ兄の悪口が飛び出した時点で暴れだしそうな勢いであったが、そこは生徒会長という役職がギリギリのところでセーブしていた。

 だが、それもそろそろ抑えられそうになくなってきていた。国家代表、生徒会長と言ってもまだ姫無は十七歳の高校二年生。完璧に理性で抑えきれる程人間は出来ていない。

 

「いい加減にしなさい。貴方たちが言っているのはこの状況とは何一つ関係のないことよ。正体不明の侵入者と一夏君とは、何の関係性もない」

「そんなことどうして言い切れるんですか!?」

「何故そうだと言い切れるのかしら?」

 

 明確な理由など、当然あるわけが無かった。何かしらのはけ口が欲しくて男性IS操縦者という標的を見つけただけの彼女たちに、中身などある筈もない。

 

「男性と言って見下すのはいただけないわね。少なくとも、一夏君や私の兄は貴方たちよりもずっと強いわよ」

「しょ、証拠はあるんですか!?」

「証拠?」

 

 そう問われ、姫無はアリーナを見る。その直後、轟く轟音。

 それはアリーナの出入り口の一つが吹き飛び、それと共に侵入してきたISを吹き飛ばす音だった。全身を黒で包んだ、ISに比べれば小さな身体。腰の辺りではためくテールと、両手に嵌められた白の手袋が印象的なソレは、軽い音を立てて地面へと着地した。

 その姿を見て、思わず姫無は口元を綻ばせる。

 

「証拠ね。――――あれが証拠よ」

 

 兄を視界に収めながら、自信たっぷりに姫無は告げた。

 

 

 

 


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